挫折
兄が倉庫作業のアルバイトを始めて1か月が経とうとしていた。初めは緊張しながらも仕事に取り組み、少しずつ慣れてきた様子だったが、ある日、帰宅した兄の顔には疲労と苛立ちが浮かんでいた。
「どうした?仕事で何かあったのか?」俺が尋ねると、兄は無言でリビングに入り、ソファに倒れ込んだ。
「今日、ミスしたんだよ…。出荷先のラベル貼りを間違えて、全部やり直しになった。」
兄は苛立ったように髪をかきむしりながら続けた。「周りからも嫌味言われてさ…。俺には向いてないのかもしれない。」
俺は何とか兄を励まそうとしたが、その声は兄には届かないようだった。
翌日、兄は普段よりも遅く起きてきた。
「今日は休む。」
そう言い残して部屋に引きこもる兄の背中を見て、俺と妻は不安を隠せなかった。
「これまで頑張ってたのに…。また引きこもっちゃうのかな?」妻が心配そうに漏らす。
「まだ決めつけるなよ。今日は疲れてるだけかもしれない。」俺はそう言いつつも、自分の中でも同じ不安が渦巻いていた。
しかし、それから数日経っても、兄は仕事に行こうとしなかった。
「もう無理だよ、俺。仕事なんかできる人間じゃないんだ。」
兄はそう言いながら、俺の顔を見ようとしなかった。
「兄貴、そんなこと言うなよ。一度のミスくらい誰にだってあるだろ?」
「お前にはわからないよ!」兄の声が震え、俺の言葉を遮った。
「俺みたいな奴が社会に出たところで、邪魔にしかならないんだよ…。」
兄の目には涙が浮かんでいた。それを見て、俺はどう言葉をかければいいのかわからなかった。
「どうした?仕事で何かあったのか?」俺が尋ねると、兄は無言でリビングに入り、ソファに倒れ込んだ。
「今日、ミスしたんだよ…。出荷先のラベル貼りを間違えて、全部やり直しになった。」
兄は苛立ったように髪をかきむしりながら続けた。「周りからも嫌味言われてさ…。俺には向いてないのかもしれない。」
俺は何とか兄を励まそうとしたが、その声は兄には届かないようだった。
翌日、兄は普段よりも遅く起きてきた。
「今日は休む。」
そう言い残して部屋に引きこもる兄の背中を見て、俺と妻は不安を隠せなかった。
「これまで頑張ってたのに…。また引きこもっちゃうのかな?」妻が心配そうに漏らす。
「まだ決めつけるなよ。今日は疲れてるだけかもしれない。」俺はそう言いつつも、自分の中でも同じ不安が渦巻いていた。
しかし、それから数日経っても、兄は仕事に行こうとしなかった。
「もう無理だよ、俺。仕事なんかできる人間じゃないんだ。」
兄はそう言いながら、俺の顔を見ようとしなかった。
「兄貴、そんなこと言うなよ。一度のミスくらい誰にだってあるだろ?」
「お前にはわからないよ!」兄の声が震え、俺の言葉を遮った。
「俺みたいな奴が社会に出たところで、邪魔にしかならないんだよ…。」
兄の目には涙が浮かんでいた。それを見て、俺はどう言葉をかければいいのかわからなかった。
兄が再び部屋にこもりがちになって数日が経った。俺は何とか打開策を見つけるべく、インターネットで「引きこもり支援」について調べ始めた。
「こんなところがあるんだな…」
彼が見つけたのは、地元で引きこもりや社会復帰支援を行うNPO法人のサイトだった。活動内容には、個別カウンセリングや少人数の作業活動が記されている。
「兄貴に合うかわからないけど…」
俺は迷いながらも、翌日その団体に電話をかけた。
数日後、俺は団体のスタッフと直接会い、状況を説明することにした。オフィスはアットホームな雰囲気で、スタッフの女性・中村が穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「ご兄弟のこと、大変ですね。でも、お兄さんがここに来られるかどうかは、本人の気持ち次第なんです。」
中村の言葉に、俺は思わずため息をついた。
「そうですよね…。でも、兄貴にもう一度何かを始めるきっかけを作ってやりたいんです。」
「まずは、ご家族ができる範囲で寄り添ってみましょう。それと、無理に連れてくるのではなく、選択肢として提示する形がいいかもしれません。」
その日の帰り道、俺は中村からもらったパンフレットを握りしめながら、どうやって兄に話を切り出すべきか考えていた。
家に帰り、兄の部屋の前で足を止める。中からは以前と変わらずゲームの音が響いている。
「兄貴、少し話があるんだけど。」
返事はなかったが、俺は静かに続けた。
「近くに支援団体があってさ、同じように悩んでる人たちが集まってるんだ。そこに行ってみないか?」
数秒の沈黙の後、兄がぼそっと答えた。「…そんなとこ行ったって、俺なんか相手にされないだろ。」
「相手にされるかどうかはわからない。でも、俺も一緒に行くからさ。」
俺はパンフレットを兄の部屋のドアにそっと差し入れた。「これ、置いとくから読んでみてくれよ。」
翌日、俺が仕事から帰ると、兄がリビングでパンフレットを手にしていた。その顔にはまだ迷いが残っていたが、いつもより少しだけ希望の光が見えるようだった。
「…とりあえず話だけ聞いてみるよ。」
その言葉を聞いた瞬間、俺は胸が熱くなるのを感じた。
「わかった。一緒に行こう。」
「こんなところがあるんだな…」
彼が見つけたのは、地元で引きこもりや社会復帰支援を行うNPO法人のサイトだった。活動内容には、個別カウンセリングや少人数の作業活動が記されている。
「兄貴に合うかわからないけど…」
俺は迷いながらも、翌日その団体に電話をかけた。
数日後、俺は団体のスタッフと直接会い、状況を説明することにした。オフィスはアットホームな雰囲気で、スタッフの女性・中村が穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「ご兄弟のこと、大変ですね。でも、お兄さんがここに来られるかどうかは、本人の気持ち次第なんです。」
中村の言葉に、俺は思わずため息をついた。
「そうですよね…。でも、兄貴にもう一度何かを始めるきっかけを作ってやりたいんです。」
「まずは、ご家族ができる範囲で寄り添ってみましょう。それと、無理に連れてくるのではなく、選択肢として提示する形がいいかもしれません。」
その日の帰り道、俺は中村からもらったパンフレットを握りしめながら、どうやって兄に話を切り出すべきか考えていた。
家に帰り、兄の部屋の前で足を止める。中からは以前と変わらずゲームの音が響いている。
「兄貴、少し話があるんだけど。」
返事はなかったが、俺は静かに続けた。
「近くに支援団体があってさ、同じように悩んでる人たちが集まってるんだ。そこに行ってみないか?」
数秒の沈黙の後、兄がぼそっと答えた。「…そんなとこ行ったって、俺なんか相手にされないだろ。」
「相手にされるかどうかはわからない。でも、俺も一緒に行くからさ。」
俺はパンフレットを兄の部屋のドアにそっと差し入れた。「これ、置いとくから読んでみてくれよ。」
翌日、俺が仕事から帰ると、兄がリビングでパンフレットを手にしていた。その顔にはまだ迷いが残っていたが、いつもより少しだけ希望の光が見えるようだった。
「…とりあえず話だけ聞いてみるよ。」
その言葉を聞いた瞬間、俺は胸が熱くなるのを感じた。
「わかった。一緒に行こう。」
兄が支援団体の活動に参加することになった日、俺は彼を車でオフィスまで送った。助手席に座る兄は、ずっと窓の外を見つめている。緊張しているのが表情や手の動きから伝わってきた。
「気楽に行こう。話を聞くだけでいいんだし、無理に何かをする必要はない。」
俺はそう声をかけたが、兄はただ「わかった」と短く答えただけだった。
支援団体のオフィスはアットホームな雰囲気で、少人数の参加者が簡単な作業をしたり、お茶を飲みながら雑談をしていた。スタッフの中村が迎えてくれると、兄は少しだけ緊張をほぐした様子だった。
「こんにちは、お兄さん。今日はお話ししたいことがあれば、何でも聞かせてくださいね。」
中村は優しい笑顔を向けたが、兄はぎこちなく頷くだけだった。
その日は個別のカウンセリングが行われることになった。中村と静かな部屋で向き合う兄は、始めはただ黙っていた。中村も急かさず、じっと待つ姿勢を貫いていた。
「…何を話せばいいかわからない。」
兄がぽつりと呟いたのは、10分ほどが経った頃だった。
「何でも大丈夫です。今感じていることでも、昔のことでも。」
中村の柔らかな声が部屋に響く。
兄はしばらく考え込んでいたが、やがて重い口を開いた。
「…俺、大学を出たあと、最初の就職に失敗して。それがずっと頭から離れないんだ。」
彼は、就職活動の時のことを少しずつ語り始めた。何十社も受けて落ち続けたこと、同級生たちが次々と内定を決めていく中で自分だけが取り残されている感覚。両親や周囲の期待が重圧となり、最終的には面接の場でもうまく話せなくなっていったこと。
「そのうち、もう外に出るのが怖くなった。誰かに見られるだけで、俺が失敗したことが全部バレる気がして…。」
兄の声は次第に震え、目には涙が浮かんでいた。それでも、彼は続けた。
「家にいると母さんが何も言わずに世話をしてくれるから、それに甘えてた。でも、本当は自分でもわかってたんだ。このままじゃダメだって。」
中村は兄の言葉を遮ることなく、ただ静かに頷いていた。そして、彼が話し終えると優しく語りかけた。
「それだけのことを抱えていたら、怖くなって当然です。でも、お兄さんがこうして話してくれたこと、それ自体が大きな一歩なんですよ。」
「…本当にそう思う?」
兄は弱々しく尋ねた。
「もちろんです。今の気持ちを外に出すことが、これから進む道の始まりになりますから。」
カウンセリングを終えた兄は、少し疲れた様子だったが、どこか安堵しているようにも見えた。帰り道、助手席に座る彼がぽつりと呟いた。
「…話してみると、少しだけ楽になった気がする。」
俺はそれを聞いて笑った。「それなら良かった。また行こうな。」
兄は小さく頷き、窓の外に目を向けた。彼の顔にはほんのわずかだが、前を向こうとする意志が感じられた。
「気楽に行こう。話を聞くだけでいいんだし、無理に何かをする必要はない。」
俺はそう声をかけたが、兄はただ「わかった」と短く答えただけだった。
支援団体のオフィスはアットホームな雰囲気で、少人数の参加者が簡単な作業をしたり、お茶を飲みながら雑談をしていた。スタッフの中村が迎えてくれると、兄は少しだけ緊張をほぐした様子だった。
「こんにちは、お兄さん。今日はお話ししたいことがあれば、何でも聞かせてくださいね。」
中村は優しい笑顔を向けたが、兄はぎこちなく頷くだけだった。
その日は個別のカウンセリングが行われることになった。中村と静かな部屋で向き合う兄は、始めはただ黙っていた。中村も急かさず、じっと待つ姿勢を貫いていた。
「…何を話せばいいかわからない。」
兄がぽつりと呟いたのは、10分ほどが経った頃だった。
「何でも大丈夫です。今感じていることでも、昔のことでも。」
中村の柔らかな声が部屋に響く。
兄はしばらく考え込んでいたが、やがて重い口を開いた。
「…俺、大学を出たあと、最初の就職に失敗して。それがずっと頭から離れないんだ。」
彼は、就職活動の時のことを少しずつ語り始めた。何十社も受けて落ち続けたこと、同級生たちが次々と内定を決めていく中で自分だけが取り残されている感覚。両親や周囲の期待が重圧となり、最終的には面接の場でもうまく話せなくなっていったこと。
「そのうち、もう外に出るのが怖くなった。誰かに見られるだけで、俺が失敗したことが全部バレる気がして…。」
兄の声は次第に震え、目には涙が浮かんでいた。それでも、彼は続けた。
「家にいると母さんが何も言わずに世話をしてくれるから、それに甘えてた。でも、本当は自分でもわかってたんだ。このままじゃダメだって。」
中村は兄の言葉を遮ることなく、ただ静かに頷いていた。そして、彼が話し終えると優しく語りかけた。
「それだけのことを抱えていたら、怖くなって当然です。でも、お兄さんがこうして話してくれたこと、それ自体が大きな一歩なんですよ。」
「…本当にそう思う?」
兄は弱々しく尋ねた。
「もちろんです。今の気持ちを外に出すことが、これから進む道の始まりになりますから。」
カウンセリングを終えた兄は、少し疲れた様子だったが、どこか安堵しているようにも見えた。帰り道、助手席に座る彼がぽつりと呟いた。
「…話してみると、少しだけ楽になった気がする。」
俺はそれを聞いて笑った。「それなら良かった。また行こうな。」
兄は小さく頷き、窓の外に目を向けた。彼の顔にはほんのわずかだが、前を向こうとする意志が感じられた。
次のセッションの日、俺は再び兄を支援団体のオフィスまで車で送ることになった。助手席に座る兄は、前回ほど緊張している様子はなかったものの、少し落ち着かない手つきでパンフレットをいじっていた。
「無理しなくていいからな。前みたいに話を聞くだけでも十分だと思う。」
俺がそう声をかけると、兄は小さく頷いた。
オフィスに到着すると、兄は前回のセッションで会った人たちに軽く会釈をした。その姿を見て、俺は少しホッとした。初対面の時よりも、彼の表情は幾分か柔らかくなっている。
今回のテーマは「自分が変わりたいと思うこと」だった。中村が進行役として、参加者に話を振っていく。ある参加者がこう語り始めた。
「私は、自分に自信が持てなくて、何かを始めるのがいつも怖いんです。結局、何もしないままで時間だけが過ぎてしまって…それが一番辛いです。」
その言葉に、兄が深く頷いているのが見えた。
兄の番が回ってくると、彼は少し考え込んでから話し始めた。
「俺も、ずっと何もしないままでいたんです。何をするにしても失敗するって思って…。でも、それが続くと、どんどん自分が小さくなる気がして。」
他の参加者たちは頷きながら彼の言葉を聞いていた。ある男性がこう言った。
「わかるよ。俺もそうだった。でも、こうやって少しずつでも外に出て話すだけで、変わるきっかけになると思う。」
その言葉に、兄は驚いたような顔をして「そうなのかな…」と小さく呟いた。
セッションの後、兄はその男性と話をするようになった。彼もまた、数年前まで引きこもり生活を送っていたが、支援団体を通じて少しずつ社会復帰を果たしたという。
「最初は何もできなかったけど、できる範囲のことを続けていたら、だんだんと前に進めるようになったよ。」
その話を聞きながら、兄は「俺もやれるかな…」とポツリとつぶやいた。
「絶対にやれるさ。」男性が力強く答えると、兄は少し照れくさそうに笑った。
帰りの車の中で、兄は静かにこう言った。
「…俺、まだ自信はないけど、ちょっとずつ何かをやってみようかなって思うよ。」
俺はその言葉に心の中でガッツポーズをした。「いいじゃないか。焦らず、できることをやっていこう。」
「無理しなくていいからな。前みたいに話を聞くだけでも十分だと思う。」
俺がそう声をかけると、兄は小さく頷いた。
オフィスに到着すると、兄は前回のセッションで会った人たちに軽く会釈をした。その姿を見て、俺は少しホッとした。初対面の時よりも、彼の表情は幾分か柔らかくなっている。
今回のテーマは「自分が変わりたいと思うこと」だった。中村が進行役として、参加者に話を振っていく。ある参加者がこう語り始めた。
「私は、自分に自信が持てなくて、何かを始めるのがいつも怖いんです。結局、何もしないままで時間だけが過ぎてしまって…それが一番辛いです。」
その言葉に、兄が深く頷いているのが見えた。
兄の番が回ってくると、彼は少し考え込んでから話し始めた。
「俺も、ずっと何もしないままでいたんです。何をするにしても失敗するって思って…。でも、それが続くと、どんどん自分が小さくなる気がして。」
他の参加者たちは頷きながら彼の言葉を聞いていた。ある男性がこう言った。
「わかるよ。俺もそうだった。でも、こうやって少しずつでも外に出て話すだけで、変わるきっかけになると思う。」
その言葉に、兄は驚いたような顔をして「そうなのかな…」と小さく呟いた。
セッションの後、兄はその男性と話をするようになった。彼もまた、数年前まで引きこもり生活を送っていたが、支援団体を通じて少しずつ社会復帰を果たしたという。
「最初は何もできなかったけど、できる範囲のことを続けていたら、だんだんと前に進めるようになったよ。」
その話を聞きながら、兄は「俺もやれるかな…」とポツリとつぶやいた。
「絶対にやれるさ。」男性が力強く答えると、兄は少し照れくさそうに笑った。
帰りの車の中で、兄は静かにこう言った。
「…俺、まだ自信はないけど、ちょっとずつ何かをやってみようかなって思うよ。」
俺はその言葉に心の中でガッツポーズをした。「いいじゃないか。焦らず、できることをやっていこう。」
職業訓練校の見学
数日後、俺は兄と一緒に職業訓練校の見学に足を運んだ。校舎は古いが、中の教室では意外にも若い学生から中年の人まで、さまざまな年齢層がパソコンの画面に向かって作業している。
受付の職員が笑顔で声をかけてくれた。
「見学ですね。Webデザイン基礎講座でしたら、ちょうど実習中なのでご案内しますよ。」
兄は少し緊張した面持ちで、俺の後ろをついて歩く。教室に入ると、十数人ほどの受講生が講師の話を熱心に聞いていた。フォトショップらしきソフトを開いてデザイン作業に取り組んでいる。ちらりと覗き込んだ兄の顔を見ると、どこか好奇心が混じったような表情だった。
見学を終えると、受付の職員がプログラム内容や受講料、期間などを説明してくれた。兄はメモを取りながら、真剣に耳を傾けている。
「結構、長期のコースなんだな…でも、やってみたい気持ちはある。」
「兄貴が本気なら、家族で協力するよ。母さんも父さんも喜ぶと思う。」
そう言うと、兄は照れくさそうに「サンキュ」と呟いた。ほんの少しだが、昔の明るい兄の雰囲気が戻ってきた気がした。
最初の一歩
職業訓練校に通い始めた最初の週、兄はまだ慣れない環境に戸惑いを見せながらも、毎朝決まった時間に起きて通学を続けていた。夜には家に帰ってから講義で習ったことを復習する姿も見かける。
「どうだ?授業、ついていけそうか?」
俺が声をかけると、兄は苦笑しながら返してきた。
「まあ、想像以上に大変だけど、面白いよ。ソフトの使い方を覚えるのも時間かかるし、デザインのセンスが問われるからな…。でも、一日終わると達成感があるんだ。」
その言葉に、俺は心底嬉しくなった。兄が自ら大変だと感じつつも「面白い」と言えること、それ自体が大きな進歩だと思えた。
小さな成功体験と葛藤
ある週末、兄は家で実習課題をしていた。簡単なバナー広告を作るという課題らしい。画面に向かって黙々と作業を続け、ようやくひとつ完成させたとき、兄は声を上げた。
「できた…!見てくれよ。」
俺が画面を見ると、まだ素人っぽさはあるものの、ちゃんとしたバナーができていた。テーマは「地元名産のリンゴ」の宣伝。真っ赤なリンゴに白い文字が映えて、見栄えも悪くない。
「いいじゃん。ちゃんと広告っぽいぞ。」
俺が褒めると、兄は恥ずかしそうにしつつも、満更でもなさそうだった。
だが、次の瞬間、兄の表情が曇った。
「でもさ…これが仕事になるのか、まだよくわからないんだ。いくら勉強しても、就職できるかどうかわからないし…また失敗するんじゃないかって不安になる。」
「先のことは誰にもわからないけど、やってみないと始まらないだろ?それに、前の倉庫のバイトだって一時は辞めたけど、そこからこうして別の道を見つけられたんだからさ。」
そう言うと、兄は小さく息を吐いて笑った。
「そうだな…。今はとにかくやれることをやってみるよ。」
これからの道
兄が新たな挑戦を始めてから数か月が経過した。彼は職業訓練校に通う日々の中で、少しずつだが新しい知識を身につけ、今まで知らなかった自分の可能性に触れ始めている。
授業でわからないところを仲間と教え合ううちに、人とコミュニケーションを取る機会が増えた。
作った作品を講師やクラスメイトに評価してもらい、成功体験や挫折を重ねながら少しずつ自信が芽生え始めている。
家族も、兄の努力を認めながら、無理のない範囲でサポートを続けている。
もちろん、不安や焦りがゼロになったわけではない。それでも、兄は「今度こそは逃げない」という気持ちを、少しずつ強くしているように見えた。
俺はそんな兄の姿を見守りながら、「家族ってのは、こうやって支え合っていくもんなんだな」と改めて思う。兄が再びつまずくことだって、もちろんあるかもしれない。それでも、一度歩み出した道を続けていけば、きっと今よりは前に進めるはずだと信じている。
数日後、俺は兄と一緒に職業訓練校の見学に足を運んだ。校舎は古いが、中の教室では意外にも若い学生から中年の人まで、さまざまな年齢層がパソコンの画面に向かって作業している。
受付の職員が笑顔で声をかけてくれた。
「見学ですね。Webデザイン基礎講座でしたら、ちょうど実習中なのでご案内しますよ。」
兄は少し緊張した面持ちで、俺の後ろをついて歩く。教室に入ると、十数人ほどの受講生が講師の話を熱心に聞いていた。フォトショップらしきソフトを開いてデザイン作業に取り組んでいる。ちらりと覗き込んだ兄の顔を見ると、どこか好奇心が混じったような表情だった。
見学を終えると、受付の職員がプログラム内容や受講料、期間などを説明してくれた。兄はメモを取りながら、真剣に耳を傾けている。
「結構、長期のコースなんだな…でも、やってみたい気持ちはある。」
「兄貴が本気なら、家族で協力するよ。母さんも父さんも喜ぶと思う。」
そう言うと、兄は照れくさそうに「サンキュ」と呟いた。ほんの少しだが、昔の明るい兄の雰囲気が戻ってきた気がした。
最初の一歩
職業訓練校に通い始めた最初の週、兄はまだ慣れない環境に戸惑いを見せながらも、毎朝決まった時間に起きて通学を続けていた。夜には家に帰ってから講義で習ったことを復習する姿も見かける。
「どうだ?授業、ついていけそうか?」
俺が声をかけると、兄は苦笑しながら返してきた。
「まあ、想像以上に大変だけど、面白いよ。ソフトの使い方を覚えるのも時間かかるし、デザインのセンスが問われるからな…。でも、一日終わると達成感があるんだ。」
その言葉に、俺は心底嬉しくなった。兄が自ら大変だと感じつつも「面白い」と言えること、それ自体が大きな進歩だと思えた。
小さな成功体験と葛藤
ある週末、兄は家で実習課題をしていた。簡単なバナー広告を作るという課題らしい。画面に向かって黙々と作業を続け、ようやくひとつ完成させたとき、兄は声を上げた。
「できた…!見てくれよ。」
俺が画面を見ると、まだ素人っぽさはあるものの、ちゃんとしたバナーができていた。テーマは「地元名産のリンゴ」の宣伝。真っ赤なリンゴに白い文字が映えて、見栄えも悪くない。
「いいじゃん。ちゃんと広告っぽいぞ。」
俺が褒めると、兄は恥ずかしそうにしつつも、満更でもなさそうだった。
だが、次の瞬間、兄の表情が曇った。
「でもさ…これが仕事になるのか、まだよくわからないんだ。いくら勉強しても、就職できるかどうかわからないし…また失敗するんじゃないかって不安になる。」
「先のことは誰にもわからないけど、やってみないと始まらないだろ?それに、前の倉庫のバイトだって一時は辞めたけど、そこからこうして別の道を見つけられたんだからさ。」
そう言うと、兄は小さく息を吐いて笑った。
「そうだな…。今はとにかくやれることをやってみるよ。」
これからの道
兄が新たな挑戦を始めてから数か月が経過した。彼は職業訓練校に通う日々の中で、少しずつだが新しい知識を身につけ、今まで知らなかった自分の可能性に触れ始めている。
授業でわからないところを仲間と教え合ううちに、人とコミュニケーションを取る機会が増えた。
作った作品を講師やクラスメイトに評価してもらい、成功体験や挫折を重ねながら少しずつ自信が芽生え始めている。
家族も、兄の努力を認めながら、無理のない範囲でサポートを続けている。
もちろん、不安や焦りがゼロになったわけではない。それでも、兄は「今度こそは逃げない」という気持ちを、少しずつ強くしているように見えた。
俺はそんな兄の姿を見守りながら、「家族ってのは、こうやって支え合っていくもんなんだな」と改めて思う。兄が再びつまずくことだって、もちろんあるかもしれない。それでも、一度歩み出した道を続けていけば、きっと今よりは前に進めるはずだと信じている。