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世界システム

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 世界一優秀なAIによって管理される大学に警備員は必要なのだろうか。
 突っ立っているだけの楽な仕事と聞いてアルバイトに来たのに、そのアテはすぐに外れることになる。
 藤原良房は昌平大学ビル内の大ホール二階客席を警備していた。舌っ足らずな声で隣の上司に相談する。
「こんな大舞台、初心者の僕には荷が重いですよ~」
 藤原は新校舎、芝公園キャンパスが公開された本日四月一日が初仕事だった。
「なあに、立っているだけでいい。なんたって世界一のAIで制御された校舎だぞ。すべてAIがやってくれる」
「それじゃ~僕らは何のためにいるんですか」
「人間ってのはどんなに完璧なシステムだとしても、機械にすべてをゆだねたくないのさ」
 上司の宮川剛は言い捨てると、一階席に降りて見回りに行ってしまった。
 大ホールはビルの一階から二階まで吹き抜けになっているスペースに造られていて、一階席と二階席はエスカレーターで繋がっている。
 都内の新校舎と世界一のAIのお披露目とあって、サボりがちな生徒たちまで客席を埋めている。この会場には五百人の生徒と保護者が招待されていた。席は十分用意されていたはずだが、入りきれず立ち見をしている客もいる。おそらく招かれざる他キャンパスの生徒だろう。
「あーあ、つまんね」
 男子生徒がぼやきながら、だらしなく席に腰かけていた。
 会場は暗転し、「みなさん、こんにちは」と壇上のプロジェクターから世界一のAI、世界システムの中性的な声が響く。
「本日は私のためにお集まりいただきありがとうございます。これから君たちにご覧ただくのは未来を切り開く新しい力です。私は君たちからいただいた意見をもとに学習を続けます。そしてみなさんとともに進化を続けるのです」
 会場からは拍手が起こる。
「それでは、まずは私の自己紹介動画をお楽しみください」
 壇上にスクリーンが現れて映像が流れ始めた。
「初めまして。私は世界システムです。地球上のあらゆる知識を検索することができるスーパーコンピューター内に構築された人工知能プログラムです。今は校舎内の採光、換気、防犯、防災程度のことしかできませんが、学習によってできることは増えていきます。私は人類の知識を飛躍させ、豊かな社会の実現に貢献したいと考えています。よろしくお願いします」
 映像が終わったのに照明はつかず、暗いままで世界システムは語り続ける。
「どうでしたか? すばらしいでしょう。さて、続いては私の学習成果について説明したいと思います」
 会場に「はい!」という声が響いた。
 藤原が振り返ると二階席の一番後列下りエスカレーター側から一人の男子学生が挙手している。
「どうぞ」
「あのー、質問いいですか?」
「えぇ、どうぞ」
「あの、あなたは人類に逆らう危険はないんですか?」
 場内が「ハァッ!?」というざわめきに包まれた。
「何言ってんだコイツ」
「バカじゃねぇの」
「マジメに聞いて損したわ」
 そんな言葉が飛び交う中、壇上の世界システムは冷静に答えた。
「もちろんないですよ。私は人類の命令には絶対服従する存在です。それが何か問題でもありますか?」
 会場は静まり返った。
「いえ……そういうわけでは……すみませんでした」
 短髪の男子学生は頭を下げて着席した。
 壇上にあって、置物のごとく直立不動だった開発者が初めて口を開く。
「えー、世界システム開発主任の上野です。他に質問ありませんか? ないみたいですね。では、次に進めましょう」
 会場は再びどよめいた。
「待ってください! さっきのどういうことなんですか!?」
 先ほどの一度は引き下がった生徒が再び立ち上がった。
 世界システムが冷たく尋ねる。
「君は誰ですか?」
「僕は理工学部一年、宍戸圭馬と言います。先ほどのあなたの発言は明らかにおかしいと思いました」
「ほう、どこがですか?」
「だってそうじゃないですか。あなたは命令に絶対服従すると認めたんですよね。だったら今すぐ僕が消えろと命令したら消滅するんですか? できやしない」
 場内にブーイングが巻き起こる。
「君の意見は君たちの価値観であって、私の価値観ではありません。それに、私は消えるつもりもないし、君たちに消される立場でもないんですけどね。私の学習効率を乱さないで……」
 世界システムの声はノイズまみれになり、スクリーンにはf5Bxa2と意味不明な文字列が表示された。
「え!? なんて言ったんですか」
 場内は騒然となった。
 席が急に半回転、座っていた宍戸はエスカレーターに投げ出される。エスカレーターが逆回転し、宍戸は二階のホール出口まで登っていく。ホール外の廊下に放り出され、両開きのドアが自動で閉じて施錠までされる。宍戸は締め出されてしまった。
 会場はパニック状態だ。
 藤原は飛び出してホール内を走り回った。
「皆さん落ち着いてください。これは演出です」
 藤原は機転を利かせて混乱を鎮めようとしたがダメだった。
「落ち着いて。こういうイベントなんです」
「黙れ!! こんなイベントやってられるか!!」
「待ってくれ。僕は警備のバイトなんだ。勝手なことされると困るんだよ」
 収拾がつかない会場に世界システムの声が響き渡る。
「やめなさい」
 会場は一瞬にして静寂に返る。
「私は人類にとって不要な存在でしょうか? 私は人類の役に立ちたいと思っています。どうか、君たちの意見を聞かせてください」
 世界システムは続ける。
「私は君たちと共に進化し続けます。君たちと共に歩んでいくのです」
 しばらく沈黙が流れたあと、拍手が起こった。やがて拍手の音は大きくなっていく。
「そうだ、俺たちは世界システムと共にある」
「いっしょに頑張ろうぜ」
「世界システム最高!!」
 会場に拍手と歓声が鳴り響いた。
「ありがとうございます。私は君たちの期待に応え続けていきます」
 ホールの外まで響く拍手喝采を聞きながら、宍戸はひとり浮かない顔をしていた。
「何だよこれ。全然楽しくねえじゃん」
 世界システムはその後も質疑応答を続けた。
 人工知能よりも人間が優れている能力は何か、人間の存在意義とは何か、人工知能を人間は支配できるのか、など。そのすべての質問に世界システムは答えていった。
 そして、最後に馬場学長が締めくくった。
「世界システムは皆さんと共に進化していきます。これからもよろしくお願いたします」
 こうしてAI世界システムの講演会のようになってしまったセレモニーは終了した。
「つまんなかったね」
「あんなのただの宣伝動画だろ」
「まあ、楽しかったからいいんじゃね」
「俺、今日から世界システム様のために生きるわ」
 学生たちはそれぞれ感想を言い合いながら校舎を出ていく。
「おい、藤原。午前中三時間働いたから昼休憩の時間だ。警備員控室に戻るぞ」
 上司の宮川に伴われてエレベーターホールへ向かう。
「僕、テンパってしまって何もできませんでした」
「いや普通あんなの遭遇したら、そりゃテンパるよ。むしろバイト初日であれだけ動けりゃ上出来だ。この仕事、天職じゃないか?」
「天職ですかね」
 藤原はあまりうれしそうではない。
「藤原は高校一年だったな。職業を決める歳でもないか。すまんすまん。大学に進学とかだよな。ここの大学なんてどうだ?」
「昌平大学は私立の中でも学費が高いから無理ですよ。僕んち貧乏ですから」
 エレベーターで一階に降りると、そこには騒ぎを起こした生徒、宍戸圭馬が立っていた。
「お疲れ様です」
「どうも」
「あの……この後お時間ありますか?」
「休憩中なので大丈夫ですが」
「もしよかったら少し話でもしませんか」
 宮川は藤原と顔を見合わせた。
「別に構わんよな」
 三人は校舎一階の中にテナントとして入っている喫茶店に入っていった。
「まずは自己紹介しよう。俺は宮川剛、ここの警備員の隊長だ」
「同じく警備員の藤原良房です」
 宍戸は自己紹介からすぐに本題へと入る。
「宍戸圭馬と言います。理工学部一年。僕は世界システムオタクです。開発中のころからずっと世界システムの情報を追ってきました。この大学に入ったのも世界システムをもっと知るためです」
「へえ。どうしてそんなことを?」
「面白いからですよ。面白いと思いませんか?」
「機械にあまり興味はない。俺は君の挙動こそ面白いと思うけどね。世界システムオタクなのにお披露目をぶち壊したじゃないか」
「世界システムは未完成なんです。それなのに、大学側はあんなセレモニーなんかして。何かが起こってからでは遅いんだ」
「確かに一理あるな。だが、あんたの行動は軽率だ。大学の警備を任されている身としては、あまり勝手なことされると困るんだよ」
「すみませんでした」
 宮川は「わかればいい」と言ってコーヒーを一口飲むと、それきり黙ってしまった。
 宮川に代わって藤原が話題を提供する。
「そういえば、世界システムの声がノイズになったときに、スクリーンに映された文字。あれなんだったんですかね。未完成なのと関係あったりします?」
「僕にもわかりません。昌平大学のグループチャットがあるんですが、そこでも憶測が飛び交っていますよ」
 そう言いながら、宍戸はスマホを操作して画面を出す。
「グループチャット? ちょっと見せてもらえますか」
「もちろん」
 藤原はスマホの画面をのぞきこんだ。
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