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金装飾の手紙

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 王の執務室は、4階の一番奥、装飾の彫られた木のドアの部屋です。
気軽に訪ねていくのはイグジクトとシーシアくらいで、他のメンバーが訪ねるのは年に2,3度、
キシェに至っては円卓になってからの3年間、近寄ったこともありません。
 部屋のレイアウトは非常に変わっていて、入るとすぐに天井に届くほどの本棚が目の前に現れます。
本の隙間から、左のほうに王の姿が見えるので左から周ると、
また本棚があって行き止まりになっているので、右から回っていく必要があります。
 これは、前王が執務室への奇襲に備えたレイアウトにしたもので、
侵入者が入ってきたとたん相手が本棚越しに見え、すぐに右から周られても数秒時間を
稼ぐことができるようになっています。
 王の机の目の前には、4人ほどで打合せができるように
木製の四角いセンターテーブルを挟むように落ち着いた深い赤い皮のソファーがあり、
たいていはここでイグジクトの相手をしたり、シーシアと打合せを行ったりしています。
 窓は北区域と海が見え、天気が良ければ奥の大陸も見えることがあり、
何か物思いにふけるときにはちょうどいいと、この景色をたいそう気に入っているようでした。

 朝食の後、そんな窓から雨模様の朝の景色を見ながら、ちょうど王は考え込んで居ました。
後ろのテーブルにはコーヒーが二つと封の開けられた金装飾の封筒がおいてあり、
ソファに座っているシーシアは、その封筒から取り出したであろう手紙を見ています。

「困ったね。」
「昨日も言ったけど、私は貴族が仕組んだことで皇帝は関係ないと思うわ。
 …彼が中途半端に男の子をけしかけたり貴族を訪問させてイースに探りを入れる。
 なんてことありえない。」
「だが皇帝はロストールをまとめ上げたありえない人物だ。」

 しばし、シーシアは黙考します。
王は向かいのソファにゆっくりと座ってコーヒーに口をつけると、
手紙を受け取って改めて内容を読み返します。

「貴族が加減な探りを入れた割に、それを台無しにするような手紙だわ。」
「台無しにもなっているし、全く意図が見えない。
 皇帝と貴族は別々に動いているのか、
 …それとも、皇帝があの薬で誰かに操られているのか?」
「薬を飲んで操られるほどの人物ではないこと、貴方ならよくわかってるでしょう。
 暗殺も貴族の思惑もはねのけて、”人間の魔”と”魔族”が混沌とするロストールをまとめ上げたのは
 あの異常なまでに聡明な皇帝だからこそ。
 貴族たちさえも陰で「魔王」と呼ぶほどの男を、
 悪魔に魂も売らずに操れる人物がいると思うかしら?」
「では、そもそも皇帝がここまで成しえたのが
 はじめから皇帝自身の意思ではないとしたら?」

穏やかな顔のまま、鋭い眼光を向けて問うディルトレイに、
シーシアは思わず、信じられないという風に身を引いて困った表情をします。

「そんな…」
「…いや、すまない、それはないな。逆だシーシア。
 彼が操られてもしない限り、彼意外の意思で動くことなどありえない、
 そして操られるということは彼に限ってはないのだ。
 やはり貴族と皇帝の思惑は別と考えていいと思う。」
 
 シーシアは深刻な顔で、王の顔から持っている手紙へと視線をむけます。

「…どうであろうと私にはその手紙の意図が全くわからない。
 ハーミッズ卿の突然の訪問を詫びているのも、話を聞いて円卓と話してみたいというのもわかる。
 貴方とイグジクト、マージュを呼ぶならわかるのに…」
「呼ばれているのは私とマージュ、
 …そしてゼル。」

 ディルトレイがそう言い切ると、肺の中のもやもやをすべて排出するように
深いため息をついて目を閉じます。
 少しの沈黙が二人を包んで、やがて目を開いてまた手紙を見ますが、
その瞳には困惑の色が浮かんでいます。

「…エストという存在を単純に見てみたいのか、それとも、緑の目に何かあるのか…」
「…単純に見てみたい、なんて理由で呼ぶとは思えないわ。
 でも、なぜ呼びたいのか見当もつかない…」
「シーシア、思い悩まなくてもいい。虎穴に入らずんば虎子を得ず、
 ゼルと一緒に帝国へ飛び込んでみよう。…虎穴というよりは、魔窟というべきか。」

シーシアは信じられないという顔をして、神に祈りをささげるように胸の前で指を組みます。

「…いつも用心深いのに、こういうときだけ思い切りがいいところは変わらないのね。
 ああ、何もわからないまま帝国に呼ばれて、かわいそうなゼル…」

 対して、ディルトレイは余裕たっぷりに微笑みながら手紙を封筒にしまいます。

「問題ないよ。こちらには我々の目の前で騎士の首をレイピアで飛ばした、
 最強の女騎士がついているのだからね。」

 シーシアは、無表情でレイピアを降り降ろすマージュと、
驚きと絶望の顔のまま宙に舞う首を思い出し、そのときの恐ろしさを思い出して肩をすくませ、
さらに強く組んだ指を握ります。
 目の前には、ちょっと意地悪をして楽しそうなディルトレイの顔がいて、
からかわれたことに気づいたシーシアは、もう!とほんの少しだけ抗議して、
嫌な思い出を流すようにまだ暖かいコーヒーを両手で持って味わうのでした。


























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 ざあっと、大きく風が吹いて、雨が斜めに降っています。
こちらを見てほしいとでもいうように、たんたん、と心地よく雨が窓にあたる音がしています。
ゼルはちょうど背中側にある窓を見上げるためにくるりと体をひねりましたが、
お腹がまだ鈍く痛むので、途中からは椅子ごと後ろにむけて、空模様を確認します。

「今日も雨かあ…」

 小さくつぶやいて、すぐに椅子をぐるりと回して、書類へ意識を戻します。
ゼルの作業部屋は3階、階段のすぐ隣にあり、”在室”と書いた看板が掛けられているシンプルな
ダークブラウンのドアです。
 中に入ると、正方形に近い間取りで正面に窓があり、窓を背中にして机と椅子が置かれ、
右壁には本棚が一つとカップボードがあって、左の壁には絵が飾られているだけです。
 机の正面にはイグジクトとマージュがどこからか勝手に持ってきた
部屋にあわない丸いカフェテーブルと、背もたれのないヴィンテージの丸椅子が置いてあります。
 お察しの通り、二人は勝手にお茶をして、談笑して、勝手に完結して
ゼルを置いてけぼりにして去っていくことがよくあるのです。

 書類の山脈は昨日よりもずいぶん減って、今日ですっかり平地にできそうなほどでした。
業務を始めて2時間ほど、少ししっとりした空気の中で雨の音だけを聞きながら作業を進めていると
なんだかだんだんと眠たくなってきます。
気分転換に窓を開けようにも雨が降っていますから、椅子から思い切り立ち上がって伸びをします。
 ついでに大きなあくびが出たところで、突然ドアが開き、慌てて口を閉じます。
白金のポニーテールを揺らして入ってきたのはマージュでした。
ずんずんこちらに歩いてきて、がしりと力強く腕をつかんできます。

「ゼル、いくぞ。」
「い、行くって…どこへ?」
「お前、昨日変な質問をされたんだろう?」
「あ…はい。」
「イグジクトと話して、薬を飲んだが故の行動だと踏んでいる。
 いつ、どこで、どのタイミングで摂取したのか聞き出しに行こう。」

白くて長い指にぐいぐいと腕を引っ張られ、少しだけそれに抵抗します。

「でも、聞いてきた人は数名いましたよ」
「なぜ聞いてきたのか、答えたやつはいるか?」
「ええと…答えた人もいましたけど…」
「何と言われた?」

 ゼルは記憶を呼び起こします。

「ええと…町の人はそう聞いたからて言ったかな、検問所のおじさんは緑の目だからって…
 お城のメイドはそう言わなければならないと思ったって…」
「じゃあ、メイドから話しを聞いていこう。」
「ああ…」

 さっきの倍の力で引っ張られ、体制を崩しながらギリギリ転ばずに部屋を去ります。
窓が風でガタガタとなって、部屋はすっかり雨音だけになりました。
 早歩きのマージュに、ゼルは小走り気味で少し後ろ追いかけます。

「マージュ様、一番怪しいのはおじさんでは…」
「どうしてそう思う?」
「緑の目だから、と明確な答えが返ってきたので…」
「確かにそちらも怪しい。」

こちらも見もせずにそのままずんずんと進んでいきます。
スピードを落とさずに階段をどんどん 下りていくのに、ゼルは一生懸命についていきます。

「だが、言わなければ”ならない”とメイドが言ったということは、
 誰かに命令されているからだろう?」
「なるほど…」
「イーギルには検問のあたりで薬を持ち込むような怪しいやつがいないか
 調査してもらっている。
 …これで私たちは大荒れの外に行かなくてもいいという事だ。」

 と、ニヤリとしながら言い放つと、ちょうど1階についたので、くるりと曲がって、
そのままキッチンのほうに向かいます。
目的地は、隣にあるメイドの休憩室です。
 近くまで来ると、ちょうどオルガがキッチンから出てくるところでした。
オルガはこちらを見たとたんムッとして、キッチンのドアの前に立ちふさがったので、
それを見たマージュとはというと、ちょっと苦笑いします。

「オルガ、違う。私はキッチンに忍び込もうとしたわけじゃない」
「…さようですか。それで、どうされました?」

変わらずに疑いの目を向けるオルガに、マージュはちょっと困ったように笑います。

「本当に違うよ。メイドを探しに来たんだ。」
「メイド?」
「うん、ん?ええと、何て名前のメイドに言われた?」
「えっ」

ゼルとマージュは顔を見合わせます。
たくさんメイドがいる中で、一人ひとり名前まで覚えられてはいませんし、
若いメイドなんて、お城にはたくさんいます。

「あっ、そうだ、昨日そのメイドに植物園のキイチゴを渡したんです、カゴいっぱいの。
 その子に会いたいんです。」
「ああ、キイチゴ、ゼル様が持って来てくださったんですもんね。
 …でも残念ながら、カゴは置手紙と一緒にキッチンにおいてあって、
 誰が置いたかわからないのです」

また二人は顔を見合わせますが、
すぐにゼルが思いついたようにあっ、と声を上げます。

「昨日出勤していて、夕方ごろに休憩室にいたメイドを知ることはできませんか?」
「そうですね…ちょっとお待ちください。」

オルガは休憩室にノックをしてドアを開けて、急停止します。
こちら側に開かれたドアから斜めになって首だけを出して、

「あ、ゼル様、キッチンに入らないよう見張ってください」

そう一言強く声をかけると、部屋の中に入っていきました。
マージュのもの言いたげな目と目が合いますが、

「ダメですよ」

と、念のためくぎを刺しておきます。
 マージュは思わず鼻で笑うと壁に寄りかかって腕を組み、きちんと待っていてくれる様子でした。
ほどなくしてオルガが、10代後半くらいの若いメイドと一緒に部屋から出てきました。
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「昨日、この子が夕方頃にいたようです。」
「ごきげんよう、マージュ様、ゼル様。」

メイドはスカートを少し上げて、ちょんと膝を曲げて可愛らしいあいさつをします。

「どうだゼル。」
「ううん…?」

昨日の記憶を呼び起こしますが、どうしても違う気がします。

「一緒に、他のメイドと一緒にいませんでしたか?」
「はいゼル様。昨日はたまたま一人でした。」

ゼルは腕を組んで唸ります。やっぱりこんな幼い感じでもなかったし、どう考えても違います。
オルガもマージュも困った顔をしています。

「…自分からキイチゴいっぱいのカゴを受け取ったのは、君じゃない…ですよね?」
「はい、昨日はゼル様とお会いしていませんし、
 キイチゴの入ったカゴはキッチンで見かけたくらいで…」
「そ、そうですか…」

ゼルはついに困ってしまいました。
それ以上のわかるような特徴は思いつかなかったのです。

「マージュ様、メイドを探すより、検問所にいったほうが早いと思います。」
「…そうだな。」

心底いやそうに、眉間にしわを寄せて壁に寄りかかるのをやめます。
ゼルも部屋にいた時に聞こえてきた風と雨音を思い出して、足が重たくなるのを感じます。

「ありがとう、参考になりました。」

肩を落としてとぼとぼとエントランスホールに向かう二人に、
メイドが何か思いついたように声をあげて引き留めます。

「…あっ、ゼル様、もしかしたら、なんですけど…
 私と入れ違いで休憩室から出て行ったメイドがいるんです。
 もしかしたらその子かもしれません。」

引き留められた2人は、ほんの少しだけ目を輝かせて、
雨風から逃れられると嬉しい気持ちを抑えながら思わずぐいっと詰め寄ります。

「そのメイドは今日どこに?」
「あの、今日は体調不良でおやすみなんです」
「体調不良?」
「はい。」

 思いつくのは、あの薬の作用です。
昨晩、確かに王は、服用後に体調不良を引き起こすと言っていました。
そのメイドが、”薬を飲んだことによる体調不良”ならば、
誰の命令なのかどこで指示をされたのか、聞き出すことができます。

「身体が辛い時に訪ねていくのも気が引けますね…」
「やむを得ない事態だ、話を聞かせてもらおう。」

申し訳なさそうな二人ですが、声に嬉しそうな響きが混じっています。

「そのメイドはどこに住んでいるのかわかるか。」
「たしか南区域の、検問所のあたりです。」

 マージュは固まります。
結局二人は雨の中、やっぱりお城から一番遠い南区域まで
出向かなければならないのです。
また眉間にしわを寄せて、半目でこちらを見るマージュに、
ゼルは苦笑いを返すのでした。
 そのまま2人は御礼を言ってメイドたちと別れ、エントランスに向かうと、
扉を開けて外の様子をのぞいてみます。

「濡れたくないな。」

 そっと扉を閉じると、潤いのある薄い唇から本音がこぼれます。
どうやら、さっきよりもずいぶんと雨風が強くなったようです。
お城に入ってくるひゅうひゅうという音が、風の強さと寒さを感じさせます。
こうなっては傘を持っていたほうが危ないでしょう。

「…自分だけで行ってきますよ。」
「提案したのは自分だ。一応責任はとる。」

 そう言いつつも、もう一度ちょこっとだけ扉を開けて外をみると、
険しい顔で閉じてこちらを見てきます。
ゼルもその顔を見て外の様子を想像し、思わず肩を落としてしまいます。

「いや、もうさっさと行ってしまおう!
 レインコートとブーツを準備したらここに集合、いいね?」

奮起するように背筋を伸ばして、自分に言い聞かせるように指令を出したマージュでしたが、
びゅん、と聞こえてきた風の音に、やる気を削ぎ落されたように肩を落とします。

「…はあ、準備しに行くか。」
「ああ、待って。こんなところにいたのね」

 柔らかい響きの女性の声が呼び止めます。
2人は聞き覚えのある声に引き留められたことに驚きながら振り返ると、
扉から入ってきた風でふわりとゆれる深い青緑のドレスが目に入ります。

「少しいいかしら?」
「もちろんですが…」

階段から降りてきましたのは、シーシアでした。
ゼルは面食らったような顔で返事をします。

「どうされましたか?」
「ちょっと話があるから来てほしいの。上の談話室でディルトレイが待ってるわ。」

 きょとんとする2人をよそに、階段を上るように手招きします。
マージュは階段を登り始めるシーシアに急いで追いつくと、
当たり前のように左手を取ってさらに腕を腰にまわして隣を歩きます。

「あらいいのに、少しだから。
 ふふ、騎士にエスコートされるなんていくつになってもうれしいものね。」

 階段を上り終わると、今度は風のように談話室のドアを開けます。
流れるような動きで当たり前のようにこなす姿、ゼルは騎士のあり方に感心します。
ドアを開いてシーシアを先に通すと、次にゼル、最後に自分が入ります。

 窓側の、いつもマージュが座っている席に、ディルトレイがぽつんと座って待っていました。
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部屋は、もうすぐお昼だというのに薄暗く、
ここでも風の音とざあざあと降る雨の音が聞こえてきています。

「天気が悪くなる前に帰ってこれて良かったわ。」

部屋に入るなり、窓の外を見てシーシアがつぶやきます。
呼ばれた2人は、ディルトレイの前に片膝を立てて跪きました。

「お待たせいたしました。」
「突然呼び出してすまないね。」
「…もしかしてイグジクトが何かしましたか?」

マージュの、間髪入れずに発された一言にディルトレイが吹き出します。

「ふふ、そんなことを言われるとはイグジクトもまだまだだな。
 さて、2人とも忙しいだろうから手短に話すが」
 明後日、私とマージュ、そしてゼルの3人で帝国へと向かう。」
「えっ」

 2人は声を揃えます。
風が窓枠を揺らす音が一番大きく聞こえるほどに、一瞬の沈黙が訪れます。
 同時に、ゼルは心臓がが早鐘のように打つのと、手に変な汗をかくのを感じますが、
あまりの衝撃に言葉を発することができず、
ぽかんと口を開けたまま困った顔で固まっています。
女騎士はというと、ぎゅっと深く眉間にしわを寄せて王を凝視します。

「皇帝直々のお呼び出しよ。」
「あの貴族の話しを聞いての呼び出しということですか?」
「さあ、どうかしらね」

 外交は目を伏せて大きくため息をつき、金の装飾の入った封筒を差し出してきて、
女騎士はそれをすぐに受け取って中を出して読み始めます。
 困惑の表情をして一言も発さない側近を、王は鋭い眼光でまっすぐ見ています。

「一連の流れを考えたら怖いだろうし、不安だろう。
 …何故か皇帝がゼルを呼んでいる。意味もなく呼ぶとは思えない。
 だが、必ず今回我々をかき乱している事件を解決するカギとなるはずだ。」

 優しく諭すように、静かな口調は変えずに、灰色と深緑の瞳に側近が映ります。
側近は不安の色を含んだ磨いたエメラルドのような瞳で、まっすぐに見つめ返します。
目を合わせる2人を交互に見た外交は困った顔で小さく口を開きますが、
言葉が出てこずにそのまま閉じそうになったところで

「いえ」

と絞り出すような声が沈黙を破ります。

「行きます。 自分には行かない理由がありません。」

 弱弱しいながらも、語尾をはっきりと結んだ言葉に、王は微笑んで頷きました。
シーシアもホッとしたように微笑んみますが、同時に少し悲しそうな顔をしました。

「貴方は本当に、何に巻き込まれてしまったのかしらね。」
「きっと、行けばわかる事がある。準備はきちんとしていこう。
 これに関してはまた指示する。」
「…承知いたしました。」

返事をしながらも、相変わらず女騎士は難しい顔で手紙を読んでいます。

「貴族が突然訪問したことへの謝罪と、王と女騎士、そして側近を招待したいと、
 本当に内容はそれだけ…」
「何故、自分なんでしょうか?貴族と会ったのはイグジクト様なのに…」
「ふふ、イグジクトはああ見えて色々ある男でね。
 だからといって、何故ゼルなのかはわからない。
 ただ、もしかしたら、緑の目を探していた少年を探している人物は、
 皇帝なのかもしれない。」

 ここ数日、なんだかよくわからずにたくさんの事に巻き込まれて
混乱したまま日々を過ごしていましたが、全ての出来事がつながっているなら、
自分が何故こんなことになっているのかがきっとわかるでしょう。
 緑の目を探す少年、突然の貴族の訪問、帝国へ行かせようとする人々、
全て同じ人物が仕向けたことだとしたら。
それが、皇帝が仕掛けたことだとしたら?何のために?
単純に緑目狩りを目的としている貴族なのだとしたら?自分はまた、あの時のように…
本当の理由が帝国に行ってわかるとしても、あまり良くない想像をしてしまって、
それが苦虫を嚙み潰したような表情になります。

「いい、もうそれ以上考えたところでドツボにはまるだけだぞゼル。行こう。」 

 丁寧に手紙を封筒にしまって返すと、
立ち上がってシーシアとディルトレイに一礼をして去ろうとします。
それを見て、ゼルも慌てて立ち上がります。

「さて、マージュはこれからゼルを引き連れてどこへ行くつもりかな?」
「ゼルに帝国行きを促してきたメイドに話を聞いてきます。
 今日は体調不良で休みだとのことで、南区域の家へ行って聞き出そうかと」
「すぐ出ていくつもりなの?」
「はい、そのつもりです」
「お昼を食べてからにしたらどうかしら、午後は雨も風も落ち着くって聞いたわ。」
「そうでしたか、それでは午後にします。」

エントランスで肩を落としていた姿はどこへやら、
すっかり明るい声色と表情でマージュが即答します。
ディルトレイは子供のように嬉しそうな顔をしているマージュを見て微笑ましそうにします。

「では午前中にラボへ寄って行くといい。
 どうやら人を操る薬を緩和する薬を開発したらしいからね。」
「…相変わらず仕事が早いですね、キシェとカヨは。」
「彼らにとっては原因の成分がわかれば容易いことのようでね。
 まあ、副作用については何にも言っていなかったが。」
「…わかりました。」

マージュはニヤリとしてもう一度一礼するとドアへ向かい、
ゼルも同じく一礼してついていきました。
ドアが閉じて数秒の沈黙の後、ディルトレイの向かいの席にシーシアが座ります。

「ディルトレイ、私はやっと、何故エストにゼルを選んだのか分かった気がする。」
「おや、今までゼルをただの気弱な青年だとでも思っていたのかな。」
「そうね。私てっきり、帝国へ行く事を嫌がると思ったのよ。
 保留にすると思った。
 でもそうじゃなかった。即答で行くと言った。不気味で恐ろしいはずなのに。」
「そうだね。」

ディルトレイは外を見て、静かに響く雨の音を聞くように黙り込みます。
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「…知っているかな、シーシア。
 純粋な緑の目を持つ一族”ヴェルジ”は生まれたときから隣人愛と性善説、
 寄り添って話を聞くことの大切さを説くという。
 村には善良な人々しかおらず、皆が幸せに暮らし、万物に神が宿るものとし、
 全てに感謝して生きていた。
 緑目狩りでほとんどいなくなってしまったがね。
 パラディンの2人は忠誠心と使命感からイースのために死ぬ事に躊躇しないが、
 ゼルは当たり前のように誰かのために死ぬし、それを受け入れる。
 私のため、皇帝のため、そしてあの少年のため。」
「だからさっきゼルに、ストレートに国王命令ではなく、
 ”皇帝が呼んでいる”だとか、”事件を解決できるカギになる”なんて言い方をしたのね。」
「ふふ、だが嘘は言っていない。自分がどう動くべきかをわかりやすくしただけさ。」
「きっと人間の腹の探り合いばかりして、いかに生き延びようか考えている
 私たちのような人間には一生理解できないのでしょうね。」
「ふ、そう、我々のように性悪説をベースに汚れた世界ばかり見ている大人は
 一生彼と分かり合えない。
 ただ、イグジクトとマージュはそれに助けられているようだがね。」

 真っ黒だった雲は、明るいグレーへと変わってきて、
雲の流れる速さもすこしゆっくりとなったようです。
 太陽は見えていませんが、ラボへ向かおうとするゼルとマージュは
エントランスの扉を少し開いて空模様を確認すると、
落ち着いてきた様子の天候に嬉しそうに笑顔になります。
 そのころ、図書室で本を読んでいたイグジクトも、
本が一段落ついたのか、窓から明るくなった空を見上げて、
小さなため息をついてほんのりと唇に笑みを浮かべます。

 帝国では雨雲にすっかり包まれて、すぐに雨が降り出しそうな様子です。
 皇帝は、王座のひじ掛けに寄りかかって書類を読むのをやめて、
窓から見える真っ黒な雲が覆う空に皮肉っぽく笑います。
 一糸まとわぬ姿のラファエルは、ぐしゃぐしゃのベッドの上で座って、
無表情で床に無造作に落ちている宝石を見つめています。
溶けるようにベッドに崩れ、ブランケットを雑に掛けると
胎児の様に丸まってそのまま動かなくなります。

 小さなため息をついて目を閉じ、浅い眠りの中で自分を呼ぶ懐かしい声と、
闇の中から自分に差し伸べられる手の夢を見て、
何かを呼ぶように唇が動くと、
そのまま、世界が音も動きもなくしたように
静かになりました。
















54

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