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第8章 メメントの森

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 上空から見ると黒いもやがかかっていて、地表の様子はうかがいしれない。
 禁術汚染地帯。精霊の加護の失われた土地は不毛な地であると思われていたが、意外にも森が存在していた。
 とは言え見たこともない樹木ばかりだったので、まるで未開のジャングルに分け入っていくかのよう。未踏の地に挑む者には命名の権利が与えられる。ジテンたちはこの森をメメントの森と名付けた。
 悪魔が引き抜いて逆さまに地面に刺したかのような木がまばらに生えていて、黒く大きなうろが不気味にこちらをのぞいている。根っこのような枝には深紅の果実がなっていた。まるで血しぶきみたいな奇妙な果実。
 レンヌの一揆に加わっていたのは大人だけではない。巻き込まれた子供が六人いた。一人は当然ジテン。ヒャッカを探していた時にマントをメモ代わりにして署名してもらったので、あとの五人は名前まで知っている。黒髪の人間の男の子がケーゴで、金髪のエルフの女の子がアンネリエ、でこの広い灰色髪のエルフの女の子がベルウッド。
 ベルウッドがお腹がすいたとダダをこね、赤い実をもいでいっしょに食べようとアンネリエをそそのかしている。奇妙な果実は木をしならせるほど実ってはいるが、手を伸ばしても届きそうで届かない。木登りでもしない限りは。
 女子二人の目が男子二人と合う。
「しょうがないな」
 ケーゴが率先して木に登り始めたので、しぶしぶジテンもついて行く。実のなってる枝に近づくといよいよ大きくしなったが、枝は頑丈で折れる心配はない。手でもぐのは無理そうなので、ケーゴはリュックから刃物を取り出した。
「かっこいい! それダガー?」
 ジテンはケーゴの宝物について根掘り葉掘り聞く。
「ダガーじゃなくて折れて短くなった剣だよ。折れてるけどすごいんだぜ。離れた敵も魔法の炎で焼き尽くせる優れものなんだ」
 自慢の宝物を褒められてつい熱く語るケーゴにベルウッドが「腹減ったー」と催促する。言葉が話せないアンネリエは小さな手持ちの黒板に「赤い実食べたい」と書いて掲げていた。
「ガキんちょども、それを食べるんじゃない!!」
 子供たちに怒鳴りながら血相変えたウォルトが近づいてきたので、ケーゴは思わず足場の枝を切ってしまった。
 ジテンのマントが真っ赤に染まる。ケーゴもつぶれた果実の果汁で全身赤い。地面に落っこちたが、果実がついた枝が緩衝材になって助かったようだ。
「大丈夫か? ケガはないな」
 心配するウォルトにケーゴがくってかかる。
「あんたが驚かすからだろ!」
「ごめんな。あのまま赤い実を食べていたらケガじゃすまなかったから。俺は戦時中禁断魔法の爆心地で見たんだ。生えてきた赤い実を食べた仲間はみんな何かにおびえ、同士討ちを始めちまった」
 ウォルトが怖がらせようと大げさに言っているわけではないことは子供たちにも分かったので、もう赤い実を食べようとする者はいなかった。
「代わりにもっと美味いもんやるよ」
 ウォルトが上着のポケットから出して子供たちに手渡したのは、甲皇国のパンを二度焼きしてビスケット状にした携行食だった。
 子供たちは赤い実の話よりもよっぽど、手にした未知の食べ物に怯えきっている。安心させるためにウォルトは蛍光グリーンのビスケットをかじってみせた。
 アンネリエとベルウッドは青ざめた顔を見合わせて、食べなきゃいけない流れを子供ながらに察する。ベルウッドは鼻をつまんで蛍光イエローのビスケットを口に運ぶ。アンネリエも思い切って蛍光ピンクのビスケットを口に放り込んだ。
 二人はまた顔を見合わせる。今度は喜色満面だ。
「色はともかく、味はまあまあね」
 ベルウッドの感想を聞いてようやくジテンとケーゴもおっかなびっくり食べ始めた。
「カラフルで色もいいと思うんだけどな」
 ウォルトの言葉に、まともそうに見えてもやはり甲皇国人はヤバいなと思うジテンであった。
 自分がヤバいと思われていることを知らないから、ウォルトはジテンのことを純粋に褒める。
「君はあの結界を破った子だよな? すごいな。聞きたかったんだがあれ、どうやったんだ?」
「剣闘士の方々のほうがすごかったですよ。軍人さん相手に互角だった。僕なんて……結界が破れたのはヒャッカのおかげなんです。僕は魔法陣の古代ミシュガルド文字の読めそうなところを読んだだけで。ヒャッカが教えてくれたんです。僕が動物のこととか植物のこととか世界のあらゆることを教えるお返しに、ヒャッカは古代ミシュガルド文字の読み方を教えてくれました」
「そうか。あの女の子が。悪かったな、思い出させちまって」
 ジテンはウォルトの言葉に一度は顔を曇らせたが、決意を固めて言った。
「剣を引きずるだけで地割れを起こした、あの方すごかったな。あの方にぜひともお礼が言いたいんです。合わせてくれませんか」
「ああ、レビか。ぜんぜん構わないぞ」
 二つ返事で承諾しウォルトは一番前を歩くレビのところへジテンを連れて行った。
 レビは森の中をさまよう民衆たちの一番前を進んでいる。剣を引きずるだけで、木はなぎ倒されて草は刈られる。レビの通った跡は自然に道ができた。これほど一番前を歩くのに適した人材もいないだろう。
 ただし剣を引きずっているのでめっちゃ遅い。
 足の速いフォーゲンが追いついて、レビの後ろでつっかえている。
 おかげで子供のジテンでも追いつけた。
「レビさん、助けていただきありがとうございました。僕ジテンっていいます。僕、僕強くなりたいんです。僕に剣を教えてください」
 ジテンが前のめりにお願いすると、レビは一歩後ずさった。
「いやだ!」
 子供には教えられないということかと思い、熱意を伝えるためにジテンはレビの足に取りすがる。ところが違った。
「離れろ!! そんなこと言って、この聖剣を盗む気だな。騙されんぞ!」
 思いがけないレビの言葉で、ジテンの憧れはゆっくりと冷えていく。
「ごめんな。君だけじゃないんだ。聖剣を引きずるようになって以来、近づく者には誰に対してもこうなんだ。聖剣を盗られるんじゃないかって疑心暗鬼になっててな」
 ウォルトがフォローする。
 ここぞとばかりフォーゲンも活躍しようと発言した。
「いい目をしているな少年! このフォーゲンの下で学んでみるか?」
「いやです」
 ダメだった。
 さすがのウォルトでもフォローできなかった。
「フッ。まだその時ではないということか」
 なんとか自分で取り繕おうとしているが、恥の上塗りだった。
「・・・これは命令だからな・・・」
 唐突にウォルトの背後にゾンビが立っている。
 油断してはいけなかった。
「ウォルトさん後ろ!」
 ジテンの言葉にハッとしたウォルトは斧を手にして振り返る。
「いつのまに!?」
 ゾンビは一体だけではなかった。レビの前、フォーゲンの左、ジテンの右、そこかしこにいる。
「いったい何を言ってるんだジテン?」
 レビはウォルトの後ろのゾンビを見て不思議そうに言う。
「見えてないの? 気でも狂ったの!?」
「フォーゲン、何やってる。刀を抜け。ジテンにいいとこみせるチャンスだぞ!」
「今はまだその時ではない」
「まだ言うのか? 今だろ! 今ピンチだろ」
「いや? ほんとのほんとにその時じゃないガチのヤツだが?」
 誰もウォルトとジテンの言葉を信じない。ゾンビの数ばかり増えていく。
「・・・彼らはまだ子供のようですが・・・?」
 ウォルトはゾンビの言葉に聞き覚えがあった。
「お前、ガロンなのか?」
 戦死したかつての友、ガロン・リッタールと知ってウォルトは斧を手落とした。
「ウォルトさんしっかりして、あなたまで狂ってしまったんですか……まさか! わかったぞ!! 狂ってしまったのは僕のほうだ!」
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