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4月

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ある人が言う所によると、4月は最も残酷な月らしい。
「紫丁香花の花を死んだ土から生み出し/追憶に欲情をかきまぜたり/春の雨で鈍重な草根をふるい起こす」とかなんとか。
僕はあまりそう思わない。一番残酷なのは2月か3月あたりだろうと思う。特に今年の先月は、この前も書いたけれども本当にクソだった。お酒と変な薬とゲロと瘴気と正気と狂気と病気とたまに聞こえてくる変な囁きがつま先あたりから蝕んできてる、って感じで。
寝ていても薄い陽炎と悪夢ばっかりなので、起きていたほうがマシという理由で最近はあまり眠っていない。本当は横になるのが好きなんだけれども、そうしていると城郭都市の安物件の常で、変な霊とかが気力が無いヤツを狙って襲ってくる。それにベッドはこぼしたお酒と自分の体臭でひどい悪臭を放っていて、横になる気にすらなれない。

いつも坂をかけあがる気力がないから海沿いの下の階層ばかり行くけれども、たまに上に昇って内陸へ行くと通路と電線と空汽船が空を埋め尽くして、そして階段と窓だらけの建物が並びまくりすぐに混乱してしまう。
この街は中層あたりが一番ごちゃごちゃとしていて、お金の無い人たちが勝手に通路を作ったり壁を壊したりしているから、数ヶ月で風景がガラリと変わってしまう。
だからこの辺りの地図屋は大変だ。24時間眠らずに仕事をしている上、下層と給料は変わらないらしい。そのうちにストでも起こすんだろうけど、常に変わるものを描き続けるなんて意味あるんだろうか?
まあ、数年もすれば魔術師か竜か過激派がまた街をぐちゃぐちゃにするだろうから、そもそも地図屋自体意味あるのか? とも思う。どうせこの街の人間なんて、地図なんて見ないだろうし、鳥みたく直感で家に帰れるんだし。そんな事を考えながら道端でお酒を今日も飲む。春風のような安寧はまだまだ来ない。
多分三年かそれ以上か。どれくらいかも分からないくらい久々に、紙巻きの煙草を吸った。
手元に葉巻がないしお金もないしという状況での仕方がないことだったけれども、恐ろしく不味くてビックリする。
知り合いの雲男は「このエグ味がいいんだ」なんて言ってたけれども、絶対にやせ我慢だ。こんなのは僕は耐えられない。
胸の奥から込み上げてくるモノに負けて、いつものように嘔吐。でも、いつもとは違う種類の苦しい嘔吐。こんなのはルンプロしか吸わないのも納得だ。今日はあまりに具合が悪くて、部屋に帰るしかない。
43, 42

  

ある人によると、僕らは言語に頼って物事を考えてるらしい。つまりは、言語の外の物事は考えられないとかなんとか。実はその意見には僕は反対で、僕らは言語を生きるたびに生み出している、と考えている。
空の鋸や、無駄な苛立ちの燃える角、なんてのは僕の頭の中に、あるいは指先か耳の中かどこかにあって、今適当に言葉として放り出したけど、本当は言語として成り立っていない。つまりは完璧には伝わらないから。
伝わらない言葉が意味を持たないなら、全ての言葉が伝わらないんじゃ? とか考える。言葉がゲームなら、上辺のことばに意味はあるのだろうか? 僕の今の胸の奥の変な具合悪さは、誰とも真に共有できないので。
45, 44

  

ぬめぬめとした爬虫類が道を歩いているから、今日はなるべく外を歩かないように、と深夜のアナウンスが流れた。
回廊の周りは皆有名人。突風のせいらしい。
文明開花の打ち合わせで、開催は明日だけれど道端に寝ていたせいでカードを落として会場は壊れている。通路は四方八方だ。
大きな神殿のような大学は、遠くで車掌が速度や天気を案内。
だから赤いナイフで泥棒を刺したけど駅前は朝日が刺していて、箒を持って掃除する。死体は自動で動くから放っておく。
朝早くに起きたなら、何かをしなきゃいけない。横になっているだけで世界への勝利。
手から指がぽろぽろと零れ落ちると、爪の先から綺麗な蔓がふわりと芽吹く。
もう何も掴めないからその蔓に巻かれていると、雫が葉から流れ落ちてくる。
47, 46

  

憂鬱の波でサーフィン。
ゆっくりと、徐々に見える世界は懐かしい気分にさせてくれるけど、今じゃ季節は巡ってここは春。
今でもここに居ていいって気分だけれども時代はそうはいかない。

永遠の果てには、永遠に歩いて、そのさらにその果てまで永遠に歩かなければいけない。
でも、空を見上げるとたった数光年先にあるような巨大な星の数々。
今までに見たことがないような不定形の宇宙。
このままここにいてもいいかな、と少し思う。
その一方でここにいてはいけない、という思い。

音楽が流れている。夜更けのような、夜明けのような、不思議な曲。
気分は紫色でどこかが茶色。ふわふわとした6月の月のような輪郭。
ふとした、ここはずっと遠い所なんだと言う感覚。
それもそうだ。これは夢なんだから、という自覚。
この3日ほど地下通路に寝泊まりしていた。部屋に帰る気になれなかったから。それと、酔っ払い過ぎて寝ていたら、なかなかに居心地良かったから。
ジメジメとして鬱屈とした空気は最近の僕の気持ちにバッチリで、虫さんかアスファルトの隙間に無理やり咲いている雑草か何かになった気持ち。
通路の端でお酒を飲んで、葉巻を吸って、二人組の女ホームレスとか小男に食事をたかって、眠って、お酒を飲んで、と繰り返していれば随分と昔からここにいたっていうような気分になる。
そんな自堕落を繰り返して「そろそろ1週間くらい経っただろうか」なんて久々に外気を浴びるとまだ3日だった。太陽を拝まないと、何日経ったのかなんて全然分からないものだ。
そんなわけでもう2日ほど地の底に戻って自堕落したい。でも、僕の明日が呼んでいるからとりあえずは、部屋に戻って寝よう。
49, 48

  

酔っ払うのが仕事の時期があった。実を言うと、今もそうだ。しかもこの仕事のすごいところは給料が出ないところだ。僕はボランティア精神で酔っ払っている。
久々に医者に行くと「徐々に良くなっていますね、薬を出しますよ」なんて言われた。実は僕はこの薬を飲まないで知り合いに横流ししている。じゃあ、なんで良くなっているんだろう? 世の中は不思議なことばかりだ。
医者に行ったあとはいつものように散歩。鼻歌はゴルトベルク変奏曲。そしてワインを左手に、葉巻は右手に。これは太陽が東、月が西にあるように当たり前の習慣。これ無しじゃあつまらないし。
思うに人生は長すぎる。本気で生きるにしても長い。噂によると、病気で10代とか20代で亡くなった人の最期の言葉で2番目くらいに多いのが「この世界から抜け出せてハッピーだ」みたいなことらしい。僕も子供の頃は漠然と、自分は20代で燃え尽きて死ぬんだろうと思ってた。でも今は自殺するやる気すらもなく、ゆっくりと溶けていきたいっていうのが本音だ。自殺にもエネルギーが必要で、そんな行動力はもう僕に残っていない。だから今日の仕事をしよう。
51, 50

  

体のいろんなところが痛くて寝込んでいた。知り合いの錬金術師や魔法使いに電報を送ったけど「素直に医者に行くのが多分一番楽だぜ」というような返事を貰った。ただ、最近医者に行きすぎでお金がないので、自然治癒力に任せようと思う。そんなパワーが僕の体に残っているかは疑問だけれども。
でもなんだかんだで丸一日眠るとなかなか調子は良くなるもので、まだまだ捨てたもんじゃないな、なんて思う。まあ、いつも変なところで眠りすぎてベッドにいるだけで十分なのかもしれない。部屋には結界を貼ってるから(1300円もした)霊や悪魔も入ってこれない。泥のように横になれる。もう少し横になったら、また外に出て行こう。お酒と葉巻を片手に。ポケットに本と死を詰めて。
昔は1日5冊だとかアホみたいに本を読んでいたのに、最近は数ページも読んだら集中力が切れてしまう。これもお酒のせいだろう。酔っ払ってくると目が滑るしページをめくる手も正確性を無くしていく。そういう時の僕の手は、瓶のキャップを開けるのとマッチに火を着けるくらいしか役に立たない。
今日はしばらくシラフだったし久々に三冊ほどサラっと目を通せた。本の内容は特に覚えていない。スピーカーから鳴っていたラヴェルの弦楽四重奏はよく覚えている。
そして何杯か飲んでからまた散歩。人混みは嫌いだから、しばらく歩いて縄の森へ。木々の枝にはロープが縛り付けられていて、それらは天高くどこまでも伸びている。噂によると宇宙を吊るしているらしいという話だ。あるいは宇宙が首を吊っているのかも。
森の中へ分け入って木の根元に座り込む。そして夜になるまで酒盛り。まだ木々は色づいていない。空は星一つない見事な天の川。こんな日がたまにはあってもいいだろう。
53, 52

  

散歩をしていると、僕はきちんと両足で立っているのか? と不安になる時がある。地上と空の間であてもなくフラフラと半分ぼっちだからか、時折足元が泥か何かに入り込んだように崩れる。ただ酔いが腰にきただけかもしれないけれど。
さて、今日の昼ごろに酒場でビールを飲んでいたら、痩せぎすの青年がカウンターでへらへらと笑いながら「この世界は狂っていてその中で自分だけは正常。そんな狂った世界の中で狂っていない自分は、多分狂っている」なんて言葉遊びを一人つぶやいていた。
一方で僕は明らかに狂ってると自覚してるし、狂ったふうに気取ってる。ただ、その狂気を自覚してるということは、僕は正常なのかもしれない。誰が他人の正気や狂気を保証してくれるんだろう? 少なくとも自分自身ではないらしい。
3杯ほど飲んでから酒屋に寄ってウイスキーを買い、鼻歌交じりに部屋に帰っていると夜が渦巻いていた。精霊とかが街中を通るとこうなるそうで、かなり久々に見た気がする。僕が子供の頃はよくこんな風な光景はあったけれども、最近は排気ガスの影響か精霊が減っているそうで、見かけることは殆ど無くなっている。
曇り硝子を捻り曲げたような夜の中に入れば手足がぼやけて虚ろな形に。街灯のきらめきが波打って万華鏡のように胸の内に入っていく。今日はいい気分で眠れそうだ。
夜は止めどなく動いていて、その中では気怠げに手足を動かすしかない。朝日で街が薔薇色に染まるのはまだまだ先のことで永遠のようにも感じられる。
ただ、最近楽しみがあって、夜明け前になるとどこからか歌声が響いてくる。
決して上手いとは言えないけれども(酒焼けしているのか、女の人の声なのにすごいハスキーボイスだ)、自分のスタイルってものがある感じで、なかなかに印象に残る歌声。

「完全な世界の一番不完全なところで
 空を見上げたら ぽっかりと穴が空いていて
 そこから腐ったクジラが顔を出した

 丘の上から彼らと谷間を見渡せば
 クジラは空を飛ばなくなって
 季節は徐々にボクらを通り過ぎる」

みたいなことを歌っていて、なんだか意味はわからないけれど胸を打つ。
川のそばはある種の果てで境界線を越えないと季節は巡らない。
甘い毒は僕を徐々に蝕んでいく。やっぱり生きるのは難しい。
55, 54

  

生きることは辛いけれども、生まれ落ちた以上僕らは生きるしかない。モノマネ鳥が僕を馬鹿にしてそう言っても、事実なんだからしょうがない。僕らは生きるしかないんだ。
月夜は燃えそうで溶けそうで、流れ出て今にも生き生きとして。改めて、モノマネ鳥よ僕を笑え。
右ポケットに入っていたハサミで、左耳と鼻を削ぎ落としたところで、世界が明転する。
行けども行けども晴れなり。僕の心は曇り空。
57, 56

  

夢を見た。夢の中の僕は生真面目でなようで、髭を剃っていて髪も短かった。まともな仕事に就いていて友人もいるし人望もある。そんな風に時間をただただ浪費しているらしかった。
実際の僕は酒浸りで、これ以上なく人生を満喫している。人生は素晴らしい。今すぐにでも死にたいくらいに。
というわけで最悪な目覚めだから、ウイスキーをボトル半分開けて外に出る。気に食わないヤツの家の前でゲロを吐いて(毎朝話し声が煩い。頭に響く。だから正当な復讐だ)、吐いた分をまた補給。あてもなく彷徨う。裏路地を歩いて誰かと殴り合うのもいいかもしれない。あるいはどこかに座りこんで読書。ポケットには誰かの詩集とひねくれた小説と、例によって死が入っている。
生きるのは難しいけど、死んでいるのはさらに難しい。何故なら、生きていないと死ねないから。死ぬのは一度きりだ。あるいは全ては一度きりなのかも。そう考えると僕の生き様にも張り合いが出てくる。一度きりの二日酔いの具合悪さを楽しんで。
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