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序章

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序章

 まだ『それ』が見えていた頃の話。
 物心がついた時からだった。
それらはいつも走り回り、騒ぎ立て、メイドに悪戯をし、壺や、机や、飾られた絵画から語りかけてきた。
形も様々だった。角と肌の色を除けば、唯小さすぎるだけの人間も居れば、自分や大人と同じ大きさだが、足が無かったり、全体が透けている者も居た。
動物に似ているものや、家具に取り憑いているもの、絵本で見た御伽噺のそれの形をしているもあれば、何とも形容し難い不可解な形のものもあった。
 この国を統べる皇帝の血を引く、軍人の母に言えば、白昼夢とあしらわれ、宮廷魔術師であり、反戦思想を持つ家の出の父に言えば、医者を連れて来られた。
メイド達に至っては、子供の遊びと捉えて話を合わせはするものの、その裏では訝しげな顔をするばかりで、どうもこれらは、自分にしか見えないようだった。
 この国にも少数ばかり居る、人ならざる形をしている『亜人』と呼ばれる者達が居るが、それらにも“彼等”の姿は捉えられないらしい。
“彼等”の存在を知らしめる為の物的な証拠は、何一つとして無かったので、その内自分も夢幻だと思い、“彼等”が悪さをしようものなら、素知らぬフリをして止めに入ったりはしたが、それ以外は何も気にしないようにしていた。
――あの日が来るまでは。

 去る正月、父の実家の当主に挨拶に連れられた日の事だった。
大人達の話をついていけず、我が家に劣らぬ広大な屋敷の中を一人歩き回っていたところで、それは起こった。
 この屋敷に中にも、“彼等”が居た。家にも居る、角の生えた小人達だった。
深紅のカーペットが敷かれた廊下を、てちてちと走っていたので、思わず追いかけると、少ししない内に厨房へと辿り着いた。
そこの者達は殆ど出払っているようで、お茶の準備をしているメイドが一人、バームクーヘンの盛り付けをしているだけだった。
 いつもなら邪魔しないよう、そのまま戻るなり通り過ぎるなりするのだが、ふとある光景を目にしてしまい、厨房に飛び入る事になってしまった。
小人達が、父達に出すであろうお茶のティーポットを、ひっくり返そうとしていたので、思わず慌てて引っ掴んでしまった。
当然の事ながら、駆けつけたその足音にメイドが振り返った。彼女からすれば、虚空を掴んでいる変な子供にしか見えないだろう。蝿が入りかけていたのだと、ありきたりな理由を言おうとしたその時だった。

「見えるのですね、カール殿下」

 耳を疑った。今まで誰も、見えも信じもしなかったというのに。
見上げると、薄紫の髪を後ろに結ったメイドは、とても嬉しそうな顔で微笑んでいた。
 前髪を揃え、少し眉が太かったが、器量の良い若い女性だった。

「"彼等"が見えるという事は、選ばれた者である証なのです」

 静かな、昂りを抑え込んだかのような声で、メイドはそう言った。髪と同じ薄紫の瞳が、とても煌びやかに揺れていたのを、今でも忘れられないでいる。

「どうか偉大な皇帝となり、この国をお救い下さい。カール殿下」

そのメイドの言葉は、まるで自分の悲願を、こちらに託そうとしているようにも聞こえた――。
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