魔国日記
カイザー・ユーリ著
浅井希 訳
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全ての罪なき人のために、俺はこの日記を訳す
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まず初めに言っておきたいのは、この日記はもともと英語で書かれたものだということだ。こう言っておかないと勘違いしてしまう人が、この日記の読者の中にいるかもしれない。だからあらかじめ言っておく。
もしかしたら、これからこの日記が、三日、一週間、一ヶ月だとか、ともすれば何年という単位で書き続けられ、また辛抱づよい読者がそれを読み続けていくうちに、自然に気づかれることもあるかもしれない。
この日記はもしかしたら訳文なんじゃないだろうか。
それも、英語で書かれたものを、誰かが日本語に訳しなおしたものなんじゃないだろうか。
だって、どこか日本語がおかしいもの。
英語っぽい言い回しが多いんだもの。
そういう勘のいい読者がいるかもしれない。
だけど、僕は、僕が自分からしっかりと「この日記はもともと僕が英語で書いたものだ」と宣言しなければ、誰もそのことに気づかない、という確信を持っている。
それはひとえに、浅井希の卓越した英語力にある。
浅井希。
僕の無二の親友であり、古典的経済学概論の授業のクラスメイトであり、この個人的な日記を日本語に直している男。
彼が英語を邦訳しているのだ。そこには少しだって、英語を日本語に直した時の違和感なんて生まれないだろう。まるで眠っている間に、体重も匂いも持たないコソ泥が部屋に忍び込んで、おまけに何も盗まず、ただ時計の針を十秒だけ進めて帰ったようなことなのだ。
驚くほど忍んでいて、自己主張なんてどこにもない。影も形もない。僕は浅井の書いた日本語を読むことはできないけど、(それこそが、僕が彼に日記の翻訳を頼んだ決定的な理由なのだ! 僕は日本語を話すことができるけれど、読むことは全く得意ではなく、さらに書くことに関してはめっぽう弱い)きっとそんな翻訳をするのだろうと確信している。そう確信できるほど、彼は気味が悪いほど流暢に英語を話す。彼が僕の言葉から取りこぼした意味なんて一つもないんだ。彼は日本人なのに。
しかし、勘違いしてもいいことはある。
僕が愚かで、言葉足らずで、ノータリンだっていう勘違いはされたっていい。それは仕方のないことだからだ。一部が事実であり、一部は歴史と文化の堆積だからだ。
それに対して、これが元は英語の文だっていうことは、やっぱり伝えておきたい。そっちの方が、君たちのページをめくる指に宿る興味が、強まるかもしれないから。
まあ、ここまでで述べたことは、正直な話、どうでもいいことなんだ。
この文章が何語から何語に訳されただとか、僕の友人がいかに英語に長けているかとか、そういうことには誰も興味はないだろう。僕も、みんなも、正直になっていい。それこそが文字を書くときの態度であり、読む時の態度だろう。
浅井だって、言っちゃ悪いが、この日記の内容には関係ない。どうでも良い。
彼はもう主体としてこの日記に出てくることはない。
ああ。二度とさ。
日記の初めに一言、何か言いたいことがあれば書いておいてくれと言ったけど、彼が自己主張の機会を与えられたとしてそれを行使するか、また一体何を書くかなんて、一週間後の自分の腹の調子と同じように、ちっとも予想がつかない。
そんなことよりも、もっとセンセーショナルなニュースがある。
いや、僕にとってはちっともセンセーショナルなことではないのだよ。ただ、君たちの気持ちになって考えてみたんだ。そういう練習をしていかなければいけないのでね。
ただ、それを知った時の浅井の表情を、僕はきちんと記憶しているだけなんだ。記憶が苦手な僕たちだけれど、ああそうだとも、あの顔だけはよく覚えている。
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魔法使いが存在すると、君たち人間が知ったらどう反応するのか、僕には少しばかり予想がつく(万が一魔法使いの読者がいるとしたら、ここで挨拶しておく。軽くだがね。やっほう。だけどこれだけだ。なんてったってこれは人間に向けた日記だし、君たちは文字なんて読めやしないし、複雑な文章構成とかはわからない。それこそが魔法の奪ったものだからね)。
こういう嘘みたいな話を聞いた時の、子供の反応は二つだ。
信じるか、疑うか。
それに対して大人の反応は複雑多様だ。
信じない人。
子供のような純粋さをねだって、信じたふりをする人(恥ずかしいね)。
信じることについて考え出すズレたやつ。
怒るやつ(どうして?)。
想像上の話だとして、信じるも疑うもなく、ただとある世界の中での真実だと割り切ってその先に進むやつ(物語とか虚構の概念がない僕たちには難しい思考だから、面白い)
稀に、信じるやつ(変わり者)。
とまあ、数え上げればキリがないし、僕が魔法を使えるタイプの人間だっていうことを、ここで何行を割いて説明したところで誰にも信じてもらえないのは目に見えているから、最後にはっきりと言って、これにて終わりにしておく。
僕は魔法使いなのさ。
どうやって魔法を使うのかとかは、秘密にしておこう。それは今後の楽しみにとっておいてくれ。
杖を使うかな? 声を使うかな? それとも手のひらから紫色の光線を出したりするかも?
はははは。
うん。ちなみに得意な魔法は小さな爆発を起こす魔法。鏡を溶かす魔法、その中に入る魔法。閉じられた空間を回転させる魔法(往々にして酔い止めの魔法も上達した)。
あとは若気の至りというやつで、他の同年代のやつと同じく、ひどく暴力的だったり性的だったり幼稚な魔法をいろいろ習得しているけど、それらは、ここでは伏せさせてほしい。黙秘権というやつだ。
さて、この時点で自己紹介は実はほとんど済んでいるんだ。
まとめてみると、僕の名前はカイザー・ユーリで、十三歳の魔法使い。魔法で成長を早められているから肉体の年齢は二十歳。(これは浅井に言わせると不幸なことらしい、なんでだろうね。早く大人になれたというのに。セックスだって満足にできる)
日本の学習過程で言えば、大学二年生になったばかりだ。
折いった願いとして、同い年の友人である浅井希に頼んで、英語で書いた日記を日本語に直してもらっている。
そのほかに語るべきことが出てきたら、その都度説明していくから安心してほしい。必要な時に、必要な分だけ、という節度がわかるくらいには、僕は成長した
。
しかしながら、こんな自己紹介すら本題ではない。僕はあくまで、自分の成長と発展のために、この日記を書いているのだ。そして一人で抱えるにはあまりに個人的な内容で、寂しくなってしまうから、友人である浅井に、翻訳という形でこの活動に一枚噛んでもらっているというわけだな。
さて、あと少しだけ、眠るまで時間がある。
日記の初日? 初日の日記?
というわけだから、読者の皆様が気になるであろうことを、僕なりに予想して、僕なりにうまくその答えを以下に記していくことにするよ。残念ながら、読者の人と交信する機会はないからね。
少し遠回りになるかもしれないけれど、丁寧に説明していくよ。
まず、僕はこれでも、魔法使いの世界では、非常に頭がいい方で、他人や動物の気持ちを予想したり、慈悲や残酷さに対して極めて正確な評価基準を持っていると判定されたんだ。
これを聞いた時、浅井はひどく驚いていた。というか、ほとんど絶望していたと言っていい。
大前提として、そして最大の問題として、魔法使いは頭がとても悪い。IQでいうと、人間基準でいば、平均が40前後だ。
魔法使いが魔法で補える、それ以外の分野で人間に大幅に遅れをとり始めたのは、有史前後に遡るとも言われている。少なくとも感情の交信なんかについては、魔法の使えない人間らに、その時点で何馬身差も付けられていた。僕たちは個人で資源を得られたし、個人で十分に争えたからだろうね。
技術的な格差が生まれてきたのが中世以降、近世以降になったらもうひどい有様だった。
エレクトロニックを人間が発見した際、その原理を捕らえた人間から説明されても、全く理解できなかった知識層がイライラして、魔法評議会で二千人の死者を出す大暴動が起きたと記録にはある。
さらに電話を人間が発明した時には、人間界に戦争を仕掛けないかという議案が本気で持ち上がったんだ。僕らは動物の脳を狂わせて伝書に使うことでしか遠方と通信できなかったから、その時明確に人間を下回ったんだね。暗闇で明かりを灯すのとわけがちがう。蝋燭で寝室の明かりを得るような人間という種族を、さんざ弄んで見下してきた魔法使いたちのプライドに火がついた。魔法使いの脅威となる前に、殲滅戦を仕掛けるつもりだったんだ。魔法使いと人間、どっちかの数がゼロになるまでやり合おうってはらさ。
その議場で、四千人の死者が出た「メナロのまぜっ返し」大暴動が起きて、議論が有耶無耶にならなければきちんと法案が可決されて、人間界と魔法界の戦争が起きてただろうね。どっちが勝ったかはさておき、だ。
それから少しして、魔法使いが人間に対して、尊敬、または畏怖の念を抱き始めたのは言わずもがな、核兵器の開発に際してのことだったよ。魔法使いによる人間の殺害件数が、自己申告の数だけでも五千分の一に下がった。
魔法使いには大切なものと引き換えに命を一つだけ増やす魔法があるらしいけれど、それは放射能による被害を防げなかったらしい。完敗だね。
そこから魔法使いたちは、なんとなく、危機感を覚え始めた。
人間の技術を取り入れようとしても、うまくいかないんだ。
本を読んでも内容が理解できない。理解できたつもりでも、人間の子供用の問題が解けないんだ。それで初めて、人間の子供が簡単に理解できる、会話の筋道だったり感情の変化だったりということを、魔法使いの大人でさえ、理解できていないということに気付かされた。
電気の原理も説明できる人はごく少数だった。てこの原理は分かっても、目に見えない小さな世界で起きる物質の衝突や交換は、全く理解できない。
哀れなのは、魔法使いが抱いた危機感が、「なんとなく」だというところだ。
つまり危機感を覚えようにもその知能がない。ピストルを向けられて、なんだかまずくて怖い感じがして、叫びながら走り回るサルとレベルは大差ない。
ようやく魔法使いたちは、足りない脳みそで戦慄した。
問題は今起きたんじゃなくて、ずっとそこにあったんだ。
僕たちは魔法に甘えてた。視野が狭かった。
魔法も科学も、方法としては何も理解できていなかった。科学に至ってはその結論すらも、魔法という黒い力で、不誠実な方法で、結果だけを得ていた。(とはいえ、もちろん代償がないわけではないよ。魔法使いは魔法使うたびにあるものを失っていく。それは今度説明するけど)
もしも人間と大規模な集団で争う機会があれば、もっと早くに気づいていたかもしれない。
だけど人間と接する時(オブラートに包んだ表現をしたけれど、これはフェアじゃないかもしれないから、言い直させてもらおう。ショッキングな話かもしれないが、それは大抵魔法使いが人間を殺す時だ。一対一なら僕らは人間には滅多に負けない)僕らは一体一だったから、集団としての人間の長所を見つめることができなかった。
僕らがどの分野で人間に劣っているかを把握できなかった。
なんで人間が魔法使いと愛し合うことがなかったのかについても、もっと考えておくべきだった。なんで毎度、殺し合いになってしまうのか。(五十年間にわたる知能トレーニングで魔法使いの共感力はかなり向上した。それは裏を返せば・・・昔の魔法使いは、とても人間と深い関わり合いを持つことはできなかったということを示している。友達にもなれない、ましてや恋人だなんて)
だから、僕は言ってしまえば留学生だ。
禁止されているのは察心魔法。(魔法にある程度たけた魔女なら使える、精度のそこそこの、読心術のこと。僕は忘却魔法でそのやり方を忘れさせられた。なんでかって? それこそが魔法使いにとって『足萎えの杖』だったからさ!)
とか、人間にとって悪い魔法のもろもろも禁止されている。もっとも、僕は言われなくったってそんな魔法を人間に向けない理性は持ち合わせているがね。
そういう条件のもとで、僕は将来、魔法界で、アホな魔法使いを教育する先生となるための、勉強をしにきたというわけさ。
簡潔に締めくくればそうなる。
だが、前途多難そうだ、というのが今の所の目測だね。
僕が魔法使いだということが浅井にバレた時の状況もそうだけど、僕はまだまだわかっていないことがたくさんあるらしい。
ああ、僕はなんとく! そう、なんとくなくは分かっているのだ!
何が自分に足りていないのか。そして、僕が愛する人間の人々と一緒に過ごすために、必要な経験が位置する領域については、予想はついている。僕はそこについて、集中的に学習していくつもりだ。
進歩も感じている。僕は最近、悲しみを覚えることが多々あるのだ。それも、本物の悲しみだ。図鑑で見たものとは違う、本質的なもの。人間が操っている複雑な感情の一端に僕は触れることができた気がしないでもないのだ。悲哀、絶望、などなど、バリエーションは掴めないけれど、胸が痛くなるあの感覚は、鮮烈で、虚脱感を伴った。
そしてこのような感動と感想が、それこそが、僕が、人間風でいうところの「人でなし」である証左であるということも、もちろん分かっている。
僕の長所は不貞腐れないところだ。自分の無知を知っていても、開き直ったり、課題をほっぽり投げて放蕩に走ったりはしない。僕は怠惰ではない。
ふう。
文を書くのは疲れるね。
まあ読みづらい文ではないと思う。僕の文章の粗については、浅井が彼なりのセンスで修正してくれているところだろう。
僕がこの日記を通して、読者のみんなに伝えたいことは多くない。
みんなには僕の学習の過程を見守っていてほしい。ただ
そう思っている。
そしていつか、叶うならば、魔法使いと人間が仲良く暮らせる世界がやってくればいいと思っているのだ。
しかしだ。そのためには、魔法使いが感情や知性について、人間に追いつくまでに、人間も魔法を使えるようにならなければならないだろう。二つが同時に進まない限り、共生の未来はないのだから。
だから僕は試しに、ここ最近、浅井に魔法を教えてみているんだ。体の構造が違うから、こちらもまた前途多難といった感じだが、決して無駄ではないはずだ。
僕が、浅井の家にあった大切なコップを割ってしまった時、僕は魔法でそれを修復できるのにもかかわらず、罪悪感を感じたことがあった。あのような進歩が浅井にもあるはずだ。
長くなってしまった。
じゃあまた、ニュースがあったり、僕が高揚して、何か伝えたくなった時に会おう。
次からは一人称の小説のように日記を書いてみようと思う。その方がみんなも退屈しないだろうし、僕も発展を得られると思う。
追伸
最後に、浅井へ。
一月前のことについて、僕はまだ自分のしたことの、いかに酷いことか、正直に言えば、捉えきれていない可能性がある。
それは君の、僕の顔を見る時の目がガラリと変わってしまったことで分かっている。
もう一度謝らせてほしい。本当に、申し訳ない。
・
おれは分からない。
ユーリは確かに友人だった。けれど、今は、まだ考えあぐねている。
おれも、ユーリが原稿を送ってきた日に、彼には許可をとっていないが、こうして終わりに少しずつ、何か書いていきたいと思っている。
そうする権利はあると思う。
ユーリは、今の所、嘘はついていない。それは保証しておきたい。
そしておれは彼の文章を素直に訳す。これはただの約束に過ぎないけれど。仕事を引き受けたからには、それが最低限の義務だと思う。