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第七話「ドライブ・マイ・カー」

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 夜のとばりが下りて、虫の声だけが響く川原を行く、汚れた白いコペン。
 乗っているのはマドンナ・ブリギッテのネコゼとドリーだった。
「今回も途中で終わったな……」と運転席のネコゼ。
「どうせすべて、いつかは終わる」ドリーが隣で言った。「万物みな、消え去るんだ」
「まあそういうこったな……それにしてもハイオクは家、シロウマに近くてうらやましいもんだ。動きたくねえよな、やっぱ」
「そうだな。動きまわる人生なんて……犬みたいだ。私は動きたくなんかない。この街から出ないで一生を終えるつもりだ」うつむいたままつぶやくドリー。
「ふーん……。そういやお前、修学旅行も行かなかったな」
「そんなだるいことするくらいなら死ぬ」
「そうか……」
「そうだ……新幹線は嫌いだしな。乗ったが最後、時速何百キロで走ることによって私の魂はひきはがされ吹き飛んでしまうだろう。それが嫌だったんだ……あ!」ドリーが窓の外を向いて叫ぶ。「止めて」
 もとより徐行運転だったコペンはすんなり停止した。
「どうした?」
「死体があったぞ」
「なんだって……」
 ドアを開け、外へ出る二人。草の上に、確かに人間が横になっていた。髪もヒゲも伸び放題の男だ。ちょうど彼が寝返りをうったので、死体というのはドリーの早とちりだとすぐ分かった。
「生きてるじゃないか。だけどこのまんまでは風邪をひいちまうぞ」
「だろうな」
「面倒くせえが起こすか……なんでこんなとこで寝てんだ」ネコゼは寝ている男を揺する。「あんた、起きろよ。寝るなら家に帰れ……確かに俺も、ときどき帰るの面倒で路上で寝るが、やっぱよしたほうがいいぞ」
「ここで自殺するつもりじゃないのか、その男」とドリーが言った。
「う……誰が、自殺だって」男――ヒッピーが眼を覚ます。「暗い……今何時?」
「六――いや七時? そのくらいだ」ドリーが首から下げていた懐中時計を見て言った。
「なんだまだそんな時間か。あれ、そういやここはどこだったかな? ……あんたら誰」片目をつぶったままヒッピーは聞く。
「見ての通り川原。オレらは通りすがりのバンドマンだ」
「バンドマン……そうか。あー……ダメだねみい。なあ、悪いけどあんたら家まで送ってくれない?」
「すまないがこの車、二人乗りだ」
「うーむ、そうか……しゃあない、自力で帰るしかねえな……」眼をこすりながら言うヒッピー。
「そうしてくれ……やはり寝るならベッドに限るぞ」
「そうだよな。じゃあ、起こしてくれてどうもな、あんたら」
「ああ」
 寝ぼけ眼のヒッピーを残して二人はコペンで走り去った。

「えらく髪の長い人だったな」
「うん。それにしても、ホントなんだってあんな所で寝ていたんだ」
「それはきっと気持ちいいからだ……」ネコゼがつぶやくように言った。「屋根がないところで寝ると、空がよく見えるんだ。普段は頭の上にあることを意識しない空がな。贅沢者だよ、あいつ……。街の光がちょっと邪魔だけど、星が見えていい感じなんだ。オレが外で寝るといつもそうだ。プラネタリウムだよ」
「……そうなのか。じゃあちょっと今……屋根開けない?」
「お……珍しいな」そうつぶやいて、ネコゼはコペンの屋根を開く。
 街の光で少し白んだ夜空が現れた。
「お前が上を見るなんてな」
「そういうあんたも、背筋が伸びてるぞ」空を見上げながらドリーが言った。
「ああ……何でだろうな」
「今夜は星がきれいに見えるからだな」
「そうかもしれないな」
 コペンはわき道へ入り、国道へ出た。車のランプが川にかかる橋を、ずっと先まで赤く染めている。
「……なあ。提案がある」橋の真ん中辺りでネコゼが言った。
「なに?」
「海を見に行かないか」
「え?」
「夜明けの海だよ。ロマンチックだろ? どうだ」
「……どうしたんだ、本当に」ドリーは驚いた顔でネコゼを見る。「兄貴がそんなこと言うのかなり久々だぞ。一体なんで?」
「あ~……なんでだろうな……? 自分でも分からない。でも、そうしたい気分なんだな、謎だ」
 腕を組んでしばらく考えて、ドリーは言う。「……まさか。さっきの川原が原因か? あそこは天使が降りる場所らしいぞ」
「天使とは唐突だな……? うわさは聞いたことあるが……。じゃあ、まさかさっきの男が天使?」冗談めいた笑いを浮かべてネコゼが言うと、
「それはないと思うぞ。羽が生えてなかったし……いや、案外そうなのか? ま、それは分からないが、兄貴はあの場所のエネルギーを受けて、海を見たいって考えるようになったんじゃないかな」
「変な作用のエネルギーだな。……お前はどうなんだ、緑」
「私? ……さあ。だけど海まで行くのも悪くないと思うぞ」
「……お前も影響されたのかな、天使のエネルギーってやつに。兄貴と姉貴もあの川原に連れて行けば良いのかな」
「仕事する方向へエネルギーが作用するといいけどな……。ところで兄貴、海までどのくらいだ?」
「さあ……道が混んでいるから一時間か……あるいはもうちょっとかかりそうだな。まあ、夜明けには余裕で間に合うだろうから、朝まで寝て待てばいいさ」
「うん。そうするか。ちょっと飛ばしてもいいんだぞ?」
「魂がぶっ飛んでも、か」
「いいんじゃないの」と言って笑うドリー。ネコゼは妹のそんな顔をひさびさに見た。
 前の車が走り出した。車は海へ向かって走る。
 そのころヒッピーはこの兄妹が海を目指していることなど知らずに、あくびを連発しながら、自宅へ向けてのろのろと歩いて行った。地面に寝たせいで背中に、大きな染みがついていたことも気づかずに。
 それは翼みたいに見えた。

 

 一方、ライブハウス・シロウマ。
 飛来してきたピザを受け止めたのは、ガクショクの前に飛び出たハイオクだった。しかも顔面でだ。そのまま手でピザをつかむとムシャムシャと食べ始めた。「うまい。ま、嫌いじゃないぜ、こいつらのパフォーマンス」
「ハイオク――ッ! スパゲティよこせ!」ステージ上からベーシストが叫んだ。
「やらねえ」と髪についたチーズをはがしながらハイオクがあしらうが、
「よこせ!」
 なんと彼女、いきなりベースをその場に置いて客席へ降りて来た。
「こら! ちゃんと演奏しろマチ!」
「これがアタシの演奏だぜっ!」
 と、ハイオクの残したスパゲティを掠め取ると、残りをほとんど一気にほおばってしまった。
「なんてヤツだ……! クソ、食い足りないな。帰って残りを食うか。……おいお前ら、オレの家に来るか? すぐそこだ、メシ食わせてやるぞ」
「マジ!?」「行くに決まっているだろ。シーチキンを昼に食ってから何も入れてないからな」にわかに色めくスマッシング・レッド・フルーツのメンバーたち。
「アタシももちろん行くぜ!」と、紅恋のベース「マチ」も行く気満々だ。
「まったくしかたねえな……。じゃあ先行ってる、ガラナ」
 ハイオクがガラナたちにそう言うと、
「オーケー。じゃあ残りを終わらせてハイオクの家で打ち上げだ、みんな!」
 言ってガラナは激しくドラムスを叩き始めた。彼女たちを残してシロウマを出るスマッシング・レッド・フルーツ一同。
 すでに彼らの中でハイオクは、完全に「いい人」認定されていた。
7

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