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弐『緊張』

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 ぎりぎりと音を立てて、光を十六分割していた天井の格子が上がる。
 それに伴って、シヴァリーを乗せていた昇降機が、ゆっくりと昇りだした。
 次第に光量を上げていく視界にしばし目を細めながら、シヴァリーの心は戦いへの期待と、
それを正しい力にせんと尚一層存在感を増す、氷の理性で満たされていた。
 二つは相まって彼を興奮に導き、四肢は躍動を待ちわびて力を蓄えた。
 シヴァリーは一度目を閉じ、昇降機が上昇を終え、がくんと止まった瞬間、喝と目を見開き
前方を見据えた。
 世界が白んで見えるほどの光溢るる広場に、足を取られない程度に白い砂が敷き詰められて
いる。
 そうしてそれを囲むように、円を描いて柵が張り巡らせており、直径の端から端は、十間ほ
どの大きさだった。
 柵の外側には、神々の、見世物が始まるのを今か今かと待ち構える目が、数え切れないほど
存在している。
 シヴァリーの姿が現れるなり、会場全体が割れんばかりの歓声を発した。それは地鳴りとなっ
てコロッセオを揺らし、充分に水がまかれていたにもかかわらず、その揺れに負けて、砂が舞
い上がったほどだった。
 しかし、そのような些事、既にシヴァリーの頭の隅にもなかった。
 彼は、『もう一人の彼』が現れてからずっと、丁度直径の反対側の昇降機を凝視していたし、
意識も全てそこに向けていた。余分な思考が入り混じる余地など既に髪の毛の隙間ほどもない。
 シヴァリーの相手が現れた瞬間も、会場は負けず劣らずどよめいた。どよめきの理由は、シ
ヴァリーと似たようなものだった。

「ソルの方角、五勝零敗、我らの思考の外にある技を使い、未だ負けを知らず。ギリシアの英
雄を難なく屠るその力、瞬速にして、優美。静の殺人者――シヴァリー」
「対するはマニの方角、同じく五勝零敗、我らの預かり知らぬ武具を使い、未だ負け知らず。
その力不可思議にして、絶大。魔洞の使い手――バジレオ」
 会場を2度揺らす異色のカードは、闘士そのものが異色であった。
 バジレオもシヴァリーも、鎧を着けぬし楯を持たぬ。しかも、バジレオに至っては、刀剣ら
しい刀剣すら帯びてはいなかった。
 代わりに持つのは五寸ほどの筒の先に、回転式の機構をもうけ、その機構の下に人差し指を
入れ、柄の部分と思しき場所とで支え持つと言う不思議な武具。
 それが打ち出す礫は誰が引いた弓よりも早く、当たったものを速やかに死へと導いた。
 この手際を見て、神々は言った。アレは魔法であると。故に、名づけられた武具の名前を、
魔洞と言う。
 魔洞の使い手バジレオは、そうして五人の英雄を、身に着けた特異な帽子に触れることすら
許さず葬って、シヴァリーの目の前十間辺りのところに、立っていた。
 立てるその姿は確かに奇妙だった。鍔がぐるりと頭を中心に円を描く、不思議な黒の帽子を
被り、同系色の、皮をなめしたような細身の袴の様なものと、上着。上衣は前をはだけて、白
の、首周りが「へ」の字になっている内衣を見せていた。
 格好の奇異さで言うならば互角。そんな瓢げた野次がどこかから聞こえたが、しかし二人は
そのようなことにかかずらっている余裕など無いようで、先程から二人の視線はがっちりとお
互いを捉えており、その摩擦熱で、会場の空気がいくらか暑くなっているようだった。
 充分に会場が盛り上がるのを待って、審判役である戦いの神が、空よりコロッセオの中央に
降り立つ。彼は恭しく一礼すると、シヴァリーを見、そしてバジレオを見、喉を震わせ大音声
を上げた。
「死すべき英雄は、ここにこうして甦り、しかして己をかけて死すべく戦う! 花が散るは逃
げられぬ運命、されど花の中でも命が散るは、己の力に依る運命。自らで咲き、自らを誇れ強
き花よ。われら神々、どちらが美しいかをとくと見定めん!」
 上げるなり彼は再びいずこかへと消え、そして――

――死闘が、幕を開けた。
4

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