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第十二話「昔の私、今のわたし」

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「杉くんお帰り」
当然のようにそう言う村山によって、奇襲であるはずの村山の登場が奇襲でない感じがする。
「なんでここにいるんだ?」
強くこぶしを握り締めて言い放つ。
「なんでって、杉くんが返事くれないからじゃん」
村山は俺の体をポンポンと叩きながら、苦笑いを一つ。
「返事をしないってことが……一つの答えだって分からないのか?」
 風が吹いた。春なのにとても冷たい風。
村山の茶色の長い髪が揺れる。
 その風を切るように村山のビンタが俺の頬に当たった。
「なにすんだよ?」冷静に対処する。それが俺の正義(ジャスティス)
「これが、私の答え」長い髪を無造作に触りながら言い放った。
「訳わかんねーよ」ため息をつく。村山と再会するようになってから今まで何回ついているのだろうか?
村山は返事をしない。
村山の方へ目を向けると、泣いていた。
地面に座り込んで、体を丸めて息を殺すかのように、か細く。
「杉くん、杉くん、杉くん」ほとんど聞き取れない声が響く。
「何だよ?」
「杉くん、今私がビンタしたこと怒っているでしょ?」体育座りの姿勢から、顔色を伺うように言った。
「当たり前だろ。理由もなくビンタされて嬉しい訳ないだろ」
「だから、杉くんは女心が分からないのよ」
小さな声が、鼓膜を打ち破る。まるで、機関銃のような勢いで。
「覚えてる? あの時、そう、一年前のあの時。確かに私は杉くんにひどいことを言ったかもしれない。
だけど……杉くんは……私を……私も……傷ついたんだよ」
 止まっていた泣き声が再び二人の空間に溢れ出した。
 泣き声は、村山の感情を抑えていた防波堤を打ち破る。俺にはもう、どうすることもできない。
「彼女とは思っていなかったとしても、異性としては見てたはずだよね、ねえ、ねえ?」
あまりに静かな住宅街に響く声。村山のこういう所が嫌いだった……と思う。
いや、村山のこういう所が……
「ねえ、私を抱きしめてよ、私……女なんだよ?」
震える体からナイフのような言葉が放たれる。
 返事ができない。
できる訳がない。返事に村山は満足しないはずだから。
 返事を待たずして、村山が話し始める。
かすれているが、艶のある声で。
「あの時は抱きしめてくれなかったよね? それが悔しくて、私、女を磨いたのよ。
抱きしめてくれないなら、せめて、きれいになったね、ぐらい言ってよ。お願い」
もの凄い気迫の影に、村山の体は小刻みに震えている。
少し冷静になって今の事態を考えてみる。家の前で男女二人、女の子が泣き崩れているという構図。
周りの人が見ればどう考えても俺が悪いと思うだろう。
 知り合いや……川本、華美には見られたくない。
こんな場面で自分の身の心配をしている時点で女心が分からない奴かもしれないな。
 いや、女心が分からないんじゃない。
村山の心が、キモチが分からないんだよ。
 一向に俺が返事をしないのでしびれを切らしたのか、涙を拭って何かを捕らえるような目つきで村山が話し始めた。
「ねえ、答えてくれないの? 私、綺麗じゃないの? そうよね、綺麗じゃないわ。身も心も汚れているわ」
「もうやめろよ。そんなこと言っても、何にもならないじゃないか」
 このままじゃ良くない。俺も、そして、村山も。
体を丸めて、小刻みに震えている村山を促すようにして家に入れる。
 強く手を握って。
そのまま真っ直ぐ洗面所に向かい、涙でぐちゃくちゃの顔を洗うように言った。
「顔を洗ったら、化粧が落ちて余計に醜くなるじゃん」笑った顔は、化粧をしていた時の顔より輝いて見える。
「そうだよな。本当に俺って女心が分からないんだよな」
「でも私、そういう所が好きだったのかもしれない」村山が何かを懐かしむように笑う。
「さっきは女心が分からないって怒っていたのに?」
「もう、だから杉くんは女心が分からないんだよ」そう言いながら、照れくさそうにポンポンと背中を叩く。
「すまん、すまん。こんな所で話すのもあれだし、俺の部屋に来いよ」
「嫌」
「なんで?」
「嫌」
「なんでだよ?」
村山は黙ったままで答えない。
村山のキモチを少しだけど、理解できたと思っていたのに。
 そんな単純じゃないらしい。
 お、ん、な、ご、こ、ろ、は。


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