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小説

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不思議なバッグがあった。

それは持ち主が望むものならなんでも中から出てくるという鞄だ。まるで御伽噺のような代物だが、それは確かに存在した。俺が持つこの小型の、旅行鞄のような形状のものがそれだ。素材は革で出来ており、持ち手もついている、見た目的にはなんの変哲もないバックだ。

俺は半ば自分の人生を諦めている。だからといって死ぬ勇気があるわけでもない。世界と深く関わる気もなく、ただ怠惰に自堕落に生きている、いや、死んでないだけの存在だ。もう願いなんてない。
俺はバッグに手を伸ばすとその無欲を確かめるように乱雑に弄(まさぐ)った。鞄の中はその大きさ以上に広がっているように感じ、肘くらいまでが突き抜けるように入っていった。しばらく腕を泳がせていると奥の方で何某かに触れた。そっとつまみ上げるように引っ張ると中からは幼児といって差し支えないほどの小さな女の子が出てきて、ぎゅっと俺に抱きついてきた。
バッグの中には他に何も入っていなかった。

女の子は可愛らしく、健気で俺のことが大好きなようだ。俺は捻くれているのでその愛情を心から受け止めることができずにいた。鞄の中には何も入っていない。俺はあの女の子を処理しようともせず、かと言ってその愛を受け止めることもしない。歳が離れているからだと言い訳をしているが鞄から出てきたのはあの子だ。どう高く見繕っても小学低学年ほどの女の子。言い逃れは無理だった。

数年経つ。鞄の中には未だ何もない。
俺は愛がどうだのと言いながら未だにあの子と暮らしていた。好きという言葉を信じてないくせに。あの子は成長しなかった。俺もだ。何も進歩しなかった。セックスはした。女の子はこれだけの歳月が経ちながら変わらず俺に愛を伝えている。少しくらいは信じてあげてもいいんじゃないか?どの立場からかの声が俺の心の中に聞こえる。女の子は鞄に興味を持っているようだった。俺は今まで一度も触らせたことはない。あの子が鞄に触れると中から、俺が想像もできないほど、恐ろしいものが出てきそうだったからだ。俺の鞄は空っぽなのに。あの子の心はどうなのだろう。バッグの中から現れた女の子は、そのバッグから何を取り出したいのだろう。もしかしたら帰りたがってるのかもしれない。
『信用しないのなら帰らせてあげればいい』
また、声が聞こえた。

長い月日が経った。普通の、俺と同じ年代の人間なら恋愛をして、結婚をして、子供を育てているであろう日数だが俺は何も変わっていなかった。鞄には何も入っていない。女の子は鞄に強く興味を惹かれているようだ。日に日に強くなる。あの子は未だに俺への愛の言葉を欠かさない。そんなに見たいなら、見せてやればいい。欲しいものが出てくる不思議な鞄。俺が俺に語りかける。あの子はどこへ行きたがっているのだろう。俺の心には寂しさと諦めと、そして信用が生まれていた。十分、愛はもらっただろう。何を出そうとどこへ帰ろうと、その気持ちが大切なのだ。あの子が生物ですらなかったとしても、その愛は嘘っぱちでも、俺の心に生まれた信頼は本物だ。俺は人を信じることが出来る人間なのだ。胸を張って送り出そう。

女の子にカバンを渡す。
彼女は楽しげに鞄に手を突っ込むと中から拳銃を取り出した。そして俺の方を向いて微笑んだあと、自らの顳顬に銃口を押し当て引き金を引いた。

女の子は死んだ。頭が弾けて脳髄が撒き散り、辺り一面に赤い花が咲いた。
なんでそんなことを。疑問に思ったのは一瞬で、そのうちに俺は全てを理解した。

鞄から出てきた女の子。あの子は俺が死ぬ気になるための存在なのだ。
鞄からは持ち主が望むものが出てくる。俺はてっきり自分を愛してくれる存在が出てきたのだと勘違いをしていたが、それは違った。彼女は俺が死ぬための存在なのだ。そのために愛して信頼させて、そして死んだのだ。
死を望み……俺が死ねるよう自分の死を望んで、拳銃を鞄から出したのだ。

なんて完璧なんだ。そんな、そのために鞄から出てきた彼女の存在のことを思うと悲しむというより感心が勝ってしまいそうだ。
俺はあの子が握ってある拳銃を引き剥がしたがどうやら弾は1発しか入っていなかったようだ。仕方がない。俺は立ち上がり彼女のそばに落ちてある鞄を手に取って中を覗いたが


中には何も入っていなかった。
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