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殺意

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「明日中間テストだって知ってる?」
「何それおいしいの?」
 煙草をぷかぷかしながら真顔で聞き返してみた。
「・・・・・・良くそれで今まで単位を落とさずにやってこれたね」
 呆れ顔で今俺のほうを見ているこの男の名は「伊藤 大地(イトウ ダイチ)」。
 我らがサークルはダメ人間ばかりだが、この大地だけは唯一真面目な人間である。
 因みに、イケメンでスポーツもそこそここなし、ギターも弾ける。極めつけは料理を始めとする家事全般が得意という完璧超人である。唯一駄目な点があるとすれば、俺たちと同じように喫煙者だということだろうか。
 ここまで出来上がってると嫌味にすらならない。
「中間テストかぁ、授業出てないから資料とか持ってないや。勉強のしようがないから諦めよう!うん!」
 俺が清々しい顔をして決意をしたというのに、大地はおせっかいを焼いてくれた。
「そういうと思ったよ。今日バイト終わったら家においで、資料のコピーと、範囲の内容教えてあげるから」
「ありがとうございますぅ!流石ですぅ!」
 なんてやり取りをしてると、丁度ワタルもやってきた。
「何の話してんのー?」
「大地が明日のテスト教えてくれるって。ついでに夕飯もご馳走してくれるって」
「誰もご馳走するなんて言ってないぞ」
 夕飯、という言葉をワタルが見逃すはずがない。
「ご馳走様です」
「待てコラ」
「いやぁ!大地様は神様です!なぁワタル!」
「俺らのような貧乏人に、肉をご馳走してくれるなんて!なぁりょっち!」
 強引に話を進める俺たちに、やれやれと言った感じで溜息をつく大地。
「わかったよ。二人ともバイト終わったらウチに来い。一緒に面倒みてやる」
「「あざーっす!」」
「ハイハイ、どういたしまして。ホラ、早く移動しないと講義始まるぞ」
 俺たちは煙草の火をもみ消し、講義に向かった。

「―――出生率をα、死亡率をβとし、出生率から死亡率を引いたものをγとして―――」
「今度の日曜、どこいくよ?」
 ワタルとは今週の日曜日にツーリングに行く約束をしていた。
「たまには違うとこ行ってみますか」
 いつもは近場の峠だったり、東京から山梨へ続く信号のない山道なんかを飛ばして遊びに行っているのだ。
「0<γならば次のような式で増加、0=γならば一定、0>γならば次のような式で減少―――」
「でも日帰りじゃぁ大したところまでいけんでしょ」
「あ、箱根とかどうよ。温泉入って」
「しかし!このマルサスのモデルは定数γが0以上ならば無限大に増加し!これは現実では―――!」
「あ、いいね温泉!」
「だろだろ!?」
「その点を!改善したのが!ヴェアフルストの!モデルで―――!」
「いろは坂か、悪くない」
「うはwwww死亡フラグwwwwwwwww」

「そこ!うるさい!」

「ゲーセンでいろは坂のコースは熟知してるぜ!」
「ゲーセン知識かよ!」
「君達!」









 ん?なんか辺りが静かである。講義はどうしたんだろう?
「真面目に講義を受ける気がないなら出て行きなさい!」
 俺たちに言っていたらしい。気付かなかった。
「ワタル、真面目に講義受ける気ある?」
「ない」
「おし」
 カバンを持って立ち上がる。そもそも俺たちはノートすら出していない。
「お前らなぁ・・・・・・」
「話しかけないほうがいいぜ大地、同類だと思われたら大変だぜ?」
 大地のほうを見ずに、小声でワタルが返事をする。
「後でノート写させてくれ。飯おごっから」
 因みに、ワタルが人に飯をおごる光景など一度も見たことがない。
 周囲の人達がじろじろと見る中、俺たちは
「しっかしアメリカンでいろは坂を攻めるのは無茶だろう」
 なんて話をしながら教室を後にした。

「ちっと早いけど、俺バイト行くわ」
「おう!また後でな!」
 そう言って、俺はワタルと別れた。
 おっと、バイトに向かう前に連絡を入れなければ。
 俺は携帯を取り出し、電話をかけた。
『はいはい、ユウちゃんですよ』
「自分でちゃん付けする女って、馬鹿だと思われるって知ってた?」
 プツ。ツーツー。
 き、切りやがった。まさかこの返しは予想していなかった。
 もう一度かけ直す。
『はいはい、ユウちゃんですよ』
「・・・・・・」
『用があるなら早く言えよ。切るぞ』
「わかったから切るな。今日友達の家で勉強してから帰るから、飯先くって寝ててくれや」
『ラジャー。しかし、夕飯はどうしろと』
「自分で作るか、コンビニにでも行けよ」
『えー』
「えー、じゃねぇ。何で俺がいっつも作らなきゃいけねぇんだ」
『( ´゚д゚`)エー』
「電話なのに表情が分かるような特殊能力使うな。切るぞ」
『ハイハイ分かりましたよー。りょっちが友達と楽しく食事をしてる間、一人で寂しくコンビニ弁当でも「ブツッ」
 今度はコッチから電話を切ってやった。
 すぐさまメールを受信した。やはりユウからだった。
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From ユウ
For りょっち
Title:あいしてるよ

殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
-------------------
 これが冗談だというのだから恐ろしい。



-----------------------------

「それじゃ、お先失礼しまーす」
「あぁ、白石先生ちょっといいですか?」
 バイトを終え、帰ろうとした所を主任に止められた。
「なんすか?」
「あの、来週テスト直前なんで、赤羽(アカバネ)先生と一緒に入ってもらうことになるんですけど―――大丈夫で「大丈夫ですよ」
 ・・・・・・少し、間髪いれずに返事をしすぎた気がする。
 気のせいということにしたい。
「すいません、人手が足りなくって」
「いやいや、むしろ気を使わせちゃって、こっちが謝りたいくらいです」
 それじゃぁ、と塾を後にする。
 赤羽、というのは智恵の苗字だ。
 俺たちは、同じ塾でバイトをしていた。
 主任達には内緒にしていたのだが、フラれた当時、あまりにも無気力すぎた俺を心配して、主任が家に招待してくれた。
 その時、酒を飲みすぎた俺は、泣きながら洗いざらい喋ってしまったらしい。
 そんなわけで、主任達も、俺たちが付き合っていたことを知っていた。フラれたことも。
 まぁ仕事は仕事。私事は私事。公私混同はよくないですね☆ってことで、俺としては一向に平気なのである。
 向こうは向こうで、もう俺が立ち直ってると思っているみたいだし。
 何も問題はないのである。
 それよりも、今は目の前の中間テストだ。
 その中間テストに向けて、大地の家に向かうべくバイクを走らせた。

 大地の家の前には、既にワタルのシャドウ400が止まっていた。他にバイクは止まっておらず、TodayとかJOGとか原付がチラホラ止まっていた。
 少し遅れちまったかな?と思いながら、大地の家のドアを開ける。いちいちインターフォンなぞ押さないのが俺クオリティ。
 しかしドアを開けてみると、玄関にはなぜか靴が大量にあった。
 はて?他にも誰かきているのだろうか?
 しかしそんなこと気にせず、勝手に上がりふすまを開けて叫ぶ。
「大地ー!腹へ・・・・・・・」
 そこには、大地と、ワタルと

 智恵と達也がいた。
16, 15

  

-----------------------------

「あ、りょっち。りょっちの分の飯まだあるかわかんないかも。ちょっと冷蔵庫確認しよう」
「え?あ、おう」
 コタツから出てきた大地に、押されるようにして台所へ移動する。
「メール見た?」
 襖を閉ると同時に大地に聞かれた。なるほど、と思った。
「バイト終わってすぐに来たから、見てない」
 そっか。と呟くように返事を返す大地。
 携帯を確認すると「ごめん今日ムリ」とだけメールが来ていた。
「あー、いやその何だ。資料だけもらえれば俺自分で勉強するよ」
「ごめんな。あいつら急に来ちゃってさ。りょっちなら多分資料見れば、俺なんかに聞かなくてもすぐ分かると思う」
「まかせろよ、子供時代は神童って呼ばれたいって思ってたんだぜ」
「呼ばれてねーじゃねーかwwww」
 大地に気を使わせないようにふざけて答える。
 とりあえず、資料をもらうには部屋にもう一度入らなくてはならない。
 大地が「ごめんなー」といいながら襖を開ける。
 それに対し俺は「まぁ材料がないんじゃしょうがない。わさび」とハイセンスすぎるせいで、理解されないっぽいギャグで返しながら部屋に入る。
「じゃ、これ資料」
「サンクス。お、つーか俺コレ知ってるわ。何とかなりそうだ」
 智恵や達也と不自然にならない程度に目を合わせないようにしながら、資料を受け取り、帰ろうとしたその時。
「なに?りょっち帰んの?」
 智恵に引き止められた。
「いや、飯ないし、資料もらえたし、人大杉だし」
「コレわかんでしょ?大地の説明難しすぎてわかんないんだよ。分かるなら教えてけよー、カップラーメンでも食ってろよー」
 どんだけ自己中なんですかコイツ。
 そんなことを思いながらも、チラっと達也のほうを見る。明らかに不機嫌そうな面をしている。
 自分の彼女が、元彼を引き止めるというのが面白くないのだろう。
 だが、それは俺にとっては面白い。
 大地が心配そうにこちらを見ているので、目線だけで「大丈夫だから」と返し俺もコタツに入ることにした。

「ねぇ、ここってどうやって覚えてんの?覚えらんないんだけど」
「あぁ、そこは語呂あわせで覚えてる」
 現在、恙無く普通に勉強会中。
「別にそんなに無理して覚えなくても平気じゃねー?」
 と、時々達也から邪魔が入るが、まぁそれも仕方のないことなので特に反抗しない。
「語呂合わせ?そんなのあったっけ?」
 と真面目な大地が聞いてくれるので問題なく続けられるのだ。
「ないよ、俺が作った。」
 今勉強しているのは、ネットワーク関連の講義である。
 データ通信を行う際に、どのような経路を経てデータが転送されるのか、それが出題されるらしいので、その経路を覚えなければならないのである。
 その経路とは、アプリケーション層・プレゼンテーション層・セッション層・トランスポート層・ネットワーク層・データリンク層・物理層、といった順番である。
「刷り込みって意味の単語で、アプセットって単語があってな。これが丁度上から順番に層の頭の文字をとったものになるんだ。ちょっと待ってな」
 俺はそういうと、ノートにそれぞれの層の名前を書き出した。

ア プリケーション層
プ レゼンテーション層
セッ ション層
ト ランスポート層
ネ ットワーク層
デ ータリンク層
物 理層

「縦読みしてみ」
「なるほど!」
「さらに、ネットワーク、データリンク、物理の頭を取ると・・・」
 そこまでいってピンと来たのか、ワタルが面白そうにいった。
「アプセットね!デブ!か!キタコレ!」
「覚えやすいだろ、馬鹿っぽくて」
 ワタルはその後も、アプセットね!デブ!と何度も言いながら笑い転げていた。そんなにツボったのか。
 と、その時時計を見ると夜中の1時を回っていた。
「おっと、俺はそろそろ帰ろうかな」
「あ、俺も」
「あ、私も帰る」
 と、腰を上げたところで大地が言った。
「あ、達也電車だろ?もう終電ないけど、どうする?」
 ・・・・・・そういや、こいつだけ足がないのか。
 智恵は原付、俺とワタルにはバイクがあるが、達也はそういった乗り物を持っていない。
「ワタルに後ろ乗せてもらえば?」
 智恵が言った。そうか、ワタルの家と達也の寮って近いんだっけ。
「そっか、部屋近いもんな。ワタル乗せてやれよ」
 俺がそういったとき、智恵が一瞬「え?」って顔をしたが、気のせいだろう。
「あぁ、そうだな。乗ってけよ。」
「ありがと。寮のほうでいいよ」
 寮のほうでいい?あぁ、そういえば今達也って智恵の家で寝泊りしてたんだっけ。
「えー、ウチ来なよ」
 なるほど、先ほどの智恵の表情はそういう意味だったのか。
「いや、ワタルに悪いから。それに寮のほうが学校に近いし、明日朝早いし」
 智恵は不満そうだったが、結局達也は寮に帰ることに決まった。
「じゃぁな、大地。また明日」
「またねー」
「おじゃましましたー」
「おう、またな」
 大地に別れを告げ、各々のバイクに跨り帰路についた。

 俺とワタルは殆ど同じ方向。智恵だけが反対方向に帰ることになる。
 智恵は不機嫌だったのか、さっさと原付に跨ると先に帰ってしまった。
「あ、ワタル。こっからだと国道より裏道使ったほうが近いけど道知ってる?」
「しらねー。りょっち先導よろしく」
 ということで、俺が先を走り信号の少ない道を進んだ。
 この辺は新しく開発されている団地で、夜中ともなると交通量は0に等しく、信号も少ない。
 そんなわけで、そこそこスピードを出しながら走る。
 途中、数少ない信号で止まると、ワタルが大声で話しかけてきた。
「アプセットね!デブ!は覚えたんだけど、それぞれの単語忘れた!」
「これはひどい。それだけ覚えても意味ねぇよ」
「うっせ!調子にのんなよりょっち!」
 信号が青になったので、スタートダッシュで引き離す。向こうは達也を乗せて二人乗りである。
 しかし、悲しいかな。俺のバイクは250cc。最高速では二人乗りでも400ccには適わない。
 さらに、古いだけあって少しでもスピードを出すとこのバイクは不安定になる。
 少し言ったところで右側からワタルと達也が笑いながら俺を抜いていく。
(くやしいのうwwwwくやしい・・・・・・あれ?)
 悔しがりながらも前を見る。
 開発中なだけあって、ここいらは街灯が少ない。
 昼間なら、この先はだたのなだらかな下りで、だだのなだらかなカーブだ。しかし、今は―――
「ワタル!とまれええええええええええ!!ワタル―――!!!!」
 ―――街灯が少ないせいで、ブラインドコーナー・・・・・・曲がった先が見えないカーブになっている!
「馬鹿野郎!!!スピードおとっせっつってんだよおおおおおおおお!!!!!!」
 必死で叫びながら、パッシングし、クラクションを鳴らす。だが、前を行くシャドウは一向に減速する気配がない!
 くそ!追いつけない!間に合わない―――
 ガシャアアアアアアアアアアアアアア!!!!
 多分、そんなでかい音がしたんだと思う。しかし、この時俺はその音を聞き取れなかった。
 俺も、何かを踏みつけてスリップしていた。
 それが何かを理解したため、音なんか聞いている場合じゃなかったのだ。
(嘘だろ?あれだけ離れていたのに、こんな場所までシャドウのパーツが吹っ飛んでくるなんて―――)
 俺が踏みつけたのは、前を走っていたワタルのバイクのパーツだったのだ。

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「・・・・いってー」
 誰に聞こえるわけでもないのに、そう呟いて立ち上がろうとする。
 どうも右半身を擦ったみたいだ。受身は取れたので、骨折なんかもないみたい。動く。
 起き上がって視界に入ったのは、横倒しになっている俺のバイクだった。
(とりあえず・・・・・・起こさなきゃ)
 混乱する頭で何とかそう考えて、バイクを起こす。
 ウィンカーとミラーがどこかに行っているが、奇跡的に他の箇所はなんともなさそうだ。
(・・・・・・つーかワタルと達也は!?)
 ようやくそこに思い至り、振り替えると俺が倒れていた位置よりも大分上のほうで二人とも倒れていた。
「おーい!二人とも、大丈夫か!?」
 痛みの残る体を引きずりながら、二人に駆け寄る。
 二人を乗せたバイクは、どうやら曲がりきれず、なんに使うのか分からない空き地を囲うコンクリートの塀に激突したみたいだ。
 達也は途中振り落とされたのか、吹っ飛ばされたのか、バイクよりも離れた俺に近い地点に仰向けに倒れていた。
「おい!聞こえるか!?」
 どこに怪我をしているか分からないので、とりあえず大声で声を掛ける。
「聞こえてる・・・・・・、足が動かない・・・・・・、体も起こせない・・・・・・、寒い・・・・・・」
 足は多分折れている。体が起こせないって事は・・・・・・まさか背骨?
 達也からそう聞いたとき、なぜか俺は反射的に口元を押さえていた。

 ・・・・・・・・・・・・俺、今笑ってなかったか?

 何で笑う?
 分かりきっていた。
 何を考えた?
 分かりきっていた。
 分からない。
 分かろうとしない理由も分かりきっていた。

「寒い・・・・・・」
 達也のその声で、意識が戻った。
「なんか服いるか?」
「寒い・・・・・・」
 脳震盪を起こしているみたいだ、コレじゃまともな会話は出来ない。
 とりあえず俺の着ていたジャケットを脱ぎ、達也に被せる。
「ワタル!おい!ワタル!?」
 横を見ると、バイクのすぐ近くにワタルが倒れていた。
 挟まれてはいないようだが、何かの杭につっかかって倒れていないバイクのすぐ傍でにいては危険だ。
 とりあえず移動させなくては。そう思いワタルのほうにも駆け寄る。
(うっ・・・!)
 何かが焦げた、いや、人の肉の焦げた嫌なにおいがする。
「くっそ!ワタル!しっかりしろ!」
 ああもう!おもてぇ!高校時代もう少し運動しておけばよかった!
 ワタルの靴は吹っ飛んでおり、間の悪いことに靴下も履いていなかったみたいだ。
 ワタルの右足の小指は、マフラーに焼かれ見るも無残な肌になっていた。
 脇の下に手をいれて、バイクのしたからワタルを引きずり出す。
「・・・・・・シャドウ、起こさなきゃ」
「馬鹿野郎。自分の状態を考えてから物言え」
 道路に横たわらせようとしたところで、俺を押しのけて自分のバイクの近くへ寄って行く。
「あれぇ・・・うごかねぇ・・・」
 地面から出た杭が突っかかってることに気付いていないらしい。コイツも脳震盪を起こしているみたいだ。
 まぁ、しかし自分で立って歩けるなら心配しなくても平気か。
「おい、いいから寝て・・・・・・」
 肩に手を乗せたときに、何かヌルっとした感触で声が出なくなってしまった。
 更に、振り返ったワタルの顔の左半分が、もう血でよく見えなくなっていたのだ。
「っっっっ・・・・・・・ワタル、いいから、寝てろ」
 意識が飛びそうになるのを堪えながら、無理やりワタルを寝かしつける。
 横になったら、どうやらもう起き上がる気力はないみたいで、ぶつぶつなにか言ってるが動かない。
 正直、血は苦手だ。
 だが、今動けるのは俺だけだ。俺が倒れたら誰がこの二人を介抱するんだ・・・・・・!
 自分に活を入れなおし、現状を再確認する。
 達也は骨折。ワタルは頭部損傷。これはもう誤魔化せるレベルじゃない。
 下手すると、ワタルには死刑よりも辛い仕打ちをすることになるかもしれない。
 俺はポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出した。
「・・・・・・でも、ここの住所わかんねぇぞ?」
 ここどこよ?そういえば、開発されている土地だから、番地とかまだ付いてないんじゃないのか?
 民家もチラホラとしかない。
 ヤバイって、せめて止血くらいしないと。
「にーちゃん!どうした!?」
 冷静にてんぱっていたら、背後から声をかけられた。
18, 17

  

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 いい加減。お腹すいたなぁ・・・・・・。
 アタシは夕方にりょっちから連絡をもらってから、ご飯を食べていない。
 別にお金がないわけではない。外食が嫌なわけではない。
 一人で食べる、ということにも多少は慣れていた。
 でも、あの駄目男がぶーたれながら作るご飯は、なんかおいしいのだ。
 お袋の味?ってやつかな。そんな感じの味がするのだ。
 アタシが食べているのを、ニヤニヤしながら見られるのはムカつくが。
「っっっっっっっっだめだ!お腹すいた!」
 本当はりょっちが帰ってきてから「童は空腹じゃ、はよう食事を作らぬか」と言って、「意味わかんねー言葉遣いは、頭悪くみられるぜ」って憎まれ口を叩きながらも、結局作るりょっちであった。というプランだったが、致し方ない。
 プライドよりも楽しみ、楽しみよりも空腹である。
 文明の利器、携帯電話を取り出す。
 少し長めの呼び出し音の後、繋がった。
「もしもし?ユウちゃんですよー」
『あぁ、ユウか・・・・・・どうした?』
 ・・・?
 どうしたのはオマエですよ。
 と言ってやりたかったが、なんか重苦しいノリだったので、空気を読んで聞いてみた。
「あ、うん。アタシのことはとりあえずいいとして・・・・・・、なんかあった?」
『あぁ、ちょっと友達が事故って。近所の人も助けてくれて、今手当て終わって救急車待ち』
「事故・・・・・・?え、ちょっと!アンタ大丈夫なの!?一緒に走ってたんじゃないの!?」
 事故、と聞いて少し取り乱してしまう。
『大丈夫、だと思う。体動くし。ちょっと擦り傷があるだけ』
 その声には覇気がなく。いつもの能天気なりょっちの声ではなかった。
「あぁもう!そういう時は大丈夫じゃないって言え!怪我がじゃないぞ!?いいかい!?そこ動いちゃ駄目だよ!?で、どこ!?」
 りょっちの説明によると、まだ番地の付いていない開発中の新興住宅街らしい。アタシもこの付近を良く走るので大体の場所は分かった。
 携帯を切ると、カバンに適当にりょっちの上着とズボンを詰め込む。
 おそらく、こけたなら上着もズボンもずたぼろの筈だ。
 部屋に戻ってくるにしろ、その事故ったという友達の病院に行くにしろ服はあるに越したことはない。
 後は、とりあえず常備されていた消毒液と、ガーゼと包帯を詰め込んだ。
 怪我は多分本人が言っているように、大した事はないのだろう。
 だからこそ、逆に放っておかれる。大した事はないとは言え、それは大怪我をした人に比べればの話で、傷は傷だ。
 しかし、私は実のところ怪我に対しての心配は対していていない。それよりもメンタル面だ。
 なぜなら、声がおかしかった。
 何が、と聞かれれば分からないが、いつもと調子が違うなんてものじゃなくて、なんというか―――

 絶望していた?のだ。

 疑問系なのは、前後の事情とかを知らないからだ。
 憶測で考えた末の結論なので許して欲しい。
 ああいう、底抜けの馬鹿で、お人よしな奴がそういう声を出す時、それを以前にも聞いたことがあったのだ。
 でも、その時もやはり絶望していたのかと言われれば、やはり疑問符をつけざるを得ない。
 ともかく、ああいう声を出している時は普通の精神状態じゃない。
 お腹すいたとかいってる場合ではなく、とりあえず本人にあって何とかしなくては―――と、そこでなんでアタシがここまでりょっちの心配をしなきゃいけないのか疑問に思った。
 既にバイクのエンジンをかけ、目的地に向かう途中であるが、何でアタシのお腹を空かせた元凶が凹んでいることをここまで心配しなきゃならないのだ?という疑問を解決しなくてはいけない気がした。
 あぁ、きっとそうだ。うんそうだ。腹が減って頭がおかしくなっちゃったんだな、そういうことにしておこう。うん。
 ともあれ、そんなことを考えているうちに、私は二台の救急車と、パトカーと警察のワゴンが止まっている事故現場へとやってきたのであった。

「りょっち!」
 声をかけると、救急車と救急車の丁度間らへんから、少しはなれた、なんだか中途半端な位置にぼーっと突っ立っていたりょっちが反応した。
 なんで当事者なのにそんな位置にいるのか。
「あぁ―――ユウ。」
 あぁ、じゃねーっつーの!!!!!
 アタシは、お腹が空いたイライラと、ここに来るまでにした自問自答の不毛さと、未だにけが人を乗せたままの救急車がここにいることと―――

 なにより、この男のこの情けない顔をどうにかするために

 パァン!

 と小気味よい音を立てて、ビンタをしてやった。
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「え・・・?は・・・?」
 えーと、えーと、は?
「おい。何で俺ははたかれた。叩かれる理由なんぞないぞ、コラ」
 イキナリ殴られて、少し思考回路が停止したが、声を出してるうちにだんだんと理不尽さに怒りが沸いて来た。
 後半の方は結構強めに言ったと思う。
 が、俺のそんな態度に怯む様子もなく。
「言いたいことは色々とあるけど。とりあえず謝れ」
 なぜかユウの方がご立腹だった。
「謝んなきゃいけねー理由がわかんねー。何、腹減ったとか?」
「そんなことじゃ・・・・・・いや、それもある」
 あるのか。
「とりあえず、弱ってる時くらい、人を頼りなさい。りょっちは自分が思ってるほど強くないし、それくらいじゃ人は突き放さないよ」
 ・・・・・・なんでもお見通しなのか、それとも今俺がコイツの言うように弱っているからそう思うのか。
 とりあえず、俺が弱っているのは間違いなさそうだ。
 血まみれでズタボロの俺や、タンクが割れてガソリンの匂いのする事故現場にいても毅然としているこいつのほうがよっぽど頼りになる。
「それで、友達の状態はどうなの?」
「一人は骨折で意識不明。もう一人は頭部損傷、足に重度の火傷」
「・・・・・・あんまり楽観できる状態じゃないわね」
 その通りだった。達也はあの後、何を話しかけても反応がなく、意識を失ってしまったのだ。
 骨折以外にも、足の傷からの出血があり、止血が遅かったのか何が原因なのかは分からないがとりあえず意識不明なのだ。
「おーい、君ぃ。彼らの運ばれる病院が決まったみたいだよ」
 声を掛けてきたのは、先ほど俺に声を掛けてきた近所の人だ。
 シャドウの激突音は思っていたよりも派手だったらしく、近所の人が心配して見に来てくれたのだ。
 おかげで清潔なタオルや、添え木を使って応急処置ができ、救急車も呼ぶことが出来た。
 それらと、二人の行き先を教えてもらったことに対し「ありがとうございます」と礼をし、後日また改めてお礼に伺いますと言うと、
「気にしなくていいよ、困った時はお互い様だ」
 とだけ言って帰っていた。正直、こんな状況じゃなきゃ「そこに痺れる憧れ(ry」とか言い出したいくらいカッコイイおじさんだった。
 二人はそれぞれ別の病院へ運ばれるようだ。
 怪我の部位が違うせいなのか、それとも夜中だから同じ病院では処置できる人が足りないのか、そんなことはよくわからないが、別々な病院に運ばれるのは俺にとっては都合がよかった。
「ユウ、すまんちょっと電話かける」
「怪我した友達の親御さん?」
「いや、二人とも地方から来てて、どうせ今日中には来れないだろうから、怪我した奴の彼女だよ」
「あぁ、なるほど」
 ユウに断りを入れて、智恵に電話をかける。
 智恵には既に連絡はいれてある。病院が決まったらまた連絡をいれると一度切ったのだ。
 さきほど、ぼーっと突っ立っていたのには理由があった。
 智恵に連絡を入れたとき、俺は智恵に罵倒されるだろうと思ったのだ。
 俺が、寮に戻るんだろ?そう発言しなければこんなことにはならなかったのだから。
 ちょっとしたわけがあって、智恵は常に情緒不安定な感じがある。
 彼氏が事故って、更に意識不明だなんていったら、絶対にパニックになるだろうと思ったのだ。
 しかも、一瞬とは言え、達也が怪我をした時、俺は、抱いてはならない感情を抱いた。
 だというのに、智恵は
「とりあえず、アンタが無事でよかった。今はそれでいいでしょ」
 と言ったのだ。
 コレは別に、単純に俺が無事でよかったって意味ではないことくらい分かる。
 一人でもマトモに動ける人間がいれば、応急処置や、救急車の手配が出来るのだから、という意味だ。
 全滅していたら、もっと酷い結果になっていたから、よかっただろ、そういう意味だ。
 しかし、少しは俺の安否を気遣ってくれたことには違いない。
 だというのに、俺は―――
『もしもし、病院わかった?』
 智恵が電話に出たことで我に返る。最近トリップする回数多いな、俺。
「あぁ、達也はK大学病院に、ワタルはT災害医療病院に運ばれるみたいだ」
『分かった。場所はこっちで調べる。りょっちは?ワタルのほうに行くの?』
「そうする。場所は警察に聞けば分かるからそっちは調べなくていいぞ」
『そう、じゃぁ切るね』
「あ、智恵」
『何?』
「すまなかった」
『・・・・・・今は、自分の怪我と、ワタルの心配だけしなさい。じゃあね』
 電話が切れた。
「・・・・・・智恵さんって、確か」
「あぁ、モトカノ、だ。事故ったときに、ワタルの後ろにいたのが達也だ」
「そう・・・・・・」
 急に黙りやがった。普段はうるさいくせに、こういうときだけしおらしくなるのは止めて欲しい。
 とりあえず、今はワタルのほうについていかなくては。
 警察に病院の場所を聞こうと、警察官に声を掛けた。
「あの、T災害医療病院ってどう行けばいいんですか?」
「あぁ、えっと君は事故が起こった時見ていたのかな?」
 質問を、まったく別の質問で返された。
「みていましたけど・・・・・・」
「それで、前を走っていた子は何キロぐらい出していたか覚えているかな?」
 俺の質問に答える気がまったくないのか、軽い現場検証みたいなことをしだした。
 その対応にイライラして、眉間に皺を寄せて語調を少し強めていった。
「あの・・・・・・だから、病院の場所を・・・・・・」
 と、言いかけたところでユウに手で制された。
 落ち着け、というつもりらしい。
「現場検証は、後日できますよね?今はとりあえず病院の場所を教えてもらえませんか?」
 冷静だ。
「いやでもね君、なるべく記憶の新しいうちに、それに怪我も大したことないみたいだし」
「だから!友達が大怪我してるのに、冷静に事故のことなんて思い出せるわけないでしょ!?いーからさっさと場所教えなさいよ!」
 冷静じゃなかった。俺以上に。なんでだ。
 なおも食い下がろうとする警官を、一睨みするだけで黙らせるユウ。
 それでいいのか、国家権力。
「場所は大体分かったわ、りょっちバイク動くの?」
「多分大丈夫。」
 俺たちがやり取りしている間に、既に救急車は病院に向かっていた。
 先ほど、応急処置を手伝ってくれた人に礼をいい、俺たちは病院へ向かいバイクを走らせた。
 頼む、二人とも無事でいてくれ・・・・・・。
20, 19

鮭王 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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