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プロローグ

「ここで終わりだな。これで、全てが――」

 闇夜の中、一振りの短剣が鈍く輝く。男の声は冷たく響き、次の瞬間、標的の命を一瞬で奪った。その手には一切の迷いも、感情もなかった。

 俺の名前はレオン。"暗黒の死神"――そう呼ばれていたのも、今となっては過去の話だ。

 これまで数え切れないほどの命を奪い、多くの組織を壊滅させ、王族や貴族すらその標的から逃れられなかった。誰もが俺の存在を恐れ、俺の影を見ただけで震え上がる。

 だが、そんな人生にもう嫌気が差していた。

 殺すことでしか生きられない人生。信じられるものは誰もいない。金と血にまみれた日々――それが俺のすべてだった。

 俺はその全てを捨てた。

「もう暗殺者じゃない。これからはただの村人だ」

 その言葉を胸に、俺は世界の辺境にある小さな村に辿り着いた。人口わずか50人。平穏で、どこか懐かしい風景が広がるこの場所。

 この村で、第二の人生を始めることにした。暗殺者としての過去は捨て、穏やかな日々を送るんだ。

第一章:村人としての第一歩

 朝日が昇るころ、俺は村の小さな宿屋で目を覚ました。慣れない硬いベッドに少し腰が痛むが、贅沢を言ってはいけない。これも村人としての生活の一部だ。

 小さな部屋の窓から見える景色は、都会の喧騒や血生臭い任務とは全く違う。広がる青空、静かに流れる川の音、そして村人たちの楽しそうな笑い声。

「さて、今日はどうするかな」

 暗殺者としての生活とは正反対の、のんびりとした時間をどう過ごすかを考える。とりあえず、村長に挨拶し、村で何か手伝えることを探すことにした。

 宿屋を出て、砂利道を歩く。村人たちは素朴で親切だ。俺が新参者であるにもかかわらず、彼らは笑顔で挨拶を返してくれる。こんな平和な場所で、俺が何か役に立てることがあるだろうか?

「おはよう、レオンさん!」

 声をかけてきたのは、幼い少年だった。彼の名はアレン。この村では珍しいほど元気で、目がキラキラと輝いている。

「おはよう、アレン。今日は何をしているんだ?」

「川で魚を釣るんだ!でも、釣り竿が壊れちゃってさ……お父さんが直してくれるまで、見てるだけなんだ」

 彼の無邪気な笑顔を見ていると、過去の自分が恥ずかしくなる。俺もこんな純粋な気持ちで過ごせたら、どれだけ良かっただろうか。

 アレンとの会話を終え、村長の家へ向かう。その途中で、村の広場を横切ると、突然の悲鳴が響いた。

「魔物だ!逃げろ!」

 広場の奥から、獣のような唸り声と共に小型の魔物が現れた。体長は人間ほどだが、鋭い牙と爪を持ち、村人たちは逃げ惑っている。

 俺は咄嗟に走り出した。腰に隠し持っていた短剣を手に取り、無駄なく動く。

「くそ、手が勝手に動いちまう……!」

 刹那のうちに、魔物の首を跳ね飛ばした。広場には沈黙が訪れ、次の瞬間、村人たちの歓声が響く。

「す、すごい……!」
「レオンさん、あなた何者なの……?」

 俺は頭を掻きながら言い訳を考えるが、村人たちは目を輝かせて俺を見つめている。

「いや、その……昔ちょっと訓練をしていただけだよ」

 隠居生活、第一日目にしてこのざまだ。目立ちたくないのに、これからどうなることやら――。

(続く)



 隠居生活、第一日目にしてこのざまだ。目立ちたくないのに、これからどうなることやら――。

第二章:村人たちとの交流

 魔物事件の翌日、俺の名前は村中に広まっていた。

「レオンさん、おはようございます!」
「昨日は助けてくださって、本当にありがとうございます!」

 行く先々で村人たちが声をかけてくる。俺は何とか笑顔を作り、軽く頭を下げるのが精一杯だった。

 村人たちは俺を「頼れる存在」として見ているらしい。隠居生活を送るつもりだった俺にとって、この状況はなんとも複雑だ。

「レオンさん、少しお時間をいただけますか?」

 声をかけてきたのは村長のハルバートだった。彼は白い髭を撫でながら、優しい笑みを浮かべている。

「もちろんです。どうされました?」

「実は、村の南にある畑で少し問題が起きていましてね。あなたのような腕の立つ方に見ていただけると助かります」

 腕の立つ方、か。村長が俺の過去を知っているわけではないだろうが、その言葉に少しだけ胸がチクりと痛んだ。

「分かりました。何かお役に立てるかもしれません」

 こうして、俺は村の南にある畑に向かうことになった。途中で村人たちから声をかけられたり、差し入れを受け取ったりと、なんとも賑やかな道中だった。

第三章:畑の危機と隠された罠

 村の南に位置する畑は、広大で実り豊かな作物が育っていた。だが、一部の作物が荒らされている様子に、村長のハルバートは深刻そうな顔をしていた。

「最近、夜になると何者かが作物を荒らすんです。見張りを置いても、何も見つからなくて……」

「なるほど。人間か動物か、それとも魔物か……原因を突き止める必要がありますね」

 俺は地面に跪き、荒らされた痕跡を調べる。足跡や掘り返された土、噛み跡などを分析する中で、見慣れた気配を感じた。

(この痕跡……罠だな。誰かが意図的に仕掛けたものだ)

 それはただの動物の仕業ではない。人為的な意図を感じさせるものだった。だが、それをすぐに村長に伝えるのは得策ではないだろう。

「とりあえず、夜に見回りをしましょう。俺も一緒に来ます」

 そう言って、俺は村長と村の若者数人とともに、夜間の警戒を開始することになった。そして夜、月明かりの下、畑に潜む影が現れた。

(やはり……これはただの侵入者ではないな)

 その影は一瞬で俺たちに気づき、逃げようとする。しかし、俺の動きはそれよりも早かった。

「待て!」

 反射的に走り出し、その影を追い詰める。そして数秒後、その正体を暴くこととなった。

(続く)

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 影の正体は、意外にも村の外れに住む若い女性だった。ボロボロの服を着ており、痩せ細った体つきから生活の困窮が伺える。

「君は……誰だ?」

 俺の問いに、彼女は怯えた様子で答えた。

「私の名前はミリア……村の皆さんには内緒で、ここに住んでいました。でも食べ物がなくて……畑の作物を少しだけ分けてもらおうと……」

 その言葉に、村長や若者たちは顔を見合わせた。畑を荒らしていたのが魔物や盗賊ではなく、飢えた少女だったことに、誰もが驚きを隠せない。

「なるほど……事情は分かった。でも、勝手に作物を盗むのは良くないな」

 俺はそう言いながらも、彼女を責めるつもりはなかった。状況を見ていれば、彼女が追い詰められているのは明らかだった。

「ミリアさん、どうしてここに住むことになったのか、話してくれませんか?」

 彼女は少し躊躇った後、話し始めた。

「実は……私は元々この村の出身ではありません。隣国の戦争で家族を失い、行く宛てもなくて……ここにたどり着いたんです」

 その言葉に、村長は深く頷き、彼女の話をじっと聞いていた。

「分かった。村の者として、この子を放っておくわけにはいかないな。ミリアさん、今後は村の皆であなたを助けます。だからもう盗みはやめて、正直に言ってほしい」

 村長の言葉に、ミリアは泣きながら何度も頷いた。その姿を見て、俺は少しだけ胸が温かくなるのを感じた。

 こうして、畑を荒らしていた原因は解決した。そしてミリアが村で新たな生活を始めることで、また一つ村人たちとの繋がりが深まったのだった。

(続く)
ミリアの件が一件落着した数日後、村の平穏は戻ったかのように見えた。しかし、俺の胸の奥には妙な違和感が残っていた。畑にあった痕跡――あれがただの少女の仕業ではないことは明らかだ。

(あの罠の配置……誰かが計画的に仕掛けていた。ミリアの行動を隠れ蓑にして、何かを狙っている奴がいる)

 俺は夜な夜な一人で村の周辺を見回るようになった。暗殺者として培った感覚が、無視できない危険を警告している。

 そんなある夜、俺は村の外れにある森で新たな痕跡を見つけた。それは大きな足跡と、何者かが地面を掘り返した跡。さらに近づくと、木の影に微かな気配を感じた。

「誰だ?」

 低い声で問いかけると、影の中から現れたのは、全身黒ずくめの男だった。その顔には見覚えがある。

「……お前は……」

 男は口元を歪め、ゆっくりと短剣を抜いた。

「久しいな、死神(デスグリム)。俺たちの仲間にならず、こんな場所で隠居していたとはな」

「隠居するのに仲間が必要だとは知らなかったな」

 俺はあえて冷静な言葉を選びながら、目の前の男を観察する。こいつ一人ではない。気配からして、森の周囲には少なくとも五人は潜んでいる。

「俺たちは変わっていない。お前のような才能を見捨てるつもりはないだけだ。戻るなら見逃してやる。さもなくば――」

「その先は言わなくていい。どうせ聞くつもりもない」

 俺の返事を待たず、男は短剣を振りかざして突進してきた。その動きに呼応するように、周囲からも黒ずくめの連中が姿を現す。

(やはりか。最初から話し合うつもりなんてなかったんだな)

 俺は深呼吸し、一瞬で戦闘態勢に入った。短剣を握り直し、足音を立てないように地面を蹴る。まずはリーダー格の男の腕を狙い、鋭い一撃を繰り出した。

「ぐっ……!」

 男の短剣が地面に落ちる。だが、まだ終わらない。四方八方から襲いかかってくる敵を、俺は一人ずつ確実に無力化していった。

 過去の技術が身体の中に染みついているのを実感する。速さと正確さを求められるこの状況は、昔の俺が最も得意とするものだ。

 数分後、森の中には動けなくなった男たちが転がっていた。俺は彼らを木に縛りつけ、深い息をつく。

「次に来るときは、もっと強いのを連れてこい。それでも結果は変わらないがな」

 そう呟き、俺は森を後にした。

(これで終わりではない。奴らは必ずまた来る。それでも、俺はこの村を守るために戦い続けるしかない)

 村の明かりが見えたとき、俺は自分の中に湧き上がる決意を感じた。この平穏を守るためなら、どんな敵とも向き合う覚悟がある。

(続く)
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