トップに戻る

まとめて読む

単ページ   最大化   

寒くなってきた晩秋の頃、俺は死んだ。


でも、生きている。

「まず名前から」

「西に東で西東、大小の大に樹木の樹と書いて西東大樹です」

「年齢は?」

「19歳です」

ただ、面接官だと思われる質問に対して答える。

「わかりました、もう一度確認します」

3度目の確認が始まった。
もう問いかけは頭に入れないことにしよう。
それより、ここはどこか考えるべきだ。

「…」

辺りを見回してみる。
個室に長方形の教卓を挟んで俺と相手がパイプ椅子に座っている。
客観的に見れば明らかに面接中だと思われるだろう。

「ここは生前で言う天国です」

そんなことを考えていると不意に復唱していた問いかけとは別の言葉が耳に入った。

「…え?」

「西東大樹さん、天国のイメージはどのようなものでしたか?」

天国…。
頭がおかしいんじゃないかとも思ったが、俺は確かに死んだ。
死んだ記憶はあるのに今生きている。
そして、顔色一つ変えない面接官の真剣な顔をじっと見つめる。

「え…、えーと」

自分には面接の免疫なんてない。
よって、問いかけにもしどろもどろしてしまう。
頭の中でひたすら緊張を抑えるために練習してきた素数の数え方を高速で数える。
まさかこのような場で役立つとは思っても見なかったが。

「こう、お花畑が…、パァーってなってる感じですかね?」

ある程度認知されているであろう天国のイメージを言ってみた。

「だいたいの方がこうおっしゃいます」

「あ、そうなんですか…」

一般論からしたらそうだろう。
もし仮にここが天国だとして、生前と変わらぬ世界と想像できる人間は世の中に何人いることか…。

「しかし、実際の天国とはそういった楽園のようなものではなく、生前と変わらぬ姿をして存在しています」

天国も地獄も信じていなかったので、存在していたことだけでも驚きなのだが。

「時間を押していますので、西東さんに担当の者をつけます」

「はぁ…」

そう言われると、さっさと出て行けと言わんばかりの眼光で退出を急かされた。

「よくわからんことになってるな…」


疑心暗鬼に陥るほど何回でも疑ってしまう。
でもこれはいたって正常なのだろう。
もし死んでいて、ここが天国だったとしても頭に輪っかも浮かんでないし足もちゃんとある。
体温も、五感も失ってはない。
生きているとしか思えない程変わらなかった。
もしかして自分は死んでなくて、変な宗教に記憶の改竄をさせられ連れさられたのではないか。
そうだったら手遅れになる前に帰りたい。
しかし、この記憶は嘘ではない。
今でも鮮明に思い出せるくらいだ。

持病であり、世界で一番厄介な難病にかかった自分自身のことを思い出した。
「凍血症…?」

薬を買う金もなく放置していた風邪。
治りそうもないので泣く泣く病院へ行った。
ただの風邪かと思われていたそれは全く違う病気だった。

「現代医療でも治療法が見つかっていない難病です」

最悪インフルエンザ程度かと思っていたが、まさかこんな冗談が通用するとでも思っているのか。
第一、そんな病気聞いたこともない。

「エターナルフォースブリザードとも呼ばれます」

…それなら聞いたことがある。
だが、本当にその病気が?俺に?なんで?

「感染経路もわかっていない、医学の分野ではほぼ未開拓の病です」

助かる道はもうないってのか。
なんか俺の人生あっけなかったと思う。

「おーい、聞いてる?」

「うおっ」

回想に浸っていると、一人の男が話しかけてきた。

「何ボーってしてんの、しっかりしてくれよ」

「はぁ、すいません」

先ほどの面接のような質問が終わり追い出され、廊下にある長椅子に腰掛けていた。
どうやら、回想の世界にちょっと入り込みすぎたようだ。
目の前にいる男の問いかけにも気づかないとは。

「俺は担当の奥田だ、これ4回目な」

4回も言ったのか。
このお兄さんとおっさんの中間みたいな人に、4回も。
傍から見ればさぞ怪しかっただろうに。

説明を必死に理解して頭の中に叩き込む。
これほど生きていて苦手なことはない。
いや、まぁ死んでるんだけども…。

「要するに、お前は仏さんになって天国に来たって訳だ」

この人の要するには要していない。
まとめられていないので自分なりに必死でかき集めた現状を整理してみる。

俺は病に倒れ、死んで天国へ来た。
ここまでならまぁアレなのだが、天国が生前と変わらないような場所だった。
面接みたいな面談で個人情報をさんざん問いただされ、天国の案内人とも言える人物に説明を受けた。

「あ、そうだ」

奥田さんが何かを思い出したように呟いた

「時間がないから行く」

「え?」

あまりに急だったのでちょっと混乱したが、奥田さんはどこかへ行くようだった。
去り際、わからないことがあるなら電話してこい、と携帯電話を渡された。
電話帳には一件だけ奥田さんの電話番号が登録されている。
…とりあえずここを出て外を散策してみるか。

陳家なビルを出て、外に出てみた。
本当に普通の街だった。

「俺本当に死んだのかな…」

再確認してしまうほど、天国は生前の世界に似ていた。
電柱には日本のどこかにありそうな名前の住所が書いてある。
歩道には人がちらほら歩いていて車道には車が黒い煙を出して走っている。

「いや、死んでないよなコレは…」

洗脳されかけている自分を呼び覚まそうとした。

「やっぱり脳みそいじくられて色々されたんだな、俺」

5分ほど黙祷してると突然電子音が鳴り響いた。
さっき貰った携帯電話だった。

「はい、もしもし」

画面を見ても奥田さんではなかったが、黙祷以外成す術もないので出てみることにした。

『もしもし』

声からして奥田さんではないようだ。
この人から何かアドバイスとかもらえないだろうか。

『北星堂2番地に来い』

そう言われると電話は切れた。
住所は別に欲しくなかったんだけど…。
道行く人に場所を尋ねながら「北星堂2番地」を目指した。
2, 1

  

「俺、死んじゃうんだよな」

暑いくらいの病室で厚い布団をかぶりながら言った。

「わかんね、でも頑張れ」

友人が汗を拭いながら励ましと捕らえていいのかわからない言葉を発した。

「あー、寒い」

全身が寒い。
鳥肌がたってくる。

「全然暑いですけど、真夏ですけど」

「でも寒いんだよ」

常人にはわからない寒さだ。
真冬だったら凍死していたかもしれない。

「とりあえずこの部屋サウナみたいだし俺体もたないし帰るわ」

汗を十分吸い込んだTシャツを見てこの部屋が如何に尋常じゃない暑さかが見てとれる。

「おk」

「まぁ何かあったら呼べよ」

病気にかかり、病室に一人ベッドで寝ていると異常な孤独感が訪れる。
そうなるとたとえ友人でも人肌恋しくなるときだってある。

「市川」

「どうした」

振り返ったヤツの顔がやけに輝いて見えた。
健全とは気づいて初めてありがたみがわかる。

「俺、死なないよな?」

俺も早く治してこの状態が笑い話になるようにしたい。
でも、そう思えば思うほど弱気になってしまう。

「お前は不死身だろ?」

市川の口元が笑った。
目は笑わない、いつもそうだった。

ドアが閉まる音を聞いて、俺は病魔に押しつぶされそうになった。
死なない、死にたくない。
天国も地獄もない無の世界。
輪廻転生はちょっと信じたいが、どうせ来世は虫とかなんだろうな。

「俺、死なないよな…、絶対」


目的の場所に着いた。
どうやらここは駅前のようで、昼間なのに人がたくさんいる。
特に栄えてもいないこの駅前に何の用があって来ているのだろうか。

「さて…」

番号を知っているということは奥田さんに用がある人物。
もしくは俺に用がある者…くらいか。
後者なら俺を知っているはずだし向こうからコンタクトをとってくるだろう。
だが、この人の量じゃとても俺を見つけられないだろう。
さっきの番号にかけなおそうと画面を見てみると新着メールが1件あった。

『0216のロッカーを調べろ』

本文にはその言葉のみ。
あと、駅前のコインロッカーであろう写メも添付されていた。
駅前にロッカーなんてどこにでもある。
探すのだけで日が暮れそうだ。

栄えていなくとも、この北星堂駅前にはかなりのコインロッカーがあった。
通常の3倍くらいの数であらゆる所にあるコインロッカー場。
ただ、見つかるのに数分、もしくは数時間かかると思われていた0216番のロッカーだが意外とあっさり見つかった。

「地図でロッカー場の数見たときはびっくりしたけどな…」

無用心なことに鍵はさしっぱなしにしていた。
そして、肝心のロッカーには一つ、機械が入っていた。
飲食店で注文を聞くときに使う電子手帳のようなものだ。
この物体が次の行く先を教えてくれると信じて手を伸ばした。
が、よく考えて見たら何があるかわからない世の中。
ましてやこの世界じゃ小型爆弾なんてザラかもしれない。
安易に触ってはいけないような気がしてならない。

「まぁ一回死んでるからいいや」

躊躇は安い理由で打ち破られた。
差出人不明のメール・ロッカーに入っている異物。
生前なら絶対手には取らない。
ここが天国とも認めたくはないが。
電子手帳のボタンを押してみる。

「セーフか?」

異常は無い。

と思った矢先の出来事だった。
3

賞味期限 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

トップに戻る