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「ゴッホ」ドレスコーズ

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動画
https://youtu.be/k6jznp-ouxE

 高浦には金が無かった。無くなっていった。少ない金を増やそうとしてパチスロに手を出し全てを無くした。日々のアルバイトで稼ぐ金は家賃と食費と雑費で消えた。残らなかった。むしろ借金が増えた。もっと金を稼ぐ手段が必要だった。ならばきちんと稼げる職に付けばいいのだが、高浦にはまともな学歴も職歴もなく、歳も既に四十近くになっていた。

 高浦は小説を書いた。金にはならなかった。どこにも送れていなかった。ネットに発表して反応をもらってそれで終わっていた。一銭も稼げてはいなかった。毎日書き続けてはいるのだから膨大な量にはなっているのだが、金に変えられる類いのものではなかった。

 高浦は自分の死後を想像した。自殺か、のたれ死にか、ある日突然の何かの発作かまたは事故死か。この世からいなくなった自分の原稿を誰かが発見し、公開され、生前より遥かに高い評価を受けてしまう。そんなことを考えた。それでは遅い。それでは今の自分を救えない。 まだ見ぬ自らの発見者を逆恨みした。死後の何十億よりも今の一万円が欲しかった。ゴッホじゃ嫌なんだ。やっぱりゴッホじゃ嫌なんだ。高浦は実家に顔を出して十万円用立ててもらい、どうにか食費とバイト先への交通費を捻出した。そのうちの半分はやはりパチスロに消えた。浮き上がらなかった。

 あの時あの道を選んでいれば。読書家にならなければ。小説執筆以外の楽しさを知っていれば。どのたらればを選んでいれば違う未来が拓けていたのかなと、思っても仕方のない事を思う。子供とか作って、コンビニでケーキを買って、くだらない会話で笑って、何でもかんでも写真撮って、老後に二人で眺めて。

 ある朝高浦はとても幸せな夢を見た。笑顔を貼り付けたまま目が覚めると周りは火の海になっていた。アパートの隣の部屋から火の手があがり、高浦は巻き込まれて焼死寸前になっていた。あまりにも夢の中で幸福であったので熱さにも気付かなかったのだ。パソコンもスマホも駄目になってしまうな、と高浦は思う。じゃあ俺の死後、誰も作品を発見してくれないじゃないか。やっぱり生きている間でなきゃってことか。もうゴッホの時代じゃないんだし。大体俺はゴッホではないし。高浦は自虐している間に逃げられそうだな、と気付き、まだ焼け落ちていないドアへと急ぐ。目覚まし時計の針がまだ回っている。終わりないなんて顔をして。

(了)
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