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09:Closed City-03

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「今俺たちが必要としているものは2つだ。」

仮想都市の上に、ウィルスが寄ってこないようにさらに広げた空間の中で、セスは作戦の説明を始めた。

「まず一つめはさっきから煩いウィルスの駆除プログラム。あいつらをまずなんとかしなければならない。作成者は本気でこの空間を潰すつもりで作ったらしく大層な力作だ…メインバンクに問い合わせたが返答がこない。恐らくはこちらでプログラムを作成したほうが早いだろう。」
「…あのウィルスは内部の人間が作ったってこと?」

セスの言葉の端にヒントを掴んだ雛が口を挟む。最初から彼は意を汲んでもらうつもりだったらしく、雛の問いに軽く頷いた。

「ああ。ただ、歪んだ空間を食うという彼女たちの習性を見るに、本来は自動修正パッチだったのかもしれない。…修正パッチも組み方次第といったところか…食って潰してくれればよかったものを、さらに歪みを広げていたのが悪かった」
「2次バグにも程があるっつーの」

嘯く沢口に、ルミナとシャティが笑った。

「二つめはサーバに流すこの世界の修正パッチ。これだけ歪になってしまったら、この際根本から修正を加えたほうがいい。今の話じゃないが、まだどこかに露見してない爆弾を抱えている可能性もある」

超ありそう、と呟いたルミナは、もう笑わなかった。いつも明るい彼女も、危険は重々承知している。
ルミナは沢口を襲った危機を思い出したのか、唇を真一文字に結んだ。

「この二つを作成するためにチームを分ける。ウィルスの駆除プログラム作成は俺とコウ、シャティが行う。雛君とルミナ君はここで修正パッチの作成を行ってくれ。パッチの作成に『キュア』を貸す」

沢口、雛、ルミナは了解の言葉を各々発し、頷いた。

「俺たちはウィルスの情報解析のために出る。終了次第戻ってくる。プログラムが完成次第サーバに接続し、ウィルス駆除プログラム、修正パッチの順で流す。それで作業は完了だ。質問はコウに限り受け付けない」
「受け付けないのかよ!!」

場の緊張が一瞬解れたが、セスの次の一言にまた緊張が走る。

「作戦開始だ」



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空間から出て行った沢口とセス、シャティの背を見送った雛とルミナは、セスの残したフラッシュメモリから、彼のもう一人のドールである『キュア』を起動した。
床の一メートル四方ほどに青い光の線が引かれ、線が交じり作られた面からナース服の少女が構成されていく。
キュアは薄いピンク色のボブの髪に白いカチューシャをつけている。セスの趣味?に誰もつっこんだことはないが、シャティの白衣といいキュアのナース服といい、セスは「白衣萌え」なのだろうと誰も口にはしないが皆そう思っていた。

身体の構成が完了したキュアは、目の前にいる雛に向かってにっこりと美少女の笑みを浮かべた。

『代理マスター雛様、ご命令をお願いしますワ?』

キュアは日本語が下手なのか、どこか微妙なイントネーションのお嬢様口調で喋る。雛のやや後ろにいるルミナは、「キュアちゃんかわいいー!」と一人で萌えている。
ルミナとキュアはどことなく顔のつくりが似ていると雛は思う。どちらかというと人間であるルミナのほうが造形美であり、愛嬌があるといえばキュアのほうかもしれない。
たしかにかわいい、と雛は口許を綻ばせた。ルミナもかわいいのだが、完璧すぎてどこか近寄りがたい雰囲気があるのだ。
…尤も、そう思っている雛も、容姿もさることながらその高校生らしからぬ静かな雰囲気で近寄りがたい部分があるのだが。

「キュア、この空間を完全に再構成する修正パッチを作りたいの」
『了解ですワ。この空間の情報を収集いたします。少々お待ち下さいませ』

キュアは普通に喋っているつもりなのだろうが、「わ」の音がどこか外れている。雛はそう思った。でも、この「わ」がそれこそ「萌え」なのかもしれない。
軽く俯いて、都市の情報を外側から解析しはじめたキュアのコバルトブルーの双眸に、仮想都市の空間を構成するコードが流れていく。
サーバに接続するとウィルスたちに居場所が割れてしまうため、キュアは今与えられている情報から分析を行っているのだが、こうして外側から解析するには時間が掛かってしまう。
キュアの情報収集の補助に、雛のドールの中で一番情報解析の得意なパンダのぬいぐるみのドール、『茶碗』を呼んだ。

「茶碗、キュアの補助を」
『承知した』

ピョンと飛び上がった茶碗を、キュアが受け止める。美少女がパンダのぬいぐるみを抱いて俯いている様は絵になるなーとルミナは思っていたが、雛が床に腰を下ろし、仮想キーボードを叩き出したのを見て、慌ててそれに倣った。

「ルミナ、終了コードお願い」
「任せて!」

雛とルミナは、実体のない、映像で作られたキーを打つ。
セスのように空中で打鍵する者もいるが、雛やルミナは指が接触する床や壁で打鍵するほうが好きだった。
キーそのものに感触はないが、キーボードを打ち込む要領でキーのある位置を叩けば、こちらも実体のない仮想モニタに、打鍵された証拠としてコードが連なっていく。
文字ひとつひとつにはさほど意味がない。繋がって初めて意味を持つ。人間の言語と同じだと雛は思う。

―――こうして紡がれるものはなんだって、人を傷つけうる。

コードを修正している雛とルミナの前で、茶碗を抱いて俯いていたキュアが顔を上げた。

『一次情報収集完了。パッチ構成には30分程度掛かると見られます』
「了解。構成開始して」

雛の命令に了解ですワ、と返答したキュアは、雛が修正している開始コードとルミナが修正している終了コードの間に入るメインメソッドを目にも止まらぬ速さで仮想モニタに書き出した。



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雛とルミナのいる空間からもとの都市の地面に足をつけた沢口とセス、そしてシャティ。街はところどころ吹き飛んでいる。沢口が吹き飛ばした箇所もあれば、ウィルスが爆破させた箇所もある。
随分と風通しのよくなってしまった都市を見上げて、シャティが苦笑した。

『キュアの負担を減らすために、これ以上都市の情報は欠損させたくはないわね』
「…そうだな…できるだけ穏便に事は進めたいが…」

ウィルス駆除のプログラムを組むためには、まずそのウィルスの情報を得なければならないが、サーバに自主的に接続を試みることはできない。そのために現在一番手っ取り早い方法は、ウィルスを捕獲することである。

「向こうに気づかれないよう捕獲ができればいいが…索敵能力でウィルスの上を行くことは難しいな」
「あ」

向こうに気づかれないようにというセスの言葉で沢口がふと思い出したのは、崩れ落ちたはずの天井の代わりに落ちてきた女だった。
あのウィルスは意識がなかった。今も意識がないかどうかはわからないが、少なくとも試してみる価値はあると思った。

「セス、もしかしたら穏便に捕まえられるかもしんねー」

セスが許可にひとつ頷いたのを確認した沢口は、ウィルスに追いかけられた際に逃げてきた道を逆走しはじめた。
爆破の際に作られた多量の粉塵はすでに無駄な情報として消されている。気を失ったあのウィルスももしかしたら消えてしまっているかもしれない。だが、沢口はなぜか彼女がまだあそこにいる気がした。

程なくして、沢口が閉じ込められていたバグ空間の跡地である場所に辿り着く。そこに、金髪に赤いワンピースのウィルスが先ほどと同じ姿で倒れていた。
沢口が押しのけた際に仰向けになった彼女は、ピクリとも動かない。その様子を一瞥したセスが、静かに口を開く。

「…サーバに回収されていないところを見るに…完全に活動を停止しているわけではないようだが」
「…ここまで動かないとほんと動かねえのかなってちょっと心配になるよな。あれっぽくね?死んでるって思ったセミが実は生きてました、みたいな」
「………余計なことを言うな。ちょっと静かにしてろ」

セスが解析をシャティに命じようとしたその瞬間、倒れていた金髪のウィルスが徐に目を覚ました。

「!!」
「ギャッ!!」
『…!』

三者三様に驚いているその脇で、目を覚ましたばかりのウィルスは呆けた眼を擦りつつ身体を起こす。下手にウィルスを刺激して、仲間を呼ばれては厄介である。
シャティはセスと沢口を庇うように前に出て、ウィルスの動向を窺っていた。

『…………』
「…………」
「…………」

沢口たちの緊張が高まってきたところで、金髪のウィルスプログラムは口を大きく開けて、


『ふぁぁあ~』


欠伸をした。

『…………』
「…………」
「…………」

呆気に取られて言葉を失う沢口たちを尻目に、彼女は眠そうにもう一度欠伸をしていた。

9

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