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『十四』

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 この前は谷川に邪魔されたが今日ばかりはそうはいかない。そう思いあさひはあのイヤリングをつけている彼女を待っていた。しかし彼女は学校に現れなかった。次の日も、その次の日も。三日続くとあさひは避けられているのではないかという被害妄想に機嫌を悪くしていた。なぜ来ない。会いたいときに会えないのは少し焦らされているようでもどかしい思いがあさひの中で渦巻いていた。
こんなふうにいらだちがつもってゆく生活を続けるのは長い間経験したこと無かった。だからこそ日々に短気になっている自分の変化が一番よく分かる。
授業中に消しゴムを落としただけで、
昼に立ち寄った購買部で買いたいパンが買えないだけで、
電車に乗り遅れただけで、
小さい舌打ちと共に背中が燃えているかのような怒気をよく感じるようになっていた。もっとも彼女が来ない理由は何かは知らないがそれはあさひにとって関係ないことであることは間違いない。自分に原因があるということを考えるのは全くの勘違いに他ならない。だから彼女に関してはどうにもならないのだがあさひにはもう一人待ち人が居た。それがこまちである。
一人で食べる最近の昼食はいつも以上に不味い。いやもう不味いとかいう次元を超えて味がしなかった。いつも同じパンを食べているはずなのに何があさひの味覚を狂わせているのか。それはおそらく思考だろう。頭の中は別のことで一杯であさひには味を楽しむ余裕がなかった。そしてあさひがそんな状態になっているのはこまちのせいだった。昼に屋上にいれば数日後にはこまちが来ると思っていた。あの申し出の返答を先延ばしにしている以上ここで待っていればくるはずである。しかしこまちは来ない。いぶかしく思って一年の教室を洗いざらい周り、こまちを呼ぼうとした。驚いた。こまちも学校に来ていないらしい。それも今日たまたまのことではなく最近ずっと休みだとのことである。こまちの同級生がわざわざ説明してくれた。その事実に打ちのめされ全身から力が抜けそうになるがあさひはぐっとこらえ、形式的な礼だけ述べるとすぐその場を後にした。上級生が下級生の教室の前にいるのだ。それだけではなくわざわざ個人名を上げて人を探している。あさひは教室の中で見せ付けているかのようにひそひそ話をしている集団を視界に捕らえるだけでも憂鬱になっていた。
こうしてあさひの二人の待ち人は姿を現さないまま現状は変化を見せない。二人とも学校に来ないならなすすべはないというのがあさひの結論である。あさひにできることは屋上でこまちを待ち、それ以外の時間では教室で彼女を待つことだけだった。この前も、今日もあさひは待ちつづけ、そして明日も待ち続けることになるだろう。しかし期待している人物は現れない。屋上で空を見上げ雲を追っても、風の流れを感じていても、あさひはもそもそと昼食を食べながら、他人の影を自分の横に作ってはそれにばからしさを感じ発作的な怒りと共にそれを叩き潰す。だけどあさひは誰かに会いたがっている。それ以外は何も思わない。
空のまぶしさは目には見えているはずなのに、風のささやきや鳥のさえずり体では感じているはずなのに、自分の意識がどこかに飛んでしまっている。食べ終わったパンの袋をぐしゃりと掴みつぶしても後に残るのは不自然な自分の冷静さとむなしさだけだった。いつからだろう。屋上に居る目的がしずかに昼食を食べることから他人を待つことに変わったのは。人を避けるようにここに流れて、人を求めてここにいる。皮肉なことかもしれないがその環境がまんざらでもないことは認めていた。
それはおそらくあおばがいたからこうなれたのだろう。あおばがいたから……あおばがいたら……あたばがいてくれたら……

「何も知らない……私……愛を教えて……」

自然にあおばが歌っていた歌を呟いていた。題名も知らないその歌を呟いていくとあおばが傍に居るような気がして、でも弱気になっている自分にも気づかされた。

 空を飛んでいる鳥が高く急上昇している。手を伸ばしても届きそうにないその高さはあさひから遠ざかっているようだった。ふと大きい音で我に返る。金属がぶつかるような音が扉が閉まる音だと気づくのに時間がかかった。高揚感が抑えられないままあさひは振り返る。だけれどそれはすぐに裏切られることとなった。落胆の息と共にあさひは目を閉じてうつむく。全身からどっと力が抜けていくのがありありと感じられた。

「敷中か……」

閉じていた目を開くと黒髪の少女が会釈をする代わりにかすかな笑みをこぼした。そよ風が彼女のセーラー服と髪をなびかせる。敷中こだまはこの前と同じ見た目であさひの前に登場した。一つ違うとすれば眼鏡をかけていることだけだろう。ちくちくするようなこだまの視線も眼鏡というフィルターを通すだけで丸みを帯びてくるように思える。

「あらうれしい。名前を覚えてくれたのね。でも名前だけのほうで良いわ。下橋さん」

「なら俺もあさひにしてくれ。こだまさん。」

あさひはぶっきらぼうなあいさつをすると傍らにおいてあったもう一つのパンを手に取る。昼食を食べているあさひとは対照的ににこだまは昼食を持っていない。手ぶらなのが嫌だったのかただ持っているかのように紅茶のパックをつまんでいる。ゆらりと、軸がぶれているように歩き、あさひの隣に座るとストローを差し込んむ。あさひは白いストローが茶色くなるようすを横目で見ていた。だけれどいつのまにかパンを食べているその手が止まっている。紅茶を飲んでいるこだまの存在感はとなりにいるあさひにもよくつかめない。紅茶を飲んでいる音も漫画のような擬音で聞こえてくるわけではない。けれどその音がなにか伝わってきそうだった。それくらいこだまがこのまえよりも近くに居る。紅茶を飲むこだまはご機嫌な顔をしている。あさひがどうして不機嫌なのかもこいつにしてみればお見通しだろう。あさひの視線に気づいたこだまはストローを咥えたまま軽くウィンクをする。絶対に他人に見せないであろうそのしぐさにあさひはすこし疲れてしまって目をそらす。きまずい雰囲気の中でこまちは感嘆をこめてのどを鳴らしていた。

「待ち人来たらずでいらいらしているのね。」

焼きそばパンを加えたままあさひはうなずいていた。こだまが同情するように心が温められるような微笑みを浮かべている。ただストローを咥えているためか顔の下半分とその表情が全然あっていない。空を飛んでいた鳥が目の前の格子に止まる。自分の尊厳であるかのように姿勢正しく羽をしまうとくちばしを開いたり閉じたりしている。それはほんとうにさえずっているかのようだった。それはおもわず息を呑みそうになりそうなほどに。あさひは鳥をずっと見つめている。鳥がそこに止まっているのを目にしたのは久しぶりのことだったからである。こだまは紅茶のパックを全て飲み干したのか満足そうに空を見上げて息をついていた。

「私もひかりがいないと寂しいわ。」

「ひかり?」

こだまからその名前を聞くのは初めてだった。

「あなたの待ち人。まぁあなたにしてみればそれはひかりだけではないけどね。」

ぐしぐしとパックをつぶしつつこだまは眼鏡を取る。目を閉じたまま外した眼鏡をしまう。こだまは何回か瞬きをした後にふるふると首を振った。

「何もかもお見通しのようだな。」

「こまちさんはいくら待っても訪れませんよ。そしてひかりも同じ。」

あさひの言葉とこだまの言葉はほぼ同時に重なった。二人の声は見えない波紋のまま広がっていく。それから逃げるかのごとく格子に止まっていた鳥が空に打ち出されるように飛び立っていった。ありえない速度であさひは首を回しこだまの肩を掴む。自分が何をしゃべったのかはもうどうでもいい。だけどこまちが今言ったことを聞き流すことはできなかった。こだまがこまちに何かいたずらをしたとは思っていない。ただこだまがそういった根拠を知りたかった。

「お前がなにかかかわっているのか?」

本当は言いたいことが山ほどある。けどそれが多すぎてあさひのなかでお好み焼きのごとくかき混ぜられていた。あさひの急激な変化にこだまは言葉を詰まらせている。行き所をなくした瞳は右に左に揺れていた。しかしそれも数刻のことで意を決したようにこだまは真剣なまなざしを宿らせあさひを睨む。

「いいえ。でもこまちが消えた理由はある程度推測できます。」

からかうような口調ではない。おそらくこれが本当の彼女の口ぶりなのだろう。あさひは説明口調をかつてないほどに真面目に聞いていた。続けてくれと目で促す。

「こまちはこの前に深夜の学校に一人でいました。そのときに何かあったのでしょう。」

「深夜の学校に? 目的は七不思議か?」

あさひはそれくらいしかこまちが居てはいけない時間に学校をうろつく理由がなかった。だがこだまは力なく首を横に振る。

「つばめ……生徒会長を探すため。夜中の学校に手がかりがある。こまちなりにたどり着 いた結果でしょう。そしてそれはあたっていた。しかし一つ見落としていたことがある。 それは別の人物がそこにいたということ。彼女は生徒会長に会う前に別の人物と接触し たのでしょう。」

つまりその別の人物がこまちに何かして、そしてこまちが学校にこれない原因になっているのだろう。全て言い終えた後にこだまは眼鏡を取り出すとじぶんにかけた。幾分かの落ち着きを取り戻した証なのだろうか。あさひの方はまた一つ疑問がわきあがっていた。

「そういえばその俺が待っていたひかりとかいう奴もこまちと関係しているのか?」

「まぁ限りなく薄く接しているわね。ひかりとこまちさんは同じ場所にいる。正確な場所 は分からない。けどどちらかというとこまちの方が予想外の動きだったのよね。別の人 物の本当の目的はひかりのほうにあるのだから。」

こだまのおかげでこまちは今どうなっているのかが大体分かった。要するにあさひを置いてけぼりにして一人で学校に忍び込み生徒会長を探そうとしていたらしい。なぜ深夜に生徒会長を探さなければいけないのかはわからないがこまちはこまちなりに確信を持っていたようだ。
しかしそこでむざむざと別の人物と出くわしてしまった。その人物はこまちを捕まえた。捕まえられたこまちがどこに居るかは分からないがこだまは大雑把な場所は知っているらしい。こだまはそのことをあさひに告げるためにこうしてあさひと会話している。そして事の蚊帳の外にいたあさひは不機嫌な数日を過ごしていた。つまりあさひが待っていたここ数日は全くの時間の無駄だったらしい。こまちとひかりに会いたかったのなら特攻気分で行動を起こすしかなかった。最近の自分のふがいなさに舌打ちをして、それに呼応するかのようにこだまがうなずいている。事実のことなのであさひはぐっとこらえることにした。

「こまちさんの様子が気になりますか? 探しにいきたいですか?彼女は彼女なりに何か 考えていたらしいですよ。少なくともあさひさんに何か隠していたらしいですけどね。」

「それはおれもうすうす感づいていた。」

雨が降っていた放課後のあの時。それはのぞみを引っ張って七不思議を調べ、その帰り道の雨の中のことだった。そのときからこまちは自分が知らない誰かと連絡を取っていることは知っていた。気にならないわけがない。ただあさひはどうしてかそのことを聞く気にはなれなかった。今になってこまちのことを気にしている自分の思いは身勝手なのかもしれない。こだまはそのことをあさひに気づかせるためにそんなことを言ったわけではないがあさひは思い出していた。

「で?」

「でって?」

「探しにいくのです? いかないのです?」

こまちを探すという意味でいいのだろう。しかしそれは同時にひかりを探すことといってもよいのではないだろうか。あさひが見間違いをするわけがない。あの時あおばのイヤリ
ングをしていた彼女に会えればあおばのことを聞けるかもしれない。ただの推測だがあさひはそれに行き着いた。

「なぜそのようなことを尋ねる。行くに決まっているだろ。」

確固たる絶対の信念を持ってあさひは食べかけのパンを全て食べつくした。舌に甘い刺激がして昼食を久しぶりにおいしいと感じた。

「そういうと思っていたわ。じゃあこれあげる。」

こだまが取り出したのは一見するとただの紙切れのように思える。だが元は白かった紙切れを見てあさひは一言も話せなくなった。その紙からはただならぬ威圧感が漂ってきてあさひは身を後ろに引いていた。虫眼鏡でも使わなければ読めないような小さな文字が隙間なくつまっているのを見ているとめまいがしてくる。計り知れないその異常性にこれを書いた人間がどういう心理状態だったのかを一片も想像できなかった。こだまはあさひの反応を確かめずにそのまま口を開き続ける。

「本当はもっと後に渡したかったけど悠長なことは言ってられなくなったわ。まさかこま ちさんが私たちよりも先に行動を起こすなんてね。多分あのときに一枚盗み取ったのね。 うかつだったわ。」

こだまは演劇をしているかのようにため息を漏らす。その音はあさひには大きすぎた。しかしこだまはこまちに対して本当に呆れているわけではなさそうだ。すこし人を小ばかにしたようなこだまのまなざしはどこかに消え、今は人を慰められるような優しさをもった瞳になっている。ただそれに慣れていないのかすぐに元の高圧的な目つきに戻った。

「いい。今日中に夜の生徒会室に行きなさい。」

「それはこまちのためか?」

あさひはとっさに答えてしまった。こだまは立ち上がるとにっこりと微笑んだ。

「あなたのためよ。そこに行けばあなたが知りたいことを知れる。会いたい人に会える。」

こだまの笑みはこちらに有無をいわせないような迫力を持っている。こだまは笑いながら現れたときと同じように屋上から姿を消した。こだまの支持に従うかどうか。それはもうあさひが考えることではない。そろそろ春が来る。冬のうちに全て終わらせよう。そう誓いあさひは最後のパンを食べ終えてほっと息をついた。
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 案ずるより産むが安し。男のあさひにはこの気持ちは一生理解できないが今なら少しその意味を実感した。男子トイレのなかで無心を保ち続けること数時間が過ぎ去りあさひは十二時であることを確認して勢いよく扉を開いた。どうも警備員は女子トイレだけではなく男子トイレにも入ってこないらしい。学校には心配していたよりも簡単に潜入できてしまった。またひとつ無駄な知識を増やしてしまったようだ。昼よりもゆっくりと回っている換気扇の音がどこか大きい。トイレから出て廊下を拭きぬける冷風にため息を漏らしてあさひは行動を開始した。廊下の窓から差し込む月光が廊下を正方形に区切っている。真っ白というほどではないが乳白色に色がさし、廊下に作っている図形と黒いままの床との対照の間であさひの影が揺らめいている。もしかしたらあさひの隣にはこまちがいたかもしれない。駅前で待ち合わせたときに自分の後ろをただついてくるだけの彼女の姿を思い起こしていた。こまちが自分を残して一人で行動するとは夢にも思わなかった。こまちが何かを隠していることに怒りを抱いているのではない。だけれどこまちがあさひに嘘をついていたことになにかしら不満を感じていた。あいつを見つけた際にはひとつがつんと言ってやらなければならない。ポケットの中でならすように指を動かして、あさひは気合を入れる。夜の学校で向かうところは生徒会室だけである。あさひにその支持をしたこだまが目の前を掠める。こだまからもらった手紙だけでは自分がなぜここに居るのかはあまり上手く説明できない。まだそれには目を通していないからだ。生徒会室に行く前に読む気になれなかった。それに一つ思うことがある。あさひは操られている。操られているという言葉ではすこし乱暴すぎるが導かれているという生易しいものではない。あさひ本人の思いを計算していないようなこのやり方には拍手を贈れなかった。しかしあさひはその紙を胸ポケットにしまうとシニカルな思いと共に息を吐き出す。操られているのにいい感情は抱かない。でもそれがあさひ自身の利益のためになるのなら喜んで糸に結ばれて操り人形を演じていようではないか。結局操られたくないのか? 操られていたいのか?

「それはちょっと矛盾しているかもな。」

自嘲気味に呟くと面白い足音と共にあさひは夜の学校を一人闊歩する。


 ただ遅い時間よりもここにいるだけなのに廊下が、階段が、そして学校が見せる顔は別人のように無表情だ。仮面を被っているようにここには変化がない。自分の知らない見方で見慣れた場所を前にするとここが別世界のように思えてくる。そう思うこと事態ばかげていると考えている。
だけど自分の体に触れてくる空気の冷たさや、学校の壁の硬さ、それに無音なこの空間は感じたことのない無知なるものだった。記憶だけを頼りにしてあさひは行ったことのない生徒会室へと向う。生徒会室は開いている。生徒会室の入り口はわずかに開いていてそこから冷たい風が吹き出してはあさひを冷やしていた。軽く身震いしながらもあさひはほっと温かい息をつく。鍵が開いていないことを心配していたがそれは杞憂に終わったらしい。もっともあさひはここが開いていることを誰よりも分かっていた。
そしてあの隙間はあさひのために開けられていることも十分承知している。人一人すり抜けられるほどの隙間の向こうにある空間は廊下よりも暗いようだった。その暗闇は人間の手となってあさひを近づかせようと手を動かしている。そんな動きを錯視してあさひは一瞬たじろいだ後に目をこすった。別に一人が怖いわけではない。あの部屋の中に誰がいるのかも大体は予想ついている。
だけどその人物に何を言われるのかが予想も想像もできなくて、物理的ではない寒気が体の中を走っていた。血管がしぼんでいくように手先が青白くなる。この先にはろくなことがないことをあさひは本能的に感じ取っていた。今ならまだ引き返せる。そのような選択が頭の中をよぎると自然とあさひは一歩後ろに下がっていた。完全に密閉されている細長い廊下の中央で立ち尽くすあさひの耳の中できんとした耳鳴りが響いていた。耳の裏を引っかかれているような刺激に軽くめまいまで覚えてくる。外の風が学校の窓へとぶち当たりがたがたと窓を揺らす。それに続くかのように木々が大きく頭を揺らしていた。固まったままあさひは動かない。しかし後ろに動くことだけはしたくなかった。この先に進まなければいけない。こだまはあさひのためと話していた。あの先にあさひが知りたいことがある。鈍い頭の回転を早めるために深呼吸をして新鮮な空気を肺の中にためる。数分前の自分を恥じ、あさひは一歩下げた足を踏み出して前へと踏み出した。扉には触らずにその隙間をすり抜けてあさひは生徒会室の中に入る。
部屋の中は外から見たときよりも暗く、目の前に何があるのかさえ確認できなかったが時間に比例して暗闇に慣れていった。入り口の近くで立ち止まったまま部屋の中をじっくりと観察する。真っ暗で分からなかったが窓をさえぎっているカーテンがこの生徒会室がより暗くしている原因であるのには間違いない。廊下とは異なる香りがあさひの鼻をついて鼻がむずがゆくなる。その匂いのおかげでここが他の部屋とは一線を隠した場所となっていることをちょっと理解できた。入ってすぐに置かれていた長机の上をそっとなぞっても埃らしいものはつかなかった。足から伝わる感触が廊下とは違うのはただの気のせいではなく、床にはやや赤みがさしている黒いカーペットが敷き詰められている。本棚やパソコンなど生徒会の業務に使いそうなものの他にショーウィンドウの中に並べられているよく分からない実験器具に目が向いた。あまりこの部屋には関係なさそうなものはそれだけではない。部屋の隅にちょこんと置かれている電気ポットにあさひは目を奪われたばかりではなく、なんとテレビまで設置されている。この部屋は廊下と比べて違いがないわけではない。だけど学校中を探しても同じような内装を持つ部屋を見つけることはできないはずだ。予想以上にゴージャスなこの部屋をもうちょっと観察したかったがあさひの目はそれらよりも重要なものを捕らえていた。

「こんにちは。」

暗闇の中で声がする。猫のように両方の目はぎらついていて、それは不気味な光だったがあさひには優しい笑みを浮かべていた。生徒会長の椅子に谷川が社長のように足を組んで座っている。あさひは別に表情も変えず谷川がよく見える場所まで移動する。生徒会室の扉が自動的に閉まった。重苦しく閉まったその扉の音を背中から聞いてあさひは軽く舌打ちをもらした。
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