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「ポテトサラダ」ZAZEN BOYS

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動画はこちら(ライブバージョン)
https://youtu.be/8glGCo89Xcg



 これから死のうとしている男が語る。

 眠てえ。腹減った。仕事がねえ。死のうかな。死ねば職探す必要ねえもんな。腹も空かねえから食べ物もいらねえ、眠る事も起きる事も、悩む事も髪が抜ける事もなくなる。最高だ、と思う事も無くなる。思う事も無くなる、と思う事も無くなる。何も無くなる。何もかもが無くなる。元々俺には何かあったっけ。大切な物とか、大事な思い出とか、愛する家族やら、愛されなかった家族やら。
 腹減った。死ぬ前に何か食ってから死にてえ。ポテトサラダが食いてえ。ボウルにいっぱいのポテサラが食いてえ。ポテサラで山盛りの皿に顔を埋めて、ポテト以外の野菜がいろいろと、マヨネーズがたっぷり入ったポテトサラダが食いてえ。酒も飲みてえ。あまり飲めないけど顔を真っ赤にして「ちょっとしか飲まなくてもこうなるんすよ、弱いんす」とか言いてえ。一人で家飲みしながら言いてえ。鏡を見ながら言いてえ。二杯目のポテサラを食いてえ。
 食ってから死にてえ。死んでからも食いてえ。死んだら食えねえなら死にたくねえ。そうだほんとは死にたくねえ。ポテサラ以外も食いてえ。ポテトサラダだけが食い物じゃねえ。ポテトチップスとか。じゃがりことか。カレーライスとか。チーズしたらば明太マヨとか。白バラコーヒーとか。白バラコーヒーとか! 白バラコーヒー飲みてえ。牛乳たっぷりのカフェオレになりてえ。ポテサラになりてえ。しじみ汁になりてえ。しじみにまみれて真面目にしみじみみじめになりてえ。何言ってるか分からねえ。ポテサラが分からねえ。ポテトサラダが何だったかもう分からねえ。分からねえけど食いてえ。


 作家志望者が語る。

 小説を書きてえ。傑作の小説を書きてえ。長編を書きてえ。きちんと完成させてえ。完成してどっかに送って受賞して本になって、ベストセラーになってがっぽり儲けてえ。金の心配をしなくて済む人生を送りてえ。なおかつ自分の好きな事だけやって稼ぎてえ。食いたい時に食いたい物を食える生活をしてえ。具体的にはポテトサラダを食いてえ。ボウルにいっぱいのポテサラを食いてえ。お腹がいっぱいになったらうとうとしてえ。布団じゃなくて床に寝転んでうたた寝してえ。夢と現実を行ったり来たりしてどっちがどっちか分からなくなりてえ。過去と現在と未来で偏在してえ。まだ読んでなかった読みたかった本とか読みてえ。別に読む気もなかった大長編小説とか読んで、「長かった」って一言感想を言いてえ。大菩薩峠とか細雪とか読みてえ。ほんとはそんなに読みたくねえ。ポテサラを肴にポテサラを食いてえ。ポテサラについて小説を書きてえ。味とか正直よく分かんねえ。マヨネーズの多い少ないしか感じねえ。ポテサラについて長い長い話を書きてえ。ポテサラを食いたがってるだけの男の話を書きてえ。食えばいいじゃねえかって言われてえ。
 ポテロングを食いてえ。ポルトガルに行きてえ。生きている間にどっか外国に行きてえ。特に目的もなく何となく過ごしてえ。うとうとしてえ。あてもなくどっか外国に行ってポテサラ食べてうとうとしてえ。ただそれだけの話を書きてえ。毎日毎日それだけ書いて生きていてえ。朝ポテト。昼サラダ。夜ポテサラ。肉も食いてえ。刻んだベーコンをポテサラに突っ込みてえ。一生うたた寝していてえ。


 通りすがりのポテトサラダ屋が語る。

 ポテサラを食わしてえ。誰彼構わずポテトサラダを口の中に突っ込んでやりてえ。他にやりたい事などねえ。ポテトサラダを作って売って、ポテトサラダを振る舞って生きて、ポテサラにくるまって眠る。人生にポテサラ以外必要ねえ。全人類ポテサラ以外食うな。肉食うな。メシ食うな。ポテサラを、飲め。ポテサラで、飛べ。ポテサラで、泣いて、笑って、幸せになって、家族も作れ。いいからやれ。何も考えずにポテサラで、れ。
 ほんとはそんなにポテサラ売れねえ。ポテサラでメシ食えてねえ。毎日ポテサラ食う奴そんなにいねえ。俺の作るポテサラよりそこらのスーパーで売ってるやつの方が美味え。素材にこだわりなんてねえ。レシピもねえ。テレビもねえ。ラジオもねえ。ニュー・ガンダムは、伊達じゃねえ。ポテサラ売りなんやめて、もっと儲けの出る物を売りてえ。ポテトチップスとかじゃがりことかポテロングとか白バラコーヒーとか売りてえ。
 今日もポテサラが売れねえ。偶然どっかのポテサラ好きに出会って残ってるポテサラ全部売りさばきてえ。そいつと一緒に俺もポテサラを食いてえ。たまにはどっかの誰かと食いてえ。ポテサラを売りてえ。ポテサラを、食いてえ。


公園の辻で三人は偶然出会う。
「ボウルに」
「いっぱいの」
「ポテサラが食いてえ」

 一瞬で意気投合した三人は、仲良くそれぞれボウルにいっぱいのポテサラを食べ始める。半分も食べない内に皆飽きる。
 もしゃもしゃという音で辺りは満たされる。
 三人とも「もうポテサラなんていらねえ」と思う。
 だが、一晩立てば、眠ってしまえば、新しい一日が始まれば、気持ちもリセットされてしまう。反省も後悔も新たな決意も何事もなかったかのように。
「ボウルに」
「いっぱいの」
「ポテサラが食いてえ」
 そうやって世界中のポテトサラダ屋は今日も生き延びていく。

(了)

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