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 そろそろ近いなと蛇神が言うより先に、鱗道も感じ取っていた。それが疲れで痛みを覚えだした足を進ませていると言ってもいい。目的地は近いはずだ。
 害意や悪意、拒絶などから誘発されるものは強い熱気や寒気、刺々しさや硬さ、金属臭などといういかにもな感覚として体の何処と問わずに感じられる。一方で清浄な場や受領、容認されている場合は清らかさや柔らかさ、穏やかさ、静寂に心地よい程度の温度、新鮮な草木の匂いなどという感じ方をする。
 進む方向に感じるのは、羽織ったばかりのダウンジャケットのようなものだ。冷たくもあるが柔らかくて軽い。ただ安物らしく羽毛の処理が甘いのか、ちくちくと布を突き破ってくる無視できない鋭さがある。匂いは強くないが、強いていえば動物園に似ていた。夏を前にした獣臭さと湿り気、それと新鮮な青物の匂いだ。好ましいかどうかは人それぞれである。
「俺もこごめみたいに拒絶されんかね」
 木々の隙間から広い空間が開けているのが窺えるようになり、鱗道は息を呑んだ。現役の、この辺りを治める一柱、土着神や守護神と呼ばれるにふさわしい力を持った神を威圧するような存在に牙を剥けられれば、蛇神の代理人であって多少死ににくいとされる鱗道でも一溜まりもないだろう。
『それは行かねば分からんな』
 蛇神の言葉は、小さくなっている体相応に軽く聞こえた。が、実際に軽んじている訳ではない。金色の目が小さいながらも煌々と、縦目の瞳孔を丸く開いて前方を食い入るように見つめている。
『だが、未だに巣くっているのが犬であれば、まだ穢れに染まりきって荒神に成り果てていなければ、そして犬が人間を待っているのであれば、お前がすぐに食われることはないだろうよ』
「……結構、条件が厳しいな」
 一瞬、たじろいだ足であるが、木々の間隔が開きだして歩きやすくなった足下は鱗道を静かに誘った。足を沈める土や葉が薄くなり、石畳の低い階段が続いている。ストックにも石の感覚が伝わっていた。木々が体を避け合うように開けた場所の全貌がすっかり視界に収まる頃には、苔に覆われているものの足下から真っ直ぐに続く参道が見えている。
 周囲に比べれば不自然なほどに木々による浸食を受けていない空間であった。苔や草花は玉砂利の隙間や参道を覆っているし、参道以外の境内も整えられた庭園と言える物ではない。だが、山中に長く放置されていたとは思えないほど煩雑さに欠けている。苔は分厚く全体を覆っていて、人間を含めた大きな動物が立ち入った形跡は遠目には見られなかった。小さい動物に関しては判断のしようがないが。
 石畳の階段が終わった少し先に、崩壊した鳥居と思われる瓦礫が溜まっている。崩れたまま放置されている特徴的な形を残した瓦礫も、大部分を分厚い苔に覆われていた。土砂崩れに伴った地震などで崩れたのだろう。瓦礫の断面はすっかり風化して丸みを帯びてすらいた。しかし、所々大きな筋の凹凸、三本ないし四本揃いの削られた痕跡があった。一部は表面の石を削るほど深い傷である。鱗道は鳥居の台座が残されている近くで頭を下げ、瓦礫を避けて進んだ。
 鳥居から百メートルと少し先に古びた社が建っている。鳥居が瓦礫になっているのを考えると驚くほど原形を留めていた。茅葺きの屋根には植物が根を張り始めているし、木製の柱は完全に黒ずみ、地面と近い床や支柱は苔や虫食い、腐食も目立つ。それでも、建っていた。自然に半ば食われ、飲み込まれ、取り込まれながらも、社という形がしっかりと残っている。
 鱗道は風景や光景に感動した記憶は数える程しかないが、目の前に広がっている光景はその内の一つに入るだろう。朽ちかけている境内も社も、静けさも相まって体の奥を揺さぶるものを感じるのだ。郷愁やら寂寥やら評する言葉は多々あるのだろうが、言語化してしまうと感動が固定されてしまうようでそれすら憚られる。
 眼前の光景は青々としているのに冬に放り出されたような感覚があるのは、ちりちりと皮膚を掻く小さな棘と澄み渡って冴えた空気に温度がないからだろう。鱗道は風景を目に焼き付けるように――恐らく、口を少し開いたまま社へと向かった。途中でストックを畳み、リュックサックの横に収納する。借り物を苔で汚すのも、ストックで苔を必要以上に削るのも避けたかった。
 社の扉は閉まっている。が、腐敗が進んだ結果だろう。扉の枠を残して、板は殆ど崩れている。中は暗くて窺えないが、何かが潜んでいるようには見えなかった。社の中へ上がるための階段を前にしても、壁の隙間から光が差し込んでいるのが確認できる程度でよく見えない。それと、社に近付いてようやく、鱗道はそれに気が付いた。
 参道を挟んで積み上がっている二個の石塊。そこには苔がなく、鳥居の瓦礫よりも粉々に砕けている物が多い。自然に朽ちてしまったというにはあまりに細かく、殆どの破片の端が鋭利であった。石塊の傍らにはそれぞれ人間の頭ほどの石が落ちていて――さすがに一瞬はぎょっとしたが苔に覆われてもいないため、狛犬の頭だとすぐに知れた。鳥居があり、社があるにも関わらず、今まで見付けられなかったもの――これは、狛犬の残骸である。体と繋がっていただろう箇所はやはり粉砕され、鳥居にあったようなひっかき傷が何ヶ所も見られる。
『何かが暴れて割ったものだ』
 肩に乗ったままずっと沈黙していた蛇神のことを、鱗道は少し忘れていたようだ。小さく声を上げ、蛇神の顔を見る。鱗道の肩から体を伸ばした蛇神は鱗道に文句を言うのではなく、狛犬の頭に気を向けていた。
「近付くか?」
『いらんよ。これを割ったのがこごめを追い払った獣なら、思っていたよりも力が強い』
 蛇神の言葉に鱗道は奥歯を噛んだ。彼方の世界から此方の世界の、生命や物体に物質的な影響を与えるのは生半可な意思や力の持ち主では――此方のものに宿るか取り憑きでもしない限り――不可能だ。石製の狛犬を砕くほどの力となれば、当然、尋常とは言えない。そしてこの場にいるその存在というのは一匹だけ――凶兆の、獣。
 それほどの力を持ったものを相手に、人間である鱗道が何を出来ようか。
『ひとだ!』
 鱗道は頭の中に響く、唐突で無遠慮で加減知らずの声に思わず体を反らせた。目の前で何かが弾けたかと思う程の勢いある声であり、それは蛇神も同様であったらしい。ぐねりと揺れた蛇神の頭は、鱗道より素早く音の発信源を見付けたようだ。
『ひとがいる!』
 境内の風が動いて一纏まりになるのを背後に感じ、鱗道はこめかみを押さえながら振り返った。既に蛇神が首を巡らせていた方向である。金眼の瞳孔は、酷く暗く丸い。
 苔生した参道の中央に一匹の白い犬が座っていた。犬種には詳しくないが、ジャーマンシェパードだとか秋田犬に見える程の大型で少し毛の長い犬である。遠目にも分かるつぶらな紺碧の瞳が鱗道を見つめ、毛量豊かな尾をちぎれんばかりに振り、赤い舌をだらりと口吻から垂れさせて、
『人だ!』
 ひゃん! と耳に届くのは体格から想像が出来ない子犬のような鳴き声である。一方、頭には加減を知らぬ大音声が、幼子のような口調で響いた。
 見た目にはただの大きな白い犬である。だが、当然ただの犬ではない。鱗道には此方の世界の物――人間や動物の内心は聞こえない。しかし、目の前の犬の鳴き声は耳に届いている。人間に影響を与えるほどの力がある、彼方の世界の犬ということだ。苔生した参道には鱗道の足跡の他に犬の足跡も、新たに苔が削れた形跡も一ヶ所として増えていないことも証拠と言えた。つまり――
「……コイツが?」
『そういうことだね』
 犬は鱗道と蛇神を前に首を大きく傾いでいた。雪のように純白の被毛が、境内を進む風を受けて穏やかに揺れている。鱗道は犬に見据えられて後ずさった。目の前の犬からは酷い熱気と、雪を押し固めたような冷気を感じるのだ。特に犬の体内から感じる熱気は皮膚を越えて内臓を直接焼きに来るようで、熱塊と呼ぶべきものである。
『これはこれは。お前が帰ってきて最初の大仕事は誠に厄介極まりそうだよ、末代』
『へび!』
 ひゃん! と犬の鳴き声が鱗道の鼓膜を揺らす度に、頭の中を鐘が打つように声が響く。語っているのはやはり、この犬だ。蛇呼ばわりされた蛇神は表情を変えはしなかったが――蛇の顔に表情筋や瞼がない以上、変えることも出来ないが――明らかに不満げに、瞳孔を細めた。
『わたしが分かるのだね、犬っころ』
 否、品定めか値踏みのように、相手を測る眼差しか。
『蛇でしょ! 知ってる! でもしゃべるね、変な蛇!』
 言葉も舌の回りも幼稚であるが会話は成立している。人間に鳴き声を伝えられるまで実体を成して顕現するほどの力があるならば、もう少し言葉も成長していようものだが、
『わたしは分かっても、〝わたし〟は分からんのだな。神に到れず人間との縁も切れては知識も溜まらず、中身の成長も止まっているようだ。この場所と縁が繋がっている故に力と体だけが膨らんでしまったのだね』
 そういうことか、と鱗道は蛇神の言葉に内心で頷く。この犬が――この霊犬が、「犬の社」に住んだ犬の行き着いた姿であるというのならば、子犬として棲み着いて以降、社を出たこともなく交流もかつてあった集落の人達に限られている。死んで霊犬となり、「犬の社」に留まってからは集落の人達との交流も減ってしまったはずだ。人間との縁があれば其処より知識も入ってこようが、災害がそれも途絶えさせてしまった。蛇が喋ることを不思議に思っている辺り、人間や動物との会話が出来ないのが霊犬にとって普通の世界であり、霊犬と同じ世界である彼方の世界の存在との交流もなかったということだろう。
『末代』
 ぞろり、と肩の気配の色が変わる。視覚的な色の変化があったわけではない。が、鱗道が顔を向けた時、蛇神の今は小さな縦目瞳孔は弓のようにしなって歪んでいた。
『さっさと食ってしまおう』
 蛇神の言葉は、鉛の如き重さを伴うものであった。
「なんだって?」
『こういう奴はさっさと食ってしまうに限る。一口でいけるか分からぬが』
「コイツが荒神になってるかどうかも分からんのにか。力があるだけの霊犬で、穢れだか凶兆だか、獣だかとは無関係かもしれんだろ」
 鱗道は蛇神の声に対し、音声を用いねば会話が成立しない。ぴくりと霊犬の耳が動くのは、言葉の最中で見返した時に視界に入っている。しかし、鱗道は視線を直ぐに蛇神に戻した。そらした、とも言える。己の言葉と感覚の矛盾に、気が付いてはいるのだ。
『末代』
 意思を読み取れぬ筈の蛇神だが、鱗道の抱えた矛盾を見切っているかのように、もたげさせた頭を鱗道の眼前に迫らせた。金色を押しやって、瞳孔が黒い穴のように膨らんでいる。その眼が、蛇特有の無感情さで鱗道を真っ直ぐに見つめていた。
『分かる必要があるか? 別の荒神、別の穢れが出てきたなればそれも食えばいい。分かる必要はない。コイツを食うことは確定している』
『食う!? 僕を食べるっている話をしてるの!?』
 ひゃんひゃんと子犬の上げる悲鳴のような鳴き声と、『どうしよう、どうしよう』と困惑しているような幼稚な語調が鱗道の頭に響く。蛇神は霊犬を振り返ることなく、細長い体を器用にくねらせて鱗道の視界を塞いだ。
『奴は神に到れない。知る者も奉る者もおらず、時間も足らぬ。単なる犬の霊として消えるのも容易ではない。顕現するほどの力を有しているようだから、時に任せるには時間がかかりすぎる。それに、末代、お前も分かっているはずだ。奴の中にある熱。焼き尽くさんとする破壊と死滅の意思、穢れ。分からぬとは言わせんよ。お前は足をひいただろう?』
 言葉に促されるように視線を動かした先に、首を砕かれた狛犬の頭があった。側には粉砕された狛犬の体や台座だった物。足を退いたのも事実だ。視界が塞がれたとはいえ、霊犬の方向からは熱塊を感じている。今も、膨らんでいると思うほどの、強い意思だ。
『食ってやるのが一番良い。完全に穢れに染まって荒神に成り果ててはいないだろう。だが時間の問題さ。もはや〝わたし〟の腹の中で時間をかけて溶かしてやるのが、一番全うな消え方だよ』
 言葉は最後まで鱗道の頭の中に響いていた。しかし、鱗道の目の前から蛇神の顔――蛇の頭は既に無い。口が閉ざされたのだ。獣の口が、鱗道の目前で閉ざされたのだ。牙の並ぶ口に鼻先も掠められなかったのは、単に運が良かっただけである。開いた獣の顎から、唾液にまみれた茶色い蛇の頭がぼたりと落ちた。落ちた頭につられるように茶色い蛇の残りが鱗道の肩から垂れ落ちる。
『――不味い蛇め』
 生臭い獣の匂いが、蛇の体臭と混ざって鱗道の顔に吹き付けられる。あまりの出来事と勢いに、足から力が抜けたのは二度目の幸運だった。頭を下げねば目の前で跳ねた獣の跳躍と真っ正面からぶつかったであろう。灰色の頭上を、白い被毛が駆けていく。
 朽ちかけの社に豪然と立つ、獣の白毛が風もないのに炎のように揺らめいた。紺碧であった瞳には朱色がインクを垂らしたように浮いている。獣に視線を向けられれば、その色が鱗道の心臓を鋭く抉った――ような気がした。今まで経験がない程の強烈な害意であり、攻撃意識である。熱塊は獣の全身に行き届き、光や熱となって白毛を輝かせ揺らす為、大きな体が一層膨らんで見えた。真っ赤な舌は下顎と共に涎を垂らし、太い前足の爪が社の床を砕く。
『それで、どうやって食う? もう食えないじゃないか。ああ、また待つ。ここを守って待つ。此処を護れば、来る』
 犬の鳴き声も幼稚な口調も全く失せた、頭に響くだけの地を割り這い出るような声。語っているのは獣か、社か、分からないほどの低音声。
 これが、荒神か。他を傷つけ滅ぼし食らうばかりの、破壊と死滅を招く意思――穢れに染まった荒れ狂う神か。
『――末代』
 鱗道は膝をついたまま、社と獣に向き合っていた。それ以上動けなかった。僅かな忘我を、風とも砂とも言えぬ乾いた細波のような声が打ち破る。
「無事なのか」
 発した声は掠れていた。呼吸すら忘れていたのか、と思う程、肩と胸が大きく動く。蛇神の声は、鱗道の頭に微かに響いている。姿は、何処にもない。
『食われたのは蛇で、取り憑いていたのは分身だ。〝わたし〟には何の害もない。少しばかり不快であるがね。小さいが蛇が多い時期であったのは幸いだった。少し離れているが、別の蛇に憑かせてもらったよ。故にお前と話せているが――』
 ああ、そうか、と息が漏れる。あの小さな姿は近くの蛇に取り憑いた姿だと言っていたことを思い出した。獣に食われた蛇の体色は茶色に変色――否、元の色に戻っていた。蛇が食われて直ぐに、取り憑いていた分身は離れたということだろう。
 蛇神の無事が確認できたことで、鱗道は足に力を込めて立ち上がり直した。地面に触れた手には苔や土がこびり付いている。獣は社の扉の前で頭を巡らせていた。蛇神の声が聞こえているらしい。
『まだ、いるのか』
 低く呻くような声が、後は『どこだ』を繰り返す。蛇神を探しているに違いない。
『――末代。何故、食わぬ』
 鱗道の足が獣から距離を取ろうとしたのを察し、鱗道の行動を制しようとしている。あるいは、未だに鱗道が両腕に蛇神を卸さないことを咎めているのか。蛇神の声には恐ろしいほどに抑揚がない。
 蛇神の抑揚は鱗道が感情を読み取る最大の取っ掛かりであった。夢の中では顔や胴体があり、振動や挙動からも察しはしたが、やはり声の抑揚が最も感情を語っていると思えた。それでも抑揚から感情を読み取ることが出来た、と思えるようになるまでは何年も要したものだ。加えいちいち確認など取ってはいないから、本当に正しく読み取れているかは分からない。それでも、訂正や否定をされることは稀であった。大きく外れることはなかったのだろう。
 だが、声から抑揚が失われれば、鱗道からは取っ掛かりを奪われたことと同義である。蛇神の感情や考えを読み解く情報が、一切、無い。
「あの犬は、何かを待っていると言った。それが何か、分からん」
 故に、鱗道は蛇神を洞察することを止め、素直に己の思考を吐露した。獣はぐるりと社の縁側を、匂いを嗅ぎ耳を澄ませながら歩いている。ぱきりぱきりと腐った床が、鋭い爪や重い体を受けて割れていった。その度に獣の足取りは、足を高く上げて慎重に下ろすような妙な歩き方に変わる。それでもすぐに、別の足が床を砕いた。
『分かってどうする』
 蛇神の言葉に対し、鱗道は返事に窮した。すかさず、
『結果は変わらぬ』
 蛇神の声が追い詰めてくる。そうだろう。そう、なのだろう。鱗道は強く目を閉じた。
 霊犬が待っている物が集落の人々であるならば、その人々はもう戻らない。集落は既になくなっているし、時間が経ちすぎている。神に到れるその時を待っているのであれば、それももう来ない。集落の人々が戻らぬ以上、以前あった繋がりを取り戻すことは不可能であるし、このご時世に霊犬に信仰を集めることなど不可能だ。ただの霊犬に戻れる時であるならば、それはあまりに遠すぎる。すでに穢れを含んだ体で無事にその時を迎えることは出来ないだろう。
『食え、末代。〝わたし〟の代理』
 蛇神の意思は、鱗道に頼み事をした時から変わっていない。食うのか、という鱗道の問いに『恐らく』と答えは濁したが、その時に決していた筈だ。恩人を煩わす存在は何であろうと食って飲み込み、消化するということを。
「……悪いが」
 だが、蛇神は知るまい。鱗道ですら、確信を持ったのは今である。鱗道自身もまた、決めていたことがあったのだ。
 あの時、鱗道は首を掻こうとした。厄介だ、億劫だと思ったからだ。結果として、首を掻くことは出来なかった。蛇神の夢の中で体を動かせることは稀である。その分を含め、今、鱗道は首の後ろを掻いていた。あの時動かそうとしたのと同じ、
「少なくとも、今すぐアンタに食わせるつもりはない」
 左手で、だ。
『普段は何も知ろうとせん癖に、妙な物に入れ込むな。そうか、お前は、犬好きか』
 蛇神の声に抑揚は戻らない。風や砂は熱すらなく、ただただ静かに無味乾燥な音を立てるばかりだ。呆れているのか、嘲笑しているのか、嫉妬しているのか、侮蔑しているのかも分からない。
『食わぬというならば、わたしは手を貸さぬ。お前があれを食うと決めてくれれば別だがね』
 そんな蛇神の声はついになんの猶予もなく、ぶつりと切れた。ラジオの電池が急に切れたように、頭の中に声は響かない。ぐるりと社を一周した白い獣の、ぐずぐずに煮立った朱色混ざりの眼が鱗道を一瞥した。ぞうっと背中を鳥肌が覆う。
「手を貸さん、って」
 涎にまみれた顎が赤黒い息を吐いている。溶けた鉄のような熱塊を率いて、太い四肢が社の腐った階段を砕きながら下りた。獣の低い唸り声が鱗道の皮膚という皮膚を震わせる。だが、それだけだ。それだけしか、無い。
「声を聞かせない気か!」
 聞こえなくなったのは蛇神の声だけではない。「聞く」力を、蛇神は鱗道から取り上げたらしい。今の頭の中は、蛇神の代理をするようになる以前の、己の思考のみがのさばる静寂だけがある。
 立ち尽くした鱗道の真横を、唸る獣が走り抜けた。殆ど白い突風である。勢いに尻をついた鱗道の上に、巻き上げられた小さな石を降らせていった。苔や石畳には、砕き削った大きな爪痕が残されている。獣の姿は鳥居の瓦礫を数瞬も要さずに上り、頭を巡らせ境内の中を探っていた。無論、今は姿無き蛇神を見付けださんとして。
 鱗道に興味が無いのか、視界に入っていないのか、意識をしていないのか判断はつかないが、今すぐ喉笛を食いちぎられることはなさそうだった。が、それも確証があるわけではない。声が聞こえなくなった以上、「感じる」ことと見える限りで察するしかないだろうが、今のように駆け抜けられれば視線では追い切れない。「感じる」内容も、穢れや獣の力が強すぎるのか、強い熱ばかりで敵意なのかただの力強さなのかも判別不可能だ。
 蛇神の意に反する以上、なにかしらのペナルティーは覚悟していたが、まさか「聞く」力を取り上げられるとは思っていなかった。『犬好きか』との一言に、蛇神の嫉妬を招いた可能性にも思い至るが、かなりご立腹ということだろう。それに『普段は何も知ろうとせぬ癖に』という蛇神の呟きが胸の中に重く落ちていた。蛇神にはそう見えていて、鱗道の性分はそう受け取られているのだろう。確かに、鱗道から蛇神に何かを聞いたことは付き添った年月に対してあまりに少ない。
 性分――と言われてしまえばそうだ。間違ってはいない。だが、知ろうとしていない、というのは誤解がある。伝えられるのを待っているのだ。内面というものは手探りで触れるにはあまりに繊細である。不用意に触れてしまった時も、そして手を伸ばされたにも関わらず受け取られなかった時も、辛酸を味わうのは手を伸ばされた側であることは少なくない。だからこそ、鱗道は差し出されるのを待つ道を選んだ。此方から深く詮索しない代わりに、相手が差し出してきた時には何時でも受け取れるように両手を空けて待っている――そんな意思表示もしてきたつもりだが、言い訳だと蛇神は言うだろうか。
 そんな鱗道が今、獣――霊犬について知ろうとするのは、今のを逃せば次がないことを分かっているからだ。結果は変わらない。この霊犬は蛇神に食われるだろう。だからこそ、今を逃せば次などない。それは歯痒かろうと思っている。霊犬は、獣は、何かを『待つ』と言っていた。待つことが多い鱗道は共感したのだ。何時でも受け取れるように両手を空けていても、差し出されずに終わるものもあるのと分かっている故に。
 獣が踏んでいた瓦礫が大きく割れて崩れ落ちた。鳥居独特の形を残していた瓦礫は音を立てて崩れ、最早元が何であったか知ることは出来ない。短いが地響きを上げ、地面の苔を潰した瓦礫を見下ろした獣は、べろりと口の周りを舐め取ってゆっくりと下り立った。
「なあ、おい」
 鱗道に獣の声が聞こえずとも、獣に鱗道の声は届くのか。考えながら声を発し、声を発して呼びかけてから、目の前の獣をなんと呼べば良いのかも知らないことに気が付いた。そもそも名前があるのかも分からない。獣は地面に鼻を近付け匂いを探しているようであったが、声をかけた直後のみ、頭を持ち上げ鱗道を一瞥した。ただ、その一度きりで再び匂いを嗅ぎ回り、蛇神探しに戻っている。
 何故、そこまで蛇神を探すのか。食うと発した者を排除するためなのか、穢れの破壊と死滅の衝動に従っているだけなのか。それにしては、鱗道を放置するのは何故であろう。取るに足らない相手と認識しているからか。眼に紺碧と朱色が混在しているように、霊犬の思いが人間を攻撃対象から外しているからか。
 答えは出ない。だが、鱗道の声が聞こえていることには間違いなさそうだ。鱗道を認識してもいる。
「此処で何をしてた? ずっと一匹だったのか?」
 獣から視線を外すつもりはなくとも、獣は時に視界から消えた。が、姿を見付けるのは容易い。石畳や苔の一々を獣は傷を付けながら歩くからだ。それに、苔生した境内に、輝くような白い体は非常に目立つ。ぼたぼたと涎を垂らし、爛々と紺碧と朱色の混在する目を輝かせて徘徊する様は飢えた獣のようである。
「こごめ――……この辺りの神をどうして追い払ったりしたんだ」
 そんな存在相手に、声も聞こえぬ鱗道が何を出来ようか。鱗道の声に耳を動かす獣を遠巻きに見ながら、鱗道は足を社へと向けた。鱗道が動くと、獣が足を止める。ぐるりと鉛を転がすような喉鳴りが耳に届いた。
「お前は何がしたいんだ」
 低く重い、されど短い、下手な遠吠えのような声が返される。何かを語っているのだろうか。しかし、今、獣の言葉の内容を知る術を鱗道は持っていない。威嚇だろうか、黙っていろと言っているのか、それとも言語などなく、ただの音でしかないのだろうか。
「すまんな。聞いておいてなんだが、お前が何を言っているか、今の俺にはわからん」
 獣は社の崩れた階段を上る鱗道を見たまま、止めた足を動かさなかった。鱗道は獣から視線を外さぬように、手で足下を確認しながら社の階段を上りきる。
「ただ、お前は――何か、不可解だ。それが知りたい。今の所、俺はそれだけだ」
 眼球代わりの手が、腐った扉の木枠に触れた。賭け、ではあった。獣の目は紺碧と朱色が混在している。朱色が荒神の衝動――穢れであるというのならば、穢れを宿していてなお、紺碧と混ざり合ってはいない。今までも、鱗道を直接攻撃してくるようなことはなかった。たったそれだけの事に賭けて、鱗道は獣に背を向けて腐り落ちた扉の中を覗き込んだ。
 酷く暗いが、腐って割れた壁から光が差し込んでいる。淀んだ空気の中で塵や埃が僅かな光を反射させて粉雪のように舞っていた。境内にめぼしい物がなかった以上、何かあるとしたら社の中と思っていたが――
 石を削る音が酷く近くに聞こえ、鱗道は素早く振り返った。顎を閉ざし、牙の隙間から赤黒い息と涎を垂らす獣が、狛犬の頭部に右の前足を乗せている。鋭い爪先が石に突き立ち、太い足が爪の食い込みからめりめりと狛犬の頭を砕いて潰した。
「……俺を食うつもりか?」
 獣は唸り声の一つもあげず、自ら砕いた狛犬の頭からそっと足を離す。二歩、三歩と歩いた獣はまるで参道を――逃げ道を塞ぐように立ちはだかった。だが、それ以上動く様子はない。鱗道の進む先は社の中のみとなった。呼吸を整え直し、腐り落ちた扉をくぐる。中に入れば余計に逃げ場はない。食うつもりであるならば、何時でも何度でも食えたはずだ。だが、獣はそうしなかったし、今もしてこない。獣に背を向けるという行動は、先程に比べてリスクある行動ではなくなっている。
 自分で口にした、不可解という言葉に妙な納得を覚えていた。獣の行動にはどうも不可解な点が多いのだ。社を歩けば腐った床や階段を踏み抜き、その後妙な歩き方をする。崩した鳥居の瓦礫を下りるのも、踏み抜いた狛犬の頭から足を抜くのも偉くゆっくりで、慎重さすら感じた程だ。蛇神を肩に乗せ、蛇神と会話していた鱗道を未だに蚊帳の外に置き続けている。声が聞こえている間ですら、蛇神の居場所を聞きだそうとはしてこなかった。で、あるのに、執拗に蛇神を探して回る。
 鱗道に攻撃行動を向けないのは、人間と共にあった犬の名残として飲み込むことは出来る。だが、完全に蚊帳の外となるとやはり妙だ。待っているのが集落の人間のみであるなら、縄張りの侵入者であり部外者の鱗道は排除されようとするのが自然である。どんな人間でも構わない――集落の人間の顔や匂いを忘れてしまったとかであるなら、無視ではなく何らかのアプローチがあって良いはずだ。そのどちらも、獣はしてこない。
 獣が、霊犬が待っているのは人間ではない、としたら。蛇神のような存在の方であったとしたら何が変わるか――霊犬が望んでいると思っていたものが大きく変わる。
 扉の枠組みをくぐり、暗さに慣れて浮き上がった社の中身は鱗道の期待に反して虚ろであった。苔や草、キノコや埃が溜まっていて、鱗道が入ったことで空気が動いて舞い上がる。何ヶ所もある壁の隙間から頼りない光が音もなく照らすその場はがらんどうであった。棚や床の間、飾り棚も全て腐るか朽ちて黒い残骸になっているか、自然物や埃に覆われて形跡だけがあるばかり。熱源も当然存在せず、淀んだ空気は木材の腐臭を含んで酷く冷たい。天井には何個もの大きな蜘蛛の巣が張られ、しなびた蛾が引っかかって揺れている。
 だからこそ、本当に何もない一角が明確に浮いていた。がらんどうの社、その中央、苔も植物もキノコも埃も蜘蛛の巣も何もない、床下に潜れるように枠取られている部分を含む一角。大きさは直径にして五、六十センチ。均一に整った形で抜けているわけではなく――体高六十センチほどの犬が一匹、座るか寝転ぶかしていたような形をしている。
 べきり、と木の床が軋んで砕ける音を聞いたが鱗道は振り返らなかった。音はほぼ、真横で鳴ったのだ。白い体が僅かに残った木戸の板を引っかけて落とし、ざわめく被毛の端が鱗道の体を擦っていく。白く輝くほどの熱塊を持ったものが残していったとは思えないほど、酷く冷たい感触が防寒着なぞ意味なく貫いて届いた。獣は時に床を爪で割りながら、何にも侵食されていない一角へと進む。二度程、酷く慎重に床を掻いて腰を下ろせば、ほぼぴったりとその場を埋めた。顔は真っ直ぐに上げられ、紺碧と朱色を宿した双眸が鱗道を射貫く。否、見ている物はもっと先だ。社の外。狛犬がいた参道の先。崩れた鳥居の先。その先。先――境内の、外。山の、外。
 尻尾が揺れた。酷くゆっくり、とても大きく、たったの二度。二度だけだった。涎を垂らす口は閉じている。暗い社の中で、雪のように白い毛並みと鋭くもつぶらな瞳が煌々と輝いている。
「お前を知っている人間はもう来ない。誰も、来ない。お前は、それは分かってるんだな」
 鱗道は夢の中で初めて蛇神と出会った時を思い出していた。蜷局に抱かれ、開かれた顎。向けられた牙に伸ばした手。微かな振動や蛇神の些細な挙動や抑揚から感じ取った物を受け入れ、蛇神の代理を務めると答えた時、鱗道が感じ取った物が正解であったかどうかを蛇神に尋ねたことはない。間違っていたならば、間違っていると指摘してくるはずだと蛇神を信じているからだ。なにせ、相手は意思を読んでいる。隠し事は通じない。だが――それで何もかもが通じている、と思っているのは、鱗道の甘えだったのだろう。
「此処から去ろうにも、消えようにも、お前一匹じゃどうにも出来ん。やり方もわからん」
 目の前にある、穢れを宿した荒神に成り果てようとしている獣の、神になり損ねた半端者の、親しまれた犬だった霊犬の挙動から感じ、自分の中に飲み込み落とす。答え次第で己の生死が決まるのも、蛇神と初めて邂逅した夢と同じだ。だが、その時とは違って、鱗道は推測の全てを口にしている。
「何処へも行けず、何処へも還れず、穢れに染まりながら、ずっと此処で繋がれっぱなしは――辛いよな」
 尻尾の揺れは止まっていた。獣の目が細められている。鱗道の言葉を咀嚼しているように、顎が一度開いて溜まっていた赤黒い息と涎を落とし、また閉じた。
 鱗道は立ち上がり、座ったままの獣へと歩み寄る。内臓は強い熱塊に焼かれるようであり、皮膚は冷気に凍るようであった。体の表面を剣山で撫でられるような、刺々しい痛みもある。だが近付けば近付くほど、一層増すのは雨、であった。雨の重さは、獣の前では目も開けられない土砂降りのようですらある。
 少し手を伸ばせば触れられるほどの距離に立てば、獣が喉に噛みつくには一秒とかかるまい。それほど近くに立っても、獣は座ったまま、口は閉ざしたままであった。熱塊も冷気も剣山も、鱗道の背後を過ぎている。腹の中に鉄の淀みを有した獣と、ただひたすらに降り続ける重く冷たい雨だけが残っていた。
「お前がずっと待っていたのは」
 冷たく重い、冬の雨だ。雪を含んだ、辛い雨である。
「お前を終わらせてくれる相手――なのか?」
 推測と、憶測。確証など何もない。今まで鱗道が極力避けてきた、相手の心中に不用意に触れるような行為であり、問いであった。両手を広げて待っている、それが大事なこともあろう。だが、機会が限られていると知っていて、それでも手を伸ばさないのは――ただの無関心だ。
 くうん、と獣が――霊犬が、子犬のように小さく鳴いた。尻尾が揺れている。二度、三度、四度と今度は止まらなかった。鱗道は犬の鼻先に右手を伸ばす。しっとりと濡れた鼻が手の甲に触れ、それから手の平を濡れそぼった舌が舐め上げた。つぶらな紺碧の眼からは、朱色が僅かだが薄れている。
 問いは、正しい。故に、辛い。鱗道は奥歯を噛んだ。蛇神の代理とは言え、単なる人間である鱗道に、何が出来ようか。何か、出来ようか。
「……お前がさっきから探している蛇神だが」
 右手にざわりと白い鱗が走ったのを見たのは、言葉の直後であった。鱗は指先から始まり、爪すら覆って服の下を這い上がり鱗道の肩を覆っていく。首から顔に張り付き始めた頃には、獣の目には再び朱色が湧き始めていた。背後に去っていた熱源が矛先を鱗道の右半身に向ける。荒神は、穢れは、蛇神が己を滅する相手だと理解しているのだ。敵であると認識し、防御し排除しようと活性化しているのだろう。しかし、獣は唸りを上げれども動かなかった。前足に力が込められている。霊犬は未だ、穢れに染まりながらも反発しているのだ。
 鱗道は手を引くことなく、獣の鼻先に白い鱗に覆われた右手を差し出したまま立っていた。一度深く息を吐き、目を強く閉じる。食うには下顎になる左手が足らないことは分かっていた。が、もし鱗道が差し出しているのが左右揃っていたとしても、鱗道は手を引かなかっただろう。
「俺の中にいるぞ」
 開いた右目は、縦目の瞳孔を有した金色に変わっている。獣の喉鳴りが一層膨れ上がるのを、鱗道はただ静かに見下ろしていた。獣が腰を上げるが、揃った前足は床に強く押し付けられたままである。後ろ足が侭ならぬ様に焦れて強く床を叩く。それが、社の床へのトドメとなった。
 後ろ足の一本が床板を踏み抜き、落ちた体を支えんと動いた前足がまた別の床を踏み抜く。足掻いて暴れた体がきしみ始めた床に大きく負荷をかけて、連鎖的に床全体が崩れ落ち始めた。木材の端に獣が爪を立てても、それごと落ちる。鱗道は、自身も落ちているにも構わずにとっさに手を伸ばしていた。獣にかすりもしなかった右手に、鱗は既にない。
『こわしたくないのに!』
 悲鳴は、子犬めいた哀れな一声。地を這うほどに低くも悲痛な、幼稚な口調の声が鱗道の頭の中に雨垂れのように染み落ちる。きっと、蛇神を探して徘徊している最中も、何度も言った言葉なのだろう。
 所詮は旧神社の床下である。地面と床に負傷する程の高低差はなかった。加え、長年放置されていた社の下に積もった埃や苔やキノコ、それから床だった腐って柔い木材もあり、鱗道は強く腰を打ったが小さく呻くのみで済んだ。社の床の高さは、尻餅をついた鱗道が頭を伸ばせば眼下になる程度だ。
 大部分が崩壊した床の中、島のように僅かに残っている場所を小さな白い蛇が滑らかに這っている。金色の目は鱗道を見付けると、縦目の瞳孔を弓のようにしならせた。手近な木片から鱗道の頭に下り、灰色の髪を掻き分け進み、わざと顔の中心を這って右腕に沿って地面に下りる。
 獣――霊犬は落ちた時に頭を打ったのか、床下に倒れ込んで木材の破片に埋もれるようにしてぴくりとも動かない。白い被毛は先程までのようになびくこともなく、目は閉ざされて窺えないが熱気も冷気も刺々しさも今はない。ただ、境内を見た時に感じた冬の気配が、雨と共に霊犬の側から漂い続けている。
 小さな蛇が――新しく小さな蛇に取り憑いた蛇神の分身が、霊犬の体の下に潜り込んでいく。鱗道は霊犬の体を抱き寄せるように動かした。大きな米袋よりも重い体は、ずるずると地面を引きずるがやむを得ない。
『これが、この犬っころを繋ぎ止めていたものだ』
 霊犬の下敷きになったからだろう、形を留めてはいなかったが苔や埃に覆われていても人工的に積み上げられた石の集合であることは分かる。蛇神がそのうち一つを示すように巻き付いて、鱗道は手を伸ばした。他に比べて少し大きく、白や黒の粒が集まっているような色をしている。長い間放置されてしまっていたからだろう、表面は風化し崩れている箇所もある。それでも一面は酷く滑らかであり、刻まれた文字はシンプルだからこそはっきりと読み取ることが出来た。
 シロ。見た目通りの名前だ。それが、この社に百年以上棲み着いた犬の名前だろう。

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