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「Not Up To You 」Stereophonics

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動画はこちら
https://youtu.be/8s9AVkuJr9I
ライブバージョン
https://youtu.be/9IOOmBiNynE
 

 以前どこかで書いたが、ドラムを叩きたくなった。
 昔一時期叩いていた事はあったのだ。ザ・イエロー・モンキーのコピーバンドで。すぐにリズムが走りがちになる下手くそなドラマーとして。そのバンドが自然消滅した後叩く機会はなくなった。
 そもそもうちのアパートは楽器演奏禁止との事だ。ギターを持ち出して来ても健三郎がすぐにネックにミニカーを走らせる。それでふと、叩きたくなったのだ。私の職場では狭い部屋で一人パソコンに向かう機会が増えた。
 座って。
 手(の指)で(キーボードを)叩く。
 足で(バスドラのペダルを踏む代わりに床でリズムを取るように)床を踏む。
 これってもうほぼドラムだ(そんな事はない)。
 そう気付いた私はドラムスティックを購入し、自宅では叩く音を出せないから、太ももにバスタオルを置いて、メトロノームや好きな曲に合わせて叩き始めた。
 娘のココにバスタオルをずらされ、太ももが痛くなった。
 息子の健三郎は私からドラムスティックを奪い、積み木のタワーを壊す道具にした。

 私は家族で自分だけが休みの水曜日の午前中に、意外と近くにあった練習スタジオで個人練習をする事にした。
 バンド経験などのない読者の為に、練習スタジオだとかリハーサルスタジオだとか呼ばれる場所の説明を軽くしておこう。
 純粋にスタジオだけや、ライブハウスが併設されているものや、楽器屋の一部であったりと様々な形態がある。ドラムセット、ギターアンプ、ベースアンプ、PAやレコーディング機器などがあり、防音設備が整っている為、大きな音でバンド練習が出来る。私が高校時代通っていたスタジオは、部屋や時間帯で料金が変わるが、二時間で1,500円〜3,000円といった所だった。一番安い朝一番のAスタジオは、高校のライブイベント前は各バンドの取り合いとなっていた。
 当然人数編成が多い方が一人あたりの料金負担は軽い。いくつものバンドを掛け持ちしていた人気ドラマーがいた。彼の分の支払いを他のメンバーが負担しているバンドもあった。
 スタジオで練習するのはバンドだけではない。個人練習というシステムもあり、一時間一人500円程度で練習出来る。アンプに繋げなくても練習出来るギターやベースと違い、家にドラムセットがあり思い切り叩ける環境にあるドラマーは少ないので(一学年一人くらいの割合)、ドラマーの利用者が多い。

 地図を見るとよく知っている界隈だったので、おそらくこのビルだろうとあたりをつけていたら全然違っていた為に、予定から15分遅れでスタジオに着いた。人間椅子のボーカル&ギターによく似た年配の店員がギターネックを磨いていた。四つの部屋があり、私が予約出来たのは個人練習専門の、ドラムセットとキーボードだけがある、二人以上は入れないスタジオだった。
 来る前はまずメトロノームに合わせてみっちり基礎練習をして、と思ったものの、タイムロスで出鼻をくじかれていた為、すぐに曲に合わせて叩き始めた。
Audioslave「Like A Stone」、シンプルなパターン&世界一好きな曲(のうちの一曲)。羊文学「人間だった」、家でもよく叩いていた。OKAMOTO'S「B eautiful Days」、ザ・イエロー・モンキー「LOVE LOVE SHOW」と、まるでこれらの曲を叩いてますみたいに書いてるけれど、実際は一部だけとか、叩ける所だけ調子よく叩いて走るとか、生ドラムを叩いてみると思ってたのと違って全然叩けてないとか、途中で諦めるとかそんな感じだ。
 そしてドラムを叩いて世界一楽しい曲として(半径ゼロセンチ以内で)有名な、System Of A Down「Violent Pornografy(暴力的なエロ本)」に至る。至れてないけど至る。

 最後に何にも合わせず適当に叩いて個人練習を終える。帰り際に違う部屋から、同じく個人練習をしているドラマーの音が漏れ聞こえてきた。しっかりとしたリズムキープ、安定した音量、私のムラッムラな音とは全く違っていた。

 その後私は個人練習初回の反省を生かして、課題曲探しに取り組む事になる。
・ツーバス曲は不可
・耳コピの為、ドラムの音を拾いにくい曲は不可
・速すぎる曲、長すぎる曲は不可
・好きな曲である事(絶対条件)
・プログレには手を出すな
・最初は単調なリズムで簡単なのだけれど、それだけでは終わらず、ドラマチックな展開やリズム変化もあったりして、基礎と応用が同時に出来るような曲。

 というわけで、新しい曲ではなく、よく知っている曲のうちから「自分が叩きたい曲」を探すようになっあ。自作プレイリスト「音楽小説集関連リスト」を聴いて、条件に合う曲を見つけていく。実際に書いた曲以外にも、ちらっと登場する曲や、これでそのうち書こうと思って書けてない曲も入っている。X JAPAN「紅」は流れた瞬間次の曲に飛ばした。まだ死にたくない。
 そうして条件にピッタリ符号したのが、世界一好きなバンド(の内の一つ)、Stereophonicsの「Not Up To You」であった。最初は打ち込みのような音のドラムが、曲調が変化する瞬間に生き生きとした生の音に変わる。ドラムを意識して聴いていなければ気付かない変化に、鳥肌が立った。叩きたいと思った。この曲だけ何時間も叩いていよう、と。

 その日から私は日程の都合がつく日は必ずスタジオに入るようになった。週一が週二になり、一回一時間が二時間に延びた。叩き続ける体力もついて余分な肉も落ちた。本も読まなくなり、小説も書かなくなった。仕事も辞めて食事も摂らず、起きている間全てドラム叩きに費やした。寝ている間も夢の中でビートを刻んだ。生きている限り鼓動が止むことはないのだ。

 そんな中でいろいろな人がスタジオを訪れるのを見た。レベルの高いメタリカのコピーバンドがいるなと思ったら、メタリカ本人だった。店員に聞くと「近所に住んでるメタリカが時々メタリカをやりにくる」との事だ。年老いた外国人夫婦がピアノとボーカルをしっとりと歌い上げていると思ったら、オジー・オズボーンとシャロン・オズボーン夫妻だった。アベフトシのギターに合わせて忌野清志郎が「イエスタディを歌って」を歌っていた。各部屋の小窓から見えるそれらの風景を横目に、私は一人でドラムを叩き続けた。

 そうして数十年が経った。
 練習の甲斐あってすっかり私はプロのドラマー並に叩けるようになっていた。なんて事はなく、やっぱりすぐにリズムが走るし、好きな曲の好きな箇所しか叩けていなかった。同じ年月の半分でも、みっちり基礎練習に費やすべきだったのだ。
 歳を取った私の手足は細くなり、目もかすみ耳も遠くなった。技術的な事ではなく、体力的な理由で、速い曲は叩けなくなった。
 もう引退かな、と思ったが、私にはもうドラムを叩く以外にやりたい事など何も無くなっていた。
 メトロノームの電源を入れ、ゆったりとしたテンポで四分を刻む。
 まずはここから。
 ほどほどに。
 だけど、どこまでも。

(了)


※実際には作者は一度個人練習に行っただけです。
練習の様子
https://twitter.com/dorobe560/status/1362042348222304259?s=09
https://twitter.com/dorobe560/status/1361884057710174210?s=09
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