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ぬらりひょん/山下チンイツ

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 我が家では子ども二人と私が和室で寝ている。息子を真ん中にして窓側が娘、一番先に起きる私が居間に接するフスマ側で寝ている。
 娘が小学三年生の頃、場所を変えてと言われたことがあり、しばらく寝る場所を交代した。寒さや暑さの問題ではなく「幽霊がいるので怖い」とのことだった。娘には昔からそういうところがあり、幼稚園の頃はイマジナリーフレンドらしき「幽霊のお兄ちゃん」という存在もいた。誰も乗っていない自転車の後部座席に荷物を載せようとすると「そこは幽霊のお兄ちゃんがいるから載せないで」といった風に。

 画力も霊感もゼロの私には幽霊は見えなかったが、確かに交代したばかりの頃は、妙に寝付きにくいことがあった。何かが布団を踏むような気配を感じたこともあった。だが次第に気にならなくなったし、寝相の悪い娘がフスマをたびたび蹴ってうるさいので、また寝る場所を交代した。その頃には「何か」もいなくなったのか、娘がその後幽霊がいると言い出すこともなくなった。妖怪の話はこの後にする。

*

 同じく寝室としている和室での話。そこの壁にはプリントアウトした様々な紙が貼ってある。息子のドラゴンボール熱が高かった頃に様々なドラゴンボールキャラを印刷した。掲示物による教育効果がありそうなので、ひらがなとカタカナの一覧表も自作してみた。右側にひらがな、左側にカタカナを並べ、間に五人分のキャラクターの画像を印刷したもの。たとえば「ご」なら「悟天」「ゴジータ」「ゴテンクス」「ゴクウブラック」「五右衛門(石川五右衛門)」といった風に。できるだけ息子の知っているキャラクターにしたかったが、全ての文字で揃えるのは難しかった。文字によってはそもそも五人も存在しなかったりする。「ぢ」「づ」はそれぞれ「ヂートゥ(ハンターハンターのキャラ)」「ヅダ(開発競争でザクに敗れたモビルスーツ)」しか見つからなかった。

 ちなみに「ワンパンマン」「サイタマ」「ハゲマント」の欄に全部サイタマの同じ画像を使っている。

 ある時「これ何?」と息子が聞いてきた。「ぬ」の欄にいる「ぬらりひょん」と「奴良りくお」を指して。「ぬ」も埋めるのに苦労した文字の一つで、息子が全く触れていない「ぬらりひょんの孫」からのキャラクターを採用した。
「『ぬらりひょんの孫』っていう漫画、アニメに出てくるキャラクターで、妖怪の一種だよ。羽衣狐っていうキャラクターが魅力的でね……」
 もちろん最後まで話は聞いてくれなかった。

 自作の印刷物だからミスもある。各キャラの上にひらがな、下にカタカナでキャラ名を書いているのだが、「ん」の欄にいれた「ンドゥール(ジョジョ三部に出てくる目の見えないスタンド使い)」の下に、その横にあるのと同じ「ポーション(マイクラのアイテム。「ん」で始まる名前がないので、「ん」のつく物を入れた)」と記されていた。コピペした後消さずにいた凡ミスに気付かず、そのまま印刷してしまったのだ。仕方ないからボールペンで修正した。

 またある日息子が表を指して聞いてきた「ここにもぬらりひょんがいるよ」と。確かに「め」の項目にぬらりひょんがいた。こんなミスをした覚えはなかったが、仕方なくボールペンでぬらりひょんを塗りつぶした。

 すると次の日「全部ぬらりひょんになってるよ」と息子に指摘された。五十音+濁音半濁音の項目全てのキャラクターが「ぬらりひょん」に置き換わっていた。そんなミスをするはずもない。おかしなことが起こっていた。
「これは妖怪の仕業だな」と私は思った。
「これ剥がした方がいいんじゃない?」と息子は言ったが、ぬらりひょんが「いや、このままでいい」と返した。
「なんで、この表おかしいし、悟空もボーボボもルルーシュもいなくなっちゃったじゃない」と息子は食い下がる。
 しかしぬらりひょんは「いいかい坊主、この世の全てのキャラクターはぬらりひょんなんじゃよ」と説得し始めた。
 ていうかぬらりひょんがいつの間にか横にいて喋っていた。絵と同じで後頭部が長い爺さんだった。そういえばいつの間にか当たり前のように家の中に入り込んでいる妖怪だった。

 ひらがな・カタカナ表だけではなく、多数のドラゴンボールキャラを印刷した紙に描かれているのも、全てぬらりひょんに置き換わっていた。しかし元々の画像の名残りもあり、ベジータの私服姿のところにはピンクのシャツを着たぬらりひょんが描かれていたし、魔人ベジータのあった所には額にMの字が刻まれたぬらりひょんになっていた。あとそういえば私もぬらりひょんだった。

 思えばいつ頃から私は自分が人間だと錯覚していたのだろう。ぬらりひょんとして他人の家にあがりこんでその家で長く過ごすうちに、いつの間にか人間のような気になって、結婚までして独立して家を出て、子どもも二人できた。友だちとの遊びから帰ってきた娘もよく見たらぬらりひょんだし、仕事から帰ってきた妻ももちろんぬらりひょんであるし、「ぬらりひょんばっかりやん」と指摘している息子だってやっぱりぬらりひょんであった。水道の蛇口をひねればぬらりひょんが出てきたし、息子の食べこぼしには小さいぬらりひょんが大量に取り付いていた。

 みんなみんなぬらりひょんだったんだなあと、何かの詩句のように呟いてみた。何だかやけくそ気味に爽やかな気分になった私だったが、自分は人間だと思い込んでいた頃と同じように「パパって子どもの頃女の子と話したことある?」と娘にディスられて涙を流しながら眠りについた。

 翌日になると何事もなかったかのように、大量のぬらりひょんは消えていつもの日常に戻っていた。子どもたちも小学校のプールにでかけた。壁に貼られた紙の中には「ぬ」の項目にしかぬらりひょんはいなくなっていたし、ベジータはベジータであったし、ベジータの隣にはフリーザがいた。私はいつものように、昨日の印象的な出来事を思い出しながら日記を書き始めた。当然ぬらりひょんのことばかりになりそうだった。しかしそんなことを書けば正気を疑われてしまうのではないかと思った。するとぬらりひょんが「『新都 妖怪百鬼夜行』に投稿すれば?」と言ってくれたので、そうすることにした。

(了)

※フィクションです。小学校の夏休み中のプールは、暑さ指数が高すぎるために本日も中止になりました。
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