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桜の下の憂鬱

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僕には何もない。
勉強が得意でも、スポーツが得意でも、芸術的センスがあるわけでもなく、女子にモテない。
才能もないのに努力すらしようとしない、典型的なダメ人間だ。
周りの友人たちがとてもうらやましかった。
才能があるやつはもちろんだが、そうでなくても何か好きなことに一生懸命なやつも。
きっと世界が違うのだろうと思った。
どうして好きなだけでそんなに打ち込めるのだろうか。
途中で飽きて、嫌になって、投げ出したりしないのだろうか。

などと余計な心配ばかりしていつのまにか16回目の春。
春は出会いと始まりの季節とよく言うが、僕を突き動かす『なにか』との出会いはなく、いっこうにこの無気力な日々の終わりは始まりそうになかった―

2007年4月、桃色の花びらは入学式まで持たず、緑の葉ばかりをつけたどこか見劣りのする桜が新入生を迎えた。
昨日降った雨と散ってしまった花びらで散らかっている校庭を歩いている男がいた。
その男は少しくたびれた制服、半年以上前に買った気に入りのALLSTARのベージュのスニーカーを身に着けている。
何故か少しゆがんでしまった黒色のセルフレームのメガネをつけているのも特徴だ。あとワックスで適当に固めた髪も。

それが僕、高津明。北高校、2年2組16番、帰宅部。趣味は特にない。
容姿や所属からはどうしても「クラスになじめない暗くて陰湿なやつ」と思われてしまうが案外そうでもなかった。
クラスの全員ともよく話すし、遊びに行ったりもする。かなり前だが彼女だっていた。
かと言って誇らしげに言うことでもないのだが。
ただ僕には中身がないのだ。適当に友達と話を合わせて笑ったり、怒ったりする。
けど、そういうことに理由が見出せない。
他人との関係を見繕って適当なことを言ってるに過ぎない。こんな時代なので、一人はやはり怖いらしい。
そうやって無気力、無関心な日々を送っている僕が待っているのは―
こんな日々の終わりの始まりを告げる人との出会い。
今年こそは誰かが僕を満たしてくれるのだろうか。
この満たされない心とからっぽの頭に。

「明ーお前今日暇だろ?ちょっと頼まれてくれよ」
放課後。生徒のざわめきと野球部の掛け声とこいつの声。
いつもの夕景だった。頼みごともいつもと同じ。
「また数学か…今日のとこは簡単だったから自分でやれよ」
「そう言わずに、今度ライブ無料招待してやるからさ。今日も練習あるんだって」

ハル―浅月晴一とは小学校からの付き合いだ。
僕とはまるで対の存在。
勉強はともかく、スポーツはかなりできる。中学まで剣道をやっていた。
高校になって剣道をやめた理由は『バンドがしたかった』かららしい。
実際一年の時のクラスメイトとバンドを結成している。名前は…忘れたが。
しかも女子に結構モテるときた。どこまでも逆なヤツだ。
ハルは数学と生物が苦手で、毎日のように僕に宿題をやらせる。
周囲はそれを同情の目で見るが、パシリというよりは頼られていると感じられて嬉しかった。
多分ハルがいなければ僕は軽く引きこもっていたかも知れない。
それほどにハルの存在は大きいものだった。
だから僕はコイツの願いはできるだけ叶える。
いつものように嫌々言いながら宿題を受け取るのだろう。
つながりを絶やさないように。

返事を言い終わる前に、廊下から聞き覚えのある声が近づいてきた。
「ハル!早く行くよ。今日二時間しかとってないんだから」
声の主は教室に顔だけ出しこちらを見ていた。
「あ、高津君も後でおいでよ。終わったらみんなでジョイフル行くから」
声の主は桜井まどか。ハルのバンドのベーシストで…ハルの彼女だ。
この声を聞くたびにたまらなく悲しくなる。
半年も前に好きだっただけなのに。それだけなのに。
叶わないと分かっていても恋をしてしまう。人間ってのはつくづく嫌な生き物だ。

「じゃ明、宿題よろしく~」
「ハイハイ、六時過ぎにそっち行くよ」

適当に返事をし、ハルと桜井を見送った。
どうやったらハルみたいになれるのだろうか。
やりたいことをやりたいようにやり、好きな人には好きだと言えるような。
そんな人に僕はなりたかった――――
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