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◆8話(2-1)

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 聖興軍の本拠地はフォルトス島の外れにある小さな人工島にあった。
 その人工島の名はレシェ・クリス。
 レシェ・クリス島の高い位置に建っている建造物を『聖興城』といい『聖帝』と呼ばれる者が主として君臨していた。

 聖興軍最強の権力と能力を持つと言われている聖帝だが、人前に出ることはまずない。
 つねに仮面をつけ、城の奥の部屋にいるらしい。
 それゆえ聖帝の存在を疑問視する者さえいる。



 その日、長い黒髪の女性ミヅキは聖興城の奥へと続く廊下を歩いていた。
 聖帝直々に呼び出されたのである。

 聖帝から声がかかるのは聖興城に出入りできる幹部の中でも稀だった。
 かなり気に入られているのではないかと嫉妬交じりの噂も流れている始末。
 そしてそんな下世話な噂が流れるほど、ミヅキは儚く美しかった。

 城の一番奥にある薄暗い塔の中、ドアをくぐると広々とした部屋が出迎える。
 両側には重装備の兵士がそれぞれ3人ずつ、長い槍を両手で持ち整列している。
 微動だにしない。

 中央にある赤い絨毯の先には、金の飾り細工が美しい椅子に座る仮面の人物、聖帝がいた。
 ひじ掛けに肘を置き、頬杖をついてくつろいでるように見える。

 絨毯の上を一歩一歩踏みしめながらミヅキは聖帝に近づいた。
 やがて彼女はひざまずき一礼する。

「陛下、お呼びでしょうか」




     ◇◇◇◇◇





 その日は満月がとても綺麗だった。

 小さな村の外れにひっそりと建つロッジ。
 暗闇の中一筋の月明かりに照らし出されて、それは幻想的で不思議な雰囲気をかもし出している。
 フクロウが寂しげに鳴くとそれが合図であるかの様に、ロッジの中から明かりが漏れてきた。
 薄暗い、ほのかな明かり。

 ロッジの中には男女合わせて5人いる。
 それぞれが思いのままにくつろいで、誰からともなく話が始まるのを待っていた。

「厄介なやつが動き出した」

 テーブルに肘をつき手を組んでいる黒髪にグレーの瞳の青年、ククルがそう切り出す。
 残りの4人は一斉に彼に注目した。

「厄介って、スキル獲得者ってこと?」

 銀髪に青い瞳の青年、フージンは身を乗り出してそう聞いた。
 ククルはうなずく。

「ああ『スキル・時間』だ」

 それを聞いたフージンの目の奥が光る。

「へー『時間』ね。それで厄介なやつというと、……ミカゲかな?」

「そうだ、良く知っているな……って、お前は知ってて当然か」

「ミカゲに会えるのか。楽しみだな」

 まるで有名人に会えるかのように、期待で胸を膨らませるフージン。

 そのフージンとは対照的に、ククルの隣に座っているミヅキは顔をこわばらせていた。
 ふっと小さなため息をついてつぶやく。

「ミカゲ……」

 ククルは彼女の様子を心配そうにチラリと見た。
 しかしすぐに視線を戻して話を続ける。

「どうやら聖興軍の領地に入ろうとしているらしい。何としてでも止めたいんだが……」

「へえ、『時間』ねぇ。倒し甲斐がありそうだわ」

 ウェーブがかった栗色の髪に赤い瞳の女性、アニタはミヅキを見ながら冷やかし半分に笑って言った。
 ミヅキは何も言わずただ黙って座っている。

 彼女の言葉に納得のいかない面持ちになるフージン。

「倒す?説得するの間違いだろ?」
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「あんたの持論は聞き飽きたわ。要は聖興軍の領地に馬鹿な奴らを入れなきゃいいんでしょ?倒したって構わないじゃない。ねぇククル」

 アニタはククルの方を向き、同意を求めた。

「ああ、もちろんだ。領地に入れなきゃそれでいい」

 倒すことが出来たらの話だがな。
 ククルはフッと笑い、この言葉を心の中で言った。

 表向き同意ともとれるククルの発言で、彼の心の内を知らないアニタは勝ち誇った顔でフージンを見る。
 彼女のその様子にフージンは苦々しい表情になったが、それ以上は何も言わなかった。

「あの……、それで……私は……何をすれば……?」

 部屋の隅で床に座り込んでいる若草色にオレンジの瞳の女性、サラサが消え入りそうな声で聞いた。
 彼女の周りには白い霧がかかっており、声同様にその姿も今にも消えてしまいそうな雰囲気である。

 ククルは彼女に向かって言った。

「サラサは待機だ。きみの力が必要かはまだ分からないからな。必要になったら頼む」

「……はい」

 サラサはこくんとうなずく。

「時間を止める能力でしょ。倒すのは簡単。私が行くわ」

 そう言うとアニタはガタンと椅子から立ち上がった。
 そして、そのまま仲間たちに背を向けて部屋を出て行った。

 彼女の後ろ姿を目で追い、部屋からいなくなったのを確認したフージン。
 腹に据えかねたものを吐き出すように、彼は大きなため息をついてミヅキを見た。

「ほんと失礼な奴だな。ミヅキ様、お気になさらずに」

 言葉をかけられたミヅキは何も言わなかったが、微笑んでうなずいた。
 そしてフージンはククルの方を向く。

「おいククル。お前が連れてきたんだよな。なんであんな奴仲間にしたんだ?」

 ククルは彼の疑問に答えなかった。
 何か考えを巡らせているらしい。

「……ま、お手並み拝見とするか」

 ククルは意味ありげに笑ってそう言った。





     ◇◇◇◇◇





 昨日は雨が降ったせいか少々土がぬかるんでいた。
 目の前には森の入り口が見えており、雨のおかげで緑がより鮮やかに見える。
 森を入ると森特有のひんやりとした空気が感じられ、どこからか聞こえてくる小川のせせらぎが涼しげである。
 木漏れ日が暖かく心地いいそんな日に、聖興軍への道を歩いている旅人たちの姿があった。

 彼らか持っている地図によると、この森を抜けたその先に聖興軍の領地に入れる関所があるらしい。
 もちろん簡単に領地内に入れそうにないことは分かっているが、ここしか道がないのである。
 行かない事には先に進めない。

 彼らがしばらく歩いていくと、後ろから大きな乗合馬車らしきものがやってきた。
 大きな音を立ててあっという間に彼らを追い越していく馬車。
 ぬかるみにワダチだけ残して去っていった。

「馬車は早くていいな。俺たちも乗ろうよ」

 赤い髪の剣士カツマは羨ましそうに馬車の後ろ姿を眺めながらそう言った。
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 彼の提案に首を横に振る大柄な体格の男性ザザ。

「お金が無いんだから、そんな贅沢は出来ないよ。それより……」

 彼はみんなを見回して続けた。

「そろそろ昼食にしようか?」

「おお、昼メシか。賛成」

 楽に旅をしようと提案して却下されたカツマがいち早く反応した。
 疲れて休みたかったうえ腹も減ってきている。
 彼は荷物を下すと今朝旅だった村で昼食用に買ったパンと缶詰を取り出した。

「いいですね。休憩しましょう」

 流れるような金髪の女性セレナは、近くの大きな木の根元に荷物を降ろし穏やかに笑ってそう言った。

「セレナさん。一緒に何か作らない?パンと缶詰だけじゃ僕、飽きちゃったよ」

 上目遣いにそう提案する外見は10歳くらいの男の子ラズ。

「そうですね、では何か作りましょう」

 そう言うと、彼女はラズと料理の準備を始めた。

 ザザはリュックを静かに下ろすと、結んでいた紐をほどいて中を開けた。
 中にいたのは黒髪の女性ミカゲ。

 彼女は昼に寝て夜に活動する、いわゆる夜型人間である。
 昼間はこうやってザザのリュックの中で眠り彼に運んでもらっているのだ。

 ザザのリュックはミカゲのベッド。
 そのおかげで彼女は無理な姿勢で眠っている。
 なにも文句は言わないが決して楽ではないだろう。

 この時間だけでもと彼はリュックからミカゲを出して、静かに横に寝かせた。




「ミカゲはどれ?」

 彼らの様子を離れた木の陰で見ていたアニタは、ククルに向かってそう聞いた。

「あの横になっている黒い髪の女だ」

「ふーん、なんかミヅキに似てるわね。『時間』の獲得者ってどれもあんな感じなの?全然強そうには見えないんだけど」

 髪をかき上げて、気だるそうにそう言うアニタ。
 思い描いていたイメージとはあまりにも違い過ぎて気が抜けたらしい。
 そんな彼女の態度に、さすがのククルも眉間にしわを寄せた。

「お前はいつからミヅキ様を呼び捨てに出来る立場になったんだ?」

「ちょっと若くて可愛いと得よね。大した能力もないくせに幹部までのし上がれて。羨ましい限りだわ」

 そう鼻で笑って嫌味を放ったアニタだが、急に真顔になって続ける。

「陛下の寵愛を受けているのか知らないけど、あんた達、あまり調子に乗らない方がいいわよ」

 『陛下の寵愛を受けている』
 好奇の目と邪推によって作り上げられたただの噂なのだが、本気で嫉妬している輩も少なくない。

 これまでミヅキと、彼女をずっと支えてきたククルはその嫉妬のせいで多大な嫌がらせを受けてきた。
 アニタの様に言葉の端々に嫌味があるくらいは、まだ可愛いものである。

 ククルは挑発とも取れるアニタの言動には一切反応を示さず、話を仕事に向けた。

「『時間』の能力を甘く見るな。それに周りにいる連中もスキル獲得者だ。用心しないとこっちが危なくなる」

 彼のこの言葉を聞いたアニタは、予想外だと言わんばかりに目を見開いて驚いた。

「へー、あいつらもなの?どんな能力よ?」

「赤い髪の男は『火』、子供は『鳥』、金髪の女は『水』だ」

 ククルの説明にうなずきながら聞いていたアニタは、ザザに視線を向ける。

「大柄な男は、あの体格だから『大地』か『植物』あたりかしら」

「『植物』の種族らしいが、獲得はしていないみたいだな。まだ能力に目覚めていないだけなのか、あるいは持って生まれついていないのか」

「『時間』を一番倒せそうな種族の奴が、能力を獲得してないなんて。面白い賭けね。あの男、使えそう」

 何か作戦を思いついたらしい。
 腕を組んだアニタはニヤリと笑いそうつぶやいた。

 その様子を見てククルは思った。

 ……やはり倒すつもりでいるのか。
 まぁいい、ミカゲは簡単に倒せない。
 ミカゲがこの女を倒してくれたら一石二鳥だな。

 フージン以上に彼女が目障りだと思っていたククル。
 こちらの被害を最小に抑えて縁を切りたいと画策していた。

 それで思いついたのが、ミカゲを利用すること。
 敵対する相手に倒されたとなると、この女の本当の主も我々に言いがかりをつけにくいだろう。



 なので彼は、一番肝心なことをアニタには伝えていない。

 ミカゲがただの『時間』の獲得者ではないという事実を。





「そろそろ出発するか?」

 昼食を始めて一時間ぐらい経っただろうか、カツマが背伸びをしながらそう切り出した。
 休憩を取ったおかげで歩く気力がみなぎっている様子。

「それなら、もう少しまってくれないか?確かこの近くに小川があるから水を汲んでくるよ」

 彼の隣に座っていたザザはそう言うと、水筒を掴んで立ち上がった。

「水か。俺の分も頼む」

「僕もー」

 カツマとラズがザザに向かって一斉に水筒を差し出した。
 はいはいと言ってそれらを回収するザザ。
 そして彼はセレナに向かって聞いた。

「セレナさんの水筒は大丈夫?」

「ええ、大丈夫です」

 にっこりと笑って『水』の獲得者セレナが答える。

「じゃあ行ってくる。すぐ戻ってくるよ」

 そう言うとザザは駆け足でその場を後にした。


「ザザが戻ったらすく出発できるように準備をするか」

 ザザが木の陰に隠れて見えなくなるまでその後ろ姿を見ていたカツマは、そう言うとチラッとミカゲを見る。
 ミカゲは相変わらず横になって気持ちよさそうに寝息を立てていた。

「こいつもさっさとリュックに放り込まなきゃな」
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