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刻々と

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最寄りのコンビニに行くと驚いた。昔仲良くしていた女が、呑気に立ち読みしていたから。
別れるときに「お互いの生活区域に侵入しないこと」を約束した女が、六年越しにノコノコと現れたから。
何を読んでいるのかと思えば、『本当にあった笑える話』とかいう、誰が描いてんだか誰が読んでんだか分からないようなコンビニにしか置いてない本だった。さっさと帰ってくれ。

「ママー」
小さな女の子が、その女(Aさん)に駆け寄っていった。
男児の存在は聞いていたが、いつの間にか二人目も産んでいたらしい。刻々と過ぎる時の流れを感じつつ、Aさんにバレないように何も買わずにこっそり帰宅した。どうして区域を犯された俺が気を使わないといけないのか。



Aさんとは、お菓子の工場でバイトしているときに出会った。吉岡里帆を薄く伸ばして天日干しをしたような顔のAさんはいつも明るくニコニコしていて、態度も仕事ぶりも評価が高かった。
休憩所で二人きりになったとき「貴方はお姉ちゃんに似てる」とそんなわけなさすぎる理由でAさんの方から声をかけてきた。俺のような「どうせ工場で着替えるし」と一週間同じ服を着てバイトに行くような女がいたら同類過ぎるから、結婚したくない。似すぎてて逆に気持ち悪いからね。
身体中から陰気を醸し出しているところが似ているらしい。ほっといてくれ。性別を無視していいならきっと墓場だってお姉ちゃんにそっくりだろう。

それからAさんは俺を見かける度に声をかけてくるようになった。仕事場では明るく振る舞っているけれど抱えるものもあるようで、二人きりになると俺はよく愚痴を聞かされていた。結婚して子どもが一人いるのだが、義理の両親と同居していて気苦労が多いらしい。俺はタマ姉の気持ちになってAさんの話を聞いてあげていた。

やがてバイト終わりにも捕まるようになり、どうやらAさんは暇だということが分かった。旦那は新作の冷蔵庫を作る仕事をしていて日付が変わる頃に帰宅するらしい。一人息子は義理の親から寵愛を受けていて、義母と義父が立花兄弟顔負けのコンビネーションで孫をパスし合うためAさんが割って入る隙がないらしい。

帰ってもやること無いからバイト終わりに遊ぼうという大学生みたいな誘いを三十代の人妻からいただいた。
そうなると念入りにチンコを洗って丁寧に歯を磨くのが男心だが、Aさんの運転で着いた先はブックオフだった。墓場に似た姉の影響でAさんは漫画が好きらしい。アフタヌーン系の青年漫画やホラー漫画が好きらしく、ベン図にすると俺と重なる部分も多かった。
Aさんは少年漫画の棚の『あ』から大判の『わ』まで順番に見ていくという、俺と同じことをしていた。
Aさんから華倫変を薦められた。
読んでみると完全に俺の守備範囲なのに知らなくて悔しかった。同時に同じレベルで語り合える友に出会えて嬉しかった。Aさんの嗜好に影響を与えたダンゴムシに似た姉とも会いたくなった。
俺は堀尾省太の刻刻を紹介した。

お互いに好きなものを紹介して共感を得る、この気持ちよさは脳のセックスだよなと変に納得したが身体は納得しなかったらしく帰ってオナニーした。

次の日Aさんは「刻刻で泣いた! あれで泣かない○○くんは人間じゃない!」とタケシになっていた。どこで泣いたのか聞いたら「忘れた」。人間じゃないのはどっちだ。
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