トップに戻る

<< 前 次 >>

VOL.8 もう一人の捕虜

単ページ   最大化   

VOL.8 もう一人の捕虜

「あなた達はサイテーよッ、いえ、鬼畜…ンンン、悪魔そのものだわ!」
この廃屋にはもう一人、美女がいた。微かに童顔気味の丸みのある美貌、大きな瞳はまだ少女らしさを遺している。が、正義感と意志の強さを向き合う者に印象付ける清廉さを持ち合わす彼女。名前は雉子島 渚。大江戸TVの報道部入社二年目の記者で23歳。夢も希望も、そして倫理観や社会への貢献にも、その大きなバストに膨らます美女は、目の前で過酷な責め苦に苛まれる少女に同情と、そして狂気に満ちた男達への怒りと、哀願を込め叫ぶ。
「やめて、止めてあげてッ!」
渚はただただ、罪人である男たちの良識に訴え、暴挙を止めるしか術を持たない。なぜならば、渚自身も虜の身、だからである。SMホテルにはお約束の真っ赤な十字架に架けられた彼女は、ただただ、処刑前のイエスならぬ、磔のマリアの如く十の字の縛めを甘んじて受け入れていた。

「正義の記者さん、追跡なんて勇敢なことをするねぇ、でも捕まっちゃあダメだなぁ、捕まっちゃあ…ふふふ」
指令役の男は、口惜しさとともに虜の身となっている少女への慈愛に満ちた、渚の美貌を愉しむ様にその顎に手を掛け、引き起こし、じっくりと眺める。男の言葉の通り、例の暴走事故を丹念に取材していた渚は、偶然、柳原邸を訪ねようとし、若葉の拉致を目撃したのだ。タクシーを捕まえ、男たちを追跡したものの、逆に彼らの手中に堕ちたのだ。柳原の、その罪状が世間に公にされないことへの理不尽さは感じていた渚だが、社会正義に燃える彼女とて少女の拉致、そして暴行は女として赦せなかった。
「お前も、同じ目をしているなあ、この若葉っていう娘とさ」
男は、忌々し気に吐き捨てると、渚の顔をじっと睨み何かを思いついたように、残酷な笑みを浮かべた…。

黄昏時の柳原邸――――。
「若葉は…まだ帰らんのか?」
夏の日差しはとうに緩み、既に漆黒の闇が西の空に見え始めている。午後7時20分。小学生5年の少女が遊び歩くには遅過ぎる時間だ。
「そんなに、心配しないで…。大会も近いから練習が長引いているんでしょう」
妻の言葉に余計胸騒ぎを覚え、柳原は胸騒ぎを抑えて、リビングを出る。すると、ハウスキーパーの中年女性が困惑顔で柳原を呼び止める。
「なんだね?」
イラついた様子を隠さず、問い質す。
「実は旦那様…マスコミの方が見えているのですが」
「馬鹿者ッ! 報道の連中にかかわるなと言ってあるだろうッ、一切取材になど応じるつもりはないッ、追い返せ!」
事故以来、柳原のマスコミ嫌いは家中の者なら重々承知、だ。以前に比べれば訪れる報道関係者は激減した。無論、彼への『上級公民忖度』が働いた結果だが、熱しやすく冷めやすい日本人の気質も見て取れた。もともと彼らは正義感や倫理観で仕事をしてはいない。単に、数字、すなわち儲け話以外に関心は薄いのだ。柳原自身もそのことは察していたし、世間の関心が薄れることにも安堵していた。たまにどういうルートで情報を入手したのかわからないが、自宅周辺をたむろする自主動画配信者などは物の数にも入れておらず、完全に柳原家の汚点を闇に葬った感覚を持っていた。
(どうせ、週刊誌か何かの醜聞好きの記者か、薄っぺらい正義感を振りかざして、愚かしい大衆を煽らんとする与太者だろう)
そんな、彼の予測は大きく裏切られることとなる。

「実は…記者の方なのですが…若葉お嬢さんのことで話があると…」
「なぁにぃ?」
柳原は眼球を飛び出させかねないような表情を作ると、それこそ、その目に入れても痛くない孫娘を話題に持ち出され、仰天した。
「若葉に何の関係があるというんだ、あの娘は何も悪くない!」
狂ったように咆哮し柳原は、玄関に向かう。マスコミが最愛の孫娘にまで魔手を伸ばしてきたのか。自分の持つかけがえのない光り輝く宝を傷つけられた様な錯覚に囚われた柳原は、邸宅の前で佇む一人の女に突進した。
「帰れッ、話すことなど何もないッ! 孫の事を少しでも報道して見ろ、どこの社の輩か知らんが、それ相応の代償を覚悟した方がいいぞ!」
元官僚らしい脅しだった。その気になれば、地方テレビ局や小規模な出版社ならば、特定の政治家を介して、霞が関記者倶楽部からの締め出しくらいは容易にできるだけのパイプを彼は持っている。が、女記者らしき人物は深くキャップをかぶったまま、サングラスを外そうとしない。長い髪は、夏に似つかわしくないジャンパーにジーンズ姿。偉い剣幕で詰め寄る柳原を微動だにせず、見つめ返す。女は言う。
「雉子島渚と申します…。大江戸TVの記者ですが…仕事で伺ったのではありません」
「…?」
柳原は一瞬言葉に詰まる。マスコミの人間が仕事以外でなんの用があるというのか。ただ、その瞬間、日頃冷徹ともいえる初老の‘紳士’は、雉子島と名乗る若い女のサングラスの下の美貌に浮かぶ表情を見た瞬間、不吉な予感が走った。
「お孫さんは…ある男たちに拉致されました。そして今もまだ囚われたまま…です」
柳原は我が耳を疑い絶句した、が女の凍ったように冷たい顔色に気が付き、その話が偽りでないという直感を覚えた。女はスマホを差し出す。再生された動画。そこには、日々打ち込んでいる水泳、プールで躍動させるはずだったスクール水着姿の肢体を卑猥な恰好で繋ぎ留められた孫娘の姿がとらえられていた――――。
8

非道 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る