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「Children Of The Grave」BLACK SABBATH

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動画はこちら
https://youtu.be/zUT730G-xvA


 近所の公園でオジー・オズボーンと話し込んだ。アメリカ在住な上に現在パーキンソン病を患っているオジーだが、世界各所に偏在するくらいの事は当たり前のようにやる。夏の始めには蛍の飛ぶ、自然が保護されている巨大な公園では、終わりの見えない春休みの真っ最中の子供達が遊び続けている。
「オジー、起きてるかい?」
 よだれを垂らしながらうとうとしていたオジーは、「オーケー、オーケー」と、何がオーケーか自分でも分かってないような返事をした。
「この先世界はどうなるのかな」
「なるようにしかならんさ」

 本当なら新学期が始まり、二年生になっていたはずの娘のココが近付いてきて、巨漢の外国人を不審げに見詰めて、ぶしつけに訊ねた。
「アメリカの方ですか」
「ジョン・レノンといいます」
「オジー、嘘は良くない」
「私はオジー・オズボーン。生まれはイングランドだ。今は確かにアメリカのビバリーヒルズに住んでいる」
「おじいさんなんですか」そうでもある。
 パパ、パパ、と小声でココが私の上着の袖を引っ張りながら聞いてくる。
「この人、不審者?」オジーに聞こえてるし、否定は出来ない。
「ブラック・サバスっていう、パパの好きなバンドのボーカルの人だよ。ほら、最近洗い物しながらかけたり、ギターの練習してる曲の」
「それって、私が『この曲好きじゃないから止めて』って言ってた曲?」
 そういえばそんな事を言っていた。ごめんなさい。怒ってはいないかとオジーを見ると。そこらにいる鳩を食べたそうに眺めている。
「オジー、よだれ」
「ああ、すまない」
「鳩を食べちゃ駄目だからね。昔も、今も」
「もちろん分かってるさ。この公園にコウモリはいないのか」
「コウモリも駄目!」
 ライブ中に投げ込まれた生きたコウモリの首を咬み千切って食べたオジーは、その後長い闘病生活を送った過去がある。
「やっぱり、不審者?」
 長髪巨漢でギラギラした目に、野性動物を食べたがる、アウトカウントは三つどころではない。

「パパ、ダイナミックじゃんけんやろう」
「よしきた」オジーをベンチに放置してココと遊ぶ。オジーはチワワに吠えられたので、反対に威嚇している。
 ダイナミックじゃんけんとは、普通のじゃんけんに大袈裟なアクションを加えた物である。「ジョジョの奇妙な冒険」第四部における、岸辺露伴とじゃんけん小僧のじゃんけんバトルを思い出してもらうと分かりやすい。「じゃんけーん」と長いタメを作り、様々なポージングをする。格闘技風の構えが多い。ヒートアップしていくと次第にポージングはエスカレートし、空を飛んだりも出来るようになる。
「ほい!」
 気合いを入れて空手の正拳突き風にグーを出したが、負けた。
「あっち向いてー」ココが指をぐるぐると動かす。
「ほい!」左に動いたココの指に釣られて私は同じ向きに首を動かしてしまう。視線の先に桜の木に登ったオジーの姿を認める。風に吹かれて散っていく桜の花びらをオジーは口で受け止めている。
 ダイナミックじゃんけんでは勝てても、あっち向いてほいでは一度も娘に勝てないまま、勝負は終わる。同じ小学校に通う友達をココが見つけて駆け寄って行く。
「なんて子?」
「パパには教えません。個人情報保護の為」
  もしかしたら長い間学校に行ってないから、本当に忘れてしまっているのかもしれない。

 桜の木からオジーが落ちてくる。オジーだから怪我一つない。
「いくつでしたっけ」
「今年で七十二歳になる。誕生日まで生きていれば」
「死んでも生きてますよ、あなたは」
「私もさっきのやつやりたい。ダイナミックじゃんけん」
「本当に通報されますよ」
 託児所付きのパートから帰ってきた妻が、息子の健三郎を公園に連れてきた。
「シャロン?」オジーが自分の妻の名を呼ぶ。
「違います」妻は健三郎を私に託して家に戻る。
 健三郎は悪魔じみたオジーを見て「こわい、こわい」と言いながら私にだっこを求める。重い。オジーも噛みつく振りをする。健三郎はキャッキャッと笑いながら「こわい」と繰り返す。でも下に降りてオジーに小石を投げ始めた。逃げ出すオジーを追い掛けていく。あ、転んだ。泣きもせずまた追いかけて行く。

 ぜいぜい言いながらベンチに戻ってきたオジーにミネラルウォーターのペットボトルを手渡す。健三郎はいつの間にかオジーの背中にしがみ付いている。
「大丈夫ですか」
「見ての通り、大丈夫じゃない」
 健三郎を発見したココが再びオジーを警戒しながら近付いてきた。
「バンドのボーカルの人なら、歌えますか?」
「もちろん。では歌おう。井上陽水で『最後のニュース』」
「サバスの曲でいいじゃないですか!」思わず突っ込む。普段はボケてばかりの私でも、オジー相手では、不得意なツッコミに回らざるを得ない。
「オジー、『Sabbath Bloody Sabbath』をお願いします」最近この曲ばかり聴いている。
「あれは駄目だ。歌う度に血管が切れる」
「じゃあ『Children Of The Grave』で」
「オーケー、皆を呼ぼう」
 オジーがそう言って指を鳴らすと、公園のトイレからトニー・アイオミ(ギター)、滑り台の上からギーザー・バトラー(ベース)、砂場の中からビル・ワード(ドラム)が現れた。
「天国から呼び寄せた」とオジー。
「皆さんまだご存命ですが!」それにどちらかといえば地獄から、だろう。

 機材は持ってこられなかったようで、ギーザーがアカペラでヘヴィなイントロを歌い始めた。公園の子供達は異形のバンドマン達を適度な距離を保って見守っている。健三郎はまだオジーの背にしがみついて髪の毛を引っ張っている。
 パトカーのサイレンが近付いてきた。オジーは構わず歌い始めた。

(了) 


※オジーは「リッケンバッカー」に続く二回目の登場となる。
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