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第12話『乱入衝動』

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 久々に踏むコンクリの床は、狭い地下の熱狂に反して冷たかった。靴はリングの下に捨ててきた。裸足が礼儀だ。同じ条件で叩き潰してこそ、意味がある。
 やつを真似て自分の片腕の親指をへし折るのは当然の行為だった。
 痛みの感覚はすでに鈍い。アドレナリンは止め処なく溢れている。
「あんたと喧嘩がしたい」
 独り言のように呟いた俺の言葉は、恐らく雑音に埋もれて聞こえてはいなかっただろう。だが、ウィンはそれに答えるかのように再び歯をむき出しにして笑った。歓声がより一層大きくなる。やつに日本語が通じるかは問題ではなかった。言葉よりも確かなものがある。ここに上がってきたということが、すでにそういう意味なのだ。
 改めて対峙した相手の姿は、全身の傷と相まって虎のように見えた。中学生の俺から見ても、決してデカくはない。やつは俺と同じタイプの強さを持っている。これはどちらの純度がより高いかという戦いだった。
 全身の血が刃のように逆立ち、マグマのように猛るのが分かった。
 両腕を大きく広げたウィンは、悠然と歩を進め近づいてきた。打ってこいと言わんばかりの態度だった。舐めやがって。加熱した怒りは、瞬時に制御され拳に込めた力に変わる。
 頭は冴えている。この感覚だ。顔の筋肉は、自然と不敵な笑みを作っている。
 近づいてくるウィンに対して、俺は構えを維持したまま標的が間合いの内に入る瞬間を待った。
 やつの重心がわずかに左脚に寄ったのは、俺にとってはまだ遠い位置でのことだった。初手は間合いの長い蹴り技だ。
 回し蹴りはラウェイの華。
 観る者を猛らせるため、賭けの純血格闘技であるラウェイは派手な足技で仕留めることを是としている。もちろん見た目だけの技ではない。防具の使用を否定したラウェイの蹴りには、ガードの上からでも痛みによってダメージを与える威力がある。
 肉と骨、そして心を砕く極限の打。俺はあえてそれを防ぐことなく喰らう。
 無言の合意がそこにはあった。それぞれが己のタフネスを証明するためにあえてのノーガード。同時に、お互いがあくまで一撃で仕留めるつもりでいる。やはり同じ穴のムジナ。俺は嬉しかった。
 お前は俺の同類だ。だからこそ殺す。
 蹴り技であるが故に、リーチはむこうに分があった。だが、その軌道は曲線だ。相手への到達速度ならば、直線距離を行く正拳突きが勝る。
 喰らうと同時に、喰らわせた。
 だが、揺らいだのは俺のほうだけだった。手応えはあったが堅い。
 力士との一戦で、一つだけ解せない部分があった。体重差のある突っ張りをもろに喰らったにもかかわらず、やつはバランスを崩さなかった。その答えはこの一合で理解できた。ラウェイの蹴りは脚力に加え体幹の筋力を相乗し、全身を使って打ち出される。ガードできたとしても、バランスを崩すほどの威力。ウィンがラウェイの気風の中で同等の相手との蹴り合いを続けてきたのだとしたら、倒れぬ体幹と技術を持つのは必然だった。そして、鍛えられた体幹の強さはそのまま蹴りの威力にフィードバックされる。
 俺は吹っ飛ばされていた。
 一方が地に伏したことで、状況は純粋な力比べから、機を制する戦いへと移行した。
 立ち技出身でありながら、ウィンは地下での戦いに適応していた。こちらが倒れた瞬間に、マウントを取る動きに入っている。
 半身で倒れたのはまずい。
 俺の頭と床の間にわずかな空間ができていた。コンクリート製の床との間に。
 上から殴れば、頭蓋の反対を打ち付けられる。コンクリで殴られているのと同じだった。死ぬ威力だ。
 やつの拳は、頭を床に着けきるよりもごく数舜だけ早かった。
 コンクリと拳に挟まれた己の頭蓋骨が、わずかな空間を何度もバウンドし往復するのが確かに分かった。俺の意識はそこで途切れる。
 再び覚醒したのは、二撃目を顔面に喰らった痛みのせいだった。鼻の軟骨が潰れるのが分かった。
 やつの追撃は止まりはしない。試合外の奇襲であるにも拘わらず、ルールに乗っ取って三十秒しっかりやるつもりだ。律儀なやつめ。あるいは強者の証明のつもりか。
 決定的なダメージを喰らいながらも、俺は己をコントロールしていた。
 やつが打ち下ろした三撃目の鉄槌を、片腕で弾く。相手の末端部位を打つ、空手の受けだ。効果は薄い。ウィンの本能は痛みを超越する術を身に着けている。だが、打撃の軌道はズラすことはできた。やつの拳骨は柔らかく急所が集中する顔面ではなく、硬い額へと導かれる。ダメージは軽減できた。
 状況は次の段階へと移っていた。
 防御行動をとったことで、俺の意思がまだ折れていないことがバレてしまった。やつは頭部へのダメージ蓄積ではなく、もっと決定的なダメージを与え、主導権を握り続けようとするはず。機を制する戦いは続いている。
 馬乗りのウィンに対して、俺は仰向けになっていた。後頭部を床に密着させ、コンクリへの叩きつけは防御できているが、顎から喉にかけたラインを相手にさらしている。
 脳への振動が伝わりやすい顎か、呼吸器の通り道である喉か。
 俺は右腕で顎を守った。だが、それは間違った思考だ。
 顎の先端に受けた打撃が脳へ伝達しやすいというのは、首を起点にしたてこの原理が働くからであって、寝ている状態では効果は薄い。本来ならば、守るべきは喉。俺は焦っている。そう思わせるための作戦だった。
 誘い込まれたことも知らず、やつは俺の喉を狙ってくる。拳ではなく、より深いダメージを狙うため、突き立てた親指で喉仏を潰すつもりだ。それでいい。
 顎を防御した右手は、すぐ下にある喉には即座に手が届く。やつの親指の第一関節が喉の肉に埋まり切ったところで、俺はそれを掴んでいた。
 もちろん即座にへし折る。
 同時に、残った片腕を振りかぶるやつの姿が見えた。反応が速い。
 俺の狙いはこれだ。
 俺がまずやるべきことはマウント・ポジションからの脱出だった。それは俺がトシから最初に仕込まれたことでもある。
 第一の関門は自分の身体の上にいるウィンの体勢を崩すこと。やつは優れた体幹を持ち、バランスがいい。セオリーならばブリッジで相手の腰を浮かせ、重心を前方に崩すが、体重で負けている俺には圧倒的に分が悪かった。やつの片腕を引き寄せ、上半身に重心が寄った状態をキープする必要がある。
 その場合、第二の関門は残ったほうの片腕だ。目付きか、あるいは耳や髪を掴むか。こちらがマウントから脱出する過程で、確実に何らかの攻撃を仕掛けてくる。それを避けるために、俺はやつが両腕を使うタイミングで仕掛けた。
 やつの拳が降ってくると同時に、俺はブリッジをして下半身を押上げた。しっかり浮かすことはできなかったが十分だ。
 左腕でやつの首を引き寄せ、折った親指を握りしめたまま右肘で頭を殴る。同時に左肩を起点に背中を持ち上げ、上に被さっていたやつの身体ごと上体を反転させた。
 マウントからの脱出は完了した。俺は上、やつは下。
 掴まれるのを避けるため、即座に上体を起こす。
 ただし、単純にポジションが入れ替わったわけではない。やつは先ほどまで俺の腰の上に乗っていたが、こちらは相手の両脚に腰を挟まれた状態で上となるインサイドガードと呼ばれるポジションだった。両足が邪魔をして、頭部へのパウンドは当て辛く、優位とは言い難い。その上、ウィンはこの体勢を維持せず、即座に離れ、自分の得意なスタンドの打撃に戻そうとするはずだ。こちらが攻撃できるのはせいぜい一撃が限度。
 俺は頭部にコンクリの打撃を喰らっており、ダメージ回復の時間が必要だった。立てばやつは俺に休む時間を与えず確実に勝負を決めにくる。だから、やつにも休憩が必要なダメージを与えなければならない。できれば機動力を削ぐダメージがいい。ならば、攻撃する場所は一点。
 脚そのものではなく、その付け根にある股間だ。 
 俺はやつの急所に向かって、力の限り拳を叩き下ろした。
 卵の殻が割れるような音がした。
 蹴りを顔面に喰らったのは、その直後。俺は勢いで後ろに飛ばされるが、ダメージは軽い。あくまでも距離を取るための蹴り。
 転びそうになりながら、俺は何とかバランスをとった。やはり頭部へのダメージが残っている。視界の半分が赤く、眼球の奥からも出血しているの分かった。手で触ると叩きつけられた側頭部も血まみれだ。脚もしっかり力が入っていない感じがある。
 ――あいつ、立ったぞ。
 誰かがそう言うのが聞こえた。観客の声はやけに遠く感じた。聴力に問題があるのか、あるいは興奮状態だからなのかの判断はつかない。何秒ぐらい休めるだろう。三十秒は欲しい。
 一瞬視界がぼやけ、俺は目を凝らしウィンのほうを確認する。
 やつは揃えた両脚を天高く伸ばし、逆立ちをしていた。
 次の瞬間、腕の力によって跳躍したやつは、空中で一回転してからその場に着地する。股間からは血が流れ、トランクスを赤く染めている。ガードを高く上げ、やつは再びラウェイの構えをとった。
 その顔は笑っていた。心底嬉しそうな顔だ。
 俺はウィンのタフネスを自分と同レベルだと想定していたが、それは誤算だったらしい。出血から見て少なくとも睾丸一つは確実に潰れているにもかかわらず、運動能力への影響が一切なかった。
 初めから、痛覚がない。
 俺は直観的にやつのタフネスの本質を理解していた。それに対して、こちらは痛みに耐え、気力で無視し、限界まで追い詰められて初めて無痛の境地に届く。紙一重ではあるが、決定的な差だった。 
 ただ一つ、敵を壊す瞬間にのみ、やつは喜びを見出している。
「笑ってんじゃねぇよ、変態が」
 俺はそう吐き捨てると、やつに合わせて構えをとった。休んでいる暇などなかった。拳の握りが甘い。頭部へのダメージが、運動能力の障害となって全身に広がっているのを感じた。だが、ここで引くことは許されない。俺が俺自身に許しはしない。
 観客どもの歓声が遠い距離で反響している。
 俺は戦術を組み立てた。現状、スタンドの打撃では勝ち目はない。弱体化させるなら寝技による関節の破壊だ。一度目の蹴りでは吹き飛ばされたが、今度はわざと倒れたふりをして、やつを引き込み関節技をかける。俺の寝技のレベルはまだ初級だから、フェイントとブラフを駆使する必要がある。
 問題はさらにあった。やつは中距離の蹴りではなく、より連続的なダメージを与えやすい首相撲を使ってくる可能性が高い。密着された場合はクリンチして柔道的な脚に引っ掛ける投げに繋ぐか。
 どちらにしろ、鍵となるのは覚えて間もない組技だ。 
 俺は空手の呼吸を保った。こちらのミスは寝技で決めるつもりがなかったことだ。インサイドガードになったとき、俺はリスクを冒してでもやつの脚関節を狙うべきだった。自分の技に自信が持てなかったから、無意識で避けていた。
 何をしてやがる。ユキトとのスパーリングを思い出せ。
 俺がすべきことは、己がかつてやられたことを別の相手に再現することだった。この数か月間、数百回あのクソ根暗なグラップラーに技を喰らい続けてきた。勝利への動きは、体験として身体に刻み込まれている。  
 一度目とは違い、今度のウィンは一気に距離を詰めてきた。
 飛び込みざまのワンツー。いい打撃だが見えている。やつの拳を弾き飛ばしながら、俺はバックステップで距離をとった。蹴りが来るならこの離れ際だ。予想は的中していた。ただし、狙いは胴ではなく脛。刈り取るようなローが、俺のバランスを崩す。
 前のめりによろけたところで、側頭部に肘打ちを喰らった。距離が近い。やつの手は、伸ばせば俺の首に届く位置。離れる暇はない。
 俺は逆にさらにやつのほうへと一歩踏み込んでいた。
 トシのには及ぶわけもない。ユキトのやつと比べてもかなりの不細工。
 しかし、前方へよろける動きに合わせた俺のタックルは、やつの片足を捉えていた。脚に力が入りにくいが、一緒に倒れるつもりで全体重をかける。
 片足をとられたやつは、残った一本でバランスを取りこけるを防いだ。さすがのバランス感覚だ。予想はしていた。まともにやれば倒せない。
 ただし、俺はやつよりも周りを見ている。
 ここはどこだ。地下の中心。コンクリの床の上。だが、いつもと違って周囲に有刺鉄線の檻はない。
 地下における土俵の際。俺たちはリングの端にいた。床がなければ、どんな優れた体幹の持ち主も落ちるしかない。
 リングの高さは俺の身長程度。立ち見の観客がいるエリアとはフェンスを挟んで一・五メートルほどの隙間があった。脚関節技は極められる方向に身体を回転すれば脱出できるが、そこなら逃げる空間は限られている。
 着地と同時に俺はやつの脚をたぐり、足首を脇に抱え込んでいた。
 現状、俺が使える脚関節はヒールホールドと呼ばれる一種のみ。名前に反して膝の靭帯を極めるその技は、容易に関節を破壊してしまうため競技格闘技の中では危険とされる。つまり、地下では実用的な技ということだ。極まれば、一瞬でいい。
 俺は抱えた脚首を、膝の外から内に向け回転させた。
 だが、一手及ばない。
 やつは再び逆立ちをした。頭と両腕の三点を地について、脚に絡みついた俺ごと持ち上げる。
 横に逃げられないなら縦方向。身体能力に優れるやつならではの出鱈目なエスケープだった。
 一回転して、俺は逆サイドの床に叩きつけられた。もう一度ヒールホールドをセットする猶予はない。捉えていたほうとは逆の脚が俺の胴を蹴り、突き飛ばされる。腕に力が入っていなかった。リング外に落ちる直前頭に肘を喰らったのが響いたのか。
 俺が立ち上がるより前に、やつは飛び掛かってきた。
 再びのマウントポジション。
 手詰まりだった。敗北の二文字が脳裏をよぎる。
 一打目は何とか弾くが、二打目はもろに喰らった。やつの拳は硬い。耐えても残りは一、二発。今度こそ意識が飛んで、高い確率で死ぬだろう。
 お前のミスは最初の打撃の打ち合いなんだよ。中坊で身体もできてないくせに、何であんな勝負を受けてんだ。そもそも、ろくな情報もないのに地下の強豪なんかにその場のノリで挑んでんじゃねぇよ。
 ユキトなら、きっとそう言うだろう。死ぬかどうかの瀬戸際で、俺はそんなくだらないことを想像していた。ぐうの音も出ない、もっともな意見だ。
 しかし、自分にはそうしなければならない理由があるとも思えた。
 俺はあの日、親父の脳天にハンマーを振り下ろした。
 最強の、この世で誰も敵わない、絶対的な力を持つ親父を倒してしまった。
 だから、俺は負けてはいけないのだ。たとえ、拳が届かない相手と出会っても、関節を極められまくっても、負けてはいけない。それを負けだと認めてはならない。ただ、負けたという事実を否定するために挑み続けることしかできなくなった。そうしなければ辻褄が合わないから。
 俺は親父の最強を証明する機械だ。
 そのためには確実に勝てないと思う相手にも、命を賭けて玉砕しなければならない。俺はそういうぶっ壊れ方をしている。修復は不可能だった。
 三打目を打ち下ろそうとするウィンが見えた。やつの打撃は肉と骨、心を砕く。
 俺の心はすでにぶっ壊れている。
 お前に俺は倒せない。まだ、負けてはいない。
 反撃のアイディアはあった。俺はひたすらに防御に徹した。やつは三十秒間、一方的に攻撃すれば勝ちだという地下のルールを守っている。それはやつのプライドの証明。強者としての自負。そこを突く。
 ウィン、俺たちは場外に落ちたのだ。ここにはタイマーも、コンクリの床も、有刺鉄線もない。ただの殺し合い。俺たちはルールの外に落ちた。
 三十秒が経過し、やつが勝ち誇った瞬間の隙をついて、脳ミソを抉り出す。
 やり方はウィン自身が実演して見せた。指を突っ込んで、その上から叩けばいい。どんなタフネスの持ち主だとしても、脳への直接攻撃は全ての防御を無効にする。
 結局、最後の頼みの綱は己自身の肉体だった。やつの攻撃を三十秒間凌げるかどうか。俺には十四年間鍛え抜いたタフネスがある。
 すでに六秒が経過していた。残りは二十四秒。
 ガードの上から、隙間から、ラウェイの鉄の拳は俺の身体を容赦なく叩く。コンクリで砕かれた左側頭部は重点的に守らねばならなかった。ユキトが見れば、一か八かの馬鹿な作戦だというだろうか。自分のタフさを過信しているというだろうか。余計な世話だ。俺は己のやり方を貫く。右の頬骨が砕けた。
 七秒経過。時間の感覚がやけに遅く感じる。
 腕の隙間からウィンの顔が見えた。笑っている。やつは敵を壊す瞬間にのみ喜びを見出す。俺の同類公。パワー、スピード、技の完成度。全てにおいてやつは俺の上を行く。
 八秒経過。顔面のパーツ一つ一つが破壊されるのが分かった。
 右目が見えなかった。問題はない。攻撃が止んだ瞬間、やつからマウントを奪い返し、即座に目玉に指を突っ込む。
 九秒経過。仰向けなせいで、折れた歯が口の中に落ちてくる。
 身体を休ませ、回復させろ。指先の感覚がない。脳へのダメージが残っている。
 十秒経過。
 あいつの打撃は秒間三発。何発もらった。計算できない。
 余計なことは考えるな。
 やつの拳がほとんどガードの隙間を通り始めた。精度が上がっている。違う。ガードが下がっている。
 腕が動かない。
 血の味がした。鼻の軟骨の音がした。痛みはない。
 振りかぶったウィンの拳が、天井から降るライトの光を遮る。
 もう何も見えない。
 

 遠くのほうで観客たちの喚く声が聞こえていた。
  

 何が起こったのかはすぐには理解できなかった。
 自分が死んであの世に来たのかと思いもしたが違っていた。俺は生きている。数秒間、意識を失っていたらしい。
 胸の上にあったウィンの体重が消えていた。 
 代わりに、男が俺のそばに立っていた。
 かなり身長が高い。百九十はあるだろう。
 片足を腰の高さで保ちながら、その巨漢はタバコを吸っていた。足には靴底に金属製のごついスパイクのついたブーツを履いている。スパイクの一本一本がナイフのように鋭く研磨されているのが、仰向けになった俺の位置からだとよく見えた。
 こいつがウィンを背後から蹴ったのだと理解するのには、少しの時間が必要だった。
 そいつは、俺の顔を覗き込むと見下すような笑みを浮かべた。
 邪魔をするな、と思った。俺にはチャンスがあった。俺は勝っていた。そう信じていた。どんなに無様でも。
 俺の攻撃性は傲岸と不遜によって支えられている。
 俺は負けてはいない。最強の親父に勝った。最強を証明する機械。
 指先が微かに動く感覚があった。身体を休め、回復させろ。
 男が俺の上を跨ぐのが見えた。
 やつの靴は作業用か登山用。地下の賭け試合を見物しに履いてくるような代物ではない。明らかに武器として持ち込んだものだ。つまり、このデカブツは俺と同じ発想の持ち主なのだ。場外乱闘であっても、『四天王』を倒したという事実さえあれば名前は売れる。
 ただし、そいつには俺にはない計画性と狡猾さがあった。突発的なトラブルを装えば、武器使用の言い訳は立つ。男は今日のために凶器と機会を準備していた。
 仰向けのまま顔を上げると、倒れていたウィンが跳ね起きるのが見えた。男の姿を見て一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに元の笑顔に戻っている。やる気だ。
「ウィンさんよぉ、話が違うぜ」
 タバコを唇で弄びながら、新たな乱入者は太々しくそう言い放った。
 俺の戦いはまだ続いている。邪魔はさせない。
 やつを殺すのは俺だ。
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龍宇治 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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