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Travel3:深夜の職場は危険な香り

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Travel3:深夜の職場は危険な香り

既に時計の針は深夜一時を回っていた。それでも我が美人社長はタフネスぶりを発揮し、へとへとの俺を散々振り回した挙句、妙に艶やかな流し目で監視もしてくれた。俺は無償な腹立たしさと、言い知れないその色香にドギマギさせられ、複雑な心と、下半身のふくらみに苛まれる羽目になった。
「お疲れ、晴比古!」
郁子はそこそこ値の張るスタミナドリンクを差し出しつつ、これまた魅惑の笑みを浮かべる。異例の土曜の早朝集配に間に合わすための過酷な労働も終わりを告げる…はずも無かった。
「じゃ、お疲れな、郁子」
「って、まーだ帰すわけないっしょ、晴クン」
とユーモラスな言い回しで、背中を向けた俺にヘッドロックをしかけてくる郁子。
「まだまだ、やることは残っているよ。新しいシナモノが、出荷と入れ替わりで入ってくるんだもん。まだまだコロナが続く限り、需要は見込めそうだし、明日は休日出勤で受付対応もしなくっちゃね。あ、そうそうHPも更新しておかなきゃだわ」
なかなか商魂たくましく、頼りがいのある上司ではある…。

「さ、晴クン、仕事仕事!」
美人社長はまたもやバインダーで俺の頭を軽~くひっぱたくと、作業再開を促す。  
「け、幼馴染なんて持つもんじゃあねえよな」
「フフフ、そういいなさんな。こんな無茶ぶりが通るのも、私たちの間だけだからね」
と、またも親し気な声音でほほ笑む郁子。この笑顔に弱いんだよ、俺は。ま、惚れた弱みってやつか。
「っていうか、今夜、残業している連中は俺たちだけじゃないよな」
「うん、技能実習生のグエン君と安君の二人かな」
グエンはベトナムから、そして李は韓国からの外国人労働者で、気の良い奴らだ。二人とも、我が社が採用している『揺るがナット』なる、アクリルボードを固定台と接続する金属部品を製造している。増量生産に備え、今宵は徹夜組に駆り出されたんだろう。

「ああ、ああ、可愛そうに。郷里を遠く離れた田舎町で、鬼のような美人社長にこき使われて」
「なんですって?」
美貌に怒りを湛えたふりをしつつ、また柔和に微笑む郁子。
「今、美人社長って言ったよね? …よろしい、わかってるんじゃん!」
昔っから美少女で通っている郁子は、今もって美人と言われることには悦びを感じる様子だ。それは、海外から我が社の技を盗みに、いやいや学びに来た実習生たちにも評判で、社長自らの巡回の時間は、どこか男たちが色めき立つのは事実だ。
「…いっておくけど、別に不当に労働を強要しているわけじゃないからね。ちゃーんと順番で二交代制のシフトを組んであるんだから」
と、出来る上司の表情を隠さない郁子。

「あの子たち覚えも早いし、晴比古も頑張んないと、どんどん置いていかれちゃうかもよ。ただでさえ、日本の男子はひ弱なんだから。今度は亜細亜研修生採用枠を増やそうかしら」
今更ながら、韓流ドラマにハマっている郁子らしいアイディアだ。しかし、そんな郁子の言葉に、俺は激しく嫉妬してしまう。惚れた女が年若い男を称賛するっていうのは、なかなか激しいジェラシーを掻き立てられるものだ。
(くそう、郁子の奴。そういや李にやたら目をかけてたな。お前みたいな世間知らずのお嬢さん社長は知らんだろうがな、外国人労働者は善良な奴らばっかとは限らねえんだからな! アジアの三〇人『←差別用語』にゴーカンでもされちまえ!)
ネトウヨ的な台詞を心の中で叫びながら、技能実習生たちに襲われ…。
(いやんッ、だ、ダメよ、李クン! 私、子供がいるのよ)
とか、なんとか言いながら準和姦みたいな目に遭う郁子を想像しモッコリの俺。
「あ、あの子たちにも栄養ドリンク差し入れてこよっと♪」
母性をくすぐられるのか、妙にお姉さまぶって、海外組を可愛がる郁子。

突如俺はムラムラッときた。こちとら、女っ気がない。その上に、初恋の、そして妙齢の一人身になったご婦人と二人っきりだ。下半身の欲望を抑えきれなくなったとて誰も文句は言うまい。
「なぁ、郁子」
「なによ、晴クン」
何時になく真剣な俺の声音にも、郁子は何の緊張感がない態度を示す。俺は構わず郁子の両手首をつかんで俺の貌の前に引き寄せた。
「ちょ、ちょっと…なぁに、晴クン。どうしたのよ?」
郁子は少しだけ狼狽してみせたが、それほど抗う様子もなくされるがままになり、夏用の作業着に包まれたナイスバディを寄せて来る。
「郁子…好きだッ!」
いきなり、唇を奪ってみせた。清水の舞台から飛び降りる覚悟で、だ。思いっきり平手打ちを喰らうか、あるいは『わたしもだよ』とか言ってくれるか、二者択一だと思う。が、いずれも違った。
「やーだ、晴クン。深夜の忙しい時にジョークはよしてよ」
郁子は、ひょいと美貌を俺の唇から背け、身を翻す様にして頭をぽーんとひっぱたく。その拍子に俺の重心は前にかかり、勢い余って傍の図太い鉄骨に眉間からダイブする羽目になった。顔面に走る激痛、悪いことに勢いそのままに俺は後頭部から倒れ込み、床の巨大な台車のかどっこに後頭部を強かに打ち付ける。激痛を超えた衝撃に視界に火花が散る、という経験を初めてした。その後、俺の意識はあっという間に遠のいた――――—。
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