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「The Kids Aren't Alright 」 The Offspring

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動画はこちら
https://youtu.be/7iNbnineUCI

歌詞・和訳はこちら
https://yougaku.info/2018/06/26/the-kids-arent-alright-the-offspring/


 Jは自殺した。手首を切るだけではうまく逝かず、だらだらと血を垂れ流してぼろアパートの階段を登って、飛び降りた。三階建てだったから、死ぬまで随分と時間がかかったんだが、通報するような奴もいなかった。唯一の目撃者のMは薬物のオーバードーズの真っ最中で、チューニングの狂ったギターを素手で弾き続けて、錆びた弦で指を切った。Mも死んだ。その後の何百回目かのオーバードーズで。

 生き残っている奴もいる。おかしいよな、どうして若い頃、近所に住んでいた仲の良かった奴等が全員集まる事が、もう出来ないんだ?「生き残っている」なんて言葉を使わなくちゃいけないんだ? 俺達には明るくて楽しげな未来が拓けていたはずじゃないのか? 幼少期、金が無くても腹が減っても、俺達は親や祖父母達のようなみじめったらしい境遇にいつまでもいるわけじゃないんだと、いつかここを抜け出すんだと、他人の家で見たテレビ画面に映っていた、幸福な振りをしている家族のようになるんだと、誓いあったのに。
 いつの間にか忘れてしまって。
 いつの間にかだらだらと堕ちて。
 いつの間にか消えて無くなって。

 一番頭の良かったEは、学校をドロップアウトして子供を産んでいた。三人産んで二人亡くして一人を親類に預けた。今は五人目の夫との四人目の子供を孕んでいる。実年齢の三倍も老けた顔で。

 Sは毎週欠かさず五種類買っている宝くじの結果だけを楽しみに生きている。ある意味こいつが一番ごみ溜めから抜け出す可能性があるのかもしれない。外れたくじも全て溜め込んで定期的に見返しているんだと。「見間違いがあるかもしれないだろ。何せ毎週毎週新しい数字が発表されるんだ。俺がその全てを正確に見切れていると思うか?」自分自身が一番信用出来なくなってるんだと。

 Kの働いているコンビニの裏にはゲイ専門の風俗店があって、毎晩毎朝精液臭い客と店員がやって来るのに耐えている。そこは昔俺達の通った駄菓子屋だったんだ。Kのばあちゃんが作ったたこ焼きを食べていたんだ。十個百円の時代だったんだ。半分ほどはタコが入ってなかったんだ。だから潰れたんだ。

 俺が夢破れて戻った故郷は、俺の心より遥かに荒み切っていた。知った顔に合うと金をたかられた。知らない顔に話しかけられたと思ったら、かつての親友の変わり果てた姿だった。老人の姿が減っていた。大抵亡くなっていたから。子供の姿が減っていた。長くはもたないから。かつて子供らだった中途半端な年齢のズタボロの中年達で町はぐだぐだと回っていた。パンクしたタイヤを修理しないままの自転車を走らせているように。

 それでも数少ない子供らが遊んでいて。虹色の油混じりの池ではしゃいでいる。学校の時間帯のはずなのに気にしちゃいない。俺達だってそうだった。破れた衣服、穴の空いた靴、食べかけのパンやら、ナイフに見立てた木の枝やら、夢だとかいう物を詰め込んだぼろぼろの鞄を背負って、いつもあちこちさ迷っていた。歩く事も遊びで、馬鹿話も遊びで、金のかかる事をしなくても楽しんでいた。
 はずだ。
 本当に俺以外の奴も楽しめてたんだろうか。俺達がまだ子供だった頃だって、今と変わらず、誰もが絶望して、夢だとかいう曖昧な物にすがりついて、自転車や人生をパンクさせていたんじゃないだろうか。

 俺達は最初から潰れていた。終わっていた。消えかけていた。何も変わってはいない。そして昔はここだけだった話も、時と共に広がり、絶望人口は増えていく。俺達のような輩が増殖してやがて国やら種やらを滅ぼしていく。

 子供の頃の俺達は何も知らない振りをしていただけで、本当は何もかも分かっていた。もうどうしようもないんだと。生まれた所や産んだ親が悪かったのだと。
 
 だから俺は出ていったのに。
 飛び出して、抜け出せたはずなのに。
 戻ってしまうと現実が見えた。
 足元で注射器を踏み潰した。割れた欠片が、道端でのたれ死んでいるような人型の泥に刺さった、と思ったら、そいつは泥にまみれて寝転んでいた少年だった。
「大丈夫か?」思わず聞くと少年はこう答えた。
「大丈夫なわけないだろ?
 俺達が大丈夫なわけないだろ!」
 かつての俺に似た少年はそう叫んだ後、笑った。
 泥にまみれた左手には指が二本欠けていた。
「指、くれよ」と少年は言った。
「ギター弾きたかったんだ」
「二本くらい無くても弾けるよ」そんなギタリストを知っている。
「じゃあ、ギターくれよ」
「昔使ってたのがまだ実家にあれば」
「本気にすんなって」
 そう言って少年はまた笑った。
 そして眠るように泥に沈んでいった。
 
 まだそこら中に転がっている、俺達みたいな半端者がまどろむ気配が濃くなってゆく。実家など、とうに売りに出されていた。買い手なんてつくはずもないのに。

(了)
 
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