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第1話

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赦されることの無い没義道の牢記だろうね

だけどね、今でも云えるから、希うは平癒ではなかったかんだ

幾億の想い、願い、祈り…未来永劫たった一人のあなただけに




これから述懐するエピソードは、とある現代病を患った種厨の闘病生活を綴ったもの。


世界中の人に…なんて大それたことはひとつも思わない。ただ、世界中のたった一人の人だけにでも届いて欲しい。









無感動な日々を過ごしてきた。同じ日常に倦んでいた。感動なんて何もねー。

ウトウトしながら、突然ザフトが埼玉を攻めて来たときの対策を書き連ねていた6時限目の数学。

9ヵ月くらい前の今頃、この高校に入学したときだな、世界中すべての人間がナチュラルではないかという懸念で心がいっぱいだった。そんな懸念を打ち消したいが為だけに、僕は入学初日の自己紹介で

「ただのナチュラルには興味ありません。この中にコーディネイターがいたら私のところへ来なさい、以上」

と周知しておいた。以来、僕に話しかける人間は現れない。

渋谷系とかイカ天とかだろうか、わけのわからん若者話に興味が無い以上、僕から誰かに話しかける必要も無い。


僕は世界を拒絶してみせる。


終業のベルが鳴った。さあ、帰り仕度だ。

「腸(ひろし)、帰ろうぜ」

えへらえへらと汚い笑みを浮かべながら僕に誘いかけるこいつは田中海樹王(たなかかいじゅおう)ちなみに腸(ひろし)というのは僕の名だ。


ひとつ訂正させてもらう、僕に話しかける人間は”海樹王以外には”いない。


紆余曲折を経て、僕にとって唯一の友人となり、親友となった男だ。僕達の出会いについては、またいつか別の機会に話そうと思う。



駅までの道をいつも通り歩く。海樹王がどうでもいい話を持ちかけ、僕が適当に相槌を打つ。


「腸(ひろし)さー、もーちょっとクラスのみんなと話せよ」

「だりいよ」

「高木がSEED好きみたいで、腸(ひろし)と話してみたいってよ」

「ストライクについて、レポート千枚書いてきたら話してやるよ」

「そーそー、高木にこれ借りたんだ」


海樹王は鞄に手を突っ込み、何かを取り出した。

「DVD?」

「そー。かわいくね?」

炎髪灼眼の少女が描かれたジャケット。全く知らんが、絵的に嫌いではない。

このアニメをずっと観たかったこと、高木なる人物に借りれて嬉しかったという話を延々と聞かされた。



異変が起きたのは次の日の朝だった。

海樹王の顔が蒼白だった。いつもなら教室のドアを開け、誰彼分け隔てなく挨拶した後で席に着く海樹王が、無言で席に着いた。

体調不良だろうか。


休み時間は一人で過ごす(海樹王が話しかけてこない限り)僕とは対照に、男女問わず様々なグループに話しかけては笑いの渦を作りあげてきた海樹王が、一日を茫然と自席を立たず過ごしていた。

何人かが心配し、海樹王に声を掛けていたようだが、海樹王はてんで上の空だった。


一応、気にはなっていたので、帰り際に「どーした?」と海樹王に話しかけてみた。

「悪いが腸(ひろし)、話し掛けないでくれ。そして今日は一人で帰ってくれ」

という回答にしばし腹が立った。僕にそう告げた男の虚ろな目線は、斜め上の天井を指していた。


そんな日が3日間続き、4日目の1時限目のことだった。


発音の悪さに定評のある英語教師の手塚が、べらべらとKumiとKenについて語っていたその時、事件は起きた。


「あぁあああssたdrたqwせdrftgyふじこl;@」


この世の物とは思えない、断末魔が教室中に響き渡った。


発信源は海樹王だった。


「どうしたの田中君?具合でも悪いの?」


海樹王隣の席のどえらい美女が海樹王を気遣っての台詞だ。あ、この人の名前は知ってる。森口響愛星 (もりぐちてぃあら)さんだ。清楚で可憐な彼女には、心なしか惹かれるものがあった。


「ぅ…う…うる…さい」


と告げた海樹王。何を言っている。立場をわきまえろカスが!!!!


「大丈夫?保健室行こうか」


…同じこと森口さんに言われてみたいな。


「ききたい…」


???


「え?どうしたの?」


わけわからん


「うるさい…がききたい」


「え??」


海樹王は立ち上がった。森口さんの顔面を鷲掴みにし、


「ウルサイ…ト…イエ…コロスゾ…」


「ナニシテルデスカ、ヤメナサイ」


手塚が止めに入るが、海樹王は気にも止めず


「サア…イエ…ウルサイト…」


森口さんは小刻みに震えていた。後姿しか見えなかったが、泣いていただろう。

「う…る……さい」

森口さんは海樹王の要求に応えた。涙声だった。驚きと恐怖でいっぱいだったんだろう。


そして

「アァァアァアッァ!!!!!オマエデハダメダ!!!!!!」


そのまま森口さんを壁に叩きつけ、海樹王は得体の知れぬ叫びと共に猛スピードで教室を去った。


僕は呆気にとられた。


泣きじゃくる森口さんを数人の女子が囲み、慰めていた。そして、手塚を含め唖然とする教室内の空気、その空気は一日続いた。


放課後、やはり海樹王のことが気になった僕は、海樹王の家を訪ねた。何度かお邪魔したことはあるし、根拠は無いが、僕になら心の内を明かしてくれる気がしたんだ。



市営住宅の1階、サボテンの鉢を飾った玄関、そっとチャイムを鳴らした。

ペンキの剥がれた鉄製のドアが開かれた。


「腸(ひろし)君…」


僕をそう呼んだこの化粧の汚い熟女は海樹王の母親だ。


「今日は学校でしょ?突然帰ってきて…何も喋らず部屋に閉じこもってるの…学校で何かあったの?」


「なんでもありませんから。僕に任せてください。お邪魔しますね。二人で話をしたいので…」


化粧の汚い熟女を追い払い、見慣れた部屋のドアの前に立った。”かいじ君の部屋”というネームプレートが吊下げられている。僕はドアをノックし、かいじ君の名を呼んだ。


「海樹王、おれだよ」


「…腸(ひろし)か、悪いが一人にしてくれ」


「お前は俺の親友だ、このまま帰るわけにはいかない」


返事は無かった。


「話したくないなら何も聞かない。だけど心を痛めてるなら分かち合いたい。矛盾しててごめんな、でもこれくらいしか言えない、ごめんな」


「…お前にだから言う…」



「何をだよ??」


分からない。海樹王が何を思っているのか全く分からない。でも、どんなことだって聞いてやれる。そのくらいなら。そのくらいしかできなくても。



「…釘宮病に…気をつけろ」
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