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「魔法のバスに乗って」曽我部恵一BAND,曽我部恵一

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動画はこちら
https://youtu.be/CwiJhu9yPyM

漫画「チェンソーマン」の二次創作。
先に「新都社チェンソーマンアンソロジー」に、「すばらしき日々」でも参加済。
https://neetsha.jp/inside/comic.php?id=22789



 何もかも捨て去ってどこかへ。追われても狙われても思い出されても構わずに逃げ出して遠くの方へ。ややこしい事は抜きにして。難しい事は考えないで。
「どうせ難しい事なんて考えられないけどな」とデンジは言った。ついさっきまで殺し合っていた相手に向かって愛の告白と逃避行への誘いの言葉をかけていた。
 デンジは十六歳の少年でもあり、チェンソーの悪魔と融合した魔人的な者でもあり、悪魔そのものでもあり、人によれば神だとか言う者もいるかもしれない。でも一番しっくり来るのは、深い事など考えない、腹が減れば食べられる物なら何でも食べ、それが美味しければ幸せになり、後は寝る場所があれば満足出来る、貧乏性の純粋な少年といった所であった。
「逃げてどうするの」とリゼが聞く。彼女は「爆弾の悪魔」ボムであり、デンジを虜にした美しい少女の姿形をしている。潜入していた喫茶店にデンジを誘い込み、たぶらかし、夜の学校に侵入して二人で裸になってプールで泳いだ。少しエッチな少年漫画に出てくる男女のようだった。

 それから二人は殺し合った。
 元々リゼはデンジの心臓を狙っていたのだから。
 演技でデンジに近付いたのだから。自ら書いた脚本から道を外れそうになっても、彼女はデンジを痛め付けた。

 リゼに親の記憶はない。学校で皆と楽しく過ごした事もない。デンジを夜の学校に誘ったのは、リゼ自身も体験してみたかったからだった。ソビエト連邦が秘密裏に行っていた実験施設で、国の為に働くモルモットとして、彼女は育てられた。
 ソ連の母親が子供を叱る時にこんな話をする。
「悪い事ばかりしていると、軍の秘密の部屋に連れて行かれちゃうよ」
 そこには親のいない子供達がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、死ぬまで身体を実験に使われる。
 それはおとぎ話ではなかった。
 何千という犠牲を糧に、リゼは「爆弾の悪魔」の力を手に入れた。そうしてデンジの心臓を狙って日本にやって来て、デンジの周辺の人間を既にたくさん殺した。

「私は人殺しで、デンジ君を好きだと言ったのも嘘だよ」
「ぶっちゃけ俺はどうでもいいんだ。何が正しいとか誰が悪いとかさあ。大体俺だってもうたくさん悪魔を殺してるぜ。それは誰かに裁かれなくてもいいのか?」
「逃げたって追いつかれる。すぐに足がつく」
「電車や飛行機が無理ならバスに乗ろうや。トトロ知ってるかトトロ。あれに出てきたハトバスみたいなのに乗って」
「ネコバスだよ」
「魔法がかかってるから普通の人には見えないし、ビルとかも通り抜けていけるはず。子供達には見えるのかな。子供は追いかけて来ないか」
「夢だよ。おとぎ話」
「悪魔や魔人だっておとぎ話なんじゃねえの? てかおとぎ話って何?」

 そうしてデンジはリゼにキスを迫る。
「とにかくややこしい事はいいから、魔法のバスに乗って、どっか遠くまでさ」
「馬鹿な事を言うな」リゼはデンジの首の骨を折って逃げ出す。痛がりながらデンジはリゼの背中に声をかける。
「今日の昼に、あのカフェで待ってるから!」
 リゼが働いていた、二人でお茶をしたり馬鹿話をしたあの場所で。そこから、どこかへ。

 リゼはデンジから離れながら、追われる身であるから逃げながら、いつの間にかぐるぐると見覚えのある場所に戻って来ている。もはやあらゆる組織から追われる身であるから、逃げても仕方がない。魔法のバスなんてない。デンジと幸せに暮らす未来なんて訪れるはずはない。少なくとも今のデンジの生活を壊す事は確実である。たとえリゼが幸福を手に入れたとしても。
 いつの間にかニヤついていた顔をリゼは叩く。何を馬鹿な事を。デンジの馬鹿が移ってしまったのか。気が付けばバイト先のカフェの近くまで来ている。人目を避けて路地裏を進む。道路隔てた向こう側にあるカフェの中で、花束を抱えたデンジが待っているのが見えた。二人でバスにのってどこか遠くへ逃げ出す未来が見えた。

 現実ではこの直後にリゼは公安のトップであるマキマと「天使の悪魔」に襲撃されて殺される。そこまではここで書く事はしない。中断された物語の中で、デンジとリゼは魔法のバスに乗り続けている。いつまでもいつまでも。

(了)

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