ホー、ホーとどこかで夜の鳩が鳴く。
僕たちは自分たちの家から2つ駅向こうの私立葛葉谷小学校に来ていた。
時刻は例によって夜中の2時だ。
「……いるね」
校門にたどり着いた時点ですぐわかった。
この小学校を包み込むように次元が歪んでいる。
「校庭のど真ん中だねー」
狗琉も気付いていたようだった。と言うより僕たち5人全員気が付いていた。
とにかく……。
「アレ、見たことねーサイズだけど大丈夫なのか?」
鏡を抱えた禅がここへ案内した暁小路に聞く。
そう、やばい位でかい。僕らが今までに対峙したことの無いサイズだった。
あの形(なり)は象……に見える。象の怨恨霊なんか始めてだ。
「コホン!正直言えばお主らの能力じゃ辛いところがあるぞよ。だが契約した以上は全うしてもらうぞい」
「マジ……?」
思わず僕は呟く。
「もちろん全うする。行くぞ」
四姫が先陣を切り、固く閉まった校門の門扉をジャンプして乗り越えた。
「ヒメ……!」
「また勝手に行動してー!」
狗琉が渋い顔をした。
「ヒメと呼ぶな」
それだけ言い捨てて、四姫は象の方へ歩み出した。
「あーはいはいわかりました、行きましょう行きましょう!狗琉、いっきまーす。ほら、巳門も行くぞー」
「……」
狗琉が門扉をジャンプし乗り越え、巳門もそれに続く。
「じゃあ僕も行きますか〜」
「結界張るぞ〜」
そう言って、禅が鏡を持ち上げて鏡面を天に向ける。
すると光の糸が布になるように張り巡らされ、小学校を包む大きなドームを形取った。
「ほら四姫、下がって。下がってー。ボクたちの出番だよー」
四姫の肩を持って、狗琉が前に出た。
右手には呼び出した剣を携えている。
「あの2人が特攻組か?」
「そ!」
ぷかぷか浮かぶ暁小路に僕は答えた。
「……気付いたぞ」
巳門が呟く。
怨恨霊の象は、その長い鼻を天に向けて、パォォォオオオ!!!と雄叫びを上げた。
「行こう!」
狗琉と巳門は、同時に土を蹴り、象の額に向かってそれぞれ斜めに切り掛かり、剣の軌跡をクロスさせた。
クロスさせたその中央、力が一番かかっているところからガキィィィィンと、まるで金属に切りかかったような音が響き渡った。
「……こいつ……」
「かってぇーーー!」
また土の上に2人着地した。
何度も同じように切り掛かるが、全く効いていないようだった。
「フム。抑えきれんの」
顎に手を置いて、暁小路は落ち着いた様子で呟いた。
いや、そんなテンションおかしいでしょ?
「パォォォォォオオオオオオ!!!」
象が暴れ出し、2人に襲い掛かった。
砂埃が高く舞い上がる。
「狗琉!巳門!」
僕は2人の安否を確認するように叫んだ。
すると、砂埃の中から2人が飛び出した。
「何だよこいつ!食い込みもしないじゃん!」
狗琉が宙を舞いながら文句を言った。
「……!剣が……!」
巳門の目線の先を辿ると、刃毀れしていた。
「〜〜っ!くっそーーー!!!」
狗琉が闇雲に切り掛かる。けど、やっぱり剣は通らなかった。
「何だよこの硬さ!!!」
「あれじゃあ埒があかんぞい」
暁小路が冷静に言い放つ。
「……くそっ!狗流、巳門!俺も出る!」
「禅!!」
四姫が大きな声を出した。
と同時に、禅はその両手に持った鏡を右斜め後ろに構えた。そして……。
「どりゃああああああああ!!!!」
思いっきり……投げちゃったよ。
--ごぉぉぉぉおおおおんっっっ!!!
鏡は象の額にどストライク。そして象は少しよろけた。
「よっっしゃあああああ!!」
「ぜ……禅」
僕は呆けてかける言葉が見当たらなかった。
「無理矢理な奴じゃの……」
暁小路も呆れていた。
「おいっ!禅っ!割れたらどうするつもりだ!買い換える金なんてないんだからな!」
四姫が腰に手を当てて怒っていた。
禅はそんな怒りを無視して……。
「待って待って」
コロコロ転がって行った鏡を追いかけて行った。
「だっせ!」
狗琉が思わずツッコむ。僕も同じことを思ったのだった。
「パォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオ……!!!!!」
重い鳴き声に地鳴りが聞こえる。
象はその形を変え、何かわからないどす黒い何かに変わった。
形態変化だ。久しぶりに見た。
「ちょっ、ちょっとー」
僕は戸惑う。
「おっとっとー」
「……禅の馬鹿野郎めが……」
狗琉と巳門がそれぞれ呟く。
「怒らせてどうするんだ!」
そう言う四姫自身も怒っていた。
「そっそんな……。俺のせいかよ〜!」
「うん」
「そうしか見えないねー」
「……それ以外あるか……」
「うぅっ」
「非常事態だ!全員で迎え撃つ!」
四姫の一言で、僕たちは体制を整えた。
はぁ……途中から僕も出ることになるとは……。
僕は右手で勾玉を握りしめた。
「行くぞ!いいか!」
「OK!行くよ、巳門」
狗琉の呼びかけに巳門は頷き、改めてもう一度2人で切り掛かった。
さっきまでよりもさらに早く強く、力を振り絞っていた。
ガキンッ!ガキンッ!と、ぶつかり合う音が響く。
「天にまします荒魂よ、悲しき定めの子を救いたまえ!天にまします荒魂よ、悲しき定めの子を救いたまえ!……天に」
四姫は封印する時の呪文を唱え続け、暴れる象のパワーを押さえ込む。
「四姫!援護する!」
禅は鏡を象に向け、放つ光で四姫が抑え込む力を倍増させた。
「春の陣、桜舞いちる夢最中!」
僕は別の位置から魔法を唱え、無力化を計った。
だけど……。
「パォォォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
象は負けじと鼻と思われる部位を振り回し攻撃をしてきた。
「やっぱり無理ー!硬すぎるー!」
狗琉が嘆く。
「くっ!強行突破はできないか!」
四姫が苛立っている。
僕も唇を噛んだ。
「……中から……攻める」
巳門が妙案を出した。
それに狗琉が乗る。
「そうだねぇー。よし巳門、チャンス作るのまかせた」
「雪羅!」
四姫が僕の名前を呼ぶ。
それだけで僕に何をして欲しいのかわかった。
「え〜!アレをやるの!アレ時間かかるよ?」
「さっさとやれ!」
有無を言わさずやれと言う言葉に僕は従うしかなかった。
「大丈夫だ!俺が時間を作る!」
「禅……もう鏡は投げなくていいよ?」
「もうしない!」
「それならいいけど……」
「早くしろ雪羅!!」
「はぁーい」
すぅと息を吸う。
右の手のひらに勾玉を乗せ、左手をその上に被せ、僕は集中し始めた。
足元に幾何学模様の魔法陣が繰り出される。
だけどこれは普段使いの春の陣じゃない。
魔法陣の構成はゆっくりだった。
「よおっし!いくぜ!」
僕が集中している間見たのは、禅が鏡から結界に使う光の糸を紡いで、太い縄にして象の体を拘束していたり、四姫が呪文をまた唱え続けてパワーを抑え込もうとしていたり、狗琉と巳門が僕のことをちらちら見ながら飛び回っていたりだった。
「ぶつ……ぶつ……」
僕は声にならない声を発していた。
魂からの声とでも言おうか。
「そろそろか……!」
四姫が言うと同時に、魔法陣が出来上がった。
僕はぎゅうっと右手で普段よりも強く強く勾玉を力強く握りしめる。
「行くよ……?巳門?」
「……5秒後に発動しろ」
僕の問いかけに応えた巳門が飛び込む。
そう、象の口に。
「5……4……」
一瞬、巳門が象の口に飲み込まれたかに見えた。
だけどそうじゃない。
「3……2……」
口の中から頭上に向かって、巳門のその速さで突き破る!
「1……!」
その勢いで、象の口が大きく開いた。
「いまだ……!冬の陣、雪荒れ狂う波乱の静(じょう)!」
勾玉を中心に、吹雪が起こる。辺りは真っ白になり、真っ暗になり、そして静寂が訪れる。
この魔法は敵の霊体の全てを無に帰す魔法。
春の陣と似ているが、あちらが存在があるままに透明にさせる魔法なら、こちらは存在を圧縮して消し去る魔法だ。
「……」
もはや鳴くこともなく、象は波乱の静に飲み込まれて行った。
「やった?」
「やったー!」
「やったじゃねーか!さすが巳門!さすが雪羅!」
「……ふっ」
「へっへっへー」
僕と狗琉と禅と巳門で談笑しているのを見かねて、暁小路が口を出した。
「何をしとるのじゃ!早く封印せい!」
「言われなくともやる!天にまします荒魂よ、悲しき定めの子を救いたまえ!」
四姫は数珠を鳴らし、札に口付けする。
そして札を象に向けた。
--サララララララ……。
砂が流れるような音とともに、象は煌めく光の粒になって消えて行った。
「……ふぅ」
全てが終わった、そんな安堵のため息を四姫は吐いた。
「おヒメサマお疲れ〜!!」
僕はそんな四姫を精一杯労ったつもりだった。
「……」
「あれ?」
「……」
「おーい?」
四姫は何も言わない。ただ、ゴゴゴゴゴゴ……と言う擬音が聞こえた気がした。
「おヒメサマと言ったな……?」
「四姫……?」
久しぶりに四姫と呼んだ気がする。
「今更訂正しても遅いわぁ!!もうお前とはやっていけん!!お前がこのチームから抜けないなら、私は辞める!!」
「ししし……四姫」
こんなに四姫が怒ったのを見たことが無いので、僕はさすがに焦った。
「なーに言ってんの。雪羅のちょっとした発言にイライラしすぎー」
そう狗琉がなだめるも……。
「そのちょっとしたことが積み重なってこうなっているんだ!!もうお前みたいな無神経な能無しの役立たずなんぞ知らん!!」
その言葉にムカッとした僕は、自分が悪いのも忘れて意地を張ってしまった。
「なんだって!?ふん!!謝んないから!!」
「ちょっと雪羅ー……」
狗琉が寄ってくるが、僕はお構いなしだった。
「望むところだ!!じゃあ一生お別れだ!!」
そう言い捨てて、四姫は行ってしまった。
「お……おい!まてよ!まだ結界解いてないぞ!そのまま外には出れねーぞ!」
「さっさと解け!!」
「四姫ー、機嫌直せってー」
「うるさい!!」
「……面倒なことになったな……」
そんな僕らを見て、暁小路はため息を吐いた。
「前途多難じゃのう……こいつら使えるようになるんかのう……」
「おい雪羅、ほんと謝れって」
禅が僕をなだめるが……。
「ぜったいやだ!!」
僕は意地を張り続けるのだった。
「四姫ー」
「雪羅」
「「……ふん!!」」
「……懲りない奴等」
《終わり》