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第五話「カム・アウト・アンド・プレイ」

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 ライブハウス「シロウマ」は大通りから一本、路地へ入ったところにあった。古いビルの隙間、貼り紙だらけの階段を下り、扉を開けると煙草の臭いと大音量で流れるBGMが溢れた。
 受付ではやる気なさげなモギリの女性が紫煙を吐き出している。
「あのー、紅恋のガラナに招待された者ですけど」
「ああ。あのちっちゃい子ね」と女性は言う。ガラナはやはりそういう認識を持たれているようだ。本人が聞いたら激怒するだろうが。
 ドリンクを買って、改めて中を見回す。暗く狭い、汚れたコンクリートの壁に囲まれた空間。生暖かくなんだかジメジメしている。
「……人いねえ」赤髪が言った。客は一桁だ。なぜか全員が青白い顔で、覇気がない。黙々と煙草をふかしたり、携帯を弄くったり、何もせず地面を見つめたりしている。
「……まあ、すし詰めよりはましだな。どんなバンドが登場するのかじっくり見物させてもらおう。ガラナのいる『紅恋』も気になるからな」SGは腕を組み、真剣に見る気のようだ。
 ガクショクとクロノはその場に腰を下ろす。バス停からここまで五分ほど歩いただけでクロノは汗だくになっていた。驚くべき体力のなさだ。
 そのまましばらく、陰鬱とした空気の中に佇み「駅前のなんとかかんとかって店が魚の臭いでいっぱいだ」「アーケードにおたく向けの新たな店がオープンしたぜ」などと会話していると、大音量で流れていたロックが止まり、最初のバンドが姿を現した。
 三人組だった。ギターは猫背の男で、ボロボロのジーンズに、首周りが伸びただらしないシャツという服装だ。なんだかさえない印象がある。ベースはスーツにハンチング帽の男。なぜかとてもつまらなさそうな顔をしている。「こんなことしたくねえよ」と言わんばかりに、あらぬ方向を向いていた。ドラマーは紅一点、縦ロールの金髪だ。入場からずっとうつむいている。
 全体的にだらけたムードの漂うバンドだ。
「え、俺たち、『マドンナ・ブリギッテ』です」ギタリストの自己紹介が始まった。滑舌が悪く聞き取りづらい。「俺たちはブルース歌いますんで、聞いてください。じゃあ、さっそくやります、一曲目『最低賃金ブルース』」
 スローテンポのはねたリズムの曲が始まった。
 ギターは不協和音が多数入っているし、半分だけ押さえられた弦がベコっという煮え切らない音を立てている。ベースも同じく適当な押さえ方しかしていないので音が汚い。ドラムスはハイハットとスネアのみでバスは一切不使用。足と手が同時に動いてしまうからだろうか。
 前奏が終わりボーカルが入る。かすれた、間延びした声でギタリストが歌い始めた。

「俺の給料六百円
 あしたもあさっても六百円
 コンビニ、工場、ガソリンスタンド
 もっと給料上げやがれ
 じゃねえと俺は、
 アナーキストになるぜ

 俺の兄貴はパラサイト
 俺の姉貴はプロニート
 パチスロ、アフィリに、宝くじ
 だけど親からおこづかい
 姉貴はきっと一生独身だああああ、もう三十路だぜ」

 後半はただの喋りになっていた。
 そして間奏。ここでギターのソロが入る。と言っても適当にハイポジションを鳴らすだけだ。
 うまいか、へたかと聞かれれば間違いなく後者である。が、彼らの気だるい感情はびしびしと伝わってくる。音楽もだが、たたずまいがそれをかもし出していた。やりたくないことをしなければならない不満――その不満を伝える行為さえも「やりたくない」かのような態度が現れていた。
 間奏が終わり、ふたたびギタリストが歌いだす。

「俺の給料あがらねえ
 残業ばっかやらせやがって
 あの店長に言ってやるぜ
 『俺はアナーキストだ』
 アナーキスト! 俺はアナーキストだ
 もうやめてやる、俺はもう!
 仕事なんかしたくないぜ」

 曲が終わった。客席からまばらな拍手が起こる。
 MCなしですぐに次の曲が始まった。一曲目よりもハイテンポだ。ワンコードで延々ギタリストが、

「もやし炒ぁめ! そう、もやし炒め! 俺は金がないんだぁ!
 だぁからいっつももやし炒めだぁ! 飽きた! もう飽きた! もう食いたくねえぜ!
 もやしばっか食ってっから俺たちもやしみたいな体系に! なっちまうんだ!
 お前らもだ! お前らみんな、もやしッ! もやしだ! 炒めて! 食ってやるぞッ」

 といった具合に、もやしのことを叫び続ける異様な歌だった。相変わらずベーシストはつまらなそうだしドラマーは下を向いている。客は煙草を吹かし、携帯を弄くる。一種独特のグルーヴが発生しつつあった。「やる気なし」。お互いにライブハウスで聞く・演奏する立場とは思えない、だらけた場が作られていく。
 そんな中、曲を終えた猫背のギタリストは、
「疲れたのでもうやめます。マドンナ・ブリギッテでした」と言い、退場してしまった。本当に疲れてふらついている。ドラマーとベーシストも息をぜいぜい吐き、今にもぶっ倒れそうな状態で退場する。クロノと同等か、それ以上の体力のなさだ。
「なんだかすごくだるい感じのバンド」見終えてクロノが、率直にぽつりと言った。
「そうだな。不満、気だるさ、怒り、そういうので満ちていた。あのギタリストいい声してるな。次は……『魂狐』か」
「諸君! 待たせたね!」いきなり甲高い声とともにステージ上に誰かが飛び出してきた。狐の面をつけた、制服姿の女子だった。
「イエイ! 『魂狐』のお出ましさ! 今夜は魂、完全燃焼で行くよ諸君! 毎回のりが悪いみんなに代わって我々がのりまくってエレクトするっ! 諸君のハートをグッドバイブレーション!」
 などと早口で訳の分からぬことをまくし立てる狐面。他のメンバーもステージ上に躍り出る。ボーカルの狐面に加えて、左目に眼帯をつけたキーボーディストの少女。やけに大き目の赤いシャツを着ているベーシストの少年、そして全身にジャラジャラと大量のシルバーアクセサリをつけている、絶対動きにくそうなドラマーの少年。「イエ――――イッ!」「うおおおおおっ」「アアアアアッ」などと奇声を発する。とても素面とは思えない高揚、マドンナ・ブリギッテとは正反対だ。
「なんだ……テンションたけえな」と赤髪が言うと、
「そう! ハイだよわたしたちは! 天までぶっ飛ぶハイテンションさ! こっからもっとジャンジャンアゲまくって、グルーヴィなサウンドで君らも高揚させてあげよう! なんたってわたしたちはプログレシッブさッ! さあ行こうかっ」
 狐面がそう叫び、「魂狐」のステージが幕を開けた。
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