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◆15話(2-8)

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 これまでの様子を黙って見ていたセレナが、思い切ってサラサに話しかけた。

「あの、サラサさん。私の父のことも分かりますか?」

「あなたの……、お父様ですか……?」

 しばらく間を置いた後、サラサはセレナに視線を向けて首をかしげた。

「生きていらっしゃるのではありませんか……?私には分かりませんので……、お亡くなりにはなっていません……」

 白い霧に包まれているサラサは、笑みを浮かべながらそう答える。
 それを聞いたセレナはホッと胸をなでおろした。

「そうですか。……良かった」


 彼女の父は1年前、聖興軍に捕まり連れて行かれた。
 その後の消息が分からす、それを確かめるために旅に出たのである。

 父が生きている。
 サラサの言葉は彼女にとって一筋の光となった。
 旅を続けていけば父を救い出せるかもしれない。


「あれ?……ってことは、なんかおかしくね?」

 彼らの会話を聞いていたミカゲが首をかしげている。

「おかしいって、なにが?」

 何かを思いつき首をかしげたミカゲを見ながら、これまた不思議そうな面持ちになるザザ。

「だってさ、天新が8歳で死んだって言ってたよな?」

「あっ、そう言えばそうだったな」


 10年前、天新は15歳で生きていた。
 ザザとカツマは何度も会っているので、それは確実である。

 そしてミカゲも15年前、天新に会っている。
 約束もした。
 それは彼が10歳の頃の話だ。


 ミカゲはサラサに向かって問いただした。

「お前、なんか勘違いしてね?」

「勘違いと……、おっしゃいますと……?」

「天新だよ。別の人間と間違えているとかさ」

 ミカゲの疑問に視線をはずして少し考えていたサラサが、また彼女に向き直して言った。

「勘違いなど……、いたしません……。王子、天新様は……、8歳でお亡くなりになっています……」

 そしてサラサは、みんなを見回しながら続ける。

「ここにいるどなたとも……、お会いしていらっしゃらないご様子ですよ……」

 彼女の言葉に、ザザは戸惑いを隠せない。

「いや、そんなはずは無いんだけど。お会いしたのは1度や2度ではないよ。気さくなお方でね、年も近かったからよくお声をかけて下さったんだ。名前も憶えてて下さっていたのに」


 いったいどういう事なのか。

 少し前までは、妙な事を言う変わった女性だと思っていたのだけれど。
 この様なスキルを見せつけられては、彼女の言葉も真実味を帯びてくる。
 気にせずにはいられない。


「なんか、裏がありそうだな」

 腕を組んで考え込んでいたミカゲそう言った。
 不安な面持ちのザザが彼女に聞く。

「裏っていうと?」

「誰か別の奴が天新になっていたとかさ」

「代役?……まさか、そんな」

「国王の息子が死んだとなると大騒ぎになるからな。代わりに別の奴が15歳まで天新になっていたとしたら?」

 ミカゲの推理に、少し考えていたザザが反論した。

「でも、いくらなんでも気付かれてしまうよ。そっくりな人なんて簡単に見つからないだろうし。しかも、8歳と言えばまだ子供だ。そんな大役、子供には無理だと思うけど」

「子供じゃなくても代役が務まる能力があるんじゃないか?例えば『スキル・幻影(げんえい)』とか」

 彼女の言葉に、みんなが息をのんだ。


 『幻影』スキルの獲得者といいえば、幻の種族と言われるほど誰もが存在を知らない。
 その名の通り幻を見せて人を惑わすので、スキルが発動している時は目に映る何もかもが幻となる。

 視覚を惑わすだけなら、まだいいほうである。
 スキルレベルが高い者になると、聴覚、触覚などの人の五感を狂わせる。
 目に映るもの、聞こえるもの、触れるものなどが全て幻となり、体より精神が深く傷つくらしい。


「国王軍に『幻影』スキルの獲得者がいたなんて話は、聞いたことが無いんだけど」

 にわかには信じがたい様子のザザはそう言った。






 それから、どれくらい時間が経ったのだろう。
 ミカゲ以外は就寝時間になった。

 みんなが寝静まった深夜、ミカゲはペットと称する時間の狭間の獣を召喚した。
 野宿するのも多い旅路、賊や野獣から彼らの安全を守るためいつもやっていることである。

 ミカゲは気ままに散歩をするのが好きなので、みんなが休んでいる場所にいない場合が多い。
 就寝中のみんなを守っているのは、もっぱら召喚した獣たちのほうだ。

 今回、召喚したのはイヌ。

 歩くたびに微弱な電気を放出しているイヌは、カツマが気に入っている。
 部屋の隅で寝ている彼を見つけると、はじかれたように駆け出した。
 そして嬉しそうに彼の周りを回っている。

「……?」

 その時、ミカゲは妙な事に気が付いた。
 カツマの周りを回っているイヌが、回るたびに壁をすり抜けているのである。


 召喚した獣とは言え、幽霊じゃあるまいし実体はある。
 壁をすり抜けることは出来ないはず。

 だとすると、この壁は……。


 その状況をさほど驚きもせずミカゲは壁を触った。
 そしてククルが出入りする、奥の部屋へと続くドアに向かって話しかけた。

「『幻影』のスキルって面白いな。こんなことも出来るのか。ヒントがなきゃ、まるで分らん」

 ミカゲの言葉に、まるで幽霊のようにドアをすり抜けて現れたククル。
 寝ているカツマの傍でくつろいでるイヌを見ながら、彼は苦笑いをした。
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「やはり分かってしまったか。『獣』は苦手だ」

「人間にしか効かないって噂で聞いていたんだが、本当なんだな。しかし、たいしたもんだ。この家、全部が幻か?」

 ミカゲは感心しながら部屋をぐるりと見まわした。

「そういうことだ。現実はただの平地。お前たちは今、何も無い所にいるんだ」

 そう言うと、ククルはミカゲから視線をはずしてため息をついた。
 ずっとドアの外で彼らの様子をうかがっていたいたのだ。
 彼らがどんな結論を出したのかククルはすでに知っていた。

「やはり、旅を続けるのだな。お前は」

「ま、そういうことだな。みんなで聖興軍の領地に入るんだ、楽しみだねー」

 まるで待ちに待った旅行にでも行くかのように心躍らせているミカゲ。
 そんな彼女を尻目に、他のみんなの顔を見ながらククルはつぶやく。

「こいつらを全員倒したら、お前の旅の理由は無くなるのだろうか?」

「もともと独りででも行くつもりだから理由にはならないな。ただテンション下がって不快だから、お前がその気なら私も容赦はしない」

 そしてミカゲは一息ついて真顔になり、続ける。

「今度はお前が決める番だ。私と戦うか、おとなしくここから解放するか、な」

 それを聞いてククルはやれやれといった面持ちで、力なく笑った。

「俺の番か。確かにな……」


 今はミカゲと戦う気はない。
 ミヅキ様にも固く止められているし、なによりも獣を味方につけているミカゲを相手に自分が勝てるとは思わない。

 もちろん『計画』の為なら命を懸けてでも戦うつもりである。
 だが今はその時ではない。

 ……そうだ、それよりも。


 そう思ったククルは再びミカゲに視線を向けた。

「その前にひとつ聞かせてもらおう。お前は国王陛下から命じられたセレダの村の警護を放棄してまで、なぜ旅をしているんだ?」

「セレダの村が今もあれば旅なんかしないさ。聖興軍のせいで3年前になくなったよ」

「!……3年前になくなった!?……ああ、だからか」


 だからここ最近、国王軍の残党の情報が極端に減っていたのだ。
 時間が経つにつれ数が少なくなったのかと思っていたのだが。
 それにしてはおかしいほどの減少だった。

 多数派聖興軍の仕業だろう。
 セレダの村があいつらに知られていたとは、そして村がなくなったためにミカゲが動き出していたとは。
 うかつだった。

 あいつらにとっても脅威になるだろうが、こっちとしても目の前のこいつが動き出すのは脅威だ。
 計画を邪魔される可能性がある。
 まずはミヅキ様にセレダの村の事をご報告し、計画を練り直さなければいけないようだ。


「……分かった。不本意だが、開放するしかないようだな」

 そのククルの言葉に、ミカゲはニッと笑った。



 ククル側の答えも出て区切りがついたと感じたミカゲは、別の話題に変える。

「で?それがお前の本当の姿と名前なのか?ニセ天新」

 そのミカゲの言葉にククルは苦笑いをした。

「お前は昔から勘が鋭かったからな、やはり気付いていたのか。……サラサを会わせたのは失敗だったよ。天新様の話が出た時は、もう覚悟してたさ」

 ククルは少し間を置いたが、やがて決意したように話し始めた。

「ククルは幻だ。本当の俺の姿と名前ではない。……もちろん、この姿もな」

 そう言うと長身で全身黒づくめのククルの姿がフッと消え、代わりに薄茶色の髪に金の瞳の青年が現れた。

「生きていらっしゃると、25歳か。立派な青年におなりだっただろうに……」

 金の瞳の青年から声が出る。
 ククルとは全く違う声色だ。

「ああ、天新が成長したらそんな感じだな。お前の想像力、すげーな」

 手を叩いて素直に感心するミカゲが続ける。

「で?お前は一体何者なんだ?」

「お前の予想通り『幻影』スキルの獲得者とだけ言っておこう。俺の本当の姿と名前を知っているのは、この世でミヅキ様だけだ」

「ふーん、じゃあ今度ミヅキに会った時に聞いてみよう」

 ミカゲの言葉に天新は笑った。

「ははは……聞くのはいいが会えば敵だ。ミヅキ様が教えるはずがないだろう」


 冗談なのか本気なのか。
 初めて会った時から、そんな掴みどころがない奴だった。
 話をする限り、まるで変ってない。


「ま、いいか。ようするに15年前、私に会ってコレを貸した天新はお前ってことだろ。じゃあ何の問題もないな」

 そう言うとミカゲはポケットの中から古びたゲーム機を見せた。
 そして天新の目の前に突き出し、得意げに笑う。
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「お前、これ覚えてね?」

 ゲーム機を手に取った天新は驚きの表情でそれをじっと見つめた。

「これは……!」





     ◇◇◇◇◇





 それは、15年前。
 ミカゲが7歳、天新が10歳の時の話。

 国王軍本拠地エメル・オーガ。
 その城の中で国王軍幹部のツキナリが、配下の『スキル・鳥』獲得者ティファレからの情報に耳を疑った。

「カゲマルが、死んだ……?」

 カゲマルとはツキナリの弟で、優れた『スキル・時間』の獲得者だった。
 ツキナリ同様、国王に仕えていたのである。

 しかしある日、彼はこの世界で希少と言われた『スキル・召喚』獲得者の女性と共に姿を消した。

 『時間』と『召喚』の恋愛は遠い昔話の戒めもあり固く禁じられていた。
 周囲の猛反対に耐えられず、2人は人目を避けるように闇の中に消えていったのである。

 それからの数年間は何の音沙汰もなかったのだが、最近になってツキナリの耳に入った弟のウワサは。

 殺人鬼。

 目に映ったありとあらゆる人を、次々と襲う鬼になっていた。
 兄として一緒に育ったツキナリには信じがたい話だったが、まぎれもない事実。

 その後ツキナリは一族の汚名返上のため、カゲマルを捕えようと必死になって探していた。
 そんな矢先の情報である。

「カゲマルが簡単に倒されるはずがない。病死か?」

「いいえ、それが……」

 少し困惑気味の表情になるティファレ。
 一言でいえば信じられない話だからだ。

「子供が……、女の子ですが、その子が倒したと言っています」

「何だと?」

「父親を倒したと……」



 ツキナリはこの時、すべてを悟った。



 カゲマルの娘、だとすれば母親は間違いなくあの『召喚』スキルの女性だろう。

 『時間』と『召喚』との間に子供が生まれてしまっていた……!
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