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見つからない、離れない 10

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 優奈の部屋を出て、階段を降りていると、丁度202号室から男が出てくるのが見えた。
黒いジャケットを着て、髪を黄色だかオレンジだか良く分からない色に光らせている。
きっと、捕食者の攻撃をかわすためのものに違いない。
声をかけてみる事にする。自分も暇なのだな、と流子は思う。

「すみません」
男は黙ってこちらを見る。
「202号室にお住まいの方ですか?」
「そうだけど、ん?何か用?」
用も無いのに話しかけて貰えると思ってるのか、この男。

「警察から話を聞かれましたか?」
「警察?何かあったの?そういえば何だか、がやがやしてるみたいだけど。そんなことより君、可愛いね。中学生?」
流子は軽く頭にきたが、顔に出さない事にする。

「302号室から死体が見つかったらしいです」
「死体!?・・・ほぉーん・・・はぁーん・・・」
男は後ろ髪をぽりぽり掻きながら、真上を見たり後ろを見たりする。

「もし、まだ話を聞かれていないなら、出歩かないほうがいいんじゃないかと思いまして」
「・・・あー、いーのいーの。俺これから仕事だから。あ!よく見たら君の制服、S高校のじゃん!へ~頭いいんだ~」
悪びれもせず、男が言う。
他人に向かってチビと言って、何も感じていないかの如く振舞う人間に久しぶりに会った気がした。

「そうですか、では失礼します」
「あ!ちょっと待って!」
男が胸ポケットから何か取り出す。
「俺、こういうもんだから。よろしくね!」
何を揉んだのだろう。
男が渡してきた紙切れを一応見てみる。
ローマ字で、TSUBASA SAKIZAKI と書かれている。
紙自体が黒い色なので、この紙にメモを取るときは白のペンでなければ見難いだろう。

 その後、男が色々と喋っている内に小野刑事が降りてきて、男を連れて行った。
男はなにやら喚いていたが、石像のような刑事に逆らう事は出来なかったようだ。

 自転車の鍵を開け、流子は自宅へと向かう。
スピードを出せば出すほど、冷たい風をまともに受ける。
外はすっかりと暗くなっている。
暗いほうが、少なくとも明るいよりは安心できる。
もし、のっぺらぼうとすれ違う機会があったとしても、暗ければ自分の見間違いとして処理する事ができる。

 何かが手に触れた。
虫かと思ったら、雪のようだ。
今年初めての雪か、と一瞬流子は思ったが、気のせいだった。
今年の一月一日は、確か雪が降っていた。

 二人の男女を、自転車で追い越す。
恋人同士を見かけて羨ましい、という感情を流子は抱いた事が無かった。
しかし、今だけはほんの少し例外だ。

 恋人が居る、という状況自体を羨ましく思ったわけではない。
むしろ、そういった関係は煩わしそうで、出来る限りは避けて通りたい。

 ただ、お互いに固く握り合った手は、どう見ても風に晒された自分の手よりは暖かそうに、流子には見えた。

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かつまた 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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