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私の公開 〜失望感と大暴落〜

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 何度も何度も彼女と話をしたが、心の距離は永遠のように感じられた。
 彼女とつかず離れずにいるうちに、葉の舞い落ちる秋が終わり、クリスマス、正月も過ぎ去った。何度も何度も話をしているが、しょせん学校の休み時間に話をするだけの関係で全く進展なく二月になっていた。
(本当は私のこと好きではないの?)
 授業中も彼女の様子をちらちらうかがう。
 短く刈り込まれた髪や艶めかしい首筋、少し掠れた甘い声、興味をそそる緩急を知り尽くしたような仕草。どれをとってもヨダレが出そう。
 そんなんだから最近、授業の内容なんてシャットアウト。授業の教科はいつも「妄想」ばかり。私は日本史でも反応しないほどになっていた。
「――おい、佐藤。佐藤、ちゃんと聞いていたか」
 えっ?
 彼女とは比べものにならないくらいに低く、図太い声が私に降りかかっていた。
 背がすっと冷たくなって、脇や背に汗が浮かぶ。
 周囲の少し冷ややかな視線に、私の体は焦りで沸騰しそう。なにがなにやら。わからない。でも答えなきゃ。どうすれば。
 そんな私を見て日本史担当の太めな加藤が、あきれた表情でうなだれる。その姿勢を数秒キープさせたあと、姿勢を戻しながら言った。
「佐藤、聞いてなかったみたいだな。開国前後の話をしていたのはわかっているよな。開国後、海外への金の流出が起こったのだが」
 金の流出? 幕府? 貨幣価値? 諸外国? 
 そんな言葉を耳にするたびに、このところ眠りついていたものが、目を覚ましていく。今まで蓄積してきたことを放出せんと熱を帯びていく。脳内にとあるフィールドが展開されて必要と思われるデータがひらかれて準備万端。
 そして。
私の中の日本史が、激しく脈打って息を吹き返す。
もう止められない。
私の口がおもむろに開かれて、ついに火を噴いた。
「金の流出の大きな原因としてあげられるのは、海外と国内の金銀交換比率が違っていたためです。国内では金一に対して銀五だったのですが海外では金一に対して銀十五だったため、銀を持ち込んで金と交換して利益を得る諸外国の外交官がいたそうです。金の流出は国内経済にも影響を与えました。幕府は金の流出に対応するため金含有量を減らした粗悪な貨幣を流通させた。その結果、貨幣価値が大きく低下して――」
 目の前に餌をみせられ、飢えていた私の日本史があらわれる。
 立ち上がって語る私の声が、教室の隅の隅まで響き渡る独演会は三分にもなった。いや、三分に抑えた。というのも加藤やクラスのみんなの先ほどとは違う、刺すような視線に気がつき、居心地が悪くなってあわてて話をおさめたのだった。
 すぐに日本史という名の暴れ馬を席につけた。だが、暴走した事実は消えない。
 私は窓際の席に座る彼女を見た。するとすぐに目があった。私はすぐに視線を逸らす。
壊れた機械のようにしゃべり続けた私は嫌われるのではないか。女の私が日本史を語り続けるのはどう考えてもおかしい。本当に嫌われる。
さっきまでバクバクしていた心臓に冷や水を浴びせられたように凍り付いた。
 クラスのみんなに距離を取られるよりも、彼女に拒絶されることのほうが身を切るように痛い。
 その後の日本史の授業が耳に引っかかることもなく離れていった。それにともない彼女との関係も離れていく気がした。


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