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ゴキブリ男の一生【20/7/2】

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吾妻振男は
最愛の五木祐美と結婚し
婿養子となった

五木振男となったある日
自分の名前が
ゴキブリオと読めることに気がついた
彼は
自分の中で膨れ上がるある衝動を
止められなくなってしまったのであった

そして
振男の本当の人生は幕を開けた



↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 



誰かに害することのない日々を過ごしていたのに
見た目が醜いというだけで
謂れのない暴力を受け続ける

ただ生きていく為にはどうしても必要だというのに
のどを潤しては忌み嫌われて
物を食めば憎まれ続ける日々


何も考えずに
本能だけでカサカサカサカサ這いずり回る

そんな人生が終わりを告げると信じて
ド派手な結婚式を
なけなし貯金で行ったのに

名前は新たに
ごきぶりお
苗字が変わって
ごきぶりお

まるでゴキブリ人生
名前までがゴキブリ人生


生きていくことに悩みがあって
それを隠して生きていく
誰からも忌み嫌われ
自分自身もどうしてここにいるかわからないまま


生きているだけでも命をいただく
嫌われ隠れるよう存在するために

助けを求めた時
初めて答えた
君と二人幸せになりたい
そう願って結婚したのに


名前は新たに
ごきぶりお
苗字が変わって
ごきぶりお

まるでゴキブリ人生
名前までがゴキブリ人生



「君は知っているだろうか
 絶望と悲しみの狭間をただただ たゆとうと言うその憂慮にも似た心模様を」

「君は知っているだろうか
 雲間から見える一筋の光が時には自らの肌をも焼き焦がすという事実を」



ぱちんと何かがはじける音がする
それは紛うことなく耳に届いた

その時初めて脳裏に浮かんだ衝動は
どうして抑えられるものでもなかった

残飯をあさり
屎尿をむさぼる

腐臭のある所へ赴いては
何某かのゴミに体をゆだねた

全ての歯車がかみ合った気がした瞬間だった

周りの人間はおぞましいものを見るように見つめたけれども
その見下した眼はこれまで自分に向けられたそれと相違なかった

自分だけが変わった

ゴキブリだ

これまでの人生における扱いがゴキブリのようで
そして今、名前までもゴキブリになったのに
なぜ人間で居ようとしていたのか

思考さえもゴキブリになった今
人生における充足の何たるかをかみしめた

屎尿と一緒にかみしめた

君はそれでも抱きしめようとしてくれた
やさしい言葉さえもかけてくれた

だがしかし
そのどれもが心には
はまらない

蔑み嫌われ
当たり前のように踏みつけられ
致死量の何かを吹きかけられるゴキブリだから

一生懸命生きていても
誰からも喜ばれず
何もしなくても存在だけで
一方的に嫌われる

見つかれば殺される

だから一生日陰暮らし

それが僕だ
それが僕だ
君と結婚した
ごきぶりおだ

抱きしめるのはやめてくれ
やさしい言葉もやめてくれ

自暴自棄になったわけじゃあないから
死に急ぎたいわけじゃあないから

今はただ逃げるけれども
君になら踏み殺されても良いとそれだけは思えた

暗闇の中から抜け出したかったけれども
結局のところ、自分自身の居場所は
じめじめと鬱屈した暗闇にしかなかったとしたら
それは果たして不幸なのだろうか


人生において
何よりも晴れやかな気持ちで
もう一度
今度は自分の意思で
暗闇の中に戻る僕を見て
君は何を語りかけてくれるのか

それでも
もしそれでも
その言葉が本当に優しい言葉であり
抱きしめてくれるのであれば
共に生きることにしよう

決して暗闇からは出られないかもしれないけれども
共に生きていくことはできるだろう

幸せは誰かに決められた形に
自分を当てはめる作業では決してないのだから…

いつか空を飛べたとしても
それさえも嫌がられるごきぶりお

それが僕だ
それが僕だ
君と結婚した
ごきぶりおだ


名前は新たに
ごきぶりお
苗字が変わって
ごきぶりお

まるでゴキブリ人生
名前までがゴキブリ人生


そして50年
生命力だけは尽きることがないままに
疲れ果てた
それでも離してくれなかった君が今死に絶えた

君が愛してくれたから
いつまでもゴキブリだったから
最後にゴキブリらしく
君の死肉を食んでいく

そして別れを告げた後
吾妻振男に戻って
人間として死ぬのはどうなんだろう

悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んだ

愛されたからゴキブリなのか
愛されたから人間なのか
愛されなければ人間だったのか
愛されなければゴキブリなのか

悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで
悩んで…

いつしか死肉を食べ終わろうとしていた

それは夜明けだろうか
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