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「ミシュガルドむかしばなし」作:新野辺のべる(5/26 21:37)

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 むかーしむかしのことじゃったー。
 世界がまだ混沌としていて、天地には区別がなかったころ。そこで創造主は混沌を二つに分け小さいほうを上に浮かべて世界竜ハイドロエンドスターを作り、大きい方を踏み固めて世界を創ったそうな。
 そして世界竜が浮かぶほうを天、世界があるほうを地と呼ぶようになりました。
 以来ハイドロエンドスターはお空に浮かんだまま、けして介入せず世界を見守り続けました。
 どれほど時が流れたことでしょう。
 ハイドロエンドスターの使わなくなった手足は収縮し、ただのコブになってしまいました。これではもう地上に降りることはできません。
 やがて世界には巨大な大陸が出現し、地上には古代ミシュガルド人が繁栄しました。古代ミシュガルド人は天まで届く世界樹を創り出し、世界樹を登ってハイドロエンドスターと接触を試みました。この時には理性というものが残っていて、古代ミシュガルド人と会話をすることができました。ハイドロエンドスターは友達になった古代ミシュガルド人にさまざまな英知を授けました。
 その力で世界樹は月を追い越すほどに伸び、太陽に迫るほどになりました。
 ところがおごり高ぶった古代ミシュガルド人は創造主の逆鱗に触れ滅ぼされてしまいました。
 世界は更地へと還り、再びハイドロエンドスターはひとりぼっちになりました。
 それから千年経ちました。
 しゃべることがなくなったハイドロエンドスターの発声器官はすっかり退化してしまいました。岩のような鱗はコケむし、鱗の間にたまった土埃からはキノコが生えていました。
 ハイドロエンドスターは天高く飛んで、太陽に背中を向けました。しばらく日向ぼっこすることにしたのです。
 地上は大混乱になりました。地上には新たな人類が繁栄していましたが、まだ古代ミシュガルド人ほどは賢くなっていなかったのです。
「竜人が太陽を食べてしまった」
「竜人よ、飲み込んだ太陽を返してくれ」
 人々の言葉は届きません。届いたとしてハイドロエンドスターにはもう理解できないのです。
 巨大なハイドロエンドスターの体が日光を遮り、世界には永遠に明けることのない夜が訪れました。雪解けのない長い冬が到来しました。
 草木は枯れ、動物は永遠に眠り、人々は飢えました。賢い魔術師も力ある皇帝も誰も彼もなすすべがありません。疫病が流行し、長い戦乱が続きました。闇に乗じて無法が横行し、正義はついえ悪徳がはびこります。弱き者は隠れて暮らさなければなりません。人は滅びる運命なのでしょうか。
 そんな時ひとりの非力な女が声を上げました。
「おっかあ、私ハイドロエンドスターに会いに行く」
 母親は驚いて止めました。
「ズゥ、あなたみんなのためにどいてくださいって説得に行く気? 何もあなたが世界の命運をしょいこむことはないのに」
「違うの! なでなでしたり、すりすりしたり、ごろごろしたり、ちゅっちゅしたり、ぺろぺろしに行く」
 ズゥ・ルマニアは人の運命とか世界の命運とか知ったこっちゃありませんでした。こうなったら誰にも止められません。
 動物学者の名声を利用し、後援者を募り、小さな気球を開発しました。
 たったひとり気球に乗り込み、風にまかせて飛び立ちます。ハイドロエンドスターは遥か上空です。どんどん高度を上げると太陽に近づいているはずなのに、気温は急激に下がっていきました。ズゥは気球のバーナーに近づき寒さをしのぎました。頭が痛くなり、息絶え絶えで気分が悪い。バーナーに空気を送るふいごに口を近づけ薄い空気をやり過ごしました。
 ふいに気球に日光が降り注ぎました。一年ぶりのお天道様です。いつの間にかハイドロエンドスターの背の上に出ていたのです。
 日光と巨大な光輪に照らされ、台地のような大きな背中は乾燥しきって鱗がひび割れています。ひび割れからは草が生えて茂り、緑色の体毛のように見えました。背中のきわには白い産毛が生えそろっています。こちらは本物の体毛のようでした。
 巨大な背中を通過したところで、六本角のフリルに気球がかすります。
 気球はハイドロエンドスターの頭の二つあるうち左の角に引っ掛かり、宙づりになって止まりました。ズゥはひっくり返ったかごから這い上がり、ハイドロエンドスターの額によじ登ります。
「絶景かな絶景かな」
 きらきらと光る水平線は丸みを帯び、地図とは少し形が違う三つの大陸が見えます。地図にない見知らぬ大陸まであります。
「これが私たちの世界」
 足元で微震が起きました。
 いにしえの竜人の目覚めです。
 ハイドロエンドスターにはまぶたがありません。開きっぱなしではあったが点睛を欠いていたその目に光が灯ります。額に乗った千年ぶりのお客さんに、あいさつしようと口を開きました。
「アッ……アッ……」
 首の中を通る空気の音だけが出ています。
 声帯はとおになくなり、声にならない声はかき消えました。竜人は思ったように出ない自分の声に驚きました。声が出たところで古代の言葉が伝わるはずはありません。
「こんちわ!」
 ズゥからあいさつが返ってきました。偶然かもしれません。伝わるはずはないのですから。
 それでもハイドロエンドスターはあきらめきれません。今度は名前を聞いてみます。
「ウォーーーーーーーーーーン」
 死神のおたけびのような声が出ました。
「そうなの? あなたなでなでしてほしいのね!」
 ほらね、やっぱり伝わっていません。
 広い額に五体を投げ出して、全身でなでなでするばかり。
「あーかわいいですねー。ここをなでるともっと喜びますよー」
 まったく会話が成立しなくても、構わずズゥは語り続けます。
「よし決めた! 私あなたが入るくらい飛び切り広い動物園を作る! 危険になると丸くなるパンドラや地中を泳ぐロックダイル、バジリスク、スブタオウ、ミシュルプス、クィーンセム、ローパー、ヌルヌット、ガメキラー、レーサーパンダ、サカゲドリ、ナグリス、マフラス、ケンジャ、マトマトン、マタドン、ヘビーブル、グロースムント。他の動物もいっぱい入れるからもう寂しくないよ」
 自信たっぷり腕を組むズゥは広い世界を見下ろして言い放ちました。
 ハイドロエンドスターの凍っていた心が溶け出して、両の目が小川を作り出します。長い冬は終わったのです。
 ひなたぼっこを止め、巨竜は雲をかき分けて泳ぎ出します。十分体は温まっていました。
 太陽が何食わぬ顔で現れ、ようやく一日が始まるのでした。めでたしめでたし。
 
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