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3.歌唱

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 ジャージの奴と戦ってから、数日が経った。
 あれ以来陸佐に集合の合図はかからない。
「暇だなぁ……」
 家の中から窓越しに見える月を見ながら呟く。
 そのままぼーっとしていると、月に誰かのシルエットが映る。
「ん?」
 陸佐はそれの正体をよく見ようと窓を開ける。
「久しぶりだな、早速だがご同行願おうか」
 こちらに『操作』されてきた人物は日比代だった。
「了解」
 陸佐は適当な服に着替え、外に出る。

 いつもの場所に到着した。
 自分のクオリティが覚醒した場所、そのクオリティで始めて相手を倒した場所。
 見通しのよい荒地で、地面は石と砂で少々歩きづらい。
 奥のほうには、人影が見える。
「さて、始めてもらおうか」
 日比代が告げると、その人影はこちらに向かってきた。
「よろしくお願いします」
 女だった。
 こちらに向かって深々とお辞儀をする。
「あ、こちらこそ」
 陸佐もつられて頭を下げる。
「それでは始めさせていただきます」
 女はそう言うと、大きく息を吸い込む。
「ん?」
 陸佐もじき来るであろう攻撃に備えて体勢を取る。

「かーごめーかーごーめー」
「歌?」
 女は気持ちよさそうに歌い始めた。
「何だか分からんが、速めに片付けるか」
 陸佐はクオリティを自分の足元にバラ撒き、女に向かって突進する。
「かーごのなーかのとーりーはー……」
 女はまだ歌っている。
 あと数秒で陸佐が女と衝突する、そんな時だった。

 ゴツッ

「ってぇ……」
 女の直前で、陸佐は何かに頭をぶつけた。
「いーつーいーつーでーあーうー」
 目の前には、頑丈そうな檻の一面が彼女を守るように聳え立っていた。
「何だこりゃ?」
 そう言っている間に、左右後ろも同じような檻に囲まれてしまう。
「ヤバ……」
 反発の力を利用して垂直に飛ぼうとするが、上にも檻ができてしまいぬけられない。
 陸佐は完全に檻の中だった。
「うしろのしょうねん……」
 陸佐の後ろ、檻の外少し離れた場所に大きな塊が出てきた。
「だーあーれ」
 歌が終わると、それはさっきの陸佐のような速さで檻に向かってくる。

 無機質な音が夜空に木霊する。
 檻はグシャグシャに潰れていた。
 女は顔色一つ変えず、少し離れたところで見ている日比代に向き直る。
「ありがとうございました。 これで」
「終わりじゃないよ」
 潰れた檻から声がする。
 陸佐が破片を払い除け立ち上がってきた。
「危ないな……ギリギリの所で檻と体を反発させてたから良かったけど……」
「まだのようだが?」
 日比代も女に向かってそう言う。
「そうでしょうね、これ位で終わってくれませんよね」
 女はまた陸佐のほうに向き直る。
「ゆーきやこんこ あられやこんこ」
 女はまた歌い始める。
 今度の変化はすぐに現れ始めた。
「だから危ないって」
 陸佐の真上から、巨大な雹が次々降ってきた。
 走り回ってどうにか逃げ続ける。
「ふってはふってもずんずんつもる」
 陸佐の足が重くなっていく。
 地面には陸佐の膝ほどまで雪が積もっていた。
 間もなく追いつかれる。
「まだまだぁ……」
 落ちた雹を掴み、反抗のクオリティを着けて相手へ飛ばす。
「かーれきのこらず…あっ」
 女の歌がそれによって中断された。
 今まで降っていた雹も積もっていた雪も消える。
「ハァ……ハァ……何とか……逃げ切った……」
 息を整えながら、陸佐は相手のクオリティのカラクリを考え始めた。
「(何も無いところから檻だったり、さっきまで晴れていたのに雪や雹、か……)」

 女のほうも少しずつ焦りの色が見え始めた。
「(そろそろ気づくと思う……私のクオリティに)」
 次で決めたい、そう思いながら相手の様子を伺う。
「これで終わりにしましょう」
 女は息を大きく吸い込む。
「なのはーなばたけーに いーりーひうすれー」
「同じ手は『聞かないよ』」
 最初のように、クオリティを足元にバラ撒いて相手に向かって突っ込む。
「みわたーすやまのーは かーすーみふかしー」
 陸佐の目から光が消える。
「ありゃ、全然見えない」
 自分が前を向いて走っているかすら分からない状況に陥った。
 だが、前に進むのは止めない。
「(これで、終わりね)」
 女は心をこめて歌う。 喉が朱色の光を放つ。
「おーぼーろづきよー」
 女が地面と水平に手をかざすと、綺麗な丸の形をした月が現れた。
 縁は丸ノコのような鋭さを持っていて、触れればたちまち切れそうだった。
「さようなら……」
 ちょうど良くこちらに向かってきた陸佐のほうへ月を投げる。

 バチッ

「待ってたよ」
 月は大きく上に弾かれ、消えた。
 同時に、陸佐も女のほうを向いて立っていた。
 両手を耳に当てながら。
「あんたの歌はスゴイけど、聞いてる人にしか効果が無い」
「何故私の攻撃が……?」
 陸佐には聞こえなかったが、口の形からそう言ったのだろうと推測する。
「あの時の雹、覚えてるでしょ? あれについてたクオリティがあんたの体にくっついた。
 そして最初に檻が出てきた時、丁度そこら辺か。 クオリティをバラ撒いておいた」
 陸佐は同じように足元にクオリティをバラ撒き始めた。
 急加速するには十分な量だ。
「あとは、あんたの手経由で月にクオリティがくっつけば、地面のと反発して空を舞う、って訳だ」
 女は緩んだ顔を少し強張らせ、また歌い始めた。
 しかし、耳を塞いでる陸佐には全く聞こえていない。
「…………-いーちにかんしゃ……」
「こちらこそ」
 自分と相手が当たりそうになった時手を離したが、何を歌っていたかは分からない。
 女は陸佐の突進を受け、後方にすっ飛ばされ気を失った。
「歌うならさ、やっぱりレクイエムとかだろ」
 最後の歌は何かを考えつつも、陸佐は自殺願望の拭えない音楽観をぼそっと呟く。

「お見事だな」
「まあ最後の反抗のトラップは成功するとは思ってなかったすけど」
「運も実力のうち……か」
 女の隣から、灰色の立方体が出てきた。
「どうするんだ? 今回のはそんなに嫌味なクオリティでも無いだろ?」
「……これってこの女が触れればまた戻るんですよね?」
 もうすぐ消えそうなクオリティを見ながら聞く。
「ああ、そうだが?」
 陸佐はそれを聞くと、女の手をそのクオリティに触れさせる。
 すると、触れた指先からクオリティはひも状になって女の体へと取り込まれていった。
「もっとも、もう脱落扱いだからクオリティとしては使えないがな。
 しかし、何でこんなことしたんだ?」
 気を失っている女を焦点の合わない目で見ながら陸佐は答える。
「だって、この人歌ってるときすんごい楽しそうだったから」
「(人間性が戻ってきた……こいつは本当に死にたいのか?)」
 日比代の悩みが一つ増えた。


 見渡す限り闇が続く世界。
 恐らく陸佐のいる世界ではないだろう。
「報告します、『反抗』対『歌唱』は『反抗』の勝利となりました」
 日比代が誰かに頭を下げながらそう伝える。
「そうか……100人に絞られるまで後何人?」
「40人程かもしれません」
 日比代の隣にいた、別の人が答える。
「もうそんなに減ったのか……」
 黒い服の男はポケットから携帯電話のようなものを取り出す。
「こちら本部。 現在の参加者140人前後。
 100人になり次第こちらから情報を回すので、残った選手に『こちら』へ来るように担当の者は伝てくれ!」
 伝令が終わり、黒い服を着た男が、喜怒哀楽どれともとれない表情をしながらため息混じりに言う。
「そろそろか……我々の『鬱蒼の領域』に皆が集うのは……」
3

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