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凡庸

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…沈黙の時間のみが過ぎてゆく
しかし、やる夫は時機をうかがっていた
ニートで引きこもりとはいえども、やはり人の子
この張り詰めた空気を何とかしたいと思っていた。
(ま、まず誰かに話しかけないと)
辺りを見回す。妙に太った男、痩せた男、そわそわして落ち着かない
男、俯いたまま動かない男…話し掛けづらい…
その中に、なぜかサラリーマン風の、黒いスーツを着込んだ男がいた。


彼はやはり、黙り込んだまま、しかし一点を見据えたまま座っていた。
やる夫は直感的にこいつは別の奴とは違うと感じた。
いや、やる夫でなくとも分かるだろう
他の奴に感じる、無気力さ、それが微塵も感じられない。
(あいつ、なんでここにいるんだお?)
疑問とともに、好奇心が沸いてきた。

(よし…喋りかけてみるお)

「あのー、すみませんだお」

瞬間、部屋の全員がこちらを向いた
(あんまりこっち見ないでくれお。胃が痛くなるお…)

男はやる夫を一瞥した後、また焦点を戻し、答えた
「何か用か?」
(まずい、何も考えてなかったお…どうしよう)
「いいいや、用ってほどではないんだけど、おおお兄さんどっからきたんだお?」

「それを聞いてどうするんだ?お前今の状況がわかってるのか?」

「確かにそうだお…でも気になったんだお!」
(まずい…声を荒げてしまったお)

「そうか、わかった。」
男は頷くと、出身地を答えた。

「じゃあ、おまえは何処からきた?」

「さっささいたまだお!」
また、頷いた。

「しかし、お前はどうしてニートになった?」
逆に男は質問してきた。

「中学のときに不登校になったんだお。理由は流行りのアレだお…
そのまま、いままでずっと、家に引きこもってたんだお。でも久しぶりに
家に出たと思えばこの有様だお。やれやれだお」

「そうか…つらいことを聞いてすまん」

「気にすんなお。ところでお兄さんこそなんでここにいんのだお?
さっきから気になってたんだお」

男は、身体をおこし、その寂しい眼をやる夫に向けながら言う。





「俺は…どうしてこうなったんだ…」
その男はゆっくりと、苦い思い出を噛み締めるように語り始めた
「俺は、人より勉強ができる方で、人から誉められることが多かった。
そして中学、高校と順調に進学し、遂には一流と呼ばれる大学にまで進学することが出来た。
だが…」

沈黙が部屋に広がる。

「大学に入って、自分の能力の限界、非力さをつぶさに感じた。そう、俺は今までできる人間だと
思っていたんだ…現実は違う。俺よりも勉強ができて、スポーツが出来て、社交性が
高くて…そんな奴はいくらでもいた。言ったとおり、俺はプライドが高かった。
当然、友達と呼べるものなどいない。俺は、中身など何にも無いただの記憶装置だ。
俺は…そんな俺に失望した。」

男の叫びはとまらない

「学校も休みがちになり、遂には退学となった。親も、誰も彼も、俺を知るものは
皆俺を罵った。俺は、そいつらの期待を一身に背負って頑張ってきた。
しかし、よくよく考えてみると、俺は、俺の為にしたことなんかはひとつもない。
周りの評価が気になって、誉めてもらうためだけに頑張って、そして虚無がうまれた。
俺が、ここに来るというのは当然の話だ。」



「そうだったのかお…でもおいらが言うのもなんだけど、結局
お兄さんはそうやって現実逃避しただけなんだお。世の中にはいろんな人間が
いるお。勝てなくて当然だお。それに、1回や2回の挫折で折れちまうなんて、
すごくもったいないお。」

男は頭をかきむしった

「ああ、全くその通りだ。俺は、人生でたった1度の挫折でくじけちまった。
そのとき、痛烈に、自分は弱いと感じた。自分に絶対の自信があったのが
脆くも崩れ去った。俺は、そのときから止まっている。」



「きっと、ここの連中は、経験は違うかもしれないけど、おんなじような
理由でここにいるんだお。お兄さんだけじゃないお。こんなところまで
連れてこられたけど、まだ死ぬとは決まったわけじゃないお。
おいらはまだ希望をもってるお。だから、お兄さんも、またここから
やり直せばいいと思うお。いっしょに頑張るお」

男は、俯いて、少しボーっとしていた。そしてやる夫のほうを見て呟いた。

「そうだな。辛いのは俺だけじゃない。何だか悲劇のヒロインぶっていたな。
お前の話を聞いて、少し自分がわかった気がする。ありがとう。
お前の言ったとおり、頑張ってみることにするよ」

やる夫は嬉しそうに返した

「そうかお!よかったお!頑張るお!」


その瞬間、ドアの軋む音がし、野太い声が響いた。




「全員、外に出ろ!」






6, 5

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