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第十七話 遭遇

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【8日目:朝 屋外北ブロック】

 暁陽日輝と安藤凜々花は、峠練二を倒した後、さらに別の生徒から追撃される可能性を感じて東第一校舎を脱出し、裏山に向かって屋外を北上していった。
 そしてその姿は、練二をけしかけた張本人である嶋田来海、久遠吐和子、御陵ミリアの三人に『偏執鏡(ストーキングミラー)』によって観察されていた。
 ……しかし、もし来海たちが、陽日輝と凜々花が自分たちのテリトリーから離れたことで追撃を諦め、ターゲットの変更を行う決断をするのがもう少し遅かったなら。
 生徒葬会における展開が、少なからず変わっていたかもしれない。
 その証拠に――北ブロックに差し掛かった陽日輝と凜々花は、突如別の生徒に襲撃されていた。
「凜々花ちゃん!」
「大丈夫です!」
 ――東ブロックを離れた辺りからは、呼吸を整えるために走るのをやめ、周囲への警戒を怠らないようにしながらゆっくりと移動していた。
 にも関わらず、『そいつ』は陽日輝と凜々花の眼前に突如として現れたのだ。
「避けられちゃった……」
 まるで他人事のように、どこか呑気さすら感じさせる声音でそう言ったのは、先ほど陽日輝と凜々花の目の前に出現し、右手に持っていた刀のようなものを振り下ろした女子生徒だ。
 すんでのところでそれぞれ左右に跳ぶことで斬撃をかわした陽日輝と凜々花に、底無し沼のように澱んだ瞳を交互に向けながら、彼女は振り下ろしていた刀を、左腰に携えていた鞘に仕舞う。
 学校指定のブレザー姿にはそぐわない、武士のような所作だった。
「剣道部員でもないのに……こんな『能力』、やっぱり持て余す……」
 陽日輝は、ぼそぼそと呟いているその女子生徒越しに凜々花を見た。
(投擲、できそうか?)
 ――という、こちらのアイコンタクトが伝わるか不安だったが、どうやら汲み取ってくれたらしく、凜々花は、微かに首を横に振る。
 ――やっぱりダメか。
 この女子生徒は、一瞬にして自分たちの前に現れた。
 そんな相手を前にして、数メートルの間隔などは気休めに過ぎない。
 凜々花の『一枚入魂(オーバードライブスロー)』は、相手との間合いが十分に取れている状況でこそ優位に立てるが、カードを抜き出して投げるという動作が必要である以上、近付かれると案外脆い。
 その弱点は、陽日輝自身も凜々花と交戦した際に突いている。
 ――であるならば、やはりこの女子生徒への対応は、自分が中心になるべきだろう。
 それに、凜々花を狙わせるわけにはいかない――凜々花のほうに向かわれては、凜々花はカードを投擲する前に斬り殺される可能性が高いし、自分もそれを止めることはできない。
 足はまあまあ速いほうだと自負しているが、この女子生徒は一瞬にして自分たちの前に現れた。速さで競うのは不可能に近いだろう。
 とはいえ――こちらの『能力』はまだ割れていない。
 凜々花を先に狙うのが、あちらにとっての最善手だということは、悟られていないはず。
 陽日輝は、そんな風に思考を巡らせながら、帯刀した女子生徒に対し訊ねた。
「……なあ、ここはお互い会わなかったってことにしないか? 俺たちは二人がかりだし、お前は不意打ちに失敗してる。それにここは屋外で目立つ。校舎の窓からこの様子を見ている奴らがいるかもしれない。だから」
「変わったことを言うね、きみ」
 その女子生徒は、うっすらと微笑んだ。
「殺さないと死んじゃうんだよ。殺すしかないんだよ」
「……!」
 ――先ほども思ったが、とても澱んだ薄気味悪い瞳をしている。
 もしかしたらこの生徒葬会という極限状況で、精神に異常をきたしているのかもしれない。
 自分が最初に戦い、そして殺した田ノ中という生徒もそうだった。
 半ば発狂していた田ノ中と違い、会話が成立しているのがむしろ恐ろしい――
「殺せるかな。殺せるよね。うん、大丈夫。わたしは殺せる」
 女子生徒の右手が、刀の柄へと向かい――その瞬間に、凜々花が動いた。
「伏せて!」
 凜々花はそう言いながら、すでに投擲していた。
 狙ったのは――刀の柄だ。
 それを凜々花のフォームと目線で半ば直感的に察知し、陽日輝はその場に伏せた。
「あっ」
 陽日輝を攻撃しようとした結果、自分から意識が離れたその一瞬を、凜々花は見逃さなかったのだ。
 そして、凜々花が投げた百人一首の札は、帯刀した女子生徒の右手の指数本ごと刀の柄を切断していた。
「あ――れ……?」
 激痛のあまりか、それとも狂気ゆえか、何も感じていないかのように、彼女は切り落とされた指の断面を、不思議そうに見下ろしている。
 ――陽日輝はすかさず地面を蹴った。
 ……この女子生徒は一度、刀を鞘に収めた。
 居合斬りの達人というわけでもなければ、臨戦態勢で抜刀状態を保たない理由は、本来ないはずだ。
 考えられるのは、この女子生徒が持つ『能力』、恐らくは高速移動の類――を発動できるのは、刀を抜刀したそのときのみ!
「そらぁぁぁぁぁ!」
 陽日輝は、『夜明光(サンライズ)』を右の拳に纏い、女子生徒めがけて突っ込んでいった。
 指が何本か欠けていても、刀を抜くことはできる。
 そうされる前に――一撃で決める!
『殺されないと死んじゃうんだよ』
『殺すしかないんだよ』
 ――そのとき脳裏をよぎったのは、先ほどこの女子生徒に言われたばかりの言葉。
 半ば狂気に侵食された精神から紡がれた言葉を、真に受けても仕方がないのかもしれない。
 だけどその台詞は、端的に自分たちが置かれている状況を表していて。
 ――陽日輝は一瞬、迷った。
 迷ってしまった。
 相手が、女の子だったからというのもあるだろう。
 陽日輝はこの生徒葬会で、凜々花以外の女子生徒と交戦していなかった。
 そしてその凜々花は、殺すつもりだったのに――殺せるはずだったのに、自分にはそれができなかった。
 生徒葬会に限った話じゃない。
 人生において、殴り合いの喧嘩をしたことがないわけじゃない。
 だけど――女の子を殴ったことなんて、これまでなかった。
 考えたことすら。
「陽日輝さん!?」
 凜々花が驚愕の声を上げる。
 その声によって、陽日輝はハッと現実に引き戻された。
 それは、時間にすれば一秒にも満たない刹那だっただろう。
 しかし、それはこの戦いにおいて、あまりにも致命的な刹那だった。
「――指、切られちゃった」
 そう言いながら、目の前の女子生徒は、無事な左手で刀の柄――その半分ほどは切り落とされているが――を掴んだ。
「――!」
 陽日輝は目を見開き――鈍っていた拳に今一度力を込めて繰り出そうとしたが、すでに遅い。
 彼女が抜いた刀の刃が、陽日輝の胴に触れ――たかのように、思われたとき。
「あ――」
 彼女の手から、刀が滑り落ちていた。
 ――左手で、左腰にある刀を抜こうとすれば、手の向きは逆になり、おのずと抜刀に必要な力は大きくなる。
 ましてや、華奢な女子生徒が、重たい真剣を利き手とは逆の手で抜こうというのだ。
 彼女は『能力』が発動し切る前に、刀を落としてしまっていた。
 ――そして、今度こそ、陽日輝は迷わなかった。
(クソ……!)
 殺したくはない。
 こんな、生徒葬会なんて悪趣味極まりない状況に置かれなければ、普通に授業を受けて、普通に友達と喋って、普通に恋をしたりしているであろう女の子を。
 だけど――この子も言うように、殺さないと死んでしまうことだってある。
 だから。
 陽日輝が繰り出した拳は、彼女のみぞおちの辺りに命中し、その胸を一瞬にして焼き溶かした。血と肉が蒸発するムッとする臭いを残し、胸に大きな穴が開いた状態で、彼女は地面に背中から倒れ。
 そしてその澱んだ瞳からは、生きている証である微かな光さえ急速に失われていった。
「陽日輝さん、大丈夫ですか!?」
 凜々花が駆け寄ってくる。
 焦りながらも安堵の混じった、自分を心配してくれていることが伝わる優しい声音だ。
 それを聞いて、陽日輝に今なお残っていた迷いが打ち消される。
 ――そうだ、俺は死ねない。殺されるわけにはいかない。
 俺が死んだら、凜々花ちゃんが一人になってしまう。
 凜々花ちゃん一人でこの生徒葬会を生き抜かなければならなくなってしまう。
「……ごめん、凜々花ちゃん。殴るの、一瞬、躊躇っちまった」
「……やっぱりそうでしたか。私のことも殴れなかったですもんね、陽日輝さんは」
 凜々花が、どこか切なそうな微笑を浮かべる。
 そんな彼女に、何を言うべきか考えあぐねていたそのとき――
 陽日輝は、背筋がゾワッと寒くなるのを感じていた。
「……! 凜々花ちゃん、誰かいる!」
「えっ――」
 陽日輝がそれに気付けたのは、半ば偶然だったのかもしれない。
 気配がしたような気がした――そんな曖昧な感覚に過ぎなかったからだ。
 しかし結果的に、その感覚は正しかった。
「あーあ、バレちゃったよ。もっと目立たないところに移動してもらってから手を出すつもりだったのに。残念だったね、焔」
「はん、それはお前の作戦だろ水夏。俺は別に構わねえぜ? コイツらに負ける要素がねえ」
 近くにあった北第三校舎の陰から現れたのは、二人の男女だった。
 一人は、毛先が外にハネたショートカットの、小柄で童顔な女子生徒。
 どこかアンニュイな雰囲気を漂わせており、見た目とは裏腹に大人びて見える。
 そしてもう一人は、背の高いギラギラとした眼の男子生徒だ。
 先ほど返り討ちにした女子生徒とは別のベクトルに、澱んだ瞳をしている。
 極限状況下に耐えられずに精神を病んだというよりは、もともと歪んだ精神を持っていた、というように邪推してしまう、悪意に満ちた瞳だ。
 この生徒葬会で出会ってきた中だと、『停止命令(ストップオーダー)』を持っていた倉条、あるいは峠練二に近いタイプ。
 しかしその二人とは――威圧感が違いすぎる。
「凜々花ちゃん――気を付けろ。コイツら、多分、かなりヤバイ」
「……でしょうね。目を見れば分かります」
 凜々花が緊張した面持ちでそう呟き、陽日輝との距離を横に半歩分ほど開いた。互いに邪魔にならないように、そして相手の攻撃を同時に食らってしまわないように。
 その様子を見て、水夏と呼ばれた女子生徒が「へえ」と感嘆した。
「戦い慣れしてそうだね。それに可愛いや。ねえ焔、この凜々花って子は殺さないでよ。それに焔より先に僕がこの子としたいな」
「はんっ、好きにしろ」
 焔と水夏のやり取りに、凜々花がぞくっと背筋を震わせたのが分かる。
 恐怖と嫌悪、そして何より怒りに、凜々花が唇を噛んでいた。
 ――凜々花は親友を凌辱された挙句に殺されている。
 その凜々花にとって、この二人は特に許すまじき人種だろう。
 そして陽日輝もまた、怒りに拳を握り締めていた。
 それはこの邪悪な二人に対しての怒りでもあり、自分自身の不甲斐なさに対する怒りでもあった。
 ――俺は、この水夏という子を見た瞬間、戸惑ってしまった。
 先ほど決意を新たにしたばかりだというのに、また、女の子を殺めなければならないということに、忌避感を覚えずにはいられなかった。
 だけど、そんな甘いことを言っているわけにはいかない。
 凜々花ちゃんを――コイツらの好きにさせるわけにはいかない。
「好き勝手言ってんじゃねえぞ――凜々花ちゃんに、手を出すな」
 陽日輝が、そう啖呵を切った直後。
「じゃあ守ってみせろ。お前にそれが出来るならな」
 焔と呼ばれた男子生徒が、この上無く悪意に満ちた嘲笑と共にそう返して。
 彼の頭と肩の左右一メートルほどの高さに、それぞれ一本ずつ、合計四本の真っ黒な杭が出現していた。
「!?」
 鋭く尖った先端が、まるで獲物を狙う獣の牙のようにこちらに向いている。
 空中に浮いた状態で静止している二対四本の杭は、直径三センチ、長さは五十センチから六十センチほどだろうか。
 それが焔の『能力』によって召喚されたものであることは、火を見るよりも明らかだった。
「俺の能力の名前を教えてやる。『死杭(デッドパイル)』、死の杭だ。惨たらしく惨めに死ね」
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