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◆10話(2-3)

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「誰だ?」

「私はアニタ。『スキル・芳香(ほうこう)』を獲得していて、香りで人を操るのが得意なの」

 アニタはそう言いながら持っていた短剣を構え、続ける。

「あんたも仲間たちみたいに眠らせれば良かったんだけど。私よりレベルが高いと、このスキルが発動しないのよね。……この男がいて良かったわ」

 アニタはザザに視線を向けた。
 するとザザは糸が切れた操り人形のようにその場に倒れこむ。

 ミカゲは絡んでいる植物のつるを揺らしながら、アニタに疑問をぶつけた。

「これ『スキル・植物』の能力だろ?ザザは獲得してないらしいけどな。なんでスキルが発動してんの?」

「そんなこと知らないわよ。でも、獲得するだけの器はあるんじゃないの?」

 先程、アニタが感じた違和感がそれだった。
 ザザにスキルを発動した時、しばらくの間彼は意識を保っていたのだ。
 スキルとは全く無縁の者ならば瞬時に意識を失うのに、まるでスキル獲得者のような反応。
 ククルから獲得者じゃないと聞かされていたので、彼女は驚いていたのである。

 アニタはフフッと笑って続ける。

「おかげで、こうやってあんたの動きを封じ込めることが出来たんだもの。ラッキーよね」

「なんで私の動きを封じたいんだ?」

「あんたのスキルを発動させないために決まってるでしょ」


 時間を止めて攻撃をする『スキル・時間』。
 あらかじめ動きを封じられると、時間を止めても攻撃が出来ない。

 事実、ミカゲは植物のつるのせいで一歩たりとも動けない状態である。
 攻撃もさることながら、武器で襲われても逃げることすら困難だ。


 ……あくまでも「ミカゲ本人は」だが。


「確かに動けないのは面倒だが、困るほどの事でもないな」

 ミカゲは動揺する様子もなく平然とそう言う。
 彼女のその態度が気に入らないのか、ふんっと鼻を鳴らしながら口角を下げるアニタ。

「へー、たいした余裕ね。それとも開き直りかしら」

 それは嫌味とも取れる言葉だが、ミカゲは気にしない。
 この女にはまだ聞きたい事があったからだ。

「それより、なんで私の命を狙っているんだ?お前『テラの修道院』の生き残りか?」

「『テラの修道院』?……そこで育ったヤツは知ってるけど、いきなりなに?生き残りってなんの話よ?」

「命を狙われる心当たりといえばコレだからな。って、は?じゃあお前、なんなんだよ?」

 ミカゲは予想が外れて驚いた。

 これ以外でも命を狙われる理由があるのだろうか?
 他に命を狙われるほど恨まれるようなことは思いつかないのだが。

「あんたたち、聖興軍の領地に入ろうとしているでしょ。迷惑なので処分しろって上からのお達しなのよ」

「なんだ仕事か。じゃあ今すぐ立ち去れ。仕事のせいで死ぬなんて割に合わないぞ」

 それを聞いたアニタは態度を一変して声を荒げた。

「あんた自分の立場が分かってんの!?スキルを発動できないくせに勘違いしてんじゃないわよ!」

「勘違いをしているのはそっちだ。今ならまだ間に合うから、命が惜しければ言う通りにしろ」

 仲間たちは無傷で眠らされているだけ、そして自分は植物のつるに絡まっているだけ。
 今のところ被害はほとんどなさそうだ。

 しかしアニタは引かなかった。

「いろいろ言ってるけど、時間稼ぎ?……もういいわ」

 そう言うと彼女は短剣を構え、ミカゲに向かって走り出す。


 向かってくるアニタを見たミカゲは『スキル・時間』を発動させた。



     +++++



 時間が止まった世界。


 周りの物音がすべて遮断され、辺りはしんと静まり返っている。
 人物はおろか風に吹かれた木の葉でさえ地面に落ちる寸前の状態で停止している。
 何もかもがぴたりと動きを止め、その場で固まっている世界。

 アニタはミカゲに向かってくる最中で止まっている。
 目を吊り上げて今にも襲い掛からんばかりの形相で、短剣を振りかざしていた。


「お、トラじゃん。ちょうど良かった。こっちにおいで」

 どこからともなく出てきた大きな獣を見つけてミカゲは話しかける。

 トラはそれを聞きつけ四足歩行で悠然と歩いてきた。
 ミカゲに近づき体をこすりつける仕草をする。
 そして彼女に絡みついた植物のつるをしきりと嗅いで気にしている様子だった。
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「動けなくてな、ちょっと困ってんだよ」

 ミカゲはアニタに視線を向けた。

「あいつにやられてるんだ。倒してくれね?」

 それを聞いたトラはゆっくりと振り返りアニタを見た。
 そして次の瞬間、彼女に向かって突進した。

 それは一瞬の出来事だった。
 トラは短剣をかざし固まったままの彼女を丸ごと飲み込んだのである。

「ありがとう、トラ」

 ミカゲは二ッと笑い、スキルを解いた。



     +++++



 時間を動かしたミカゲの目の前にアニタはもういない。
 トラに飲み込まれ、今は時間の狭間の中。
 時が止まったままトラの腹の中で栄養になっているのか、時間の狭間の中で永遠に出口が見つからずさまようのか、それはミカゲにも分からない。

 アニタがいなくなったのと同時に、ミカゲは植物のつるから解放された。
 自由に手足を動かせる解放感にひたるミカゲ。

 ふと足元に倒れているザザに気付いて、彼女は腕を組んで考えた。


 『スキル・植物』は発動された。
 本人は獲得してないと言っていたのだが、こいつが発動させたのには間違いないだろう。
 どういうことだろうか。
 ……単純に本人が自分の能力に気付いてないだけなのか?

 しばらく考えを巡らせていたミカゲだが、やがて首を振って思考を切り替えた。

 ま、いいや。
 考えて分からないことを、いつまで考えてても仕方がない。


 と、そこまで思った時、眠らされていた全員が目を覚ました。
 みんな一様に何が起こったか分からない様子で、しきりに辺りを見回している。

「ザザ、お前大丈夫か?」

 最初に口を開いたのはカツマだった。
 先程の人形のように表情が無かったザザの様子が気になって、彼を見つけた途端に話しかけていた。

 ザザは頭を軽く振って、心配そうにのぞき込んでいるカツマに笑顔を向けた。

「ああ。ちょっとめまいがするけど大丈夫だよ」

 セレナとラズはミカゲのそばに駆け寄っていた。

「気付かないうちに襲われていたのですね……怖いです」

「急に体が動かなくなったと思ったら、そのまま気を失ってたんだ。ミカゲさんは大丈夫?」

 ラズにそう聞かれ、ミカゲはうなずいた。

「ああ、大丈夫だ。敵は倒したからもう心配はない。それより……ザザ」

 ミカゲは振り返ってザザを呼んだ。
 なに?と答え、ミカゲと視線を合わせるザザ。

「お前、スキル獲得してないんだよな?さっき『スキル・植物』が発動したんだけど、どういうことだ」

「いや……どういうことって言われても。え!?俺が発動したってこと?」

 ザザの他人事のような曖昧な反応に呆れるミカゲ。

「お前以外、誰がいるんだよ?隠しても何のメリットも無いから、嘘をついているとは思わないけどさ。お前、自分の能力に気付いてないんじゃないのか?」

「いや、そんなはずはないよ。俺たちの村では子供のころにスキルと武術の訓練をするんだけど、その訓練の過程で獲得の有無が分かるんだよ。スキルを獲得する平均が15歳。全員が10代で獲得するんだけどね。……俺はいくら頑張っても無理だったなぁ」

 そう言うとザザは情けない弱々しいため息をついた。

「じゃあ、最近獲得したとか。その訓練っての最近はやってないんだろ?」

「確かに成人以降は訓練をしないけど、その理由はね、成人後にスキルを獲得した事例が無いからなんだ」

 それを聞いたミカゲは腕を組み考え込んだ。


 そうなのか?
 かなり稀ではあるが、成人以降にスキルを獲得したという話は聞く。
 ただ『スキル・植物』が成人以降には獲得できないスキルであれば……ザザが発動したとは考えにくいか。

 だとすれば、あのスキルの発動は一体何だったんだ?
 またしてもその疑問だけが残る。


「ん?」

 不意に、ミカゲは何かに気付いて顔を上げ、辺りの様子をうかがった。
 まるで陽炎のような、かすかな空間のゆがみを感じ取ったからである。

 ミカゲが目の錯覚かと思った刹那、今度は強力なスキルの発動を感じた。
 なんのスキルが発動されたのかは分からない。
 たけど、何故か不思議と懐かしい感じがする。

「誰だ!?」

 反射的にミカゲは声を荒げた。

 周りにいた仲間たちは、得体の知れないスキル発動に気付いていない。
 いきなり叫んだミカゲに驚いて一斉に彼女を見た。

 ふと耳を澄ますと、近づいてくる足音が聞こえてくる。
 見るといつの間に現れたのか黒髪の青年が立っていた。

「アニタは一瞬で消えたように見えたが、時間を止めて獣に食わせたとみて間違いはないようだな」

 腕を組んでいる男性は、ミカゲにそう言うとフッと冷たく笑う。
 それを聞いたカツマは険しい表情でミカゲに向いた。

「アニタ?誰だそれ」

「お前らが寝てる間に片づけた聖興軍だよ」

「は?聖興軍っ!?じゃあ、お前もそうなんだな!!」

 聖興軍と聞きカツマは即座に剣を構えた。
 攻撃態勢になって男性をにらむ。

 それを見た男性は笑いながら組んでいた腕を解き、両手を前にかざした。

「確かにそうだが、今は戦う気はない。ミカゲには礼を言いたいくらいだよ。……あの女を始末してくれたんだからな」

「仲間が倒されて喜んでいるのか?これだから聖興軍は訳分かんねぇ」

 カツマはチッと舌打ちして吐き捨てるように言った。
 男性の軽い発言にいら立ちを押さえきれない様子である。

 しばらく男性を観察していたミカゲが口を開く。

「お前は、何者だ?」

「ああ、失礼。俺の名はククル。君たちのような軍と契約してないスキル獲得者を、聖興軍の領地に入らせない仕事をしているんだ。門番みたいなものだね」

「さっきから聞いてりゃ、やけに私のスキルに詳しいよな?なんでだ?」

 その疑問にククルはミカゲを指しながら答える。

「聖興軍の情報収集力を甘く見るな。特にミカゲ。お前は要注意人物だからな」

「へー、要注意人物ねぇ……」

 ククルの言葉を疑っている様子のミカゲ。
 いぶかしげに彼の頭からつま先までじっと見ていた。


 ククルが現われる少し前、妙な懐かしさがある不思議な違和感を覚えていた。
 そしてその違和感繋がりで頭の隅にある、ある人物を思い出していた。

 その人物なら自分のスキルもかなり詳しく分かっているだろう。

 しかしその人物と目の前にいるククルと名乗るこの男とは、あまりにも違い過ぎている。
 顔かたち、髪や目の色など外見が全く違うのだ。
 ……気のせいか。


 ククルがみんなを見回しながら穏やかに話し出す。

「どうだろう?俺は出来るなら戦いたくはないし、話し合いで解決したいと思っているんだ。領地に入るのを諦めてくれないか?」

 しかし、それを聞いたカツマが怒りをあらわにする。

「諦めろだと!?ふざけんな!絶対にお前らをぶっ潰す!!そして、俺は親父の仇を討つんだ!!」

 そう叫ぶと、彼は剣を両手に持ちククルに突撃した。
 素早く足を踏み込み、力強く剣を振り下ろしたのである。

 斬る手ごたえは確かにあった。
 そして目の前のククルはあっけなく胴体が真っ二つに分かれたのである。
 彼の上半身が道端にコロコロと転がっていく。

 その様子にセレナは小さく悲鳴を上げまぶたをぎゅっと閉じた。
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「……は!?俺、そんなに力を入れたつもりは……えっ!?」

 斬ったカツマがなぜか一番驚いているようだ。


 いくら頭に血が上っていたとはいえ、丸腰で戦う気がない相手を倒す気は全くなかった。
 ちゃんと間合いも計算して、脅すくらいの気持ちで剣を振り下ろしたつもりだったのだが。

 そもそも、剣を振り下ろされたら普通は避けるだろう?
 この男は間合いを無視して自ら近づいてきたというのか?


 恐る恐るククルに近づき様子を見ようとするカツマ。

「わっ!!!」

 覗き込んだ彼は恐怖の悲鳴を上げた。

 ククルの上半身がいきなりカツマの方に振り返り、ニヤリと笑ったからである。

「俺を斬って少しは気が紛れただろうか?戦う気がない者をいきなり斬りつけるとは、お前も俺たちと変わらないな」

「……っ!!」

 上半身だけで何事もなかったようにしゃべるククルを目の当たりにして、そして彼のその言葉に、カツマは絶句した。

「話し合いは早い方がいいな。俺のアジトに招待するから迎えを出そう。今しばらくここで待っているといい」

 そう言うとククルの体はみるみるうちに石へと変わった。
 やがて砂に変わり、風に吹かれて跡形もなく消えていったのである。

「なんなんだよ、あいつ……」

 剣を持ったまま少しの間、カツマは呆然と立ち尽くした。
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