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 首飾りを咥えて暫くしてから、クロには僅かだが異変があった。全身を細かな振動が包んでいくような感覚と、前方へ引っ張られているような感覚である。前者はともかく、後者に関しては実際に姿勢が少し前傾に寄っていて、咥えあげた首飾りが想定よりも重かったからだろうと推定して終えてしまった。
 だからこそ、鱗道がクロに呼び掛けた「大丈夫か」との質問の意味が理解できなかった。その時のクロには、少し姿勢が悪かったという問題でしかなかったのだ。何度か呼び掛けられていたことはクロの記憶にない。首飾りの紡ぐ呪詛に関しては最初から聞こえておらず、クロにとっては静かな店内でしかなかった為に記憶の欠落が生じていることに気がつけなかったのだ。
 鱗道の言葉に従ってケースに首飾りをしまいながら、猪狩の来訪に関するやり取りが遠くに聞こえていたことは記憶がある。はっきりとは聞こえていなかったが、猪狩の声は室内ではよく響くので聞き間違えることがない。早く箱を閉ざして猪狩の顔が見えない場所まで引っ込んでしまいたいと考えていたことすらも覚えがある。しかし、一度は閉ざしたアクセサリーケースの蓋に、クロの嘴は触れ続けていた。
 何かに引っ張られるような感覚があり、身体がやたらと前傾に寄る。細かく自身を観察すると、頭の――特に目として役割を果たす赤い石と、鴉の贋作内部を満たすクロの意思を宿した液体金属が前方に引きつけられているのだ。今までこのように感じたことはなかった。現象が発生している、となれば何かしら原因がある。原因となり得る物は明確な機構の欠損ではない限り、クロという意思が単独で発生させた不調か、首飾りによる不調しかない。
 クロ一人ではそのどちらが原因であるか判断は出来なかった。少なくとも自身を構成する意思に不調があったとしても、クロがそれを自覚できなければ単独で検証することは不可能だ。首飾りによる不調は、彼方の世界への感度が低いクロではやはり分からない。最適解は鱗道を呼んで事態を報告し、場合によってはシロの目や耳を使って確認を受けることである。それは分かっていた。分かり切っていた。
 だが、クロはその行動を選択しなかった。この不調が首飾りによってもたらされた物であるならば――それは、呪われたということではあるまいか。「生き物」として認識された証明にならないか。そんな疑問が、クロの意思を有する液体金属を大きく揺さぶった。
 桐箱の蓋から離れ、嘴が触れていたアクセサリーケースの蓋を再度開いた。中にはクロが納めた時と変わらず、真っ直ぐなままのベビーパールチェーンと連なる赤い宝石のペンダントヘッドが横たわっている。彼方の世界への感度が低いクロが、呪いに呼ばれるはずがない。分かってはいたが、呼ばれていると思ったのだ。声も聞こえていないのに、呼ばれていると。
 触れる許可は一度与えられ、その後奪われてはいない。つまり、触れる許可は未だに有効である――等というのは詭弁である。通常ならばクロはそのような判断はしない。しかし、クロは実際にそのような思考を浮かべ、並べ立てながら赤い宝石に嘴を近付けた。
 コツン、と軽い音が一度だけ上がる。だが、その音の振動はクロの身体を包み込むように走った。持ち上げていた時に感じていた細かな振動の抱擁とまさしく等しい。再度、嘴が触れた時の音は一度目よりも大きく上がった。振動が全身をくすぐり上げていく。今まで聴いたレコードでは味わったことのない振動である。心地よくもあり――背徳的でもあった。上位存在に禁止されているにも関わらず行為に及ぶ、というのはこの背徳的な感覚を求めているからではないかと理解したような気分すら湧いた。
 嘴を開いて、宝石を直接咥えた理由は、クロにはすでに説明するのが難しい状況にあった。クロ自身が求めているようであり、宝石からそうするようにと求められていると強く感じていたのだ。実際に宝石を咥えて持ち上げた瞬間、クロは「甘い」という感覚を記憶している。当然、クロには味覚がない。知識としてあらゆる文章表現、感情として学んできた中で一番相当する感覚が「甘い」であっただけだ。だが、それは明らかな異常である。その感覚は、クロを有する液体金属が直接感じたものであった。何かしらの感覚機構を介したものではない。液体金属が、そこに有るクロの意思が、影響を受けたのだ。
 考えながらもクロは己の身体を桐箱の中に沈めた。通常のカラスより一回りは大きく作られているクロの身体では酷く窮屈であるが、箱の中に身を沈めると痛烈な「甘さ」に液体金属が大きく震える。翻弄され、箱の中を無様に泳ぐ我が身を認識しながら、制御は既に失いつつあった。がたがたと箱が揺れ、ついに机から落下する。投げ出されたクロの身体は反射的に手近な梁へと舞い上がった。窮屈な箱の中で共に泳いだベビーパールのチェーンがクロの身体に絡み付いている。否、これは己で絡み付けたのだ。理由はやはり、見失っている。思考と身体の動きが一致せずにズレているのだ。
 宝石を手放さなければならない。だがどうやって。鱗道を呼ばねばならない。だが呼べない。呼んだら離れてしまう。宝石と離されてしまう。わたしと離されてしまう。だからこそ手放さなければならない。その為に鱗道を呼ぶのである。いや、呼んではならない。何故。生き物ではないから呪われなかったのではなかったか。この状態は呪われている状態ではないのか。つまり私は生き物と判断されたのか。否、私はクロであり、クロは生き物ではなく、クロはわたしである。ねじれた願望を注がれた赤い石がわたしである。いきているものはわたしではない。わたしは、わたしだ。わたしいがいはみんな――

『宝石を咥えてからというもの、時折私の意思は明瞭にはなりました。しかし、出来ることは限られていた。なんとか貴方の言葉に従おうと足掻き、嘴を打ち付け返事をした記憶はあります。しかし、大きく棚から落下してからは、貴方に「呪われたのか」と問われるまで完全なる前後不覚の状態にありました』
 ちゃぶ台の上に立ったクロは、適度な間隔と緩急を用いながら長い話をその言葉で終えた。演説をするかの如く背筋を伸ばしていた姿から僅かに力が抜け、伸ばされていた首が少し縮む。時間にして、鱗道が冷凍ピラフを完食し、小分けにした煮物の最後にタケノコが残る程度の間であった。クロの最後の言葉を聞いた鱗道はタケノコを残して箸を手放し、頬杖に頭を預けて俯いている。シロはシカ角の犬用おやつが与えられていて序盤から黙っていたが、話の途中からシカ角をただ咥えているだけでクロの話に聞き入っていた。
『鱗道』
 鱗道の空いている手は所在なさげにシロの体を撫でていた。クロに呼ばれて顔を上げる。眉はひそめられ、眉間に皺が寄っていた。
『私は、呪われていたのでしょうか』
 この問いは二度目である。そして一度目より問いとしての意図が薄いことは鱗道にも伝わっていた。クロは観察眼に優れ、非常に賢い。一度目の問いに対する鱗道の反応で、答えは分かっているのだろう。
 鱗道は頬杖を外し、シロからも手を離してクロを正面に見た。問われずとも、言うつもりではあったことだ。言わねばならないことでもあった。
「いいや。お前は呪われたわけじゃない」
 対等な立場で協力者として力を借りているクロに対し、自然な挙動として鱗道は深く、謝罪の意思を持って頭を下げた。
「あれは、お前の気を引こうとして俺がついた嘘だ。すまない」
 鱗道はクロが、己は「生き物」であるのかどうかについて常に考えていることを知っている。そして、悪癖が明らかにしているように、クロは己を「生き物」ではないと判断していることも。だが、それでいて常に「生き物」という定義を探し、証明を探し、己が当てはまる条件はないかと諦めきれずに探していることも知っていた。
 クロにとって己は「生き物」であるかという疑問は、コンプレックスであり命題なのだ。クロが「鱗道堂」に居着いて鱗道に協力しながら、人間や他の生き物、関係する彼方の世界について日々観察して学んでいるのも命題に答えを出すためであると言っても過言ではない。己は「生き物」か否か、という疑問はクロにとって大きな割合を占めているものである。
 それを分かっていて、鱗道はあえてクロの意識が向くような言葉を選び、発言した。呪われていると鱗道に言われれば、クロは己を歪める要因を排除し、必ず考え始めるはずであったからだ――この状況が呪われているのならば、自分は「生き物」であるとのか、と。
『鱗道、顔を上げてください。元を辿れば私が貴方の言いつけを守らずに宝石に嘴を出したのが原因です。それも先程の告白の通り――そして貴方が思ったとおり、私は自身に起きた異常が呪いに由来するならばと、無謀にも単独で実証行動に移ったのです』
 クロは頭部を横に振り、鱗道の前に歩み寄った。シロのように体温があれば、暖かい被毛があれば、素直さがあれば擦り寄ることも出てきただろうが、クロはそれらの行動を選択しない。近付き、傍にて真っ直ぐに、目線を合わせて話をする。それがクロであり、クロの対応であるべきだ。
『貴方の判断は正しかった。私は貴方を責めるつもりも、権利を有してもおりません』
 結果として、鱗道の嘘はクロの意識を不明瞭な状態から引き戻すことに成功している。そして宝石は嘴から外れかかり、猪狩の頭突きもあって完全に落下し、蛇神を降ろした鱗道の手がそれを口内に収めて処分した。それでも、クロのコンプレックスを刺激する意図を用いて嘘をついたことに対して鱗道の罪悪感が軽くなることはないのだろう。
『ですが、鱗道。私が呪われていたのではないとすると、私に発生していた異常は何がもたらしたものなのでしょうか。嘴や身体は実際に引かれたと感じ、あれほどの前後不覚に陥ったことも解せません』
 よって、クロはいつもと変わらない己であろうとした。考えて答えの分からない疑問を口にし、問うて議論を重ね、答えを求める。実際に鱗道が気に病むほど、クロは傷付いてもいないし衝撃を受けてもいないのだから。
「……それは俺も分からなかった。お前が宝石と同じ呪詛を繰り返し始めた時には、俺も本当にお前が呪われたのかと思ったぐらいだ」
 クロの問いを受けた鱗道は大きく息を吐いてから顔を上げる。鱗道もまた、クロとは真っ直ぐに目線を合わせて会話をするべきだと思っているのだ。それが鱗道がクロに求める態度であり、クロが鱗道に求める態度である、と。
 そうして見やるちゃぶ台の上の鴉は、やはり無駄な動きや揺らぎが一切ない。黙していても語っていても、クロが意識をして動かない限りは、多くの客が勘違いをするようにただの剥製にしか見えない。だが鱗道は、クロが多くの同じような贋作の中で止まっていようと見分けることが出来る自信があった。声が聞こえるから等と言う理由ではなく、十年程の長い付き合いをそれだけのことが出来るように目を見て話をしてきたという自負がある。もっとも、クロにそれを言ったところで論理的な説明や解説を求められることだろうから、明言をしたことはない。
「だがお前の呪詛は、最初に聞こえていた物と違う所があった。「いきているもの」という呪いの対象が増えていたんだ。それこそ、新しく呪いを注がれたように」
 鱗道はあぐらをかいた膝の上に置いた両手を握り直した。少しばかり汗ばんでいるのは緊張があるからだ。同じ贋作の中でもクロを見付けられる自負のある鱗道には、クロという一個人がこれから味わう落胆も予想が付いている。
「お前の、「生き物」に対するコンプレックスや疑問が、宝石の呪いに混ざったからだ。お前は呪われたんじゃなく、呪いの一部になりかけていたんだろう」
 クロはやはり、一切の揺らぎや動揺を動きという形では露わにしなかった。沈黙していれば声が聞こえることもない。だが、赤い石が填められた目が微かに曇ったような気配を鱗道は感じていた。
「間違っていたら指摘してくれ。お前は液体金属に意思が宿った存在だ。そして、お前の身体は鉱石や金属で出来てる」
『その通りです、鱗道。間違いはありません』
 涼やかで硬質な音色が、鱗道の頭に響くと心地よい温度に身体が冷えていく。拳を解いた鱗道の手から、静かに汗が引いた。
「呪物だった宝石も、お前の目や身体の中にあるのと同じ鉱石の一種だ。付喪神が自分と似た物質を集めて身体を大きくしていくように、宝石と似た物質で出来ている場所は同調しやすかったのだろうと思う。お前が引きつけられていたのは赤い石で出来た目だ。そこを通じて中のお前自身に影響が及んだんだろう。そして、液体金属の中にあるお前の意思を……呪いとして取り込んで、お前もろとも一つの呪物にまとまろうとしていた」
 すっかり乾いた手で、鱗道は自身の硬い髪を掻いた。手の平にちくちくと突き立つ硬質な毛の感触はクロの羽根に似ていると思うことがある。だが、似て異なる物だ。鱗道の髪は当然伸びるが、クロの羽根は一度抜ければ生えてくることはない。傷付いても、折れても――クロの身体は治らない。
「こんなことがあるとは想定できていなかった。蛇神に聞いてみれば分かることは教えてくれるだろうが……お前に関してはよく分からんらしいからな。お前に起きた影響については、俺の推測が精々だろう」
『私を作ったのは人間です。そして、作られたのであって生まれたのではない。しょうがないことでしょうし、貴方の推測で充分です。私は納得しましたよ』
 クロの硬質な声はいつもと変わらず平静盤石とし、冷静一律であった。それでも動作や雰囲気、そして声に混ざる変化は、クロが多くを観察して学んで獲得した表現手法だ。何も感じず、何も思わない無感動な存在ではない。感情があり、意思があり、意欲があり、多くから学んで解析し活用して表現し成長していく。だからこそ、クロは落胆していた。呪われていたのではないという結論に――そこから導く、己は「生き物」と判断されたわけではないという結果に。
「……残念だったか? 呪われたわけじゃなくて」
 クロの挙動はその殆どが、クロが意識的に発露しているものである。だが、自然に滲み出る仕草が無い、というわけではない。鱗道の言葉に首を傾げたのがまさにそれだ。嘴が少し柔らかく、贋作ついでに瞼も作られていたならば、きっと困ったように笑って見せた事だろう。
『ええ、とても残念です』
 声には、鱗道の言葉に同意を示す己への困惑が如実に表れていた。滑らかで淀みを知らない液体が、一瞬の間だけ凍るかのように、金属や鉱石とはまた違う硬く締まった響きが確かに感じられる。
『宝石を甘いと感じた時には、すでに期待が高まっていたのでしょう。期待が高ければ、そこからの失墜速度と落下エネルギーは比例する物ですから――心配をおかけした貴方には申し訳ありませんが、実際に酷く残念だと感じてしまっているのです。もし、本当に呪われていたならば、私はある種「生き物」であると言えたのに、と』
「――クロ、お前は」
『僕ね!』
 白く太い前足が二本、ちゃぶ台の上に叩き付けられた衝撃で箸が跳ねて転がり、平たい皿や小鉢が大きく揺れた。鱗道が伸ばした手も空しく箸はちゃぶ台から落下して、大きく跳ね上がった鴉は咄嗟の着地に失敗し、たたらを踏んでシロの鼻先に立った。
『クロが死んじゃったら悲しいよ!』
 ひゃんひゃん! と必死極まる子犬の如き鳴き声が鼻先の鴉に詰め寄った。泣き出さんばかりの幼い口調の声が鱗道の頭とクロの液体金属に強く響く。あまりの勢いにクロにかけようとした言葉も、シロの無作法を叱りつけようとした言葉も、鱗道はすっかり飲み込んでしまった。
 先程までシカ角をかじっていた大型犬の剣幕である。シロの口元近くのちゃぶ台は勿論、シロに揺らされて詰め寄られたクロも潤沢なヨダレで湿ってしまった。箸を諦めたと同時に庇った小鉢のタケノコの無事を確認しつつも、鱗道は肩を竦める。これはさぞかし荒れるだろうとクロを見守ったが、意外にもクロは微動だにしなかった。
『……シロ、私は死にません』
 シロに向けられたクロの声は静かであった。故に、鱗道は最後のタケノコを手で摘まんで口の中に放り込み、転がった箸を拾い上げて立ち上がった。空になった食器類をシンクに下げるためである。
『なんで?』
 シロが首を右に傾げば、
『生きていないものは死にません。停止するだけです』
 クロが首を右に傾ぎ、
『何が違うの?』
 追うかのようにシロが左へ首を傾ぐと、
『根源が違います』
 逃げるようにクロが左へ首を傾ぐ。
『どう違うの?』
 が、再びシロが右に首を傾いで――
「クロ、もう止めとけ。シロ相手に禅問答なんて、勝ち目はないぞ」
 シンク近くに干していた布巾を片手に戻った鱗道は、耐えきれずに二人のやり取りに笑みを零した。自分の座布団に腰を下ろすと、まずはシロの鼻先を押してちゃぶ台から降ろさせる。続いて、クロの前面を手にした布巾で拭い始めた。
『鱗道、それは台布巾では』
「洗濯した後、まだ使ってないやつだからいいだろ。梁や棚の上も転がったんだ。あとで水浴び出来るように水を張ってやるから、それまでの応急処置だと思って我慢しろ」
 クロは器用な上に綺麗好きである。水浴びの準備をしてやれば細かな羽根繕いまで丁寧に一人でこなすのだ。もしも嘴や足では届かない場所が気になっているようであれば、言われた時に手を貸してやるだけで充分である。
「俺にも禅問答は勘弁してくれ。が、シロはお前が死ぬと思ってるし、猪狩もそう思ってるらしい。「生き返ったのか」……ってのは、雑すぎる言い方だとは思うが」
 鱗道に拭かれただけのクロの身体は、羽根の向きもバラバラでお世辞にも綺麗とは言えなかった。七色に輝く黒羽根を僅かな乱れもなく整え、凜とした佇まいの鴉が既に恋しくある。
「何度でも言う。俺は、お前を生きてると思ってるし、そのつもりで接してる。これでも、まだ、足りんか」
 赤い石が嵌め込まれた目が、乱れた羽毛の隙間から鱗道を真っ直ぐに見つめてくる。それから、首を動かしてシロを映した。シロが右に首を傾ぐと、クロが左に首を傾いでシロの顔を追った。
『足りないわけではないのです。鱗道、貴方は私をセンチメンタルなものととらえすぎていますね』
 カタン、と静かに少しだけ開いた嘴であるが、それはすぐさま閉ざされた。まるで溜め息をつくような仕草は――
『確認する手段を得たならば試さずにはいられない。私はただそれだけの、諦めの悪い性格をしているに過ぎません』
 ――至極、自然な仕草であった。クロは大きく身体を膨らませるように胸を張り、高々と嘴を掲げる。乱れた羽毛もあって強風に耐え絶壁に立つ野鳥のようだ。しかし、外で見掛ける本物のカラスよりも理想を追求されたクロの姿は、羽毛が乱れていようと均整が取れて洒脱である。
「……そうかい。まぁ、性分って奴は死ぬまで変わらんらしいからな」
『鱗道、私は』
「言うな。野暮だぞ」
 クロの頭に布巾を被せると、鱗道は皿を洗うために立ち上がった。クロが嘴や足で布巾を剥がそうとしているが、被せた時の丈が偶然にも中途半端であったようで上手く剥がせないようである。結局、シロが布巾の端を咥えて引っ張ったことで剥がれたが、一声もかけずに引っ張ったものだから勢い余ったクロがちゃぶ台から落下するところまでは鱗道も見ていた。
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