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第二十三話 再起

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【8日目:昼 西第三校舎一階 倉庫】

 月瀬愛巫子の意識の内、最初に戻ったのは触覚だった。
 お尻と背中に伝わるひんやりとした硬い感触。
 続いて、嗅覚。
 古い臭いだ――愛巫子が好きな古書の匂いとはまた異なる、埃っぽい臭い。
 さらに、聴覚。
 耳鳴りがするが、近くで音は聞こえない。
 最後に視覚――重い瞼を持ち上げて、愛巫子は視界に映る光景から、自分が今いる場所を把握しようと思考を回転させる。
 寝起きの頭は潤滑油の足りない歯車のようで、そんな自分に苛立ちを覚えながらも、愛巫子はそこが倉庫であることを理解した。
 金属部分に錆が見られるパイプ椅子や、足の壊れたホワイトボード、今では使われていないブラウン管テレビ等が雑多に置かれている。
 入口から縦長に作られたその倉庫は、スペースとしては八畳程度の狭い部屋だった。
「……本当に殺さなかったのね」
 愛巫子は、意識を失う前の出来事を回想する。
 立花百花と遭遇し、彼女の遠距離から打撃を当てるという能力の前になすすべなく、百花が自分を殺さないと言ったその言葉に縋り賭けることでしか、生を拾えなかったという屈辱を。
 しかし、今はその屈辱さえ生の実感を与えてくれて、心地よい。
 愛巫子は唇が愉悦に歪むのを感じながら、続いて胸ポケットに触れてみた。
 ……手帳はない。
 まあ、それは予想していた通りだ。
 自分が百花の立場だったとしても、自分ならトドメを刺しているというのが大前提だが、仮に殺さないとしても手帳くらいは奪う。
 しかし、そう大きな問題ではない。
 手帳は百人分集めた際に『議長』が待つという講堂に入り、生還する権利を手にするために必要なものだが、手元になくても『能力』は使えるので問題はない。
 それに、立花百花には必ず復讐する――そのときに手帳も奪い返してやればいい――
「――ん?」
 胸ポケットを探る指先に、手帳とは違う紙の感触が触れた。
 何かと思い取り出すと、それは折り畳まれた一枚の紙だった。
 開くとそこには、お世辞にも上手いとは言えない字で文章が書き殴られている。
 ――それが百花からのメッセージであることは、読む前から分かった。
『愛巫子、このメモを読んでるってことは寝てる間に殺されてはないのよね。
 まあ、アンタにとってはラッキーなんじゃない?
 アタシはアンタを殺さないと言ったけど、死んでもいいとは思ってるし。
 本当ならハダカにして縛ってその辺に放りだしてやりたかったけど、そうはしなかったアタシの優しさに感謝しなさい。
 でもアンタの手帳はもらったわ。アンタが集めてた分も含めて。
 アタシと出会ったときにアンタが殺してた人の分も含めて合計四枚ね。
 あとハサミも没収したわ。
 ちなみにアンタがいるその場所は、西第三校舎の一階にある倉庫よ。
 鍵はしてない(ていうか持ってないからできない)。
 あと、もしまた出会ったら、もう一回ボコボコにしてあげるから。
                               立花百花』
 ――という内容だ。
「……本当、人を苛立たせるのが上手いじゃない」
 愛巫子は、こめかみがピクピクと疼くのを感じながら、百花のメモをビリビリに破いて床に捨てた。
 わざわざこんなメモを残していくのは、親切にせよ煽りにせよどちらにしても苛立たしい。
 ――とはいえ、現時点では彼女に対抗する術が無いのも事実。
 その術を得るために必要な能力説明ページはまたゼロからの集め直し。
 状況は厳しいが、それでも不可能というほどではない。
 こうしてここで自分が生きている時点で、賭けには勝っている。
「必ず殺してあげるから、待ってなさい――立花さん」
 愛巫子は、背中やスカートに付いた埃を払いながら立ち上がる。
 倉庫の小窓から差し込む光から察するに、今はまだ昼くらいだろう。
 意識を失っていた時間は、せいぜい数時間のはずだ。
 程よく睡眠が取れて、かえって良かったかもしれない。
 ――それにしても、と、愛巫子は考える。
 百花にも直接訊ねたことだが、立花百花の弟・立花繚は生きているのだろうか。
 スポーツ万能に甘いマスクで、校内では五本の指に入る有名人のため、愛巫子の耳にもその評判は入ってきていた。何よりあの憎たらしい立花百花の弟ということで、愛巫子は彼のことを一方的に知っていた。
 この生徒葬会において、立花姉弟に組まれるのは厄介だ。
 立花繚は、格闘ならともかく純粋な身体能力では、性別の違いもあるが、百花をも凌駕している――しかも姉弟ということは、もし出会えたなら組む可能性が高い。生徒葬会は三人まで生還できるルールであり、三人までならチームを組む意義はある。もとより誰も信用していないし愛巫子にとっては論外だが。
 とにかく、立花姉弟が合流しないことを、切に願いたいところだった。
 ……実は百花が、自分と戦った時点ですでに繚と合流済みであったことなど、愛巫子には知る由もなかった。
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