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第十八話「トゥモロー・ネバー・ノウズ」

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 駅前のファーストフード店で、ハイオク、レスカ、ガラナ、aoの四人が神妙な顔つきでパソコンの画面を見ていた。黒い背景に赤文字で「天使崇拝局」と書かれたサイトが映し出されている。その下にはハートに片翼がついたマーク。エンジェルス・エッグのファンページだった。
「こういうページがいくらでも出てくる。掲示板は、好き好んでいるというよりまさしく崇拝しているといった書き込みばっかりで、ちょっとでも批判的なことを書くと即刻削除される」
 ハイオクはそう言うと、次に動画共有サイトを開き、動画を再生する。画質・音質ともにとても悪い。ファンの歓声に混じって聞こえてきたのは、どこか郷愁的な、異国のような音楽だ。
「キレイな音楽だね」レスカが素直に感想を漏らした。
「売れそうな音楽だ。気に入らん」aoは仏頂面で言う。彼は自分たちより人気のあるバンドが嫌いだった。
「もっとガーってやって欲しいな! ハードにさあ」ガラナはもそもそとハンバーガーをほおばりながら言う。
「聞いて分かると思うがこいつらはかなり高レベルだ。それにボーカルのこいつの顔、それが人気の原因らしい」
 薄暗いライブハウスの中、スポットライトに照らされた白い人物が浮かび上がっている。あいにく画質が悪いせいで、ほとんど顔は確認できなかった。
「これが今のところ確認できる唯一の動画だ。だけどいずれ消されるだろう。エンジェルス・エッグの動画はすぐ消えるんだ。彼らは記録を残さないスタンスで、会場での録音・録画も禁止されるらしい。だけどこっそり撮影とかするヤツがいて、こうしてアップするわけだ」
「ま、想像してたほどじゃなかったな。うまいがオレの魂は動かない。この前jouが川原にマリファナ生えてるのを発見したときの方が、ずっと興奮したぜ。ヨモギだったけど」言いながらaoはコップの底に残っていたストロベリーシェイクを、音を立てて飲み干した。「それにしてもこの店、香水臭いな。食欲が減衰する。オレが店長ならそこまでこだわるんだが。隣の本屋は魚くさいし」
「あ! ひらめいたよ、新しいパフォーマンス!」レスカが突然叫ぶ。「あのさ、密閉して、トイレとかの芳香剤をそうだな、五十個くらい持ってきて、ライブが始まると同時に取り出すっていうのはどうかな!? 食事してる客にダメージを与えられるよ!」
 レスカは嬉々として言うが、
「却下だ、オレの食事を邪魔するな。メシを食いながらライブを観覧するのが趣味なんだ。それより、『サマーフューネラル』のことなんだが」意見を聞き流されてうなだれるレスカを無視し、ハイオクは説明を始める。「ヤツらは夏の終わりに大規模なライブを計画しているようだ。それを聞いた客に大きな変化を与えるような。それを『サマー・フューネラル』――『夏の葬列』と呼んでいるようだ」
「日にちとかはまだわかんないわけ?」ガラナが今度は、ジュースの氷をバリバリと噛み砕いている。
「ああ。だが八月ももう下旬だ、もうじきだろう。それを前にしてファンたちは浮き足立っている。止める気は無いが何かが起こるのは間違いないだろうな……」
「止めないの? なんかこの前は格好よく、『オレたちの邪魔をするなら相手になってやる!』とか言ってたらしいじゃん」
「どうやら向こうから積極的に邪魔はしないようだし、それに……」
「それに?」
「予想以上にファンの数が多い。しかえしされたらイヤだからだ」
「確かに」
 パンクとかは好きだけどやっぱり、でかい勢力に逆らうのはやめとこうと一同、思うのだった。


 夏だというのに黒い皮手袋をしたナギに手を引かれ、クロノは歩いていた。駅から離れた、人気のない路地だった。日が落ち、あたりは群青色に染まりつつあった。
 高台の住宅地の影、崖のような壁の下にこの場所はあった。事業計画の失敗で、人で溢れるはずの商店街がシャッターの並ぶ、廃墟のような街と化してしまった。幽霊が出るという噂も後を絶たない。スラムのようなその場所をナギとクロノは進んでいた。
 クロノが付いて来た理由は、純粋に「エンジェルス・エッグ」に興味があったからだ。ランが歌った曲は自分の心に響いた。グレッチのように放心することはなかったが、その歌に酔いしれた。それは「共鳴」と言ってもいい現象だった。そして自分と同じ「力」を持つもの――自分を必要としてくれている彼らがどんな人間なのか、それを見たいと思ったから、こうして不気味なこの場所を進んでいるのだった。
「ゼルって人はどこにいるの?」
「この先のビルです。きっと今は寝ているでしょうが、つく頃には目を覚ますでしょう」
「すごい寝坊」
「ゼルは一日のほとんどを寝てすごします。声に、持っているエネルギーを費やすのでしょう。本当に不思議な人です」
 ヒッピーも寝てばっかりだけど、それ以上かな――そうクロノは思った。
「ここです」
 あるビルの前でナギは足を止めた。外壁にはヒビが入り塗装も剥げ落ちている。いろいろな店舗が入り、多くの人々で賑わうはずだったであろうその建物が、エンジェルス・エッグの今の拠点だった。
 ガラスが全て割れたドアを入ると、床や壁にスプレーでさまざまな落書きがされていた。エンジェルス・エッグのマークや、写実的に書き込まれた青い海、デフォルメされて読めない文字などがありとあらゆる場所に描かれている。
「この絵は誰が描いたの?」動かないエスカレーターを上りながらクロノが聞く。
「キーボードの『シン』です。彼は暇つぶしにああやって描くんですよ。おかげで何も描いていないスペースはもうどこにもありません。あ、レイ」
 二階の、喫茶店だったらしいスペースで、長身の女性がトランプでピラミッドを作っていた。
「帰っていたんですか。黒野さん、彼女がベーシストのレイです」
 会釈するクロノに「どーも」と片手を挙げ挨拶するレイ。テープを手ごろな長さに切っている。
「何をしてるんですか」
「見ての通り。ピラミッド作ってんのよ」
「テープで固定して、ですか?」
 ナギにそう言われ、レイは訝しげな顔になる。
「固定しなくちゃ崩れちゃうじゃない。それでどうやって組み立てろっていうの?」
「……いや、分かりました。頑張ってください。シンは上ですか?」
「そう。新作を描いてるよ」
 上からは、奇妙な音楽が聞こえてきた。ワンコードの単調と言ってもいい曲だが、さまざまな効果音がそれを感じさせない。高速のギターフレーズや逆再生のサウンド、カモメの鳴き声のようなものなど多種多様な音が入り混じっている。
 三階に登ると一人の少年が、壁に描いてある花畑の絵を、白色で塗りつぶしているところだった。
「ペイント・イット・ホワイト」そうつぶやいて振り返った顔は、ランと瓜二つだった。違うのは、ピアスをいくつも顔に開けている点である。ファンの少年、アタゴはこれを真似たのだろう。
「あれ、双子?」
「そうだよ……俺はあいつの兄貴で『シン』っていう。あなたが黒野さんか……」ぼそぼそとした喋り方も妹とそっくりだ。「ランが何か荒っぽいことをしなかったか不安だが、まあそれはあいつが帰ってきたら問いただすことにしよう……」
「新しいのをそこに描くんですか」ナギが壁を見ながら聞いた。
「そう……。他に描くところがないから。今、ゼルが上で待ってるよ」
「もう起きているんですか。分かりました」
 アンプに繋いだMP3プレイヤーのボリュームを少し上げ、シンは絵を塗る作業を続ける。
 二人はさらにエスカレーターを上る。その途中、ナギが独り言のように話し始めた。
「ゼルは……なにも希望のない我々の前に突然現れました。その声は本当に人間離れした――そう、魂を直接揺さぶる、音とは別の波を出しているかのようでした。彼と過ごすうち我々にも『力』が生まれ、ファンの数も徐々に増えて行きました」
 喜ぶべき事実なのにナギは暗い顔だった。
「今ではほとんど信仰に近い感情を抱く若者も多いようです。ですが、それを我々は望んでいたのか――何か希望が持てれば良かったんじゃあないのか――ゼルは最初のころに『いい曲をやれば天使が降りてくる』と言いました。その『天使』というのが何か――ただそれを探して音楽をやっていたのかもしれない――」
 苦悩したような顔でぶつぶつと何かつぶやいていたナギだったが、首を一振りするともとの端正な顔に戻った。
「いや失礼。さあ、ゼルがいるのはここです。あとは直接聞いてください」
 暗い廊下の向こうにあるガラス張りの空間。
 ブティックか何かになるはずだったであろうそこは、他の汚れた場所とは違い、染み一つない白いタイルで覆われていた。奥の壁には、シンの描いたものらしい、エンジェルス・エッグのマークがあった。リアルな、本当の天使に生えているような片翼。その前に置かれたベッドに横たわっている人物は――
 ――まだ幼い。クロノと同じくらいだろうか? 服も肌も、そして髪も純白でありクロノとは正反対だ。目を閉じているその顔は、絵画の中に出てきそうなほど美しかった。中性的であるのがその一因だろう。
 彼――あるいは彼女は、眼を開いた。まつ毛が長く、透き通った赤い瞳だった。
「おはよう」
 その高い声からも性別を判断できなかった。いや、性別などどうでも良くなるほど、心地よい声だった。その声を聞くだけで癒され、多幸感で満たされる。朝、目覚める前に感じる、程よいまどろみに似た幸福感だった。
「あなたがゼル?」
「そうだよ。キミがクロノだよね。始めまして」微笑みながらゼルは言った。「キミもボクたちと同じ力を持ってるよね。それを感じたんだ。だからここに来てもらったんだよ」
「サマー・フューネラルに参加して欲しいって聞いたよ」
「そう。みんなを『自由』にするためのライブ。キミの力を借りたいんだ」
「別にいいけど、ちゃんと歌えるか分からないよ」クロノは少し不安そうだった。それを打ち消すようにゼルは言う。
「いいんだよ。思うままに歌ってくれれば。それが一番、ステキな曲だよ」
 自分たちのバンドのメンバーと同じような事を言ってる、とクロノは驚いた。
「この『力』を使えるのはもう少しだけなんだからね。消える前にたくさんの人たちに聞かせるんだ」
「消えるの?」
「うん」少し残念そうにゼルが言う。「大人になる少し前に、消えちゃうんだ。子供と大人の間にだけ出てくる力なんだ。だからナギとレイの力は、もうあんまりないんだよ。二人は大人になるから。この夏が、たぶん最後」
 ゼルは起き上がった。ベッドの上に立つと壁に描かれた翼が、その細い体と重なって、背中から生えているように見えた。
「この夏で、たくさんの人の心を変えたいんだ。それはボクたちにしかできないことじゃない。キミにだってできるし誰にだってできる。問題はそれをしたいと思うかどうかだよ。八月の終わりに――みんなが今縛られてるものから自由になる。それがサマー・フューネラル。それが無理でも」その赤い両目でクロノを見ながらゼルは続ける。「自分の心くらいは変えたいんだ」


「クロノ大丈夫かよー不安だ」
 グレッチの家に集まったスマッシング・レッド・フルーツのメンバーは、おおむね落ち着いていたが、赤髪がやや心配そうだった。
「クロノは自分の意思でついていったんだ。大丈夫だろう」SGは冷静に言うが、
「セクハラされてるかも知れないんだぜ」
「お前は普段、そういう邪まなことばっか考えてるから不安なんだろ」酔い始めているグレッチが言う。
「考えてねえよ! お前は心配じゃねえのか、うちのバンドの紅一点が――あ」失言だ。気づいたときにはグレッチに首を絞められていた。「ま、参った! ゴメン! お前を女として見てないわけじゃなく!」
「こんばんはー」そのときドアチャイムを鳴らす音がしたので、幸い赤髪は早めに解放された。
「お、こんどこそ本物だな?」ドアを開けるとキツネが入ってきた。
「ホラ、面だ。大切にするんだな」
 SGが面を返すと彼女は泣きそうな顔になり、
「あ、ありがとう! 薄情者とか言っちゃってゴメンなさい! マジ感謝してるよ! ていうか結婚して!」
「結婚!?」シーチキンを食べていたガクショクは驚いてキツネの顔を見た。
 当のSGは、「え? オレニートだがいいのか?」
「あ、そっか。うーん……」キツネは真剣に悩み始めた。
「男は将来性だ」と言ってグレッチは、冷たい目で赤髪を見るのだった。
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