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 僕は、一人になることが嫌いです。
一人になると一人ってバレてしまうからです。
一人になるとすごく不安になるからです。
一人になると嫌なことばかり考えてしまうからです。
だから、一人が嫌いです。
だから、一人になるのは恥なのです。
一人になるのが嫌な僕はずっと幼馴染の圭介の後ろを歩いていました。
小さい頃に近くの裏通りを探検した時も、前に圭介がいて僕が後ろをついていく。小学生の登下校の時も、前に圭介がいて僕が後ろをついていく。中学の時も、前に圭介がいて僕が後ろをついていく。
圭介が一緒だからと入った高校も絶対にそのままで、前に圭介がいて僕が後ろをついていって、と思っていました。
違いました。
違ったんです。
僕の想像していた未来とは大きくかけ離れていたのです。
圭介の後ろには見たことない女がいました。
圭介と頭二つ分くらいの身長差に、風が吹くたびに柔らかく揺蕩う肩くらいの黒髪に、一度見たら一気に全てが奪われるくらいの大きな瞳。
親切心溢れる男子生徒は、あれは圭介の彼女だ、と指差して笑っていました。お似合いのカップルだーって。
僕もあの時笑えばよかったんでしょうか? でも笑うことが出来ませんでした。
だって、僕の前に歩く人は、いないんです。
もしかして、僕って一人になったんでしょうか?
僕の秘密、言ったよね? 圭介だけだよね? カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ……。
ひとり? それって、本当なの? 誰かぼくが一人じゃないって? 肯定してください? 誰か息苦しい!! 僕を先導してくれる人は誰? 誰かいるのか? 僕の、僕の、僕の、僕の、圭介、圭介を返せ、死んでしまえ、死んで、あ。あ……、頭、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ……、いたいんだよね? 頭、頭痛いよね? 僕の痛みは、ちゃんとある? ある、ある、あるけど、それって本当? 血は出てる? 出てない? それなら本当に痛いのでしょうか? 痛い? いたい? 遺体……あ。喉、あつい。胃の奥からあつい、あ。ぅ、ォェ、あ……? ゲロ吐いちゃった。制服、ゲロ、電車乗れない、電車ってどう乗るんですか? 僕ってどう歩いたら家まで着くんですか? 僕ってどうやって生きてましたか? 僕って、誰? 圭介がいないと、圭介がいないと僕が分からない、頭が、あたまが沸騰してグツグツと煮立って僕の脳髄まで零れました。僕の脳髄は圭介を求めているんです。圭介がいないと僕は存在しなくなっちゃうんです! 圭介がいないと……! 圭介はなんでなんでしょうか。……圭介がいないと!
あ。あの女、死なないかなー! 死んじゃえ、死ねばいいんだ、簡単だね、僕の圭介を取り返さないと! ははは、死ねー。
僕は幸せな気持ちになっていきました! やったね!
カチ、カチ、カチ、カチ……。
 

 
 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ……。
美月――、俺の彼女が一昨日に死んだ。
殺された場所が俺の通学路で怖いなーって、茶化すこともできないくらいに出来事が突発すぎて追いついていなかった。
嘘だろと思う隙もくれないくらいに、死んでた。
カチ、カチ、カチ。歯の矯正がずっと締め付けてくる。
変に鮮やかな花に囲まれて、青白く眠る顔は一度見るだけで目の奥がキュゥと痛くなった。
無理に作られた笑顔の隙間から歯が見える。あ。でも、前歯、ない。前歯だけじゃなくて全部ないじゃん……。
カチ、カチ、カチ。歯の矯正が歯茎を締め付けている。
「圭介くん、よね」
俺の名前を呼んだのは、喪服の中年の女だった。
「は、はい」
目尻から流れる涙を白いハンカチに押し付ける。鼻水を啜る音が不快だった。
「美月の、母親です」
「あ、はい、美月の、彼氏……、です」
「知ってるわ。美月、いつも嬉しそうにあなたのこと話していたから」
嬉しそうに……? あー、そうか、美月自身俺と付き合うこと楽しんでくれたんだな。
そう思うと胸の奥の塊が少し解れたような気がした。
カチ、カチ、カチ。歯の矯正が無理やり上げた口角に当たる。
「美月、死ぬ前にあなたに何か言ってなかった?」
「何か?」
「何でもいいの、何か、言ってなかった?」
息を吸った。
そうすると、胸の奥の塊が全部壊れる気がするからだ。
息を吐いた。
そうすると、胸の奥の塊が全部壊れた。
「……なにも、言ってませんでしたよ?」
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ……。
「なにも、言ってなかった……」
カチ、カチ、カチ。カチ、カチ……、カチ!
歯並びの悪い歯で笑い掛けたら、美月の母親の顔は歯並びの良い歯で笑い返してくれた。
きれーな歯だなぁ。
羨ましい。
「あ、……あぁ、すいません、俺、歯並び、悪くて、美月にいっつも、歯並びの事、馬鹿にされてたんですよ、みつきの歯並び綺麗でしょって、馬鹿にされてたんです、本人は意識してなかった、だって、いつもの冗談だったじゃないでしょうか、俺のコンプレックスを簡単に踏みにじってきて、歯並び、直らないんですよねー、なんでだろうなぁー……、あははー、はー、はははー。あーあ。……美月さんのことはお気の毒でした。歯並びごときの話じゃないですもんね。あはははは。美月さんは良いですよねぇ、歯並びも悪くないし皆から無条件に優しくされるんですよ。あは、あ……、歯の矯正、ズレてきた、血、出てきました。歯医者行かないと、あはは。それじゃあ、歯医者、殴らないようにしないと。あはは」
 

 
生まれて初めてできた彼氏に私は没頭していた。
皆が頼りにするクラスのリーダー、運動神経もよくて、菅田将暉似の爽やかフェイス。
全部全部完璧の彼氏だった。サッカー部のマネに入ってよかった。皆私の事羨むんだもん。美月、羨ましーって。その声が私にとって幸せだった。
あ、でも。口さえ開かなければ、だけど。
上の歯と下の歯に機械的に並んでる矯正。ジグザクの歯。一緒に初めて食べた昼ご飯は最悪だった、歯並びの悪い歯で卵焼きを噛み千切る。歯を見せて笑うな。私に笑うな。歯を見せるな、歯を、歯。
歯が見える。
歯の隙間が見える。
隙間から見える。
隙間から全てが見透かせる。
カチ、カチ、(まるで、ジグソーパズルみたいだ)
カチ、カチ、(穴だらけで、空きのピースはないの)
カチ、カチ、(矯正しても穴は埋められないのね)
カチ、カチ、(そんな歯で生まれたアナタが可哀想)
カチ、カチ、(その歯で私の顔を映し出すな)
カチ、カチ、(その歯で私の作ったクッキーを食うな)
カチ、カチ、(その顔で私のファーストキスを奪うな)
カチ、カチ、(その顔で皆の注目を奪うな)
カチ、……カチ!!!!! 
(その顔のくせになんで私の彼氏になった?)
「ケースケ、歯並び悪っ」
口走った時は、我慢の限界だった。
「歯?」
殴られた。
殴られた。
「歯?」
殴られた。
殴られた。
殴られた。
殴られた。殴られた。殴られた。殴られた。殴られた。殴られた。殴られた。殴られた。
「歯?」
顔、殴らないで。
「僕のこと、馬鹿にしたな!!!!」
馬鹿にしてないから、殴らないで。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!!!」
あ。
歯、舞った。
前歯?
歯。
「圭介を奪いやがって、奪いやがって、奪いやがって、死ね、死んじゃえ」
「俺の事馬鹿にしやがって、ふざけるな、死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ」
欠けた前歯はどこ?
私の顔に過不足が出来る。穴ができる。前歯、探さないと、どこ? 私の歯は? どこなの? そこ? ここ? あそこ? …………どこなの?!
「歯は、屋根に向かって投げたら綺麗な歯に生え変わるんだって」
「美月の歯、みーつけた」
返して!!!!!!!
「綺麗な歯に生え変わりますよーに」
私の歯、返して。
「まぁ、そんなことしても俺の歯並び、直らないんだけどさ。あはは」
 

 
 歯が抜けたから、屋根に向けて投げた。そうすれば綺麗な歯になるって聞いたから。
歯が抜けたから、屋根に向けて投げた。そうしても綺麗な歯にならなかった。
グラグラしている歯を無理矢理抜いた。そして土に埋めた。綺麗な歯になりますように、って。綺麗な歯になります。綺麗な歯になれ。綺麗な歯に、矯正をつけた、矯正をつけたから歯が抜けなくなった。歯茎が痛い。ずきずきと痛い。イタイ。
歯医者が言っていた。
「圭介くんはすごく歯並びが悪いですねー。矯正しても直るかどうか」
俺はカッとなって殴りそうになった。殴りそうになったら僕が止めた。
僕は圭介とずっといたかった。だって圭介が望んで僕がいるんだから。あの女は大っ嫌いだった。圭介が殴ってくれてよかった。僕もあの女嫌いだったから。圭介も嫌ってくれてよかった。殺せてよかった。
あ、そういえばまた僕と圭介の秘密増えたね。
圭介の秘密は、僕の秘密だ。
あの女を殺したことは、圭介の秘密。
あの女を殺したことは、僕の秘密。
圭介の後ろを歩くのも僕で、僕の前を歩くのも圭介。
僕だけが、圭介の全てを知っているから、ずっとこのまま。ずっと、このまま。ずっと……このまま。
大っ嫌いな女の歯を全部抜いて、屋根に向けて投げよう。
楽しいねー、って、歯並びの良い歯で、僕は圭介に笑い掛けた。
そうすると、歯並びの悪い歯で笑い掛けてくれる圭介がそこにいた。
楽しいね、圭介!
 
 
 
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