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蚊取線子と血取吸子

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 単刀直入に言う。――あたしは蚊取り線香だ。
 ……あ、待って、引かないで欲しい。あたしだって好きで蚊取り線香になっているわけじゃないの。でもね、やっぱり生きとし生けるライブなナマモノ達は、生い立ちを選択できないの。
 あたしは生まれた瞬間、蚊取り線香だった。ただ、それだけの話。だから引かないで欲しいの。あたしが蚊取り線香だろうと、あなたが変わることはないのだから。……そう、貴方が“蚊”じゃないかぎり。



『蚊取線子と血取吸子』



 夏、人間の方々は生温い空気を少しでも涼しくしようと、家中に夏ならではの物を置き始める。居間の扇風機、縁側の風鈴、いつもキンキンに冷やしてある麦茶。そして、螺旋をかたどる緑の蚊取り線香。
 あたしの名前は蚊取線子。外見は立派な蚊取り線香だけれど、これでも自我なんて持っちゃってたり。

「おーい、線子ちゃーん」
「あ、吸子ちゃん」

 高周波を周りに撒き散らしながら、彼女がこっちに近付いてくる。彼女があたしの友達、血取吸子(ちどりすうこ)ちゃん。見て分かるとおり、ぶっちゃけ人間の感性だと気持ち悪い容姿をしている。……そう、吸子ちゃんは蚊、なんです。あの虫っぽくて血を吸っちゃう、あれ。
 でもやっぱり、彼女もあたしと同じで自我を持っている。だからこそ、あたし達は友達で居られるの。

「今日も暑いねー。人間たちもみんな薄着してるよ」
「吸子ちゃんの場合はむしろ嬉しいんじゃない? 薄着してる人間のほうが吸いやすいと思うんだけど」
「そうなんだけどー」

 吸子ちゃんがブブブッ、と羽を毎秒2000回くらい動かして、隣を歩いてゆく人間を横目に見ながら話す。

「ぶっちゃけちゃうと、服の上からでも余裕で吸えるんだよねえ。その代わり、私の口吻がグロテスクなことになっちゃうけどね」
「グロテスク……」

 あたしは言うのを躊躇った。何を躊躇ったかって、口吻がグロテスクなことになろうとならなかろうと、吸子ちゃんの見た目は十分にグロテスクだということ。
 もちろんあたしは友達なので、それは口に出来ない。

「……はっ、人間がくる! 吸子ちゃん、逃げて!」
「大丈夫大丈夫。直接狙われない限り、私のことを殺すだなんて人間にはできないわよ」



――――――人間サイド

「おーい、ねーちゃーん。蚊取り線香ってどこにあったっけー?」
「棚の上にあるんじゃなーい」
「ないってばー」.
「……あっ、おねーちゃんの頭の上にあったや。てへっ、わたしったらうっかりどじっ娘ね」
「ぶりっこはいいからその尻の下に敷いてる箱をよこせよ」
「近くに来てたんなら自分でとりなさいよ」
「……いい、のか?」
「うん……優しく、してね」

――――――人間サイド、堂々の完結



 そんな他愛もない話をしていた時、急にあたしの入っていた箱が大きく揺れた。先っぽが折れて痛い。

「線子ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど大丈夫! 線子は強い子! 痛くたって泣かない!!」
「それにしても、なんで急に揺れて……あ、まさか」

 吸子ちゃんが上、箱のふたの部分を見た瞬間、急にふたが開かれた。それと同時に、人間の手に捕まるあたし。

「……! 吸子ちゃん逃げて! 人間はあたしを燃やすつもりよ!!」
「え、そ、そんな。そんなことになったら、線子ちゃんは!」
「あたしのことはいいから速く逃げて! ここに居たら、吸子ちゃんが死んじゃう!!」

 あたしの目の前にライターが迫ってくる。ここから出る火に焼かれたら、あたしは友達の吸子ちゃんを殺してしまう。あたしも死んじゃうけど、それよりも吸子ちゃんが目の前で死ぬ姿を見るほうがもっと嫌だ!

「線子ちゃああああん!!1」
「こっ、来ないで! もう、あっ、ぐ、ぎゃああああああ燃えっ、ぐあぎゃああああああああ」
「線子ちゃあああんああああいやああああああああげほっ! げほっぐふっ、げぼっ!! ぐげ、ぎゃ、げぶふう!!!」
「ぎゃああああああ吸子ちゃあああああんいやあああああああ」
「げぼぼぼぼがぎゃあぐうううううううぐるしいいいいいい」
「もうやめてええええええぎゃあああああああああああああああ」


 こうして、蚊取線子は夏の風物詩と成り、血取吸子はその犠牲となった。完。
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