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「Kill The King」Rainbow

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https://youtu.be/zEaxow3PoO0


 ペルは長靴を履いてかつての父の前に立っていた。
「父上」
 呼びかけても唸り声が応えるばかり。かつての暴君は今や知性を失った巨大な肉塊にしか見えなかった。巨大な城の空間を全て埋め尽くしてやるのだという勢いで伸びた肉からは腐臭も漂い始めている。長く生き過ぎた王は精神的にも肉体的にも腐ってしまった。大昔に追放した息子の事を認識する事も叶わないようだ。レイピアで刺すと流れ出した血は赤ではなく黒く濁っていた。

 王は鬼であった。オーガと呼ばれ恐れられた人外の者であった。触れるもの皆暴力で薙ぎ払い、犯し、殺した。破壊の限りを尽くし、それに飽きると巨大な城を奴隷達に建築させ、多数の子供らを成し、一族で近隣諸国を支配した。版図は留まる事を知らず、世界は全てオーガのものとなった。争いは消え、国の者どもは自分達が支配されている事すら忘れて平穏に暮らしていた。支配者は無用の長物とされ、オーガは自らの子供らを全て居城から追放した。オーガの子孫たる力をもぎ取る為に、それぞれ姿形を変える呪いをかけられて。

 そうしてペルは一匹の猫となり、幾世代もを過ごした。人と交わりながら、人と同じようには死ねずにいた。オーガの力は巨大過ぎた。オーガが世界中の人々の遺伝子に刻み込んだ圧倒的な暴力の記憶は、無気力で無抵抗な人々を生み出し続けた。どのような生を築こうが、いつか抵抗しようのない暴力に根こそぎ破壊されてしまうのだと、本能が知っているようだった。
 
 王を殺さねば、と猫の姿でペルは誓った。このような民の姿勢ではこの先には何も生まれぬ。王が世界を統べる前の混沌に戻さねば、と。生きている事に意味はあるのだ、と。たかだが数十年の命とはいえ、精一杯足掻き続けねば、と。
 獣と人の中間の証として、長靴を履いてペルは王都へと向かった。死んだ目をした人達を時には従え、時には犠牲にし、朽ち果てて誰もが城だと認識出来ていない、かつて幼い日々を過ごした城へと入り、肉塊と化したオーガと再会を果たした。

 ペルは持参したありったけの武器でオーガの肉を、命を、削っていった。時折ぶるると肉塊が震えるばかりで、抵抗も口答えもしなかった。とうとう巨大な玉座に居座る肉塊を刻み切ると、中から現れたのは醜い疱瘡だらけの小さなネズミであった。ペルはそのネズミを、父が自らにかけた呪いによって変質した姿ではなく、父本来の姿なのだと直感した。何よりも醜く弱い生き物だからこそ、世界への呪詛により、何よりも強くなってしまったのだと。
 ペルは醜く老いたかつての王を踏み潰した。骨がパキパキと音を立てて折れていった。黒い血反吐と共に、ネズミは言葉も吐いた。
「俺を殺してどうなる。お前が新たな王となろうが、いずれお前も殺される」
「私は王にはなりませぬ」ペルは父をつまみ上げ、靴底の泥で汚れたネズミの体を、しっぽの方からむさぼり食っていく。
「いつでも王を倒す側に、私はなりましょう」
「きりがないぞ」口先だけになってもネズミは語った。
「ならばこちらもきりなく生き続けるまで」
 ペルの腹の中で、かつての王は笑いながら胃酸に溶けた。



 1582年、本能寺の変を起こした明智光秀を描いた一編の掛け軸に、光秀に寄り添うように描かれた一匹の猫がいる。同時代に描かれた同種の物のほとんどにその猫はいる。異質なのは、共通して具足を身に着けている事だ。この例だけでなく、あらゆる時代の主君殺し、王殺しを成し遂げた人物には、常に靴を履いた猫が傍らにいたという。




 健三郎の寝かしつけに語り始めた「長靴を履いた猫」のアレンジバージョンは、最近時代小説をいくつか読んだせいか、本能寺の変の新説へと変貌してしまった。健三郎は冒頭付近で既に寝息を立てていた。
 八歳になる娘のココと三歳の健三郎は、いつの間にか同じ寝相になっている。私はスマホにイヤホンを繋げて、Rainbow「Kill The King」を聴き始めた。

(了)
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