眩しく輝いたフラッシュライトが、ボクを照らしだす。スピーカーから弾けたイントロに合わせて、パンッ!と火柱が上がった。ボクは髪を両手で撫でつけ、ゆっくりと踏み出す。衣装の襟元についた青薔薇のコサージュが、きらりと光る。ボクの耳に響くのは音と、世界中から集まったペンたちの歓声だけ。
ボクはスカイドームの舞台にいる。カウントダウンでみんなに会えるのが嬉しすぎて、また太った……うぅ、さすがにごめんよ。Blazerのみんな……。
マイクを握りしめて、唇に近付ける。まずはしっとりと、デビュー曲から歌おう。あたりが暗くなって、みんなの歓声が、名前を呼ぶ声が、少しずつ小さくなる。
ゆったりと歌い始めた声に、ボクの心は高鳴る。ボクの親友……かけがえのない人。目配せをすると、彼も気付いてにっこりと微笑んだ。君とこの舞台にいることが、何よりも幸せだ。ボクはマイクを握りしめて、アクアブルーのペンライトがゆれる海を見つめた。
こんな幸せを。たくさんの人に愛される自分を。想像もできなかった。
――十七才のボクは。
◆
「……あー、朝から気分わりぃ」
松田|流威斗《るいと》はそう呟いて、ぷはーっと煙を吐いた。ボクはトイレの床に正座して、彼の顔色をこわごわと見る。夏なのにじっとりと冷たい床のタイル。古くて掃除が行き届かないせいで、鼻をつく尿石の匂い。慣れ親しんだ汚い男子トイレで、ボクは死刑を待つ人のような気分でいた。
「ご、ごめん……」
「俺は何て言ったっけ?」
「え、えっと……二人分の英語の書き取り、しろって。……でっ」
答えた瞬間、頭を思い切り蹴飛ばされる。床に転がった頭を、上履きの踵がぐりぐりと踏み付けた。
(うわ、なんか濡れてる……尿はね!?)
顔がじっとり濡れる感触。つんとした匂い。ボクはなるべく頭を動かして、床の尿はねから離れようとする。
「何逃げようとしてんだよ」
「ぐぇっ」
足にさらに力が籠もった。努力空しく、ボクの顔は小便器のそばの尿はねに
べったりとつく。
「おいブタ、テメェの課題出しな」
松田は小便器の『中に』捨てられた、ボクのリュックを勝手に漁った。ボクの宿題を取ってしまう。窓辺に座ってタバコをふかしていた不良が「やりすぎんなよー」と笑った。
「じゃ、居残りよろしくー。返事は?」
「……ブ、ブゥー……」
ボクは汚れた床に顔を埋めて答える。二人が出て行くと、やっと体を起こせた。顔にも制服にもべっとりと尿が濡れて、すごくみじめな気分だ。
◆
ボクは独りで、誰もいなくなった夕暮れの教室に座っている。英語の先生はとても怒って、ボクに二倍の分量の書きとりを命じた。当然だよね。金曜日に出されたから、二日の時間があるのを、ボクだけ出さないんだから。シャーペンを動かす音に、先生が怒鳴った声の残響が重なる。
『……ハァー。今村、お前こんな簡単な宿題もやらないで、将来どうするんだ?』
うなだれるボクに、教室のあちこちからせせら笑う声が突き刺さった。恥ずかしくて、悲しくて、消えてしまいたかった。――ボクはちゃんと宿題をやったのに!悔しい気持ちが今さら蘇って、ボクは自分の太ももをぼこりと殴った。……脂肪のおかげで、全然痛くなかった。情けない。ちゃんと言い返すこともできないで。自分を痛めつけることで、反論したような気になって。ボクは本当に、松田の言う通り……弱虫の、ブタだ。
「……うっ」
ノートにぽたりと涙が落ちて、じわじわと染みを作る。ボクはごしごしと目元をぬぐって、また黙々と英単語の書きとりをした。
これが、ボクの……十七才の今村大樹の、日常だった。
◆
とっぷりと暗くなった夜道を歩く。商店街もほとんどシャッターが下りて、静まり返った道にのびるのは、ボクの影だけ。
(遅くなっちゃった……母ちゃん、もう家にいるかな)
濡れたリュックが、ずっしりと重い。オシッコの匂いが残らないように洗ったから、ばれないはずだけど……。帰宅部なのにこんな時間、どう言い訳しよう。ボクの家は春島商店街の中にある。ガラスのパサージュに覆われた道に、商店や病院が軒を連ねる。ボクの家は焼き肉屋で、薬局のとなりにあった。お客様は胃がもたれても、おとなりで薬を買えるという寸法だ。
『肉食楽』と書かれた看板を見上げて、ボクはまたため息を吐く。
(せめてやせてたら”共食い”なんて言われないのに……)
お店の横にある錆びた階段を、ふうふうと息を切らしながら上る。ぼろぼろの玄関を開けると、温かい料理の香りに包まれた。
「おかえり、大樹。遅かったねぇ」
母ちゃんはふり向いて「もうすぐご飯できるよ」と笑った。頭の後ろで結われた、ぱさついた金髪から、油の匂いがする。一日働いた、血管の浮いた手が葱を刻むのを見ると、なぜか強い罪悪感を覚えた。
「自習かい?疲れたろ、お腹いっぱい食べな」
「う、うん……」
ボクは目を合わせられなくて、リュックを抱えてそそくさとベランダに出た。学校用具を出して、まだびしょ濡れのリュックを物陰に干す。
「なんか頭ぐらぐらしてきた……今日のご飯なに?」
「鯖の味噌煮だよ。魚国さんから貰ったから……」
「えぇー、サカナ?食欲出ないよぉ!」
「しょうがないだろ。肉は全部お客さんに出すんだから。それに魚は健康にいいんだよ」
鍋を洗う母ちゃんは、ボクの我侭を怒らなかった。
「しょうがないから食べるけどさあ……」
ボクはぶつくさ文句を言いながら、ちゃぶ台についた。魚屋さんが無料でくれた鯖に箸をつける。ほろりと身解れのいい鯖は、甘辛い味噌がからんで、とてもおいしい。さすがに母ちゃんは料理上手だ。……おいしい。ボクが食べている間、母ちゃんは繕い物をしていた。セーターの穴に、カラフルな毛糸がちまちまと通される。新しいのを買って欲しいのになぁ……。
「あ、あのね。母ちゃん……ボクね」
箸を置くと、母ちゃんは繕う手を止めた。黙って、ボクの言葉を待ってくれる。
「ボク……」
言えなかった。学校で苛められてるなんて。ちっぽけなプライドが、ボクの口を重くした。
「やっぱりいい」
ボクはぷいと洗面所に入った。多分様子がおかしいなと思ったろう。でも聞かないでくれる。それが母ちゃんの優しさだった。
その夜。ボクは久しぶりに布団の中で泣いた。母ちゃん、ごめんね!ボクは勉強も運動もダメで、やり返すこともできない、弱虫な息子なんだ。母ちゃんが作ってくれたお弁当がトイレに流されるのも、何もできないで見てるだけなんだ!学校のことを思うと、目尻がじわりと熱くなる。
どこに行ってもいじわるな子がいた。よくて仲間外れ。悪くて……苗字に菌が付いた。苛めっ子はみんなボクの机にタッチして。汚ねえ、菌がうつると笑いながら逃げる子たちを追いかける。先生がいない休み時間はそんな遊びが流行ってた。ドッジボールはいつも狙い撃ち。優しい子だって、ボクがいつもやり返さないから、自分も苛められるのが段々恐くなって。それで……いつのまにか、ぽつんと独りぼっちになる。もう友達の作り方も思い出せないや。……また辛くなってきて、ずずっと鼻水をすする。――明日はもうちょっと、マシな一日でありますように。ボクはそう願って、目を閉じた。
その夜。ボクはちょっとおかしな夢を見た。
ボクは綺麗な服を着て、きらきらした光の中にいて。とても幸せな気分で笑っていた……。
◆
洗面所のひび割れた鏡に映るのは、何もいい所なしの太っちょ高校生だ。……うぅ、目の周りがますます腫れぼったい。今日は一段と太って見えるなあ。
「……あれっ?」
制服のズボンを履こうとして、尻が引っかかる。
「ふんっ!」
無理に押しこめると、ボタンが弾け飛んだ。
「また太った……?どうしよう……」
とりあえず生地を輪ゴムで縛る。松田に見つかったらずり下ろされて、みんなの前で恥かくんだろうな。今から想像できて、げんなりするよ……。
「大ちゃん」
ちゃぶ台につくと、母ちゃんが呼んだ。ちゃん付けで呼ぶ時は、大事な話がある時だ。ボクは思わず背すじをのばす。
「……転校しな。優しい子たちがいる学校、母ちゃんが探してあげるから」
ばれてたんだ!顔にかあっと熱がこもる。でも母ちゃんは決して言葉にしなかった。ただいつもの優しい微笑みで、ボクを見つめるだけだった。
「高校で転校するのは大変だけど……通信だってあるんだし。何とでもなるよ。あと、そのズボンは置いて行きな。ゴムを替えておいてあげるから」
「母ちゃん……」
目にじわりと涙がにじむ。母ちゃんも照れくさいのか「早く食べな」とそっぽを向いた。
◆
しかし今日も学校に行かないといけない。なんと予測は外れて、ボクはゴミ箱に逆さに放りこまれてしまった。外で野次馬の女子たちが呆れたように話す声が聞こえる。
「なにあれ?」
「“パシリボーリング”だってさ。松田もくっだらないこと考えるよね」
「危ないよね。先生に言った方がいいかな」
「無駄でしょ」
ボクも心の中で(そうだよ)と同意する。
「いーち、にーい……」
松田はカウントしながら、蓋を押さえている。学校というほとんど紙くずなのが不幸中の幸い、尿はねよりはマシ!でも暑いし苦しい!ボクは紙くずの中で脚をちょっとばたつかせて、無駄な抵抗を試みる。
「さんっ……!」
勢いよく蹴飛ばされたゴミ箱は、ごろごろと回転しながら階段を落ちていく。
「キャー!」
ボクは女子みたいな悲鳴を上げて、ぐるぐる回るのに耐えた。ゴミ箱は壁に当たって、やっと止まる。どうにか蓋を足で押し上げ、外に出た。
「おぇぇ、気持ち悪っ……」
まだ世界が揺れている。床にへたばって目を回すボクのそばで、松田たちは賭け金を倍にして「もう一回やろうぜ!」と騒いでいた。グロッキーになりながら床を這っていたボクは、襟首をつかまれて「ぐえっ」と潰れた声を出す。……またゴミ箱に突っ込まれたボクは、昼休みいっぱい転がされた。
◆
「ひどい目に遭った……やっとお弁当食べられる」
放課後。ボクは焼却炉の影に座りこんで、お弁当を食べ始めた。どれどれ、今日のおかずは……ししとうとしらすの炒め物、卵焼き、トマトと豆腐のサラダ……肉がない!ボクはがっくりとうなだれる。母ちゃんもボクのひm……ぽっちゃり体型を心配してるんだな。
「う、何か体から生ゴミの匂いがする気が……」
ボクはもぐもぐ食べながら、制服の袖を引っぱってかいでみる。ゴミ箱ボーリングはもうごめんだ!
「転校先にも松田みたいな子がいたら……だめだめ、ネガティブは!」
頭をぶんぶんとふって、嫌な考えを吹き飛ばす。ボクの悪いクセだ。お腹が空いてるからこんなことを考えるんだ。早く食べよう。ご飯を頬張った所で、遠くから「おーい……」と声がした。
「ああ、今村!お前こんな所に」
先生はボクを草むらに見つけて、ぐっと何かをこらえるような顔をした。嫌な予感が、じわじわと胸に広がっていく。
「お、落ち着いて聞いてくれ。……お前の、お母さんがな……」
世界が、ひっくり返るような感じがした。
◆
母ちゃんは横断歩道に出て……夏の暑さで、立ち眩みを起こしたらしい。ふらりと後ろへ倒れる。そこに運悪く、青信号を無視したトラックが滑りこんできた。
跳ね飛ばされた母ちゃんは、救急車が着いた時はもう息をしていなかったという。トラックの運転手は人を殺すなんて、夢にも思ってなかったと思う。運転手は魚国さんに叩き出されて、ボクに謝ることもできなかった。ボクは警察につきそわれて、パトカーに乗りこむ後ろ姿だけを見た。しょんぼりとうなだれた背中が、目に焼き付いている。……ボクは今でも、信号無視する車が大嫌いだ。
お葬式は、商店街の人たちがたくさん手伝ってくれた。おかげでボクは制服に喪章だけ付けて、突っ立っているだけでよかった。魚国さんも弁護士を連れてきてくれて、後のことは全部この人がやると言ってくれた。
(……母ちゃんって、全然お洒落しなかったんだな)
ボクは遺影を見つめて思う。遺影の中で母ちゃんは、化粧もしていない。年より老けた顔。水分のない髪。女手一つでボクを育てた苦労が、全身からにじみ出ている。それを見ていると、涙があふれてきた。
「母ちゃん……っ、うぅ、母ちゃんっ……!」
もう母ちゃんはいない。独りでがんばらないといけない。それも悲しいけど……貧しい家に生まれて、綺麗な服も着ないで、毎日働いて。いい思いをできなかった母ちゃんを思うと、あまり可哀想だった。
ボクのできが悪いから、将来が心配だったよね。いつもこっそり通帳を見て、ため息を吐いてたね。ボクに部屋をあげるために、自分は料理の匂いが染みついた四畳半の居間で寝ていたね。塾に行かせるお金がなくてごめんって謝ったね。ボクが水泳部をすぐ辞めた時も、社会で赤点ばっかりな時も怒らなかったね。
母ちゃん。誰にも頼れなくて、色んな苦労を重ねた母ちゃん。母ちゃん……!
「ここがユミの葬式かァ?」
馬鹿にしたような声に、はっと我に返る。ごしごしと袖で目元をぬぐって振り返る。ばたばたとうるさい足音が近付いてきて、扉からひょこっと顔を出す。
「よお、マイサン!」
ずかずかと入ってきたおじさんは、ボクの背中をばしばしと強めに叩いた。息がつまりそうになる。おじさんの言葉は籠っていて、すごく訛っている。葬式なのにムーディ勝山みたいな白スーツと蝶ネクタイ。笑顔だけど目には冷たい光があって、世間知らずの高校生にも一目でただ者じゃないと分かった。
「ど、どちらさまですか?」
「おいおい、鏡見たことねえのかよ。こんなそっくりなのに」
おじさんはどっかと座り、ボクの肩をつかんで顔を合わせる。
「俺はキム・グァンス。お前の親父さ」
「えっ……」
突然の父に、言葉をなくした。父ことキムさんは遺影を指さして「うわ、ユミのやつ超老けたな!」と大声で笑う。高級な装いでは隠し切れない下品さのにじみ出る人だ……。魚国さんがいたら怒鳴って叩き出している。
「父ちゃんは、ボクが産まれる前に死んだって……」
「ひっでーなあいつ!勝手に殺してんじゃねえよ!」
キムさんは腹を抱えて笑った。
「そりゃ、結婚してるって言わなかったのは謝るけどさあ!俺みてえに金持ってる男が独身なわけねえだろ!?バッカだよなあ?」
ボクはあっけにとられて、キムさんのそっくりらしい顔を見つめ返すことしかできない。
「あいつ、女優の卵でさ。演技力はねえけど、美人だし。そろそろ映画にでも出してやっかと思って。一発命中っ!マジびっくりしたぜー」
キムさんはボクの顔をまじまじと観察して「似てねぇ」と鼻を鳴らした。
「……どうして母ちゃんに、何もしなかったんですか?」
ボクはむらむらと腹がたってきた。
「えっ?だって俺家庭があるし。堕ろせって言ったんだぜ?苦労したいってんだから、自由にさせてやったんだよ」
顔も知らない父を、ボクはずっと想っていた。母ちゃんだって「素敵な人だった」って言ってたのに。足元が、がらがらと崩れていくようだった。ボクは辛うじて、意地だけで踏んばった。
「ま、苦労ばっかしておっ死んだのは可哀想だからよ。とりあえず……」
キムさんは銀色に光るアタッシュケースを出した。
「三億円だ。ま、口止め料ってことで。これでお別れしようぜ、マイサン」
「口止め……?」
「だって俺、娘いるもん。お前とちがって綺麗で頭がいいからさ。畑のタニシは潰すもんだろ?」
ボクはぐっと唇を噛んだ。言いたいことはたくさんある。でも怒るべきか、泣くべきか。わけが分からない。母ちゃんは……一回は好きになった人を、ボクに憎んで欲しくないかも。ボクが悩んでいるうち、キムさんはアタッシュケースを置いて腰を浮かせる。結局、最後まで手を合わせもしなかった。
「じゃ、元気でやれよ~」
キムさんはひらひらと手をふって、扉を開ける。ちょうど入ろうとした弔問客と、どんっと肩がぶつかる。
「チッ」
キムさんは舌打ちして、謝りもせずに立ち去った。
「……大丈夫か?」
視界に、綺麗に畳まれたハンカチが差し出される。ボクは「すいません」と謝って、それを受けとった。目に押しあてると、微かに薄荷の香り。……母ちゃんも好きだった香りだ。胸がつきんと痛んで、またさみしさが喉をせり上がる。弔問客はボクの背中を、落ち着かせるようにゆっくりと撫でた。
「あ、ありがとうございます」
顔を上げると。完璧な美顔が目に飛びこんできた。色素の薄い灰色の瞳と、すっと通った鼻。ゆるくカールした茶髪を後ろで結っている。……知らない人だ。
「アンディ・ユンだ」
美男ことアンディさんはすっと手を差し出す。握手すると、彼はじっとボクの目を見た。
「お前のお母さんとは、何の関係もない。代わりにさっきの”あいつ”とは、まあ……浅からぬ因縁、ってものがある」
アンディさんは足を崩して、タバコに火を点けた。ここ禁煙なんだけど……。
「お前、これからどうする気だ?あの三億円を貰って、おとなしくするか?」
「……いやです」
ボクの答えに、アンディさんは「ほう」と目を細めた。ボクの腹の底で、じりじりと焦げる、初めての……怒り。母ちゃんの人生を。無意味なものにしたくない。
「ボクはっ……ボクは、あの人の息子だって、世間に知らしめたい」
「どうやって?」
聞き返されて、ボクはぐっと言葉につまる。アンディさんは煙を吐いて「記者に売りこんだ所で、握り潰されるぞ」と言った。
「あいつは金も権力もある。キム・グァンスはな、韓国で一番大きな芸能事務所……”Galaxy Studio”の代表だ」
「えっと、どこって?」
その答えに、アンディさんはげほげほと咳こんだ。
「おまっ……え、GLOWXは知ってるか?雷音少年は?まさか世界公演もするK-POPアイドルを知らないわけ……」
目を丸くするだけのボクに、アンディさんは「好きなアイドルは?」と質問を変えた。
「えっと、好きなアイドルは……いないです。でも嵐とか、Snowmanは知ってます!」
「……そうか、K-POPは全然知らないか」
アンディさんはタバコを携帯灰皿で押し潰して消した。
「いい方法があるぞ。お前の望みも叶うし、俺もキム・グァンスに復讐できる、最高にハッピーな方法だ」
アンディさんの口角が、にやりと上がる。後で知ったけど、悪いことを思い付く時の顔だ。
「――お前、K-POPアイドルになれ」
目を点にしたボクの肩をつかんで、アンディさんは言った。
「そして、誰もが無視できないスターになった時。……世界に向けて堂々と宣言してやるんだ。自分はキム・グァンスの息子だって」
この人は美男を見すぎて審美眼が狂ったんだろうか?ボクは正直、アンディさんの頭の健康を疑った。
でも……あんまりなアイデアに、すぐ『無理です』と答えられなかった。いや、アンディさんの強い眼差しに射抜かれると……なんだか、できるような気がしてしまった。
それに、冷静に考えよう。ほかにいい方法はあるかな?キムさんはお金もある。ボクがマスコミに名乗り出ても『あいつは嘘つきだ』って言えばいい。DNA鑑定だって絶対にさせないはずだ。でも、アイドルになれば?ボクに味方してくれる人だって出るかも。キムさんに近付くチャンスだってある。
「……できますか。ボクなんかにも」
「ああ。できる。俺がついてる」
ボクはぐっと拳を握りしめる。人生には必ず、踏んばらないといけない時が来る。ボク……今野大樹にとって、ここがそれだと思った。
「やります。ボクも……アイドルに、なります!」
その答えに、アンディさんは満足したようだった。ボクの肩をぽんと優しく叩く。
「ようこそ大樹。韓国B級アイドルの世界へ!」
……んん?B級?