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「いやあ、とても良いしらせがあったもんでね…」

愛美はトイレに閉じこもったまま出てこない。
俺は着衣の乱れを正して、仲介屋と向かえ合わせに座っている。
気まずい。
「本当に、失礼してしまいましたねえ。 いや、扉が開いてたんでね…」
ニヤニヤといやらしい顔をしている。
今日は下っ端のチンピラじゃなくて、上司に当たるやつがきた。
ちょっと怖そうな浅黒い中肉の中年男だ。
時折見える金歯が気持ち悪いが、あれはいくらするのだろう。

「・・・・・」
俺はむすっとして、横を向いた。
「良いしらせをお伝えしたら、早々に引き上げますんで…
どうぞ続きを遠慮なく…」
膝をこづいてきた。この年齢はどうしてこう下品なんだ。
まるで中学生並みじゃないか。

「で、立ち退き料の話なんですがね。我々の交渉の結果、
オーナーさんが200万円まで出してもいいって言ってるんですよ」
時代劇の越後屋のように、手で口元を押さえながら、
声を抑えてそう言うと、上目遣いでニヤリと笑った。
「ま、まじっすかー! 」
俺の大声にびっくりしたのか、トイレの愛美がトイレットペーパーホルダーを
ガシャンと鳴らした。

「我々も苦労したんですよ、オーナーさんはできるだけ安く抑えたいと言っているところを
説得したんですから」
恩着せがましいのが鼻につくが、当初の予定の100万の2倍ともなれば、
すべてが許せる。
「ありがとうございます。」
「その変わり、早くに出てってくださいよ。
オーナーさんが二週間以内に出てくれるならという条件でしぶしぶ納得したんだから」
「わかりました。二週間もあれば部屋なんてみつかりますよ」

「それにしても、あなたも結構怖い人なんですね。
うちの若いのが先日泣きながら戻ってきたと思ったら、
鼻の骨折られて全治一ヵ月半ですよ」
「いやあ、素人さんは怖いなあ… 」
さっきとは違う雰囲気の笑みを浮かべた。
ゾクリと背中が冷えた。
あの野郎、恥ずかしくて、俺に殴られたことにしてるのかよ。
報復とかこねえよな…。

そういえば…
「なあ、あんた俺に200万もくれるのは嬉しいけどよ。
隣りのじいさんが出て行くとは思えないぜ」
あんなに年をとってしまったら、金なんていらねえだろうしな。

仲介業者はしばしの沈黙の後…
「我々も生活がかかってるんでね、隣の沢田さんには
こちらでいい環境を整えて、移ってもらおうと思ってるんですけどねえ」
なんだかその言葉を聞いたとき、嫌な感じがした。

次の日、仲介業者は200万円を持ってやってきた。


(つづく)
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